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 飛魚亭。新鮮な魚が売りの呑み処は、アキリアとザイが好んでいく場所だった。久しぶりに店に入ると相変わらずの盛況っぷりだった。

  

 なんとか空いている席につき、すぐにエールを飲む。二人とも酒には強く、料理を頼みつつ、それを待つことなく飲んでいく。

 飲みつつもザイは珍しくアキリアが誘ってきた事が気になった。

「今日はどうしたんだ?」

「団長がザイを誘って飲めって」

「親父がー?なんでまた?」

「さぁ?」

 アキリア自身良くわからないようだったが、良く飲んでいる様子を見ると丁度いいのかもしれない。


 頼んでいた熱々のアクアパッツァが鉄板に乗ってやってきた。お腹も空いていたため、二人して黙々と魚を食べる。ある程度満たされると、ようやく話が進みだす。


「今日の訓練、なんかイライラしてるように見えたけどなんかあったのか?」

 アキリアの普段の訓練の様子はただひたすら淡々と所属の部下を相手にしていく。しかし、今日は淡々とと言うよりは、荒々しく剣を振っているように見えた。無表情のアキリアに、所属の騎士たちもやや恐怖を感じているように見えた。基本的に顔のいいやつの無表情は怖い。

 

 ザイがエールの入ったジョッキを傾けながら話をする。アキリアも飲みながら少し考えるように答えた。

 

「……、リメラリエ嬢がいた」

 その名前にザイは思い当たらず頭には疑問符が飛ぶ。あまり聞きなれない名前だった。しかし、アキリアは名前で呼んでいる。

「え、誰だっけ?」

「ファクトラン大公令嬢だ」

 そう言われてようやくピンと来た。ザイにとってはアキリアが臨時で護衛をしていた、ファクトラン家の令嬢と言う印象しかなく、名前まで覚えていなかった。

 アキリアがいなかった1ヶ月は思った以上に大変で正直人のことどころではなかった。しかも予定通りの日程では帰ってこなかったから尚更だ。

 

「え、その令嬢がどこに?」

「城に」

 その答えにさらにザイには沢山の疑問符が飛ぶ。

「え?確か、変わり者の行き遅れ令嬢だったよな?」

 そう言ったらアキリアから睨まれた気がした。いや、たぶん気のせいではない。確実に睨まれた。

「えーっと、令嬢が昼間の城にいるって、珍しいよな」

 何かパーティーや舞踏会があるならまだしも、何もない昼間にどこかの貴族令嬢がいると言うのも珍しい話だ。たしかほとんど社交にでないという話だったはず。

「文官補佐をしているらしい」

「文官補佐?へー、珍しい。貴族令嬢の役職といえば、だいたい侍女なのに」

 貴族女性でも一定の割合は侍女として城で働くこともある。ただ、ほとんどの女性は結婚すると辞めてしまうことが多く、結婚してもやめない場合は高貴な人の乳母を任される人など、ごく少数だ。

 文官は男の仕事である。令嬢が補佐として入っているというのはかなり異例なはず。

 

「いたのが問題なのか?」

 そう質問すると、アキリアは首を横に振る。

「彼女がいたこと自体は、問題じゃない」

 あの臨時の仕事の後、本当はどうだったか聞きたかったのだが、そう言えば聞けてない。アキリアの穴埋めは想像より大変で、戻ってきたアキリアに泣きついて仕事を捌いてもらったのだ。忙殺されすぎて、うっかり忘れていた。


「そう言えば、臨時の護衛仕事はどうだったんた?」

 店員に追加の注文をしながら、聞く。ここは魚調理が美味しい。レラノという魚の塩焼きを頼む。アキリアはどんどん酒が進むらしく、追加でエールを頼んでいた。

「臨時の仕事は、……色々あったが、よかった」

 

 ガタン。

 アキリアが彼らしくない表情をするため、ザイは椅子から転げ落ちそうになった。少し照れたような、幸せそうな顔をするアキリアに、驚愕の目を向ける。

 エールのジョッキを慌てて置き、アキリアの肩を掴む。

「何があったんだ?!洗いざらい話せ?!」

 照れている意味がわからん!そう思い力まさせに揺するとアキリアが嫌そうな顔をして手を外される。

「なんなんだ急に」

「お前こそその表情はなんなんだよ!」

 自分がどんな顔をしているか自覚がないらしく、怪訝そうに首を傾げている。

「しかも良かったってどういう意味だよ!」

 大混乱のザイに、アキリアは呆れたように耳を塞ぐ。

「うるさい」

「うるさくもなるさ?!早く話せ」

 ザイの催促にアキリアはしぶしぶ話し始めた。


 話を聞いていると、ファクトラン大公令嬢はかなり変わったタイプの女性だという事がわかった。少なくとも、同じようなタイプの女性をザイは知らない。

 アキリアのことを助けて魔力の使いすぎで倒れたり、魔力を使わない約束をしたのに守らなかったり。アキリアは困った人だと言う感じに話をしているが、全然困った顔をしていない。むしろ楽しそうだ。

 

 正直アキリアが女性に対して好感を抱く事自体が割と珍しい。出自が関係して簡単に女性と関係を持つこともできないと言うのはあるが……。


 まぁ、粗方聞いたところで「良かった」と言う言葉は、全然ザイが想像していたものとは違ったことはよくわかった。とても健全だった。いい歳の男女が1ヶ月以上いて何にもなしということに驚くが、変わり者と自覚のあるファクトラン大公令嬢とアキリアでは、たしかに何も進展しなさそうだと話を聞いていて思った。

 友達?とも言い難い、どんな関係なんだ?と疑問に思うが、良く考えればただの大公令嬢と臨時護衛騎士だ。それ以上、以下でもない。


 そりゃそうかとも思う。

 

 魔樹の森の大樹が驚くほど綺麗だったと言うアキリアは、そのことを思い出すと嬉しそうだ。自分だけでは絶対見れなかった物が見れて良かったと。

 ただ、普段と違って形の決まっていない仕事が楽しかったとも取れる。

(なんだかなぁー。令嬢の方はどうなんだろうな?)

 変わり者と自覚のある令嬢は今更結婚などできるはずがないと思っていて、一人で生きて行くことを考えるような女性だ。アキリアのことを男としてみているかも怪しい。見ていないに一票だ。じゃなきゃ、同じ部屋で寝こけたりしない。


「で、その令嬢に会ってなんでイラついてるんだ?」

 本人としてはイラついている訳ではないらしいが、訓練の様子などを見ると明らかにピリピリしている。

「彼女は魔力持ちだ」

「 うん、それは今の話でわかったけど?」

「……、その魔力が見込まれて、メディス卿の下についているらしい」


 メディス卿。

 メディス=サヴァトラン。

 ザイは思わず眉を寄せる。ニルドール家とサヴァトラン家は残念ながら良い関係ではない。基本に有るのが対立的な考えのため、自然と嫌な感情が現れる。

 しかし、アキリアは純粋なニルドール家ではない。あまりそう言う感情はないかと思っていたが、 表情が険しい。


「まぁ、魔力持ちならサヴァトラン家が見てもおかしくはないな。そう言うのたまにあるし」

 トランドールでは魔力持ちの人間はさして多くない。サヴァトラン家が唯一その知識や訓練をする能力を持ち合わせているため、突然家門の者に魔力持ちが現れたときには、サヴァトラン家を頼ることは珍しくない。


 アキリアはエールを飲み干すと、さらに強いお酒を頼み出した。

「大丈夫か?明日も平日だぞ」

 ザイの心配をよそに、アキリアはすぐに来た赤ワインを飲む。そしてグラスをガタンと強めにテーブルに打ちつけた。

「……、愛称で呼んでたんだ」

「は?」

 ザイは何を言っているのか分からず聞き返す。

 こいつ明らかに飲み過ぎだなと思いつつ、核心が聞けそうな予感がする。

「まだ半月しか経っていない、……どんなに長くても半月なのに……」

 アキリアはさらに赤ワインを飲み干していく。

「"リメラ"って……」

 おかしいだろ?と続きそうだが若干舌が回ってない。


 ザイはようやく合点がいった。

(アキリアをイラつかせてるのはこれか〜。そりゃ自分は1ヶ月以上一緒にいたのに、"リメラリエ嬢"呼びだもんな〜)

 少しだけ同情の目を向ける。しかし、護衛対象と護衛騎士だ。親しくなれるわけがない。一方は上司と部下の関係だ。立場的に仕方ない気がする。

(でもそれに苛立っちゃったのか〜)

「アキリア可愛いとこあるじゃん」

 とニヤニヤしながら頭をくしゃくしゃしたら、手を思いっきり振り払われた。懐かない猫みたいだ。


 ザイはせっかくなので酔っ払ったアキリアに核心を聞いてみた。

「アキリアは、リメラリエ嬢と」

「お前が名前呼びするな」

 酔っ払いが鋭い目で睨んでくる。怖すぎるだろ。

「へいへい。アキリアは、ファクトラン大公令嬢とどうなりたいんだ?」

 核心をついた質問に、アキリアは固まった。グラスを持っていた手が止まり、目はどこか知らない場所に視線が行っているようだ。


「……、リメラリエ嬢とは、二度と会うことはないと思っていたから」

 確かに騎士長のアキリアと、引きこもりの社交しない令嬢では出会うことはまずない。

「でも、文官補佐なんだろ?いつまでかわかんないけど、これから何度か城で会うことだってあるだろ?」

「……俺は、別に、どうにかなりたいわけでは……」

「メディス卿に嫉妬してるのに?」

「嫉妬?」

 大丈夫か?と心配になる。どうも全く自覚はないらしい。たかが愛称で呼んでるだけでイラついてるのに、嫉妬じゃなかったらなんだ。独占欲か?あまり変わらないだろ。

「嫉妬じゃなかったらなんなんだ?」

 あえて聞いてみたら、なんと答えていいか分からないらしく、アキリアは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。

 

 ザイはだんだんめんどくさくなり、とどめの一撃を早々に与えることにした。

「ファクトラン大公令嬢に、惚れたんだろ?」

「……、惚れ……た?」

 ザイに言われたことをそのまま繰り返したアキリアは、最初ぽかんとしていたが、次第に首元から赤みが差して、顔まで真っ赤になる。酔っ払ったせいもあるかもしれないが。

「わぁ、真っ赤になったアキリアは初めてみたかも」

「うるさい!」

 よほど恥ずかしいのか片腕で顔を隠すが、意味がない。

「いいじゃん。絶対通常ルートの敵はいないけど、本人がだいぶ枯れてるから攻略は難航しそうだけど」

「俺は別に……!」

 否定の言葉を連ねようとするアキリアにザイは呆れて、言葉をかける。

「もしかしたら、メディス卿は結婚してた気がするけど、第二夫人とかでファクトラン大公令嬢が結婚するって言うのはあるかもな。サヴァトランは魔力強い女性を好んで結婚相手に選んでるだろ?年齢は高いけど、魔力のより強い子孫を残す目的でってのは、サヴァトランならあり」

 途中まで言ったところで、すごい形相のアキリアが今にも剣を引き抜きそうで、慌てて口を止める。

「悪かった!ただの例え話だよ!でも、そんな顔するぐらいなんだから、いい加減に自分にも素直になれよ」

「……、俺は、別に、……惚れてない」

 まだ言うか!と思ったが、これ以上何か言ったところでどうにもならないなとも思った。自分で自覚するのが一番だ。

 

「まぁ、いいけどさ」

 ザイもアキリアに付き合ってワインを頼んだ。二人で黙ってワインを煽っていると、目が合い、にやりとお互い笑うと謎の酒飲み競争が始まる。

 辞めておけばいいのに、お互い酔い潰れるまで飲むと、次の日遅刻して、盛大に団長からお叱りを受けた。


 親父が飲めって言ったのに……。

ザイ視点はなかなか書きやすい

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