逃げていても始まらない -4
「いや待て、我々は魔王様を殺……むもご!? な、何をする鏡殿!」
真実を告げようとしたメノウに、鏡は慌てて口を塞いで誤魔化すようにジェスチャーを送る。その一連の行動に不審な視線をダークドラゴンは向けるが――、
「俺がこの手で魔王をぶっ殺しました。止めの一撃は腹パン」
鏡はすかさず、かつてない程に清々しくキリっとした表情を向けて誤魔化した。
『腹……パン?』
「ああ、魔王も予想だにしていない一撃だったのか、『ほげえぇえ!』って叫びながら絶命したぜ。あと、俺の強さを認めて『鏡さんマジイケメン』とも言っていた」
『そんな風にやられる魔王は前代未聞なのだか……? そういえば気になっていたが、そこにいる魔族はどうして人間であるお主に味方をしたのだ? ここは魔王を倒した証を持つ者のパーティーのみが訪れられる地。ここにいるということは、そこにいる魔族も戦ったのだろう?』
「俺が洗脳した」
『なん……だと? 魔族を洗脳? 聞いたことがない……いやでもありえるのか?』
「28時間くらい監禁して、ひたすらビンタと勧誘とスキルによる……なんか、それっぽい力で身も心も洗脳しました。でも、不完全だったからか、魔王を慕いながらも魔王に攻撃を仕掛けるヤバい奴になっちゃったんだ」
オーバーすぎるかつ、下手くそすぎる誤魔化し方に、メノウは思わず冷めた視線を鏡に向ける。だが鏡は至って真面目な顔つきで、堂々と嘘を吐き続けた。
『まあ、魔王を倒したのは確かなのだろうな……ここから魔王の魔力を地上から感じ取ることが出来ぬ。あれはここから感知できる唯一の存在だ。あれがいないとなれば……そういうことになる。しかし、ここに来るまでに随分と時間をかけたのだな。約二ヶ月か? ……まあ、二人だけなら手こずるのも致し方あるまい』
それを聞いて、どうしてダークドラゴンがこうも綺麗に勘違いしてくれているのかに鏡は気付く。2か月前のサルマリアでの戦いで、エステラーが地上とは別のどこかに魔王を隠したから、そう考えるしかなかった。
「それで、ここに呼び出したってことは……何かあるんだろ?」
『無論だ。我はただお主達を褒め称えるために呼び出したわけではない。言葉通り、我らは真に強き者を待っていたのだ』
そう宣言すると、ずっと顔以外微動だにしなかった身体をダークドラゴンは起こしあげる。座っていただけでも圧倒的な存在感を放っていたそれは、身体を起こすだけで更に威圧的な空気も漂わせる。
そして、ダークドラゴンは長い首を動かして顔を鏡のすぐ目の前へと向けると、睨まれるだけで動けなくなってしまいそうな恐ろしい眼光を鏡へと真っ直ぐ向けた。
『ここまで辿り着いたお主には、どんな願いでも、この世界で出来ることであれば一つだけ叶えてやろう』
「どんな願いでも?」
予想もしていなかった言葉がダークドラゴンから放たれ、鏡は困惑した。『どんな願いでも』、それを実現させるための理屈が、鏡には理解出来なかったからだ。
少なくともそれは、ステータスウインドウや、モンスターを倒すとお金が出現する理屈と同等の不可解さだった。
『だが……お主は必ず二つの選択肢から一つを選ばなければならない』
「選択肢? 一体どんな選択肢なんだ?」
『まず一つ。……願いを叶えたうえで、次のステージへと赴くこと』
不可解すぎるその一つ目の選択肢を聞いて、メノウと鏡は思わず息を呑む。
「なんだよ、その次のステージって……?」
『それは、次のステージに行ったものにのみ知る権利が与えられる。だが一つだけ……これまでよりも辛く、厳しい新たな戦いへの道へと誘われることになる』
それを聞いて、鏡は直感的に理解した。自分が追い求めているものがその先にあると。この世界の全てを知るとまで宣言したダークドラゴンが、その情報を出し惜しみしている。それだけで、その先にあるこの場では決して理解出来ない何かがあるというのを悟った。
『だが、ここまでの道のりで傷つき、戦いを望まぬもいるだろう。戦う意志を伴わない者がこれまでより厳しい戦いの地へと行ったところで無駄死にするだけだ。よって、もう一つ目の選択肢が存在する』
「……それは?」
『願いを叶えたあと、その力を残したまま。戦い傷ついた精神を戻すため、今まで魔王討伐のために戦ってきたという記憶のみを抹消させて地上へと返す』
「どういうこと? つまり……今まで戦った記憶なんて一度もないのに、なんか知らないけど最初っからめちゃくちゃ強い状態で地上に戻されるってこと?」
『その通りだ。無論、お主を知る者達も、お主が戦ってきたという記憶を失うことになる。そしてまたいつか、再びこの場所へと戻ることになるだろう。今度は……長き戦いによる精神の疲れをともわずにな』
「いやいや……それに一体何の意味が……?」
『言ったであろう? 我は、『お主達のような強き者を定期的に生みだす』ために存在すると、そして、お主のような強き者を待ち望んでいると』
「いや……待てよ、え? じゃあ……いや、そんな馬鹿な、いやいや」
鏡の心臓は、かつてない程の速度で鼓動を繰り返し始めていた。
徐々に表情も青冷め、声も若干震えている。
「か、……鏡殿?」
確かに、衝撃の内容ではあったが、そこまで取り乱す程の内容だったのかと、鏡の様子を見たメノウは首を傾げた。
「そんな……いやありえないだろ。さすがに……ありえちゃ駄目だ」
ダークドラゴンが散らばせた、一つ一つの言葉が、鏡の中である一つの真理にへと繋がり始めていた。だが、その可能性を感じ取り、鏡は寒気を抱かずにはいられなくなった。
その可能性はあってはならないと、恐れを抱く程に。
「ていうかそれ、記憶ないんだから必ずしもここに戻ってくるとは限らないじゃん」
だから鏡は、その疑問をはっきりさせるために、ダークドラゴンにそう問いただす。
『その通りだ……だが、それはそれで致し方無きこと。戦う意志のない者を連れ行き無駄死にさせるよりも、いつかまた強き精神を携え、ここに戻る可能性を残すほうがよほど有意義だ』
「そいつが戻らなかったらどうするんだよ?」
『強き者はその者だけに限らない』
「いや、でも! 強さを証明する方法がないだろう? 戻ってくるには1万ゴールドを集めてここにくるしかないだろ?」
『何故だ?』
「何故って……だってそれ以外にもうここに来る方法はないはずだ! 魔王はいないんだから」
鏡が焦りを見せる一方で、ダークドラゴンは淡々と問いかけに答え続ける。そして、必死になって問いかけを続ける鏡に対し、ダークドラゴンは表情一つ変えず――、
『だからこそ、その者の戦いに関する記憶を全て消し去るのだ』
「……どういうことだよ!?」
『魔王はこれより復活する。いや……リセットされると言った方が正しいか?』
「……は?」
鏡が想定した最悪な可能性。あまりにも残酷で、無慈悲なこの世界の真理をダークドラゴンは言葉にした。




