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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
1章 センチュアリッジと紫目の君
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7枚目 「正直者も目を逸らす」




 黒魔術。またの名を攻撃特化魔術。


 他者を攻撃する意図で使用される魔術の他、異界の獣を使役する召喚系、人を呪う呪術系の魔術などを一纏めに分類した魔術形式を指す。


 清楚で可憐なイメージのある白魔術とは正反対に危険かつ使い勝手に困る魔術とされるが、黒魔術の原点は魔力値が平均以上だった一人の人間が当時の魔法を暴発させたのが始まりなのだから、悪い印象を持たれるのは仕方がないともいえる。


 しかし、黒魔術は今でも様々な面で生活にかかわっている。


 例えば料理をする為に火を点けるにしても、土を耕す為に『土人形(ゴーレム)』を生成するにしてもだ。その使用には魔力を多く消費する為、魔力値平均の低い人族が極めるのは向いていないとされる。 


 無論、黒魔術を生命体に向ければ相手は当然怪我をする。

 人の役に立つ黒魔術は、皮肉なことに戦争によって急激な発展を遂げた。その使い方が間違っていると気付く頃には、もう戻れないぐらいに。


 私の母は。そんな黒魔術の専門家、黒魔導師だった。


『黒魔術は万能ではない――この力は、自分一人の身を守る為に使いなさい』


 これが、私が母に教わった黒魔術の全てである。


 始めてそれを聞いた時、まだ幼かった私は母に疑問を呈した。誰かを守るために使うのもいけないことなのか、と。


 母は答えた。


『そういうのは壊滅的に向いていないのよ。黒魔術は相手を傷つける手段――誰かを守ろうなんて考えてはいけない。これを向けて良いのは、殺すと決めた生き物の急所と、壊すと決めた物だけ』


 そして、こうも続けた。


『もし、どうしても他人の為にその力を奮いたいと、貴方が思ったその時は――』







「――と、ここまでは説明した通りだが。何か分からなかったことはあるか」


 回想に浸る私を現実に引き戻したのは魔導王国の白魔術士スフェーンの声だった。

 内容を聞き逃している訳ではない。首を左右に振って見せると、彼は満足げに口の端を歪めた。


「何処かの赤長髪と違って理解が速くて助かる。私はこういう助手があと一人は欲しい」

「スカウトに来てるわけじゃないんだから……ごめんね、イゥルポテーさん」

「気にしないで。それに、生きて帰れたら貴方達の国にお邪魔するのも視野に入れて良いかも知れないし。私、帰る場所はないもの」


 二杯目のコーフィー (ミルク多め、砂糖三つでヘッジホッグにお願いした。私にはこれぐらいが丁度良いようだ)を口元に運びながら、呟く。


「帰る場所、か。まあ深くは聞かんが」

「そうだね。こればかりは自分の問題だと思うけど……まあ、この一件が終わったら相談には乗らせてくれ」

「……? あ、ありがとう」


 どうやら彼らにとって、帰る場所が無いというのは一つの危機と捉えているようだ。私にとってそれは些細な問題なのだが――きっと砂漠暮らしが長すぎたのだろう。


 国に住む、という常識的感覚が麻痺するぐらいに。

 戸惑いを隠す為にコーフィーを喉に流し込むと、溶けきっていない砂糖が舌に絡まった。


 二杯目を飲み干す頃、ドクターは時計を目にすると、尖った耳をピクリと動かした。


「そろそろ時間か。外の打ち上げも後一時間ぐらいで終わるだろう」

「あい分かった」


 ヘッジホッグはスフェーンの言葉にそう声を返し立ち上がる。私も器を机に置いて立ち上がった。


 これからどうするかと言うと、一度あの檻に戻るのだ。


 彼らの説明を受け、名前を明かされたとはいえ半信半疑ではあるが――それでも私は賭けてみることにしたのだ。獣人と亜人の彼らに。彼らを雇う、彼らの帰るべき場所に。


 信じるのは難しくとも、頼ることはできる。







 舞台裏、一番目の商品として他の商品と隔離された檻。隣に居る彼らの関係者によって昏倒していた筈の男は跡形もなく運び出されていたようで、内部も掃除されていた。


 何だか、私の知らない部分で至れり尽くせりである。


「一応、確認しておくけど」


 道中、ここまで誘導してくれた獣人は、檻に新しい錠を掛けながら念を押すように言った。


「君は建前上ここの商品だ。本番である明日の夜までの命は保証されている。そのことに変わりは無い――けど、もし。誰かに競り落とされて、首輪が授与されて、首に嵌められた場合は、その保証が無くなる」

「ええ」

「そうなってしまったら、首輪は契約者しか外せないから、俺たちも無闇に手出しができなくなる。首輪の付いた……その、人は、契約者が命を握ってしまうから」


 彼は言葉を濁したが、おそらく奴隷という単語が相応しい。

 奴隷は「物」扱いなのだ。所有者の財産であり、所有物。


「だから、一人目の君に頼むしかないんだ――申し訳ない」

「それは、私を巻き込むことについてかしら? それとも、もっと別のこと?」

「……危険な事をしてもらおうとしている自覚はあるよ」


 ヘッジホッグはそう答えをはぐらかして、手元の錠を閉じた。


 硝子玉のような瞳は、すっかり暗くなってしまった周囲に溶け込んで形すらぼやけている。

 それにしても、結局最初から最後まで彼の表情を読むことはできなかった。


「準備は良いかい」

「良いわよ」

「うん。じゃあ、次の夜まではくれぐれも口を開かないように」

「……」


 善処するわ、あの金髪小僧が現れなければ多分大丈夫。


 声にこそ出さなかったが、傍目(はため)には(けわ)しい決意の表情だったと思う。


 ヘッジホッグは私が頷いたのを確認すると、来た道とは逆の方向に歩いて行った。

 黄土色のコートも、黒い武骨な革靴が立てる音も、すぐに闇に溶けて消えていく。


「……はぁ」


 気が抜けると、急に脱力感が襲ってきた。


 随分と長い間、彼らと話していたようだが。まだ朝は来ていないようだ。


 私が檻から出たことに関する騒ぎや混乱もない――彼らによれば本日は前日祭。人売りたちは明日の夜の本番に向けて、外で焼き肉をしつつ酒を仰いでいるという話だった。


 そしてこの巨大な天幕には、彼らと同じ目的で動く同僚が何名か潜入していて……本物の人売り達の眼を欺いているのだそう。


 それにしても、焼き肉かぁ。

 私も砂漠では砂魚(すなうお)を焼いて食べたものだけれど……駄目だ、お腹が空いてしまう。


 朝焼けに染まる天井を目にしながら、鉄の床に転がって目を閉じる。不安しかなかったが身体は正直なもので、溜まった疲れを癒す為か猛烈な睡魔が襲ってきた。


 私は鉄の床に寝ころび、壁側に寝返りを打った。







 島に連れて来られて三日目、即売会まであと半日。

 午後三時、起床。


「……っ」


 声が出せるのに出してはいけない、というこの状況は意外にも不便である。

 絶海の孤島生活三日目にしてそう思い知らされることになったわけだが、それでもこの状況は予想外だった。


 背中。腰。首。後頭部。肘。(かかと)。全部痛い。


 鉄製の床で寝起きしたことによる身体的ダメージが今更になって効いてきたのだろう。脱力し過ぎで寝すぎているし。

 昨日の今日でどんでん返しが過ぎたせいか、すっかり気が抜けていた。


 これは不味い。


 何が不味いかと説明するならば、首を寝違えているのがとても不味い。


 コリコリと、いかにも凝っている音を立てながら首を回すと、左に十五度(かたむ)けた所で鈍痛(どんつう)が走った。


 針の束をずぶずぶと内側から突き刺されているような痛みである。


「……!」


 声を出すわけにもいかないので、歯を食いしばって不意の痛みを堪える。


 ああ、『沈黙サイレンス』が効いていないとこういうことが起こるのか。


 他に捕まっている人たちも昨日までの私と同じように『沈黙サイレンス』が掛けられている為、私だけ解呪されたと知られたら只事じゃない。


 それでは本末転倒だ、昨晩彼らと企てた作戦が実行不可能になってしまう。


「おはようございまーす、昨夜はぐっすりだったね!」

「っ!」


 突然の声に心臓が跳ねる。顔を上げると、溌溂(はつらつ)と笑顔を振りまく金髪小僧の姿があった。


 相変わらず人生を楽しく謳歌していそうな悪党である。表情がストレスフリーっぽい。


「お、医者の白魔術がリラックス効果でも生んでくれたのかなあ。ともかく、一昨日とは見違えるようだ! 肌つやも良いし、体調も良さそうだし! これなら高く売れるね!」


 一言余計だなぁ!


「ははは、そんな顔しない。若人(わこうど)の武器は笑顔だろう? せっかくの美人が台無しだ」


 彼の台詞は歯の浮くようなプレイボーイのそれだった。


 今の私は『沈黙(サイレンス)』を掛けられている設定である為に発言できないが、もし自由であったなら速攻(そっこう)丸焦げにしているところである――が、当の本人はというと私の心情も露知らず、けらけら笑った。


 そういえば、こいつは今日の夜に向けて何か手伝ったりとかしないのだろうか?


「ん? 俺がここに居ることが不思議とでも言いたそうだね」


 そりゃあもう。


「実をいうと俺、今日夜まで仕事がないから、暇なんだよね」


 はぁ?


「はは、良い顔だ――というわけで、二時間程話し相手になって貰うよ、おねーさん」


 彼は自分の肩程に伸びた金色の髪を指で梳きながら、琥珀の眼を細めた。







 結局、他の人売りが彼を呼びに来るまでの約四時間。彼は一方的に話しかけて来た。


 他愛のない話である。


 どの辺りの出身だとか、信仰している宗教はあるか、とか。

 好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味や特技や座右の名だとか。


 知った所で魔術の得にもならない話題を振り続けた彼は、不意に、自らの口元に人差し指を当てた。


「最後に一つだけ聞いても良いかな。人間は嫌い? 自分のことは信じられる?」


 一つと言いつつ二つ質問して来たので、ひねくれ者の私は反応してやらなかった。

 ウンともスンとも言わなかった。


 いや、演技上言えないのだけれど。


 四時間通して質問攻めだと気も滅入るというもの。『沈黙サイレンス』が掛かっているフリだって楽ではない。だからこの時の私は否定も肯定もしなかった。


 板枷で束ねられた手でお手上げのポーズを取ると、彼は初めて眉間に皺を寄せてみせた。


 そんな顔をされてもこちらが困る。


「……そうだね。これをおねーさんに聴くのは野暮だった」


 じゃあ、質問の仕方を変えよう。と、金髪小僧は勝手に言って中腰になる。


 檻の柱一本分の距離をとって、彼は私の目を覗いていた。


「おねーさんは、自分で決めた選択を間違っていると思ったことはないかい?」


 私は少し考えて。それから首を横に振る。

 彼は私の反応が意外だったのか、少しだけ目を丸くして。


「そうか。いいね、それ。俺もそうなりたいな」


 ……私に人の良い笑顔を向けた。

 琥珀が水色寄りに濁って見えたのは、きっと光の加減に依るものだろう。


 金髪小僧が居なくなると、テントの外はすっかり夜になってしまったようで――つまり、これから夜が更けるにつれて始まる即売会に向けて、檻の前は騒がしくなってきた。


 右から左へ、左から右へ、赤と黒の服が行ったり来たりする。


 かくいう私の出番もそろそろ近いらしく、若い魔族の人売りが私の檻を開けた。

 出て来いと言われたので、外に出る。


 この三日間で初めて、檻の外へ出ることを許された瞬間だった。ちょっとだけ嬉しかったが、浮かれる私の腕枷に短い鎖が魔術で取り付けられる。


 そうだそうだ、私は私のやるべきことに集中しよう。


 舞台裏に連行されながら、手枷を引っ張る人売りの背中を見ながら、私は先程の金髪小僧の質問を思い出す。


『人間は嫌い?』


 ――ええ、嫌いよ。


『自分のことは信じられる?』


 ――何時(いつ)だって、自分のことを疑って生きているに決まっているでしょう。


『間違っていると思ったことはないかい?』


 ――あるに決まっている。


 私は無言のまま、この場には居ない彼に答える。

 母は、人の為に黒魔術を奮うことをよしとはしなかった。


『人の為にその力を奮いたいと、貴方が思ったその時は。貴方が、選択を間違えている』


 ――ええ、母さん。私はとっくの昔に間違えている。


 既に間違えている私が、これから起こることに躊躇(ためら)いを持つものか。

 声には出さずに、故郷に伝わるおまじないを唱える。


 狼が、死にますように。






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