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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
2章 就活と動機と魔王と
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26枚目 「いろんなおしごと」


「――というか、就職するために法を変えなきゃならないなんてハードルが高いにも程があるわよ!」

「そうかぁ、残念だなー」

「貴方はぜったい知ってたでしょう!?」


 ところ戻って食堂。

 ぼやく黒髪は、砂埃やら魔力の残り香やらで汚れていて機嫌が悪い様子だった。


 金髪少年は、あの黒くて苦いコーフィーを口に運んで「うんうん」と適当に受け流す。


「ということは、結構気が合いそうだったのか?」

「むぐうぅ、そ、そうよ! 悪くは無かったの! だから残念なのよ!」

「なるほど。良い経験ができたようで何よりだ」


 ハーミットは言いながら、落ち着いた様子で隣の皿に手を伸ばした。


 彼の食指は料理やパンが乗った三枚の皿が吊るされたコーフィーランチなるものに向けられている。ラエルはコーフィーの苦みが好きになれないので頼んだことがないが、ラインナップは中々のものである。


 焼きたてのパンにカットした果物と何やら白いクリーム状のものをのせ、一緒にしてかぶりつくハーミット。

 口の周りに髭のようなものができるが、それもあっという間に舐めとられた。食べている間だけは少年らしい表情をする。


(……美味しそうに食べるわね……)


 それを見ている彼女の方には皿がない。

 これは資金難が理由というわけではなく、昼食を取る習慣がないだけだった。


 現在。ラエルとハーミットは二人で四人分の席を取っている。


 誰かを待っているわけではなく、そうしなければハーミットの持ってきた荷物を置く場所が無かったのだ。


 ラエルの目の前には、彼がついでに注文したミルク入りのコーフィー (カフィオレというらしい)がある。そして、その他のスペースは「本」で埋まっていた。


 ラエルはその内の何冊かを手に取っては開いて目を背け、手にとっては開いて顔を歪め、手にとっては背表紙を見るなり元の位置に戻す――そんな作業を繰り返している。


 本格的な軍事演習が始まった時点で中庭から解放されたラエルが、予定通り食堂に戻って来たのが二時間ほど前。


 彼女が烈火隊の訓練に参加している間に針鼠は資料集めをしてくれていたということらしい。そうしてかれこれ、太陽が真上に登る前からここで本を読み続けているのだ。


「今、丁度半分、軽く目を通したわよ。……あと三十五冊? 嘘でしょう?」

「何か気になる分野とかあった?」

「うーん……」


 ハーミットが持ってきたのは、様々な職業を紹介する子ども向けの本である。


 術士や導士の様な実力や資格をもった魔術士の専門職――錬成術士、空間構成士、赤魔術士のすすめ。その他にも軍属勤務のイロハ、環境整備者、狩り屋(ハンター)、調理専門職、後方支援係……その他エトセトラ。


 驚いた事に、ハーミットがここに持ってきたのはすべて魔導王国で志願可能な職業らしい。といっても、ラエルは錬成術が扱えないので錬成術師は目指せないだろうし、同じ理由で白魔術が必須な職業や空間構成士などもパスである。


 軍属は少々体験したが、先述した通り法の関係でラエルが就く事はできないだろう。

 狩り屋(ハンター)になれるのもそれなりの実力がある人物のみ、ということなのでパス。


 後方支援係は、動き回っていたいというラエルの性には相性が悪そうだ。

 環境整備者は魔導王国にある庭園で育てている農作物や生花の管理業務。こちらなら、希望がありそうである。


 調理に関しては魚の丸焼きに香辛料をかけた覚えしかないが、切って混ぜて盛り付けて皿を洗っての繰り返しであるなら、学習的な面を含めても可能だろうか。


「興味云々はまだどうとも言えないけれど、白魔術士と錬成術士と空間構成士と軍属と後方支援にはなれそうにないわ。適性的に」

「そこまで絞れているなら、あとは体験あるのみ。だね」

「体験あるのみって。簡単に言うけどねぇ」

「大丈夫、俺も手伝える時は手を貸すからさ」


 何時の間にか三皿全てを完食したハーミットは、残っていたノンシュガーノンミルクのコーフィーを飲み干し、鼠の頭部を装着した。


 顔が隠れるだけなのに、それだけで人族感が薄れる。


 実は顔を上げると口から下はそのまま人族なのだが、手足はゆとりのある長袖に革の手袋とで完全防備。足もゆとりのある丈の長いズボンに革ブーツなので肌はほとんど見えない。


 高さのある襟の着いたケープやらローブやらコートやら毎日着る物が変わる割には、徹底的に肌を隠す着こなしだ。何か理由でもあるのだろうか。


 ラエルはうずうずとしていた。彼女は好奇心で動く生き物なのだ。


「ねぇ貴方、何か珍しい宗教に入ってたりするの?」

「…………?」


 ハーミットは「こてん」と首を傾げ、質問の意図をジェスチャーで確認して来た。ラエルが答えると、急に吹き出しそうになって口をおさえる。


「あはは、違う違う。確かに広い世界の何処かには、そういう文化があるかもだけどね。俺の『これ』はそういうんじゃないよ」


 鼠の顔のまま、表情の無い瞳を向けた。

 黒く深い、底の知れない色である。


 普通この瞳で見つめられれば「怖い」か「可愛らしい」のどちらかを感想として抱くはずだが、ラエルは特に何も思わない。そもそも前者の感情は持ち合わせてすらいなかった。


「まあいいわ。それより、そろそろ約束の時間なのよね」


 先日の一件を経て、鼠顔から何かが読み取れるとは思ってもいないラエルは、それらしい言葉を返すとおもむろに席を立った。


「そろそろ時間か。検査の結果が出るんだっけ?」

「そうよ。……といっても、貴方は把握してるんでしょう?」

「まぁね。君がドクターのところに行かないって言うんだったら喜んで協力したよ。気絶させて引き摺っていく方向で」

「それは強制連行と言わないかしら」

「失礼な。せめて無料運搬サービスと言ってくれよ」

「必要ないわ。自分で歩けるもの」

「ははは、知ってる」


 茶化す調子でそう言って、ハーミットも席を立つ。

 そしてぼやく。


「その前に、この本を片付けないとだね」

「……そうね」





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