親子鑑定の結果
突然現れた第二王子セーファスが、自分の指に口づけするのを黙って見ていたアナスタシアは、あまりの事に暫く思考が停止した。セーファスとは仲が良いとは言っても、何年も彼の弟の婚約者だったのだ。子供の頃はまるで犬でも構うかのようにジャレていたが、成長してからは特に過度なスキンシップはされた事が無かった。王子たちの中で、いまだに会うたびハグをしてくるのは意外にも第一王子ジュリアスだけで、セーファスとクレメンスは精々腕に触れる程度。トラヴィスに関しては婚約者であったにも拘らず、会うことも無かったのだから論外だ。
「お久しぶりです、セーファス殿下。殿下自ら親子鑑定の結果を知らせに来て下さったのですか?」
「……トラヴィスの事は話したくも無いのか」
「そう言うわけでは……あれはもう終わった事ですし、殿下が謝る事ではございませんよ。あの件に関しては、陛下が直々に謝罪して下さいましたし」
「ふん、お前を弟の婚約者と思って自制して来たが、それももう必要無くなった。これからは遠慮なく行かせてもらうぞ」
「あのー、私、陛下にセーファス殿下とクレメンス殿下との結婚はすでにお断りしています。この国の王族とは結婚する気はありません。どうかこれからも友人としてのお付き合いを継続して頂きたいと思っております。この話はこれで終わりです。殿下、本来の目的をお忘れではありませんよね?」
「チッ、そんな事を言って、気が変わっても知らないぞ」
セーファスはぶすっと膨れてハワードの隣の席に着いた。ハワードと伯爵は今のやり取りをハラハラしながら聞いていた。こんなにも遠慮の無い物言いをしてアナスタシアは大丈夫なのかと。しかし、思った以上に二人は気心の知れた仲だったらしい。セーファスは文句は言っていても怒ってはいなかった。
セーファスは改めて伯爵に向き合うと、結果を伝える前にゲルダとリックを呼ぶよう指示を出した。
「親子鑑定の結果を教えるのは、当人の前でと決まっている。ここに母親と子供を連れて来い。ついでに騎士も数名待機させろ」
「はい、すぐに呼びます。殿下はこちらでお待ち下さい」
伯爵は執事にリックを呼びに行かせると、自分は裏の軟禁部屋に向かい、数日振りにゲルダと対面した。ゲルダはまだ、こんな理不尽な対応は許さないなどと喚いており、落ち着いて話ができる状況ではなかった。
「ゲルダ、ここから出て良いぞ。親子鑑定の結果が出た。一緒に来なさい、王宮から第二王子がお見えになっている。一緒に結果を聞かせてもらおう」
ゲルダは第二王子という言葉に反応し、鏡を確認して髪を整え始めた。そして素直に部屋を出て、騎士に挟まれた状態で大人しく伯爵の後ろを着いて行った。
これから自分がついた嘘が白日の下に晒されると分かっていないのか、本物の王子に会えるという事に意識が集中して浮かれている。頬を紅潮させ、期待に胸を膨らませているのか笑顔まで出ていた。
伯爵は応接間へと続く廊下を進みながら、自分はこんな馬鹿な女の罠にはまって、周囲を巻き込んで要らない苦労を強いられているのかと思い、情けなくなった。
ゲルダが故人を偲んで酒を飲みたいと言った晩、急にご主人のプライベートな話をし始めた為に、亡くなった子爵に配慮して、すでにかなり遅い時間だった事もあり、使用人達を労い「後の事は良いから休みなさい」と言って執事やそこに待機していたメイドを下がらせた。
ゲルダが子爵との夫婦生活を赤裸々に話したところまでは記憶している。用を足しに席を立って、戻ってからの記憶がおぼろげなのだ。彼女の話を聞きながら、ソファに深く腰掛けて寝てしまったと思うのだが、どう考えてもその状態で自分が何か出来たとは思えない。意識の無い一時間ほどの間に何があったのか、問い詰めなければならないだろう。
応接間に到着すると、室内は椅子やソファが端に片付けられていた。一つだけ残されたソファにセーファス殿下が座り、アナスタシアとハワードはその前で跪いて待っていた。リックはアナスタシアの横にペタンと座り、黙って良い子にしていた。壁際とドア前には騎士が待機している。これだけで少々緊張感が増す。こんな状況なのに、ゲルダは初めて見る本物の王子様に目を輝かせていた。
「来たか、そこに並べ。今から親子鑑定の結果を伝える」
伯爵とゲルダはアナスタシア達の前で跪き、その結果を聞いた。
「男の子と伯爵に、親子関係は無し!」
アナスタシアは父親とハワードとを交互に見て、笑顔で喜びを表した。二人も頷いて微笑んだ。ゲルダはポーっとセーファスを見ていたが、その結果に意義を唱えた。
「嘘! この子は伯爵の子よ。鑑定結果は間違ってるわ! だって伯爵が提出したのは……」
「おい、その女を黙らせろ。まだ続きがある」
ゲルダは騎士の手で予め用意されていた布を口に押し込まれた。暴れようとする体も力でねじ伏せられ、身動きが取れなくなったところで、セーファスは続けた。
「男の子と、ゲルダという女に親子関係は無し! よって、今から確認作業に入る。テオドール! 中へ入れ!」
伯爵がゲルダを連れて応接間に戻るまでの間に、テッドが到着していた。まるで示し合わせた様なタイミングだが、実際示し合わせたものだった。
ハワードはまずトライスで豪商の元を訪れ、主人がバルシュミーデに長期で商談に出ている事を知り、一度王都まで戻った。親子鑑定の結果が出るのを待って、セーファスの出発に合わせて護衛の一人としてランスウォールへ向った。途中立ち寄ったバルシュミーデで、テッドに会い、今までに知りえた情報を全て伝えて情報を交換し、商談中の男の子の父親を探してもらった。王子を交えて打ち合わせをして、先にハワードが説明の為にランスウォール入りしていたのだ。
応接間に入って来たテッドの後ろには、商家の主が続いて入った。
「パパ! パパ!」
リックは部屋に入って来たその男性を見るなり、駆け寄って抱きついた。
「メイリック! 生きていたのか!? ああ……良かった……生きてた。あの日、川に流されてしまったのかと思って、パパはお前を探してたんだぞ。会えて良かった、本当に……。ん? そこに居るのは、マリエラじゃないか。お前がメイリックを誘拐したんだな! この性悪女め!」
「もが、もが!」
この期に及んでまだ反論しているのか、騎士に押さえ付けられながらもゲルダは元雇い主を睨み、悔しそうに顔を歪めた。どこまでも反省するという事を知らないゲルダは、無理やり口に押し込まれていた布を吐き出して、耳がキンと痛くなる様な奇声を発した。
「あんたなんか知らない! 誰よ! 私の名前はマリエラじゃなくゲルダよ!」
恋愛物のはずなのに……恋愛要素薄くてすいません。




