第27話 雨上がりは出発の朝
聖環の儀への招待状が届き、サルフェンと再会した夜から、あっという間に一週間が過ぎていた。
その間、季節外れの雨が降り続き、ノアは外で遊べずぶつぶつ文句をこぼしていたけれど――
私の心は、不思議と晴れやかだった。
ママの言うことを素直に聞きながら、毎日礼儀作法を教わる日々。
私とノアは、ひさびさに落ち着いた時間を過ごしていた。
「カナリア、なんか最近ずいぶんごきげんだよな?」
家族みんなにそう言われてしまった。……いけない、いけない。
年甲斐もなく、表情に気持ちが出てしまっていたみたい。
「……別に、普通だよ?」
そうそっけなく返したものの、頬のあたりがふわっと緩むのを、自分でも感じていた。
(“何もない”と思っていた私の中にあった剣の力が、間違いじゃなかった。
そう思えただけで、どこか満たされた気がしてたんだ)
そして――ついに出発の朝がやってきた。
昨日までの雨がまるで嘘だったみたいに、空は澄みわたり、
肌をかすめる風はひんやりと冷たいけれど、どこか特別な気配が空気に満ちている。
家の前には、既に立派な馬車が止まっていた。
さすが領主様のお使い。準備に抜かりなしっと。
紋章付きの車体。御者台には帽子をかぶった礼装の男。
横には甲冑を着た騎士と、手綱を調整している操縦士もいる。
三人ともきりっとした顔つきで、気を引き締めているのが伝わってきた。
「グレンハースト家ご一行様。お迎えにあがりました」
御者が帽子を取って丁寧に一礼したあと、護衛の騎士が静かに前に出る。
「道中の安全は、我々にお任せください。必ず、無事にお届けします」
頼もしそうな声。その言葉に、私も背筋が自然と伸びる。
ノアは……欠伸してるこの子は大物だね。
家の前には、村のみんなが集まっていた。
薬屋のメリンダおばあちゃん。神父のホフマン先生。学校で一緒だった友達。
みんなが、花束やお守り、手紙を手に持って、笑顔で立っていた。
――こんなにたくさんの人が、見送ってくれるなんて感動しちゃうよ。
「じじい! 孫のことしっかり見守ってやんな!」
「ちゃんとがんばってくるんだぞー!」
「剣の試合じゃないからねっ!」
「シンシア、気をつけて行ってらっしゃいよ〜!」
「神の導きがありますように……」
声が次々と飛び交う。
そのひとつひとつが、まるで心に花を咲かせていくみたいだった。
私は、馬車のステップに足をかける前に、ふと後ろを振り返った。
そして、大きく手を振る。
「みんな、ありがとう!」
「いってきますっ!」
隣でノアも笑って手を振っている。
私たちは声をそろえて、できる限り元気よくそう言った。
もう、不安はない。
サルフェンと再会して、自分の進む道を信じられるようになった。
私が行くべき場所は、この先にある。
父さん、母さん、じいちゃん、そしてノア――
家族みんなと一緒に、馬車へと乗り込む。
蹄の音がコツコツと石畳に響くなか、馬車はゆっくりと村をあとにした。
これはきっと、私たちの運命が“動き出す”朝だった。
「ねえ父さん、母さん! 領主様の町って、どんなとこなの?
お城ってあるの? 川は? 広場は? 食べ物っておいしいのかな?」
ノアが、まるで詰め込みすぎた旅の荷物みたいに、
わくわくを全部言葉にして放り投げてくる。
そんな様子に、父も母もつられて笑っていた。
祖父ギャンバスも、鼻を鳴らして「まったく落ち着きのないやつだ」と呟いたけど、どこか嬉しそうだった。
私はといえば、ひとり静かに馬車の座席に腰かけ、手元の本に目を通していた。
《聖環の儀 手順書》。
きれいな羊皮紙に書かれた文字は、読みづらいほど難しいことは書いてない。
けれど、こういうのって何度も読み返したくなる。
式服のこと、入場の順番、神前の所作――
ページをめくっていた私の手に、そっと温もりが重なった。
母だった。
シンシアは、微笑みながら私の手を包み込んで言った。
「大丈夫よ、リア。何も心配いらないわ。
準備にはちょっと時間がかかるけど、儀式自体は十分もかからないの」
そういって、ふふっと笑う。
「終わったら、みんなで領主町をまわって、美味しいものを食べて、帰りましょ?
きっと、楽しい思い出になるわよ」
私は「うん」と小さく頷いた。
肩の力が、ほんの少し抜ける。
母の手の温もりが、それだけでお守りのようだった。
儀式って、案外早く終わるんだな……。
でも、ふとした疑問が胸をよぎる。
(だったら――どうして開催まで、こんなに時間がかかったんだろう?)
領主の町まで呼ばれたのは、私たち双子の聖印核が特別って理由だからわかる。
でも、なぜこの日を選ばれたのか。
どうして、うーん、考えてもその答えは出ない。
(今は、それよりも……)
窓の外に流れていく景色を見ながら、私は静かに息を吐いた。
サルフェンに再会できたこと。
そばにノアや家族がいること。
心の奥があたたかくて、不安はもう、ほとんど残っていなかった。
そのとき、前に座っていた父さんが「そうだ」と呟き、背中の荷物袋をごそごそと探り始めた。
そして――。
大切そうに包まれた長細い二つの荷を、私とノアの前にそっと差し出した。
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