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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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277枚目 「目論でシザーカット」


 耳鳴りがする静けさだった。


 鱗肌の大男は黄金の目を歪め、鍾乳石から滴る雫に身震いする。


 壁を背に横向きで転がった蜥蜴の獣人――クレマスマーグ・サンゲイザーは剣呑な視線をひとりの女性へと浴びせていた。


 天井から降る安堵の声は、今の蜥蜴の耳には入らなかった。


 白服の女性は言葉と手指を駆使して灰髪の少年を褒めちぎった後に、顔の横に揺れる重たげなツインテール擬きと共に振り返る。

 相変わらずどこを見ているのか分からない黒目が二つ、サンゲイザーが起床した事実を認識する。


 白魔術士は手にした緑色の光に一言二言告げると消音(ミュート)に切り替えた。治療を終えたらしい衛兵と少年から離れ、蜥蜴の方へ近づいて。


 そうして、距離を保ったまま足を止める。


 サンゲイザーの尾がギリギリ届かない間合いだ。事実彼女の片腕は背中に回されたままで、有事の際に得物を手にするだろうことが容易に想像できた。


 バクハイムから本村まで共にやってきて、比較的紳士に接してきたつもりでいた蜥蜴の獣人にしてみればこの対応は癪に障るものだったが――思考を巡らせ、頭上から降り注ぐかつての同志たちの存在を思い出すことで納得する。


(……確かに、絶好の機会ではあるな)


 サンゲイザーには、イシクブールで捕まった賊たちを助ける義理がない。


 この場で派手に暴れて外の三人と合流してしまえば、どうにかこの村を出られるかもしれない。


 脱出の障害は人質をとって針鼠を脅せばどうにかなるだろうし、白魔術士をこの場に置いて逃げれば、根本の契約を無視することもできる。


 渥地(あつしち)酸土(テラロッサ)が気に食わないなら新しく酸土(テラロッサ)を立ち上げるまでだ。かつての彼らのように、不条理に踏み台にされた者たちを受け止める場所を作るだけだ。


 サンゲイザーは、手繰るようにする。

 痺れがとれない手を握ろうとする。


 蟲の攻撃で千切れた腕の腱は、自己再生したばかりで使い物にならない。


 石すら握り込めない腕でツァツリーの斧棍を捌ききれるかは――分かり切っていた。


(……)


 サンゲイザーは考える。


 灰髪の少年は現場の空気に気づいていない。

 灰眼の衛兵もこちらを気にしてはいない。

 頭上にある三人分の気配からは、明らかに毒気が抜けている。


 手負いの獣人を正当に評価した上で警戒を解かなかったのは、目の前の白魔術士ただひとりだけだ。


 脳裏に(よぎ)ったのは、土の話をする女だった。


 黒曜の眼を無言で眺め続けていたサンゲイザーは、視界に(よぎ)った影に瞠目して――ついぞ諦めると、苦々しく笑って両手を挙げた。


「しゅるるるる! そう警戒すんなよ、何もしねぇさ」

「……そうですか。肩慣らしでもするつもりなのかと思いました」


 ツァツリーは言いながらも体制を崩さない。

 蜥蜴の獣人と距離をとったまま、体重を片足に乗せた。


 サンゲイザーは悪態の一つも吐けずに喉を鳴らした。


 何か言い返してやろうとも思ったが、目の前の白き者(エルフ)には冗談が通じる気がしない。


 治療者と患者の立場上、サンゲイザー側が素直にならざるを得ないという点でも下手をすれば地雷を踏みかねず……それは個人的に、物凄く気が乗らないことだった。


 距離をとったまま警戒され続けている現状も気に食わないが。まあそれは、蚤の市のごたごたをやらかした故の因果応報だ、仕方がない。今日のところは我慢しよう――サンゲイザーはそんな風に無理やりこの場に留まる理由をこじつけると、いよいよ壁に背を預けた。


 壁に背をぴたりとつければ、簡単に立ち上がることはできなくなる。


 ツァツリーはそれを見てようやく、サンゲイザーの戦意がないと認識したようだ。後ろ手に回していた右腕を前に出し、緩く腕を組む。


(いや、腕組むのかよ)


 サンゲイザーは内心げんなりとしたが、この辺りが妥協点だろう。


 ツァツリーが警戒を解いたことで洞窟内の空気が幾らか和らいだ。動かすのも苦しい身体で虚勢を張る身としては、存外悪くない報酬だった。


 サンゲイザーは鱗肌の調子を確認するように端からパタパタと開いて閉じてを繰り返しながら、それとなく口を開く。


「……この村に来てから、どれぐらい経った?」

「今日で三日目になりますね」

「そうか。悪いが、オレは戦力にならねぇぞ」

「そうですね。見れば分かります」


 ツァツリーは淡々と言って、背後を伺う。

 キーナとエヴァンの気が向いていないと確認して、サンゲイザーとの距離を詰めた。


 鱗肌の手を取ると、手早く診察を行う。


「魔力導線は問題なく機能しているようですが……貴方の腕は既に自己再生していたので魔力補給瓶(ポーション)での再修復は不可能でした。今すぐ命にかかわることはありませんが。暫くは何も握れないかと思います」

「しゅるるるる」

「……この期に及んで回復術を使用しない私を。恨めしく思いますか」


 ぽつり、と。ツァツリーは言った。


 サンゲイザーには一瞬、ツァツリーが何の話をしているのか分からなかったが、それとなく衛兵の方を見て理解した。


 サンドクォーツクの衛兵とやらは、灰髪の坊ちゃんに塞がったばかりの傷跡をつつかれ苦笑していた。くすぐったいのと喪失感とで感情の整理がついていない様子だ。


 彼らも相応に追い詰められているのは間違いない――だが、目の前の白魔術士の心労はその比ではない。


 彼女は高所に晒された瞬間以外は冷静沈着で、危機下においても適切な判断が下せる人間だ。それが、今の今まで眠りこけていた蜥蜴の獣人に弱音をこぼすほどだから相当である。


 ツァツリーの言葉は、表面だけを掬えば「回復術を使用する余裕がある」ともとれる発言だが……恐らくそうではない故に悩むのだろう。


 蜥蜴の獣人は思案して、「ぎい」と顔を歪ませる。


「まさかとは思うが、黒魔術士を治す時に隠れて太ももに打ってたやつでも使おうってか?」

「……合法の導線安定剤(アンプル)です。二度打ったところで死にはしません」

「しゅるるるる。やめろ、アンタにまで戦力外になられると困る」

「その腕で槍が振れるようになるまで。かなりの時間を要するとしても。ですか」

「……薬漬けにならなきゃ使えねぇ白魔術に頼る気はねぇ」


 それに、村に来る道中で聞いていたことでもある。


 ツァツリーは「回復術が得意ではない」と自らの口で申告済みだ。発現時に過回復が起こる可能性が高く、他者へ安易に施せないと。彼女は最初から、そう宣言していた。


 回復術式の暴発「過回復」は、一言で表せば細胞の破裂現象だ。それが治療中に起これば大事では済まない。


 導線安定剤(アンプル)にしたってこの場で出し渋るほどなのだから「そもそも使うべきではない手」なのだろう。


(反応から、次使えば再起不能ってとこだろうなぁ。……だが)


 蜥蜴や衛兵はそうでなくとも、これから起こるだろう闘いに強化付与術使い(エンチャンター)は必要だ。彼女は現場に必須なのだ――そのような予感が、確信と共にあった。だからサンゲイザーは、この場で必要以上の治療を望まなかった。


 ツァツリーは僅かに頭を下げ、ほんの少しだけ怪訝そうに眉を顰める。


「……お気遣い感謝します」

「くくっ。貸しひとつだぁな」


 サンゲイザーは思惑を隠し、口を吊り上げた。

 白魔術士は再び、無言で踵を返した。


 エヴァンの話し相手になっていたキーナは、ツァツリーに気づくと立ち上がる。


 塞がったばかりの傷痕を触るのは流石に配慮に欠けていただろうか、などと好奇心に負けた自分との格闘を脳内でしたのちに首を振った。


 思考を切り替える。必要な反省は心の内で済ませた。


 今のところツァツリーは怒る素振りもない……思い出すだけで赤面必至の褒め殺しを再度食らうのも困るので、キーナはできるだけ平常心を保つことに決めたらしい。


「は、話は終わったんだ? そろそろ戻るの?」

「ええ。どうですかエヴァンさん。悪寒や酷い痛みなどはありますか」

「大分良くなったっすよ!! あぁでも、今みたいに叫ぶと血が足りない気配が……っ」


 言いながら「ふらり」とするエヴァン。寝袋に入ったまま座っている彼の顔はおおよそ血色が良いとは言えないが、貧血ばかりは魔術でもどうにもできない。


 数日分の魔力補給瓶(ポーション)と鉄剤と栄養食、寝袋と時間をつぶせるカードゲーム、そして万が一にも使える魔法具が幾つか。支給した物資はそのようなものだった。


 ツァツリーは持ち帰る備品を小さな袋にまとめ、上に居るファレに引き上げさせた。


「無理はしないでくださいね」

「き、肝に命じます……!」

「キニーネさんも」

「うん、分かったよ」


 キーナが頷くと、ツァツリーは感慨深そうに組んでいた腕を解いた。


「――貴方はよい子ですね。ラエルさんも貴方くらい素直であればいいのですが」

「わ。分かった、分かったからぎゅーってしないでツァツリーさん。苦しくはないけど凄く恥ずかしいからさ、凄く恥ずかしいからさ!?」

「……失礼しました。ええ。難しいことは私たちに任せて。貴方たちは引き続き。生き残ることに注力してください」


 天井の穴から、再び紐が下りてくる。


 悶え苦しむキーナを解放したツァツリーは、下がってきたそれの輪っかに片足をかける。数秒の躊躇と闘った後、紐を引っ張った。


「それでは。遅くとも二日後に再会を誓います。くれぐれもご健勝であられますよう……っう!? い。いきなり引き上げるとかっ、もっとここここ心の準備とかさせっ――」


 ……させてくれなかったようだ。


 来た時とは逆向きに叫び散らしながら登って行ったツァツリーを見送って、手を振るキーナとエヴァン。


「行っちゃったっすねぇ」

「うん、行ったね」

「そうだなぁ、行ったなぁ」


 サンゲイザーまでそう言って、のそりと立ち上がった。


 エヴァンはしばらく天井の方を眺めていたものの、ふと視界に入ったキーナの行動に首を傾げる。

 灰髪の少年の手にあったのは、彼がずっと身に着けていた腕輪型の回線硝子(ラインビードロ)だった。


「……どうして坊ちゃん、自分の回線硝子(ラインビードロ)なんか構えてるんです? あと獣人さんも見違えるほど元気になったっすね? え?」


 赤褐色の鱗に覆われた大柄の獣人はあっという間に二人と距離を詰めて、座り込んだままのエヴァンと立ったままのキーナがその影に入る。縦長の瞳孔が細められ、サンゲイザーは手負いの衛兵を前に喉を鳴らした。


「サンゲイザーで構わねぇよ、骨守エヴァン。……あー、なんだ。考えていることが同じようで助かるぜ。スカルペッロの坊ちゃんよぉ」

「あはは。そりゃあね、できることがあるなら全部やるべきだろ?」

「しゅるるるる! 同感だ。多少は物資が確保できたとはいえ、ここが敵陣なのは変わらねぇ。お堅い言葉を額面通り受け止めて()()()()()わけにはいかねぇからなぁ」

「え、えぇ……?」


 いやいや、大人しく救助を待つのではいけないんだろうか。エヴァンは眉根を寄せて顔面を引きつらせたが、しかし二人の言い分にも一理あると思ってしまった。


 骨守エヴァンは、やはり押しに弱いらしい。


 青灰と黄金はそのことを確認して、密かに視線を交わす。


「……そうだなぁ、僕らが無理しない程度に効率よく協力可能で、尚且つ生き残れる! なんて、夢のような方法を模索可能な頭脳役が欲しいところだね!」

「そりゃあいいな。相談役なら、あっちの状況を把握できてる奴が望ましいが」

「うん。それに、検討した結果が『待機』なら僕もそれに従うし。無理はしないよ? 安心してよ、エヴァンさん!」

「は、はぁ……ええと、結局はそのぉ……な、何するつもりなんすか?」


 「自分にできることはあるのか」とまでは言いださなかったエヴァンだが、注ぎ込まれた情報量に押し流されてしまったのも確か。


 共犯者そのいち、誕生の瞬間である。


 ここまで上手くことが運ぶとは夢にも思っていなかったキーナが引きつりそうになる頬を抑えて視線を上に向けると、頭上の蜥蜴顔も同じく引きつった笑みになりかけた口角を抑え込んでいるところだった。


(な、何だかサンドクォーツクの衛兵をしているという事実が信じられなくなるほどお人好しというか、押しに弱すぎるにもほどがあるんじゃあないだろうか……)


 まあ、長期間の隔離に耐えかねた二人にとっては外部の情報と知恵を手に入れることさえできれば万々歳だった。

 敵陣に居る以上「備え」は必要だ。決して、エヴァンを騙しているわけではない。言いくるめただけである。


 結果として白魔術士の忠告を無視する形になってしまうが、状況が状況なので許して欲しい。

 謝罪の気持ちはともかく、二人は天井の穴がある方向に謝っておくことにした。


 ごめんなさい。


「――よし、そうと決まれば善は急げだ! 何はともあれ報連相、行動あるのみ!」


 スカルペッロの坊ちゃまであるキーナが身に着ける装備には、それなりの技術がつぎ込まれている。恐らくは、自らが身に着ける回線硝子(ラインビードロ)でも同じ程度の技術を駆使してつくられたもの同士であれば繋がると考えた。


(別に、外部と通信が取れないか試さなかったわけじゃない。でも爺ちゃんとかに回線(ライン)を繋ぐ努力はしても、あの人だけは試すことすらしてなかったからな……!!)


 キーナは回線硝子(ラインビードロ)消音(ミュート)を解除すると、誰かに通信を飛ばす。物資にあった暇つぶし用のカードセットはエヴァンに手渡された。


「えっと……?」

「まあまあまあ、エヴァンさんはとりあえず束でも切っててよ。説明するからさ」

「は、はぁ」

「ほら、出せる手札は多い方が安心するだろ?」


 エヴァンは疑心しながらもカードを受け取って、器用にも片手で混ぜていく。


 黄金と青灰はそれを見て、何故かにっこにこであった。





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