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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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266枚目 「遣る方無い錆色」


 聞いてみれば、グリッタが冷静を保っている理由は至極単純なものだった。


 代替者グリッタの連動先は、キニーネ・スカルペッロ=ラールギロス。


 代替者(グリッタ)が死んでいないのだから連携先(キーナ)は無事なのだ――そう、その身の万全をもって知っていたからだった。


 針鼠は「うんうん」と理解した素振りをしつつ左手を握り込む。


「言い分は分かった。歯を食いしばってもらってもいいかな?」

「恐らくだがお前さんの全力にお兄さんの頭部は耐えられないぞ」

「その通りよハーミット。ほら、椅子をもってきたから座って頂戴」


 ラエルは一周回って冷静になったのか、固まって動かないハーミットに声をかける。ゴロゴロと転がしてきたそれは、薪割り前の短い丸太だった。


 ラエルはワンピースの裾を抑えて腰を下ろす。少年はふてくされながら顔前の襟を締め、少し前から発動させていたらしい防音魔法具を目の前に設置して、腰を下ろした。


 律儀に歯を食いしばっていてくれたらしいカフス売りに顔を上げるよう促すと、針鼠は至って明るい声音で言葉の続きを口にする。


「……状況は理解したよ。グリッタさんはあの魔族と契約を交わして、同意の上で『代替者(エアザッツ)の心臓(・ハーツ)』を受けた。という解釈で間違いない?」

「ああ、間違いない」


 針鼠は一瞬、呼吸を止める。

 徐に組まれた足は、呼吸に合わせて揺ら揺らとした。


「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ」

「そりゃあ言う気がなかったからなぁ。キー坊にバレると不味いし、当初の予定ではイシクブールに引き返すのもありっちゃありだった。あの魔族の男に会うまでは、だが」


 ラエルは眉間に皺を寄せたまま俯く。


 バクハイムに滞在していた自称絵描きのスターリング・パーカー。彼の存在がこうも現状をかき回すことになるとは予想だにしていなかった。

 しかしよくよく思い返すとあの男は「麦をどうにかしたい」という依頼を解決するためと言いながら、一般人であるレーテを始めとした三人をラエルたちの行動に巻き込んでいるのである。


(村で再会したときに取り押さえることができればよかったのかしら。でも、彼は村の問題を解決しようと動いていたのだし……うう、頭が痛くなってきた)


 様々なトラブルの原因となりつつも、結果的にこの本村と呼ばれる地域へ続く道を教えてくれたのも彼だった。ラエルは思考回路がパンクする前に思考停止した。今は目の前の問題で手いっぱいである。


 その隣、ハーミットは考えることを辞めようとしない。

 鼠顔越しにもはっきり分かる熟慮の姿勢で、グリッタへの質問を続ける。


「それにしたって、自分の命を担保にすることはないだろう。貴方がそこまで思い詰めているとは思わなかった」

「そう深刻な空気を出さないでくれ。臓器ひとつを賭けるだけで命の数を増やせるなら儲けが多い、と判断しだけのことだ」

「……グリッタさん、悩みごとがあったの?」


 ラエルは言って、それから目を細める。


 グリッタは立派な大人だ。抱えているらしい事情や信条に対してラエルから言うことはないのだが、それでも黒髪の少女は思ったことを口に出してしまう性がある。


「もしそうなら、相談してくれてよかったのに」


 口にした後で、その選択肢を奪ったのは自分自身だとも気づく。特にラエルはこれまで、グリッタと積極的に関わりをもったことがなかった。だから、カフス売りの返答は予想通りのものだった。


「気持ちはありがたいが、ラエル嬢ちゃんがこの村に来た理由と同じように、お兄さんがけじめをつけなくちゃならない問題でなぁ。まぁ、詳しいことを知りたいなら、お兄さんが居ないところでハーミットくんに聞くといい」

「……そう」


 好奇心で聞いていいような事情ではない。と、暗に釘を刺されたのが分かって。ラエルは引き下がる。


 なんにせよ、そのことを話すグリッタ自身はあまり辛そうではない。ハーミットが関わったことですでに解決しているのか、受け入れているのか。


「ハーミットが私に言わなかったことだし、あえて聞くことはしないわ。それに私は『怖い』が分からないから、貴方の相談に適切な言葉を贈れないだろうし」


 だからラエルは「気になったこと」を指摘しないようにしたのだが――少女の言い回しに目を丸くしたグリッタは、口元を雑に覆う。


 ラエルが首を傾げて見せると、商人の口から渇いた声がこぼれた。


「相変わらず。痛いところを突いてくるな、ラエルお嬢ちゃんは」

「?」

「――ああ、そうだそうだ、そうだとも。俺は何より自分の命が大事なカフス売りだ。自分を担保にするなんて怖くてやってられないに決まっている……なぜこんな呪いを受け入れたかって? ()()()()()、だよ」


 太い指の間から見える唇が、再び歪む。


「お兄さんは死を恐れているからこそ、死から遠い場所に身を置く癖がある。この呪いを抱えて生き残れば、キー坊を『一度は』助けることができる……だがこれは献身でもなんでもない自己満足だ。代替者の呪いは、生き残る確率を上げる意味でも相性が良かったんだよ。条件を満たすために、お兄さんは死ぬわけにも逃げるわけにもいかなくなるからな」


 そうでなければ、ただのカフス売りは大蛇を前に剣を抜けなかっただろう。

 そうでなければ、ただのカフス売りは蟲の群れを前に逃げ出してしまっていただろう。


 ああ、そうだ。

 だからこれは「博打だったんだ」と。


「情けないことに結局は自分の生存確率が高くなる方法を選んだ。理由はどうあれ、だな」

「……グリッタさん」

「おっと。すまないが二人とも、同情も疑心もしないでくれ。お兄さんはキー坊を無事に連れ帰る約束を守るためにここに居る。そのことに悔いはない」

「どうして、そこまでできるの」

「……ははは!? 不思議なことを聞くなぁ、ラエルお嬢ちゃん」


 何気なく返ってきた言葉に、ラエルは「ぽかん」とする。

 グリッタは涙が出るほど笑って――それから。


「どれだけ背伸びをしていても。どれだけ大人に近くても。子どもを守るのは大人の役目だろう」


 何故か、安心したように笑んだ。


「聞きたいことはこれだけか? 他にもあるなら、今ここで答えてしまおう」


 黒髪の少女は戸惑いながら目を細め、自らの手元に視線を落とす。


「貴方は、この村にいる蟲を……キーナさんを攫っただろう大蜘蛛を、討伐するべきだと思う?」


 ラエルは、声が震えないように注意を払う。


 状況はハーミットとノワールの口から共有されているだろう。ラエルらが出会った大蜘蛛の件だって、グリッタの耳に入っているはず――そしてあの蟲が特別なのは、ラエルとトカの二人だけだ。


 ラエルにはグリッタの表情が見えないままだが、返答はすぐだった。


「……あぁ、討伐するべきだと思っている。この村はバクハイムにもイシクブールにも近い。狂暴な変質個体をそう易々と野放しにしてはおけないというのが、正直な意見だな」


 しかし、カフス売りは立ち上がると欠伸までする。

 驚いて顔を上げたラエルに対し、グリッタは苦笑した。


「ただし。この件に関して、お兄さんの意見はそれほど重要視しなくていい。特に、ラエル嬢ちゃんが話をするべき相手は別に居るんじゃあないのか?」

「それは」

「分かっているなら、話し合った方がいい。心の準備に他の意見が必要だっていうなら、他にも聞いてみることだ。勿論、どんな返答が帰ってきても構わないと覚悟をした上でな」


 助言するカフス売りの表情に陰りは無い。

 彼もまた、ラエルの決断を待っていてくれるつもりでいるらしい。


(ああ、それは。心強いわね)


「……ありがとうグリッタさん。話が聴けて、よかったわ」


 キーナと呪いの件も含め、ラエルは納得したようだ。すっくと立ちあがると次はツァツリーに話を聞きに行くと決めた。

 鍋を洗う白魔術士の方へ走るラエルを見送って――商人の表情に納得できなかったハーミットは、防音魔法具を手に鼠顔を傾けた。


「グリッタさん。今、話してくれたのは()()だよね。呪いを受けることになった()()は、契約に抵触する範囲に入るのか?」

「ああ」


 針鼠は、帰ってきた即答と交わした視線で、商人が言わんとしたことを悟る。


「……そうか」

「そういうことだ」


 この会話をもって、針鼠は追及を諦めた。キーナだけではなくグリッタの命もかかっているのだから、真偽はともあれ無理に聞き出すこともできない。


 例え、呪いを受けた経緯が「グリッタの本意と反するもの」であったとしても。


「それにしても嬢ちゃん、昨日の今日で元気すぎやしないか? 病み上がりなんだ、できることならあと一日ぐらいは休んでいて欲しかったんだが」

「そうだね」


 針鼠は魔法具の骨組みを名残惜しそうに撫でる。


 グリッタから得られた情報はラエルの精神的な支えになったかもしれないが、『代替者(エアザッツ)の心臓(・ハーツ)』で庇えるのは「心停止を伴う死亡または心臓の負傷」のみで、全てを代替できるわけではない。


 だから、現在はっきりしたのは「キーナが生きている」という一点だけ。


 生きていることがわかるだけで、無事であるという保証はどこにもない。

 行方をくらました蜥蜴の獣人や失踪した衛兵の安否も含めて、だ。


 カフス売りはそれを恐らく理解していて、ラエルには「自身がキーナの傷を全て肩代わりできる」かのように説明したのだろう――だからこそ、その中途半端な呪いを受けるしかなくなるような「きっかけ」を見逃してしまった自分を、針鼠は憎く思った。


 針鼠が己を憎もうが恨もうが、商人は腹を決めてしまっている。

 イシクブールで決断をしたあの時よりもずっと、覚悟を決めてしまっている。


 大人は子どもを守るもの。


 その言い分は確かに。道理に、適っているのかもしれないが。


「……身を削るような契約を結んだりは、しないで欲しかった」

「ふむ。それは、お前さんが四天王とかいう役職をしているからか?」


 カフス売りは問うが、針鼠は首を振る。

 革手袋の内側、魔法具が魔術の発現を停止する。


 ハーミットは振り向くことができないまま、閉じていた襟を開けた。


「個人的な、ただの願望だよ」


 他者の人生に口が出せる立場でもないのに。

 強欲にも、ね。







 水辺で鍋を洗っていた白魔術士ツァツリーは、ラエルの質問に対し眉間の谷を深くした後で、こめかみと目元を指でほぐしつつ回答した。


「……変質した大蜘蛛の件。ですよね。回復術が適応できる治療にも限度があります。一度変質してしまった生物に再度変化を及ぼすほどの技術を。私は持ち合わせていません」


 一度もこの目で見ていないものを判断することもできません。


「私個人の意見としては。問題が解決できるなら変質個体を討伐できなくとも構わないと思っています。連れ去られた少年や。行方不明になっている衛兵と蜥蜴の安全さえ確保できたなら。私たちが無理に相手をすることもないのでは。と思ってしまうのです」


 少なくともこの村に「ラエルさんたちを貶めた何者か」たちの姿は見られませんでした。気になっていることもありますし。判断に困っているというのが本音です。


「高魔力地帯化による環境変化は劇的なもの。確かに時間はないのかもしれません。けれど。現状の膠着を保ったまま結界を解いて外に伝書蝙蝠を放ち。応援を呼ぶことも可能かと思います。何も。全てを私たちだけで対処する必要はないのでは?」


 そも。何を解決すべきかを見定めないままでは動けません。


「今は手元にある情報のみでの判断になりますが。私は。最終的にどちらでも構いません。この村に長く滞在している彼らの主張と。強欲さまや貴女の主張を聞いた後に改めて決めることにします」


 ツァツリーは無表情のまま、磨いた鍋の水を魔法で取り払った。

 ラエルとハーミットは顔を見合わせ、礼を言ってその場を後にする。


「ツァツリーさんが決断を先延ばしにしているなんて……意外だったわ」

「今はまだ、情報が少なすぎるからだろうね。俺たちがトカさんたちと合流してまだ一日と少し、君の治療を優先するためにも細かい情報共有は後回しにしていたし」

「……色々と言葉を濁しながら答えてくれたけれど。彼女も多分、討伐するべきだって思っているんでしょうね」

「それは、まだ確定じゃないだろう?」

「そうかしら」


 相槌を打ちながら小屋の正面へ通りかかる。

 バクハイムから共にやってきた中で話を聞ける人物は、あと一人だ。


 昼食の片付けが済んだ広場で談笑していたはずの男性は、丸太を切って皮をはがし整えただけの長椅子に座っていた。


 一緒に居た白髪の賊は見当たらず、少し離れたところから青年の明るい声と共に「にゃあ」という間延びした声と、重い足音とが聞こえる。


 赤茶の髪に隠れ、錆色の視線が何をとらえているのかまでは読めないが――レーテが視線を投げる方向に何があるのかは、ラエルにも分かった。


 声をかけられるような雰囲気ではないが、声をかけないままでも不味い気がする。足を進めたハーミットに続いて、ラエルは気を引き締める。


「レーテさん。少し、時間をもらってもいいかしら?」

「……ああ、ハーミットくんと、ラエルくんか。どうしたんだい、結界に綻びでもできたのかな」

「結界に異常はないと思うわ。えっと、聞きたいことがあって。来たのだけど」


 本題に入ろうとした少女の喉が引きつりと共に枯れあがったのは、その時だった。


 こちらを向いた結界術使いの瞳は暗く、まるで泥を煮たようだった。金髪少年の琥珀が濁ったそれよりも、得体が知れない、底がない闇を覗いた心地がした。


 両腕をかばうように防御姿勢をとったラエルを見て、ハーミットが視界に割って入る。


 ラエルたちがグリッタを呼び出したことで何かを悟ったのだろうか。ツァツリーとの会話でも防音魔法具は使用していたが……この場で深刻な顔をする話題など、ひとつしか思い浮かばない。


 レーテ・オッソ=スカルペッロは骨守であり、攫われたキーナの祖父である。


「……間が悪かったみたいですね。レーテさん、私たち(・・・)が力になれることはありますか?」

「ないよ。あるものか」


 即答だった。


「……悪いね」


 次いで告げられた言葉には、行き場のない憤懣が燻っていた。





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