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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
3章 赤魔術士は紫空に咲う
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65枚目 「悪い癖」


 夜も更け、橙の間接照明が照らす回廊を行く。


 ノワールが部屋まで送ろうと声を掛けたものの、ラエルはそれを断った。

 監視がついていて、安全の保障はされていること。一人になりたいという個人的事情。


 いち蝙蝠が意見するわけにもいかず、ロゼッタとノワールとは資料室入り口で分かれる事となった。


 去り際、施錠された扉の向こうから聞こえた乾いた羽音が耳に残る。


「……」


 部屋に戻れば先日のカムメの煮つけがあるので、夕飯はそれを片手に魔術の練習をする予定のラエルである……が、感情が不安定な現在、どのように魔力を練ろうと失敗する末来は見えていた。


(こうして独り歩きするのは久しぶりかも知れない)


 変態の一件から仕事以外の外出を控えていたラエルは、資料室通いを続ける間も一人になることを極力避けていた。だから、独り歩きは数日ぶりのことである。


(それにしても、本当に人が少ないわね……夕飯時だから?)


 食事処の殆どは商業区画のある三棟に集中している為、四棟からはすっかり人の気配が無くなってしまうのだろう。


 ラエルは照明の消えた階段に足をかけ、上の階を目指す。


 五階に辿り着いた黒髪の少女は顔にかかる横髪を手で払いつつ、比較的大きな硝子が嵌め込まれた渡り廊下へとたどり着いた。


 この先が三棟――建物内部での移動手段を用意するとは、よくできた建物である。


(あ。今日は、晴れてるんだ)


 散光を取り込む窓から、弱々しい星の色が目に入る。

 浮島は雲の上に出たり雲の中に沈んだりと天気が安定しないので、雲の無い透いた夜空が見られるのは珍しいのだ。


(……とはいっても、留星(とめぼし)しか分からないわね……)


 黒髪の少女は星にあまり興味がない。天星学の存在は知っているものの、サバイバル生活が長かったからか、少女にとって留星は南を探すのに便利な方位針でしかない。


(あとは、月)


 小さな白い灰の月と、少し大きい青の月。


 並んでいるので姉妹星に見えるが、色も大きさも大分差があるので別々に生まれたのではといわれている。こちらは父親に聞いたただのおとぎ話のようなもので、月人伝説を聞いた時には幼いながら「あんな遠い所に人間が住んでいてたまるか」と一蹴したものだ。


 そして、眼下は海だ。

 月の光と、魔導王国の所々に設置されているらしい光源にめらめらと動めいている。吸い込まれそうな黒色だった。


(……じゃないわ、部屋に戻らないと)


 星に見惚れるのは後にして、今日の所は自室へと向かうラエルだった。


 はずなのだが。


「ぴょーん」

「うわぁあ!?」


 まさか、自室前で飛び上がることになろうとは思うまい。


「え、ぇエルメさん!? 暗闇からいきなり顔を出さないでほしいわ!! 驚くから!!」


 バクつく心臓を抑えるラエルとは対照的に、待ち構えていた側である烈火隊の女騎士は長い耳をさわさわしつつ笑みを浮かべた。


「虫の心臓みたいな反応ぴょーん。でも、元気みたいで良かったぴょーん」

「……私は元気そのものよ?」

「知ってるぴょーん。だから」


 エルメは長い耳を揺らし、爪先で跳ねるように黒髪の少女の正面に立つ。

 頭二つ分の身長差がある獣人は身をかがめ、目線を合わせてきた。


 橙色の虹彩が、月明りを弾いて輝く。


「いい加減気づいてるだろうと思って話をしに来たんだぴょーん、ポテー」

「……き、気づく?」


 眉を寄せる少女に獣人は「ぐっ」と顔を寄せた。


「最近、妙な嫌がらせを受けた覚えはないぴょーん?」

「嫌がらせ。誰が?」

「ポテーが」

「ないわよ?」

「そうそう、例えば面倒臭い注文方法で弁当の大量受注があったり――ってんん?」


 獣人の語尾が外れた。

 エルメは慌てて首を左右に振る。水を被った獣のような動きだ。


「ポテー。本気で言ってるぴょーん?」

「ええ」

「まさかあ、ポテーに限って勘づいてないわけ――え、もしかして本気で言ってる?」

「本気だけれど。それより貴女、語尾が付かない方が素なのね」

「ぴょーん」

「誤魔化したわね……良いわよ、突っ込まないから。それで、私に嫌がらせをしてる人でも居るのかしら?」

「……あー、うーんと……ぴょーん……」


 居心地悪そうに身を捩ったエルメは、赤い毛先を摘まむ。鋭い前歯が苦い笑みの縁で見え隠れした。


 烈火隊の女騎士はしばらくの間歯切れ悪くフィラー言葉を繰り返したが、観念したのかラエルの方を振り向いた。


 腰に挿したレイピアが金具に触れ、音を立てる。物音の無い静かな回廊で、金属音はやけに響いた。


「ポテー、明日と明後日は用事あるぴょーん?」

「モスリーキッチンのシフトが入っているわ。いつもの通りね」

「それはそうか、ぴょーん。……それなら、何があっても守れそうでいい」

「?」

「こっちの話だぴょーん。まあ、これから数日は気張ることをお勧めするぴょーん」


 怪我をしたくなければ。


 それだけ言い残し、獣人は腕を振りながら二棟の方角へ行ってしまった。


 振り返した腕を下ろし、首を傾げる黒髪の少女。


 どうやら忠告された事実だけは理解できたので、メモ帳に指文字を走らせる。

 『しばらくは周囲に気を配ること』と。


 懐に仕舞いこんで、ようやく一息つく。やけに情報量の多い一日である。


 今の忠告以外にも検討事項は多々ある。


 魔導王国のこと、パリーゼデルヴィンドのこと、イシクブールへ連れて行かれただろう両親のこと、モスリーキッチンのこと。そして、そっけない態度を取る針鼠との付き合い方。


「……そういえばあの人、あんなところで何してたのかしら」


 そうして少女は、先程まで資料室に居たであろう彼のことを思案した。







 息を潜めるのは慣れているつもりだったのだが、獣の鼻はごまかせなかったらしい。


『です』

「うおっ」


 地下書庫から戻って来た黒髪の少女が資料室を出て行ったのを確認して気を抜いたハーミットは、丸めていた身体を伸ばしている最中に顔なじみの蝙蝠に見つかった。


「こ、こんばんは、ノワール。丁度君の時間だな?」

『……貴方、ここで何してたです』


 首を傾げる針鼠。丸めた身体を伸ばしたとはいえ腰は床に着いたままだし、座席の下に身を隠していた事実は変わらない。彼は正直に答えることにした。


「聞き耳立ててた」

『最悪です、ストーカーです。通報しますです』

「あっはは。良いのよぅノワール、あの娘も勘付いてたみたいだしぃ?」


 司書が赤い目を細めて欠伸をする。一時間会話をしたことにより、睡魔が復活したらしい。


 半眼のまま、魔鏡素材(マジックミラー)の瞳をねめつける。


「それでぇ、どういう理由かは、教えてくれるんでしょうねぇ」

「……聞きたいか?」

「知りたいわぁ」


 怒りを隠さない満面の笑みで返されて、ちょっとたじろぐ針鼠。

 周囲に利用者がいないのを確認した上で、鼠顔を取り外す。


 白い肌が少し荒れ、目元には深い隈がある。


 角柱粉状痕隠し(プリズムコンシーラー)を使用していない素顔が晒されたことで、ロゼッタは思わず後ずさりした。


「追い詰められてるわねぇ……」

「諸事情で金欠なんだ。別に、精神的疲労が原因じゃあない」


 資料室の薄暗さに紛れ、いつもの様に笑みを浮かべるハーミット。

 毒気を抜かれたのか、今の今まで説教する気でいたロゼッタは深いため息をついた。つまり、これは彼女にはどうしようもない馬鹿の所業である。


「それで、用件はぁ?」


 司書は睡魔と戦うのを諦め、今にも目を擦ろうとする。

 やつれ気味の金髪少年は言葉を続けた。


「王様に勘付かれた」


 ぴしり、と。空気が軋む。


『……何の話です?』


 首を回す蝙蝠が、珍しく少年の手の甲に擦り寄る。


『それは、ノワールが聞いていても良い話です?』

「ノワールには知っていてほしい。彼女とも仲良くなったみたいだし」

『彼女? ラエルさんの事です?』

「ああ、そうだ」


 濁った目が橙のカンテラに反射する。

 琥珀は深みを増し、黒い瞳孔が縮まる。


 司書は薄ら笑いを辞め、にらみつける勢いで少年に視線を移した。


「どうするの。予想していたよりずっと早いじゃない」

「まぁ、ね。事態がどう転ぶにせよ俺にできることは変わらないよ」

「……二割、ねぇ」

「そうだな。しかも考え得る限り最悪の展開だ」


 先手を打った筈なんだけど、悉く邪魔されている。

 呟きつつ金髪を揺らし、少年は眉を顰める。


「正直、こんなに早く布石を砕かれるとは思わなかった」

「……王様の意見は聞いたの」

「予言通りだったよ」

「そぅ」


 睡魔が吹き飛んだのか、怠惰のロゼッタは瞼を閉じて腕を組む。数秒そうしていたが、巻いた赤紫の髪に指を埋めると悔しそうに首を振った。


 見開かれた赤の中に、先程までの余裕は見られない。


「視えたのか」

「……えぇ」

「そうか。分かった、ありがとうロゼ」

「まさかとは思うけれどぅ……この期に及んで諦めるつもりぃ?」

「ん。誰がそんな事を言ったんだ?」


 そう不満げに言って、少年は琥珀を歪めた。

 信じられないことを聞いたような声音で、口の片端を上げる。


 ハーミットはノワールを手招きして、その小さな額に指を這わせた。

 蝙蝠は金髪少年を睨みこそすれ、その掌から逃げ出そうとはしない。


「――肩に翼があろうと関係ない」


 それはきっと、死ぬまで治らない悪癖。


「彼女は死なせないよ。まだ死んで欲しくないからね」


 濁ることなく強欲に在る為の覚悟ゆえ。





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