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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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274枚目 「長袖の衛兵」


「…………………………いいえ」

「とても長い間があったわね……」


 ハーミットが策に関して言い渋ったのは、これが理由だったのだろう。


 二人分の半眼を前にツァツリーはわずかに目元を歪めた。この期に及んでまだシラを切るつもりでいるらしい。

 彼女がいくら誤魔化そうが、道中の反応を思い返せばバレバレなのだが――現状を踏まえると、どうもそれだけが理由ではなさそうだった。


「『いいえ』といったら『いいえ』です。それとも。他に都合のいい代替案がありますか? 仮にハーミットさんやラエルさんが穴を潜れたとして。適切な治療を施せる保証があると?」

「ないよ。ないけど、今回の治療内容はツァツリーさんの専門とも離れている。現状を聞いていたなら説明は省くけど、もし彼が受けた毒が消化系だった場合は純粋な回復術での治療しか通用しないだろう。魔力補給瓶(ポーション)を用意したとして、自己再生に失敗した組織の治療にはかなり神経を使うはずだ」


 それに、ツァツリーはこの村へ来る途中、回復術が得意ではないと言っていた。重傷を負ったラエルの治療はこなせたのに、だ。そこには何か理由があるはず。


 実力不相応に謙遜する治療者に患者を任せるなど――不安が勝つに決まっている。


「貴方にとって()()()()()()、俺の責任で引き留めます」

「行きます」


 ツァツリーは即答した。

 黒曜石を思わせる眼が、カンテラの橙を反射する。


「白魔術士が必要なのでしょう。私が行くべきです」


 ハーミットは硝子の瞳越しに彼女を観察していたものの、どうやら意思が固いと分かって一呼吸する。白魔術士に限らず、こうなった頑固者の考えをひっくり返すのは難しい。


 僅かに補給された酸素で思考を回した彼は、眉間に皺を寄せながらも「了承」の旨を口にした。


 一度方針が決まればあっという間だった。トカやレーテに状況を説明して回線硝子(ラインビードロ)を持つラエルの安全を確保した後、ハーミットが所持していた魔力補給瓶(ポーション)や毒消しに使用できる薬類、寝袋を始めとした物資、携帯食料などを荷物にまとめる。


 ツァツリーは単身を希望したが、日が既に落ちている状況で単独行動はさせられない。ハーミットは立候補したものの同行を拒否されてしまったので、代わりに賊の三人が付いていくことに決まった。


 渋い顔をする針鼠に対し、ツァツリーは「当然だ」と口の端を下げる。


「強欲さま。貴方。あそこまで言っておいてラエルさんを置いていくつもりだったでしょう」

「……俺はツァツリーさんも心配なんだよ」

「言い方を間違えていませんか? 貴方が案じているのは全員(・・)でしょう?」

「…………」


 ぐぅの音すら封じる正論にハーミットは珍しく根負けした。針並み揺れる肩を落としながら待機中のクリザンテイムとファレへ声をかけ、荷物の扱いと諸注意をするようだ。


 ツァツリーは溜息をつき、足元で長物の手入れをする白髪の青年へ視線をやる。


 革張りの胸部プレートに長手甲。腰元に下がったダガーの鞘。赤土色に染められた外套も含め、それらは彼女の記憶にないものだった。


 何処か遠慮がちな態度も。時折何かを思い出すかのように耽り、まだ慣れないだろう黒木の手足で空を掴むさまも。ツァツリーが知るジェムシの姿とはかけ離れている。


 変わらないのは、彼が手にしている長物だけだろうか。


「んなじろじろと見てくれるなよ。穴でも開けるつもりか?」

「いいえ。護衛の方法はお任せします。道中よろしくお願いします」


 錆浅葱の視線から逃れるように、白魔術士は一歩前へ出る。


 何もかもから目を逸らしたがっている自覚を持ちながら、ツァツリーは遠くへ視線をやった。

 黒髪の少女は魔族の骨守に回線硝子(ラインビードロ)を任せたようで、孫の無事を確認しようと熱を振りまく彼を遠巻きにしながら父親と会話している。


 先ほどに比べると大分顔色が良くなっているように思えるが、やはり気まずさがあるのだろう。ラエルの表情は硬いままで、トカもどこか取り繕っているようだった。


「……」


 髪を纏めた黒布と金属輪が振り子になる。

 小舟が浮島を離れるのに、そう時間はかからなかった。







「はー……やっと爺ちゃんの説教から解放された……」

「ははは。凄かったっすね、心配されてる証拠っすよ」

「そうかもしれないけど、耳がキーンってなるんだよ」


 一通りの現状報告と雑談を終えて、キーナは回線硝子(ラインビードロ)を手にしたまま口を尖らせた。

 灰髪の少年がぼやく話題はもっぱら口うるさい祖父のことで、エヴァンにしてみればほほえましいばかりである。


 生存確認のためにつなげたままの回線硝子(ラインビードロ)は、現在消音(ミュート)状態になっている。


 ぼろぼろになったパーカーの胸元にピンを留めたキーナは、膝を抱えながらこめかみをぐりぐりマッサージした。


 青灰の視線を前にやれば、部屋の一番奥の方で蜥蜴の獣人――サンゲイザーが寝入っている。


 これだけ近距離で話していても呼吸の音はおろか身じろぎひとつしない。キーナは彼の鼻先に僅かな風の流れがある事実を時折確かめては元の位置に戻ることを繰り返していた。


 座り直す度に、まだ息はある。大丈夫だ。と自身に言い聞かせている。


 ハーミットらが言うには、食料を始めとした物資と治療者がこちらへ向かっているらしい。道中、蜘蛛の群れと遭遇しないことを祈りたいものだ――そして、できるだけ早く来てほしいと思う。


「……白魔術士が来たらバレることなのに。どうして言わなかったのさ」


 キーナは膝に顔を埋めて呟いた。

 帰って来る答えが分かっている以上、壁打ちのようなものだ。


 エヴァンは目を瞬かせると、左手を顎に寄せ「ふむ」と考える。


「そうっすねぇ。例えばですけど。これを見た相手は、どういう反応をすると思います?」

「……理由を聞くよ。根掘り葉掘り聞く。心配になるし、悲しくなる。あと、怒る」

「流石は坊ちゃん。優しいっすね」


 エヴァンは、灰色の目を優しく細めた。


「俺。衛兵になる前もなった後も、割と人と交流する機会が多くてですね。そうすると、いろんな種族のいろんな立場の人と話をしたり、付き合っていくことになるんすよ。良いやつも悪いやつも沢山見てきました」

「……」

「当然()なものも、見るんです。だから俺は、()()を知られることが怖い。人生の恩人に、そういう目で見られる可能性があると思うと……ちょっと耐えられる気がしなかったんすよ」

「あの人は、そういうの気にしないと思うけど?」

「でしょうね。俺もそう思いますし、そう信じてますけど」


 衛兵はへにゃりと力ない笑みを浮かべた。


 彼の黒い長袖は、武骨な手首までをしっかりと覆っている。その左腕は細身の筋肉質な腕を浮き彫りにしているのだが、右腕は違った。


 右袖は、半分辺りで適当に縊られている。


「……カムメ好きとしては、鳥骨(とりほね)を抜く技術がこんなところで役に立つとは! って感じでしたけどね?」


 エヴァンは目を伏せる。


 彼にしてみれば、隣のスカルペッロにだって言えていないことがまだある。本来なら散々頭を下げなければならない立場だというのに、ここまで案じられては踏ん切りをつけられそうもないのだが。


(もっと、怯えてくれたらよかったのに。もっと、恐れてくれてよかったのに)


 この部屋まで歩いてくるだけで、少年の優しさには眩暈(めまい)がした。


 青灰の視線を注がれる度に、望まれた役割すら果たせない自分自身が、人から離れていくような気分だった。


「ですからその……できれば、ぎりぎりまで秘密にしててもらえません?」

「……うん。でも、治療に来る白魔術士には教えるよ。あの人に隠し通せる自信が僕にはない」

「う。それは確かに、仕方がないっすねぇ」


 長袖の衛兵は空笑いする。

 灰髪の少年は膝に顔をうずめる。


 サンドクォーツクの衛兵、愛称はエヴァン。


 彼の(いみな)は、エヴァンジェ・()()()()()()


 この村で産まれ、バクハイムで育ち、サンドクォーツクへ落ち延びた骨守である。





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