第6章 終わる世界 Ep5 ジェットランド沖海戦 Part14
囲いが解けた・・・
いや・・・囲いは無くなったと云うべきだろう。
往き足を停めた<早蕨>の周りには健在な艦は残されていなかった。
巡洋艦とその護衛を担っていた数隻の敵は、一様に戦闘不能となるか沈んでいた。
「すげぇなぁ、一撃かよ・・・」
ホマレが呆れた様な顔でその光景を眺め降ろして居た。
「たったの一斉射の雷撃で・・・」
まるで神業のようにも思えた雷撃によって、<早蕨>は敵から解放された。
最早、浮かべる鉄くずのような駆逐艦は、
黒煙を吐きながら最期の時を待っているかのようだった。
「・・・ミハル」
上空で旋回しながら駆逐艦の様子を観ている魔砲師ミハルの姿にホマレはそっと呟いた。
「ミカ姉ちゃん!無事なの?返事をしてっ!」
艦橋に向かって呼びかけるミハルの眼には誰も居ない艦橋が映っていた。
「もう闘わなくてもいいんだよ!
もう苦しまなくてもいいんだよ?!
だからっ、返事をしてっ!私が魔鋼機械から抜け出させてあげるから!」
艦と同化している筈のミカに向かって呼びかける。
だが、返事はおろか姿さえもが見えない。
艦上には誰の姿も見えなかった、生ける者の姿は。
<あの子が呼んでいるぞ?ミカ>
艦の魂がミカに教える。
<ええ・・・解っています。だけど・・・>
ミカは空を飛ぶミハルに気付いていたが、あえて呼びかけに応じようとはしなかった。
艦に降りようか・・・どうしたらいいのか迷っているようなミハルを見上げ、
測距儀に宿ったミカが微笑む。
<ミハルはこの艦を救ってくれました。
私との約束を果たしてくれたのです。
あの娘には感謝の言葉も見つかりません・・・>
魂だけとなった者達が常人には見えない姿を現す。
艦の上空を旋回する魔砲少女に向かって手を振る為に・・・感謝を告げる為に。
<ありがとう!我々は君のおかげでやっと呪いから解放された。
自らが掛けた呪いを撃ち祓ってくれたのだよ、愚かな人の呪いを!>
上空に向かって魂だけとなった乗組員達が帽を振って別れを惜しんでいる。
<ミハル・・・あなたには辛い想いをさせてしまってごめんね。
私達の所為で呪いを掛けられてごめんなさい。
あなたを黄泉の国から救えた事だけが私達の罪滅ぼしなの・・・>
ミカの魂は、ミハルがフェアリア沖で死に直面した時を思い出す。
<あなたを失う事は、この世界を滅ぼす事になると思ったから。
神の力を宿すミハルに気が付いていたから・・・
心臓が停まったとしても完全なる死ではなかったあなたを、
死者の国に送らず蘇らせれたのが私達が出来た最高の戦果なのよ>
上空を旋回し続けるミハルを見上げて思い出して微笑んだ。
さっと敬礼を艦に贈った。
常人には見えなくても、神を宿したミハルの眼には皆の姿がはっきりと観えていた。
ー あの人達が?
ミカ姉ちゃんの大切な仲間の人達なんだ。
あんなに嬉しそうに笑いかけてくれている。
何も憂いが無くなった・・・澄んだ瞳で・・・
帽を振ったり手を打ち振っている魂が、ミハルには観えていた。
その中で、独り測距儀の前で微笑んでいるミカを見つけて気付いた。
ー ミカ姉ちゃん・・・逝っちゃうんだね?
みんなと共に・・・海の底に戻ってしまうんだね?
ミカの微笑みの訳を感じ、ミハルは寂しさと悲しみを覚える。
「ミカ姉ちゃん!皆さんと・・・いつまでも一緒に!
みなさんの事は忘れません、いつまでも。
いつまでも語り継がれる事を約束します<早蕨>の名と共に!
今迄ありがとう・・・ありがとうございました!」
悲しみを振り切って、大声で海の魂達に応えた。
味方の旧式な駆逐艦の上空を旋回している魔砲師を観て・・・
「あの娘が・・・
例の神の御子って娘のようね」
<夕立>の艦娘たる魔砲師が呟いた。
「ああ、そうらしいな香奈3尉。
島田君の親戚といわれる女の子・・・シマダ教授の子息。
神を宿し、御子となった<希望>の娘シマダ・ミハル・・・」
艦長が掌砲術長に応える。
頷いたカナ3尉が娘から眼を海上に戻し、<早蕨>を見詰める。
「では、我々の為すべきは。
彼女達に敵を近寄らせない事・・・ですね」
主砲を敵艦に向けさせたカナが艦長に命令を求める。
「勿論。我が同胞を敵の手に渡す事はさせん。
我等<夕立>の名誉にかけて、敵手に渡す事など赦しはせん!」
カナは次発魚雷が装填された2基の発射管を敵に向け終え、再度の攻撃を発令する。
「了解いたしました。
私が<夕立>である限り、敵を撃滅してご覧いたしましょう。
この殊勲艦たる<夕立>の名誉にかけて!」
カナは敵を一瞥して言い放った。
「我が名は<夕立>!
日の本の駆逐艦にして名誉ある名を受け継ぎし者なり。
眼前の敵を葬る戦神を宿し艦娘なり!」
右手を敵艦に突き出し、魚雷を一斉に放った。
8本の内7発を・・・
「あの駆逐艦が敵を追い散らしてくれている・・・」
ー だけど・・・
そう思った。
自分達がまだこの世に居残る訳を、上空の娘に伝えたかった。
ー まだ・・・沈んではならない。
あの海の底に旅立つ事はならない・・・できない。
最期くらいは・・・あの一発と同じように・・・
砲撃で鉄くずのようになりながらも、沈む事を拒んでいる訳は・・・
ー 本当の私達が死を与えられように。
魚雷を受けなければ旅立てない・・・
ミハルを見上げて微笑むミカが最後の呪いを教える。
ー 本当は敵の魚雷で沈むつもりだったけど・・・
当たらなかった・・・当てられなかったのよ。
だから・・・沈めて欲しい・・・誰かに・・・
台南海峡で沈んだ時のように。
魂の艦となる前、皆の命を奪い去った魚雷を受けた時のように。
この艦の魂を・・・あの場所へと還せるように・・・と。
ミカは<夕立>が発射した雷数を数えて知った。
あの艦は解ってくれているのだと。
沈む事を拒み続ける自分達が、何を望んでいるのかを。
ー ああ、やはり。
あの艦に居る人達は<早蕨>を知ってくれていた。
同胞たる駆逐艦は私達が何を望んでいるかを解ってくれている・・・
7本の雷数が意味するのは。
ー 無電を打ってはいない。
信号旗を揚げた訳でもない。
だけど、彼等彼女達は私達を送ってくれる・・・きっと。
最後の栄誉を与える為に残した最期の・・・魚雷で・・・
ミカ達<早蕨>乗員の魂は、感激に打ち震える。
「ミカ姉ちゃん・・・伝えに行くよ。
それで本当にいいんだね?
味方の雷撃処分を・・・与えて欲しいんだね?」
ミカを見下ろし、逡巡しながら頷いてしまった。
艦橋上に独り佇むミカの口が、感謝を伝えてくる。
その顔には感謝と喜びに満ちて、笑いかけているように観える。
「最期まで闘えたからなの?
何も思い残す事が無くなったというんだね?
最期に見せてくれた・・・
ミカ姉ちゃんの笑う顔がそう教えてくれているんだね」
<早蕨>上空を旋回しているミハルが、手を振って了解の合図を送ると、
艦に宿る魂達が敬礼を贈ってきた。
「悲しいけど。
これが最期を看取る者の務めなんだ。
これでやっとミカ姉ちゃん達は解き放たれ冥界へ旅立てる。
喜んであげなきゃいけないんだよね・・・」
別れの敬礼を贈って、ミハルは僚艦<夕立>へと向かう。
<早蕨>を海没処分して貰う為に。
悲しき務めと心得て・・・
旧日の本海軍2等駆逐艦<早蕨>の改易除籍を願い出る為にも。
最期を迎える<早蕨>。
悲しむべき過去を拭い去った彼女達は永劫に忘れ去られる事はない・・・
その最期を看取った魔砲師ミハルは感謝を伝える為駆逐艦に近寄るのだった。
次回 終わる世界 Ep5 ジェットランド沖海戦 Part15
君は彼女の名を知る。誉れ高い勇者の名を!ぽいっ!
人類消滅まで ・・・ アト 65 日





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