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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
事実は流言より奇なるもの
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夢見る女の子②


「……というわけなんだけど、どう思う?!何か本を読んで影響されちゃったとかかな?よくあるでしょ?本の主人公みたいに私も本当は貴族なのかもしれない!とか……それにしては話し方があまりにも平民らしくなかったんだけど」


 ルイドの家から戻ったメリアは興奮しながら俺にルイド家での出来事を語った。


「メリアの言う通り、ただ絵本や話を聞いて憧れた貴族になりきっているって可能性は確かにあるな。ただ、ルイドの話に出てくるアビーちゃんとメリアの話に出てくるアビーちゃんの人物像が違いすぎる。これが演技なら大した役者だな」

「そうなんだよねえ。アビーちゃんの普段の話口調をルイドに聞いたんだけど、私が話したアビーちゃんとは全く違うみたいなんだよね」


 10歳の少女の名演技なのだろうか?食事を抜く程の?


「そういえば、なんで食事をあまり取らないのか聞いたか?」

「うん、もちろん。なんかね、料理が合わないんだって。『私、お魚料理が好きなんです。ここでの食事はお肉料理が多くて……。たとえ夢でもお肉料理はあまり食べたくありません』って。ちなみにルイド曰く、アビーちゃんは魚が少し苦手らしいよ。食べはするけど食いつきはあまりよくないって。でも試しにお昼にお魚料理を出してもらったら、嬉しそうにパクパク食べててルイド達にすごく感謝されちゃった」


 10歳の子どもが演技でそこまで出来るものなのだろうか?


「でもあまりにも人が変わったようだってルイド達が驚いているのを見て、まさか鏡の怪異が?って思ったんだけど違ったよ。アビーちゃんが鏡の前に立った時、普通に映ってた。『本当の私はもっと美人なんですよ』ってしょんぼりしてたけど」


 変わった嗜好、話し方、だが鏡の怪異は無関係か……。だが、アビーちゃんが名乗ったという名前と、一部の貴族間でしか知られていないはずのプラリーヌを知っていたということがどうも気になる。


「何かがアビーちゃんに憑いている可能性はあるな」

「何かって何?えっまさかまた悪魔?プラリーヌ好きの悪魔?」

「うーん、何かはわからないけど悪魔が取り憑いてるとは思えないんだよな。悪魔が憑いているにしてはアビーちゃんの行動に悪意がないだろう?」

「そうだね。可愛い女の子って感じだったな。プラリーヌ好きの」


 悪魔が取り憑いているとも思えないが、何かある。こういう時に相談できる相手がいればなあ……。


「悪魔が憑いているか憑いていないか確かめる方法があればな。それだけでもまずは可能性を潰せるから助かるんだけど」

「悪魔が憑いているか確かめる方法か〜。そんな方法……あ!!」


 そこで俺は先日あったという悪魔祓いの目撃談を聞いた。


「なるほどな、エクソシストか」


 エクソシストなら悪魔憑きかどうかの判断をしてもらうことができるし、警官は悪魔の仕業としか思えないような事件に遭遇した時のために、エクソシストと協力関係にある。   

 だからこそ、ローラス警官に紹介してもらって、まずは悪魔憑きかどうか確認するのはいいかもしれない。

 悪魔憑きではないのであれば他の可能性を探るしかないが、何となく悪魔が絡んでいるような胸騒ぎがする。悪魔憑きではないが悪魔が絡んでいる、そんな嫌な予感が胸の中に燻る。


 しかし……。

 俺は真剣な顔で何やら考え事をしているメリアを見る。


 ほんとにこいつは好奇心旺盛だな。

 良いところでもあるが、危ういんだよな。


「じゃあ明日、ローラス警官に会いに行ってお願いしてみようか」

「そうだな。エクソシストの紹介と私的訪問を依頼できるか聞いてみよう」



※※※



 翌日。

 ローラス警官に会いに行き事情を説明するとすぐにエクソシストに話をつけてくれた。


「先日ぶりですね、メリアさん。あなた方は初めましてですね。リリウムと申します。あなたがアルさん、そしてあなたがルイドさんですね」

「はい!先日はありがとうございました!」


 この人がメリアの言っていたエクソシストか。

 なんだか懐かしい感覚がある。初めて会うのに不思議な感じだ。


「初めまして、先日はメリアがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「いいえ、あのような巡り合わせも何かの縁だったのでしょう。それで、例の方は今どちらに?」

「エクソシスト様、お越しくださりありがとうございます。今アビーは私の母と一緒にいます。こんな大事な時に申し訳ありませんが、父は仕事で手が離せず立ち会えません」

「大丈夫ですよ。早速会いに行きましょう。突然人が変わったようになり、本人も別人の名を名乗ると聞けばエクソシストとしても確かめておきたいですからね。何かあってからでは遅いのですから」


 本来俺は立ち会う必要はない。

 だが、俺たちが手こずった悪魔を祓えるエクソシストの姿が見たいという気持ちもあって俺もこの場に立ち会わせてもらえることになった。

 メリアはというと、例のアビーちゃんがメリアに会いたがるため、ルイド一家の希望で立ち会うことになっている。


 しかし、本当にルイドは大商会の一人息子だったんだな。


 その事実にどこか納得するような心持ちで階段を上がっていくとアビーちゃんのいる部屋の前に着いた。


「皆さん、私とアビーさんの会話に疑問を抱いても何も指摘せず、見守っていただきたいのです。よろしいでしょうか?」


 リリウムさんの言葉に一同頷き、部屋へと足を踏み入れる。


 アビーちゃんはルイドのお母さんに寄り添われるようにして椅子に腰掛けていたが、メリアを見ると嬉しそうに微笑みメリアを隣に座らせた。


 なるほど、確かにルイドからも改めて聞いていた普段のアビーちゃんの様子とは違うようだ。

 子どもながら、俺が今まで仕事で接してきた貴族のような品格すら感じる。


 リリウムさんはアビーちゃんの前まで来るとルイドのお母さんに何か耳打ちをした後、アビーちゃんにいくつかの質問をしていた。


「あなたのお名前は?」

「サーシャです」

「初めましてサーシャさん。私はリリウム、エクソシストをしています」

「エクソシスト?」

「ええ。サーシャさんのご家族について教えていただけますか?」

「私の家族ですか?私のお父様はパーストン子爵です。お母様とお兄様がいます。執事の……」


 しばらくアビーちゃんと話すと、アビーちゃんを残して部屋の外へ出るように促される。


 大人しく従い、リリウムさんの後に続いて部屋を出たところで、リリウムさんが少し混み合った話ができる部屋はあるかとルイドのお母さんに尋ねた。

 ルイドのお母さんはこれに頷き、ぞろぞろとその後に続き一つの部屋へと通される。


 一体今から何が語られるのかと部屋に緊張が走る。


「単刀直入に申し上げます。アビーさんに悪魔は憑いていませんが、悪魔が関わった痕跡があります」

「悪魔?!そんなまさかっ……」


 驚いた様子で言葉が続かないお母さんに代わってルイドが続けた。


「どういうことなんでしょうか?アビーに悪魔が取り憑いたわけではないんですよね?」

「ええ、悪魔は取り憑いていません。しかし、中身が別人と入れ替わっています」

「別人と?サーシャという人物ですか?」

「はい。サーシャ・パーストン、それがアビーさんの中にいる人物です。悪魔が関与してアビーさんとサーシャ嬢の中身を入れ替えたようですね」

「一体どうして……」


 リリウムさん曰く、理由はわからないという。面白半分でやった可能性もあるし、何らかの目的がある可能性もある。

 サーシャ嬢には身に覚えがないようで、そうなるとアビーちゃんが悪魔と何らかの契約を交わした可能性もあるという。


「たとえば、『貴族になりたい』という願いを悪魔が叶えたという可能性もあります」

「否定できないわね」

「アビーならやりかねないな」


 ルイドのお母さんもルイドもそう言うとため息をついた。


「あの、リリウムさん。それならどうすれば彼女達は元通りになるんでしょうか?」


 俺の問いにリリウムさんは険しい表情をみせる。


「サーシャ嬢の身体に入れ替わったアビーさんと話をして、悪魔とそもそも契約をしたかどうか聞き出す必要があるでしょう」

「契約をしたわけではなく、悪魔の悪戯だったという場合はどうなるんですか?」


 メリアの問いにリリウムさんの表情は一層険しいものになる。


「どちらの場合にせよ、今の状態は非常に危険なんですよね」

「危険?」

「ええ。精神と肉体が異なるものに入っている状態ですからね。このままだと何かしらの問題が生じる可能性が高いでしょう」

「えっじゃあどうすればいいんですか?!」


 リリウムさんがいうには、入れ替わった身体を2体そろえたうえ、悪魔祓いを行えば悪魔の痕跡を消すことができるため元に戻るだろうということだった。


「問題は、サーシャ・パーストン嬢にどう接触するかですね」

「ええ。パーストン子爵にいきなり話しても門前払いされる可能性がありますね」

「でも、子爵達も自分の子どもの様子がおかしいって気づいてるんじゃないですか?それなら話を聞いてくれるかも」

「何かがおかしいことには気づいているでしょう。しかし、貴族にとってご令嬢に悪魔が憑いたというのは噂になるだけでも命取りです。エクソシストの訪問を良しとはしないでしょうね」

「万が一子爵が受け入れてくれても、アビーがなあ」


 ルイドの表情が曇る。


「確かに、アビーちゃんが素直に言うことを聞くとは思えないわね」

「どうしてですか?アビーちゃんだって困っているんじゃないですか?」

「メリアちゃん、確かに普通ならそうよね。アビー、の中に入ってるサーシャ嬢も状況を飲み込めていなかったんだもの」

「メリア、アビーはかなり夢見がちなところがあるんだ。よく貴族になりたいって言ってたから、むしろ今の状況を喜んでて元の身体に戻りたがらない可能性が高いと思う」


 なるほどな。となると、素直に言うことを聞くどころか逃げ回る可能性もあるか。


「自分の身体が危なくても?」

「うん。かなり楽観的なんだよ。危ないって言われても『私は大丈夫!!』って言うタイプなんだ」

「ああ、なるほど」


 メリアが納得といった顔で頷いてるのが不謹慎だが妙に面白い。


「そうなると、どのようにして2人を同じ場所に集めるか、そしてアビーさんに言うことを聞いてもらうかが問題になってきますね」

「誰か信用のおける貴族から子爵に話を通していただいて内密に悪魔祓いをできる環境を整えられればあるいは……」

「子爵に話を通せるような貴族?」

「いる!!私心当たりがあります!!ね?!」


 目を輝かせながら手を挙げるメリアの目が俺を向く。

 おい、まさか?


「メリアちゃん、それってどなた?」

「ロイド伯爵です!!」

 

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