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LV999の村人  作者: 星月子猫
第二部
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本当に大事なのは、金じゃない-7

「二人とも……ボク、もうこれでいいよ。さっきとそんなに変わらないし」


 タカコとクルルによるアリスプロデュースは、鏡が休憩所から退出してから三十分が経過していた。さすがに似たり寄ったりな服装を着せ替え続けられる現状に、アリスは逃げ出したい気持ちを抑えられなくなっていた。


「駄目よ! 目の届かない部分もしっかりと着飾るのが大事なの。色の組み合わせも考慮して揃えることで、品格が生まれるのよ」


「そうですよアリスちゃん。ましてや貴族も足を運ぶカジノとなれば、いやらしい目でどこか落ち度がないかとか、隅々まで見られるんです。私が王女としてパーティーに参加した時……どれだけ身だしなみに気をつけたか! アリスちゃんはこのカジノの顔なんです! 見られているんです!」


 途中、何度かタカコとクルルを説得しようとアリスは試みるが、ずっと同じような言葉を二人は吐いて逃がそうとはしてくれず、アリスは「……ぁう」と弱った表情を見せる。


 そしてそんな光景を、先程からデビッドがニコニコと笑みを浮かべながらを見ているのが、妙にアリスは気恥ずかしかった。かれこれ一時間以上は立ちっぱなしで見ているだけだが、暇にならないのだろうか? とアリスは少しだけ思う。


「お二方、そろそろ一時間は経過しております。お二人は大人で体力もありましょうが、アリス様はまだ子供です。そろそろお疲れになっているかと思われますよ」


 そしてアリスがそう思った矢先、デビッドが一歩前へと足を進めて助け舟を出す。予想していなかった助け舟に、アリスは表情を一瞬にして明るくするが――、


「お願いデビッド。後もうちょっとだけ! これもアリスちゃんのためなのです」


「ほっほっほ! 仕方ありませんな!」


 上目遣いで懇願するクルルを見て、デビッドは先程よりも嬉しそうな笑みを浮かべながらアリスを助けるのを諦めた。それを見てアリスは、もうどうにでもなれとでも言いたげな諦めた表情で、小さく溜め息を吐き、「鏡さん……早く戻って来てぇ……」とつぶやいた。


「しかしクルル様、随分と雰囲気が変わられましたな。昔は何かに縛られるように他の物事に興味を示しませんでしたのに、今はむしろ、自分から興味を抱いて接しようとしていらっしゃる」


 デビッドのその言葉にクルルは目をぱちくりとさせると、「そ、そうですか?」と、自分で変化に気付いていないのか、困惑した表情を見せる。


「アリスちゃんが特別魅力的だからでしょう。私は変わっていませんよ」


「いえいえ、勿論アリス様は魅力的ですが、私はそれだけとは思っておりません。ここ暫く様子を見させていただきましたが、鏡様も含め……色々な方との出会いが、クルル様を変えたのでしょうな」


 そう言うと、デビッドはどこか遠い昔を思い出すかのように寂しげな表情を浮かべた。


 対するクルルも、「出会い」という言葉を聞いて、確かにそうなのかもしれないと、胸に手を当てて遠慮しがちな微笑を浮かべていた。


「ボクもそう思う。喋り方や性格が変わったって訳じゃないけど……なんていうか、問答無用じゃなくなったっていうか、その……ボクの眼を見てくれるようになった。ボク、今ではクルルさんをとっても大切な人だって思ってるし、信頼もしてるよ! ……ボクが言えたことじゃないかもしれないけど」


 すると、アリスがデビッドの言葉に賛同するように、手振り身振りしながら、言葉通り変わったということを気恥ずかしそうにしながらも一生懸命伝えようとする。


 そして、クルルはその言葉に面食らいながらも、胸に募る暖かな何かを感じ取り、ようやく実感したのかアリスの頭に手を置いて嬉しそうに微笑んだ。


「いいえ、あなたにそう言ってもらえるのが何より嬉しいです。……自覚はありませんでしたが、確かに今の私のこの生活は、昔の私では想像も出来なかった。想像しても……駄目だと思っていました」


 そう言いながらクルルは初めてアリスと出会った時のことを思い出す。問答無用で魔族だからという理由で殺そうとしていた相手が、今では「大切な人」と言ってくれる。傍に居る。そして、今は守ってあげようと思える程に親しく感じている。


 むしろ、どうしてあそこまで耳を傾けずに殺そうとしていたのかが不思議に思う程に、今と昔と比べて、自分の変化を実感した。殺さなきゃいけないと思っていた。それが当然で、そうしなければいけなくて、そう教えられてきて、世界の仕組みがそうだったから。


 自分で考えないようにしてきた。考えた時もあったが、すぐにそれはいけないことだと感じて考えるのを放棄してきた。そしてそれは、レックスがクルルを迎えに来て、パルナとティナが仲間に加わってからも同じだった。


 もしも変わったと誰かが言うのであれば、その原因は明白だった。とんでもない村人との出会い。鏡との出会いが全ての始まりだと、はっきりとクルルはそう思えた。


 最初は困惑だった。魔族に味方をする敵かと思った。何かを知って寂しそうな表情を浮かべる変な人という印象だった。でも、優しい人だというのはすぐにわかった。ヴァルマンの街に魔王軍が襲撃してきた時、迂闊な行動で民を傷つけようとしていた自分の行動を防ぎ、そして厳しく叱ってくれたからだ。


 初めてだった。王女である自分の判断にすぐさま異をとなえ、チョップしてきた他人は。その時から興味を抱いたのかもしれない。


 そしていつしか、考えなきゃ駄目だと思うようになっていた。鏡がいつだって全力だったから。全力で人も、魔族も守ろうとしていたから。どちらかを斬り捨てるのが楽な道なのは明白なのに、それでもボロボロになろうと立ち向かおうとする鏡を見て、「今の自分は本当に正しいのか?」と、問いかけるようになっていた。


 きっと、鏡に会う前であれば、「正しい」と即答していただろう。それだけ、鏡との出会いはクルルの中で大きな衝撃だったのだ。


「価値観なんて、経験で簡単に変わるものよ……むしろ、変わらない方がおかしいわ」


 すると、後押しするように、タカコは微笑を浮かべながらそう言った。まるで、変わることは決して悪いことではないと言い切るかのように。


「そうですな……変わらない方がおかしいのです」


 タカコのその言葉に、デビッドは何故か表情を曇らせてそう言葉を返す。


「ですが、クルル様は幼少の頃より魔王討伐という一つの信念の元に突き進んでいました。以前のクルル様であれば、お金を稼ぐのが目的とはいえ、もっと信念をつき通そうと緊迫した表情でここにいたでしょう。もしくは別の道を進んでいるかのどちらか……」


 まるで、そうでないとおかしいはずなのに、そうなっていないクルルが不思議とでも言いたげなデビッドの言葉に違和感を抱き、アリスは首を傾げる。確かに、クルルと最初に会った時も、その後も、まるで何かに追われるように生きているような感覚はアリスも感じていたが、経験を得て変わるのが特別なことだとは別に思わなかった。


「出会いは人を変えるわ。良くも悪くもね」


 そこで、タカコがまるで悟ったかのような物言いでそうつぶやく。


「ですな……それ故、あなた方の存在……特に鏡様は凄いお方なのでしょう」


 続いて心底そう思っているのか、感慨深く目を瞑りながらそう言ったデビッドの言葉で、アリスもどこか納得する。自分も鏡によって変えられた一人だからこそ、鏡と出会って変わるのは特別なことではないと感じてしまっているのだと。そう解釈した。


「そしてデビッドさん。あなたも私と出会ったことで変わろうとしている」


「そうで……ん? っんんんんん?」


 デビッドの隣にスススッと寄って感慨深そうにそうつぶやくタカコに、デビッドは笑顔を浮かべながら額から汗を垂れ流す。タカコのその口調から、相手をそう思わせるための強引モードに突入していると、かつて同じような言葉を吐かれたアリスは感じとり、「デビッドさん……頑張ってね」と、かわいそうな人を見るような視線を向けてそうつぶやいた。

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デビッドさん……
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