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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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262枚目 「憧憬」


 骨守の聖地、閉ざされた本村。


 ラエルたちより先に足を踏み入れた彼らが、一体何を見て何を知っているのか。それは、喉から手が出るほどの情報であることは間違いなかった。


 ただ。

 結果だけを言うと、「にゃあ」の先はない。


「にゃあ、じゃあないよファレさん。これから食事時だというのに、何という話題を切り出そうとしているんだ」


 そんな声が小屋の方角から聞こえて――つまり、邪魔が入ったのだ。


 各々振り返ると、細身の彼は向けられた視線の数に目を丸くして肩を竦める。

 ラエルは話の腰を折られたファレの相手をして、振り向かなかった。


 トカは、更に肩を竦める。


「怪談話をするなら夜の方が雰囲気が出ると思うんだ。ここには娯楽がないからね、必要だというなら松明でも用意するが」

「ははは……すまないが、今のところそのような予定はないんだ」

「ん? そうなのか。これはこれは、早とちりだった」


 トカはグリッタの言葉に苦笑を返し、それから対岸を流し見る。


 どうやら用事があってここに来たらしい。眉間のしわを解したジェムシは立ち上がるとトカの傍へ寄った。


「あー、もしかしてクリザンテイム待ちだったりするか?」

「それもあるが、鍋を見る役が欲しくてね。何しろ今日は九人分だ、獣を捌く片手間で混ぜるには量が多い」

「んー。それなら俺が行こう」

「ありがとうジェムシさん。いつも助かるよ」

「ははは。いやいや、お互い様だし恩もあるからな――というわけで、申し訳ないが話の続きは後で、ということになるな。構わないか?」


 質問はハーミットの方を向いて行われたが、実質ラエルに問われているも当然だった。

 ファレのしっぽを眺めていたラエルは伏目がちになりながら、一応頷く。


 娘の拗ねた表情に、トカは逡巡しながら口を開いた。


「ラエルの分もあるよ」

「私、お昼は食べないけれど」

「……」

「何、その顔」

「はあ。じゃあ聞くがね。ラエル、君は目覚めてから少しでも物を食べたか? 病み上がりの身体で出歩くだけでも気が気でないというのに。回復に専念するなら食事を欠かしてはいけないだろう」


 あまりの正論に、今度はラエルが沈黙する番だった。


(忘れていたけれど、そうだ。父さんって白魔術師なんだった)


 一言で言い表すなら「面倒」である。

 正しさゆえの面倒、だ。


 一度認識してみると何だか喉が渇いてきた気がするし、空っぽな胃から熱を感じる。

 黒髪の少女は反論しようとしたが、立ち上がりざまに腹が鳴った。


 こうなるともう隠しようがない。


 ラエルが小さな声で「おなかすいた」と口にすると、苦い顔をしながら下を向く。

 トカは寂し気な笑みを浮かべると、何も言わずに小舟の方へと歩いて行った。


 少女の隣、針鼠はこてんと首を傾ける。


「そう言えばラエル、俺と話してた時も飲み物一切触らなかったね」

「……貴女。水も飲んでいなかったんですか?」

「にゃあ」

「そりゃあ心配もされるわなぁ。貧血に加えて喉乾いて腹減ってるならさぁ」

「き、気が付かなくてすまない……」

「ははは! 魔術士の不摂生ってやつだな!」


 ラエルは眉間に皺を寄せながら全員の質問に頷いて、それから顔を上げる。


「最後のグリッタさんだけ、あとで話があるわ」

「何故だ!?」

「自分の発言内容をしっかり思い出して反芻することね」


 顔を歪めた商人に対し引きつった笑みを浮かべたラエルは、やがてため息を吐いた。


 いち段落したとみて、ジェムシはツァツリーの両肩に手を乗せる。


「そうだ針鼠よぉ。この白魔術士、ちと借りてもいいか」

「……構わないよ」

「……はぁ……」

「行ってらっしゃい、ツァツリーさん。くれぐれも穏便にね」

「善処します」

「穏便にね?」


 剣呑な黒曜の目はそのままに、ジェムシに引きずられながらツァツリーが小屋へと連れていかれた。ハーミットは若干心配になりつつも、二人の白き者(エルフ)を見送る。


 釣り場に残ったのは、ジェムシを除いた男衆の面々と獣耳のファレ、そしてラエルだ。


 ファレは魚籠に入った魚が跳ねるのを興味深そうに眺めながら、ラエルたちが向けた視線に気が付いたのか顔を上げて「にんまり」とする。


 不意に腰元に手を伸ばしたかと思うと、素早い動作でナイフを抜いた。


 ハーミットが拳を握りラエルは咄嗟に身構えたが、ファレはそれをくるくると手元で回して曲芸のように見せつけた後、元の鞘に納める。


「ファレは捌く役。ジェムシーは血が嫌い。いつも逃げる」

「そ、そうなのか」

「あぁ、小屋に戻った理由は適材適所だったのね」


 彼らが浮島で暮らすようになってどれぐらい経つのか分からないが、今日のようにジェムシが火の番をかって出ることは珍しくないのだろう。


 島の淵で、ロープを外したトカが手招きする。


「さて、獲物を運ぶ役が必要だ。ファレの他に、我こそはと名乗りを上げるものはいるかな」

「……」

「私と残るのが気まずいからと手を上げるんじゃない、ラエル」


 まったくその通りだった。ラエルは渋々と腕をおろす。

 結局、ハーミットとグリッタがファレと小舟に乗り、対岸へ渡っていった。


 どれだけ気まずかろうが、これで場に残るのは三名だ。


「そうだ、私は水をとってこよう」

「え? レーテさん?」

「待っていてくれ。すぐに戻るとも」

「えっ」


 気を利かせたのか空気が読まなかったのか、レーテがそそくさと小屋へ行く。つい先日まで昏睡して目覚めなかったとは思い難いフットワークの軽さだった。


 そういうわけで、逃げる暇もなくラエルとトカの二人きりである。


 一緒に居たくないのであれば、ラエルがジェムシに言われた通りに小屋のベッドへ引き返せばいい話ではある。それができるほど器用なら、ラエルが先のやり取りで怒りをあらわにすることも無かっただろうが……。


 二人の間に、会話はなかった。


 お互いの呼吸が浅いことなど分かり切っているし、仕草と癖で考えている内容はお見通しだ。


 互いに引くつもりもない。


 謝るなんて以ての外で、お互いの考えを理解できないとすら思っている……それでも彼らは、その程度のことで心をかき乱されるほど脆弱な繋がりではなかった。


 理解できないと口で言い、それが本心から吐露したものだとしても、それは当たり前のことだ。「個人」があるということは「違い」があるということなのだから。


 何もかもが同じ人間は存在しない。


 同じ胎から産まれ、同じ環境で育ったとしても、まったく同じ人間にはならない。

 産まれた以上は。誰とも、まったく同じ生き方をすることも、同じ死に方をすることもない。


 ラエルは、両親にそう教わった。


(違うことが、必ずしも悪いことだとは限らない)


 黒髪の少女は顔を上げ、前に立つ父親の横顔を盗み見た。


 機嫌は良くないだろうが酷く怒っている気配もない。対岸で針鼠たちが何やら話し合っているのを遠い目で見つめている。


 傍観とも侮蔑とも違う、なんとも言えない視線である。


「急かずとも、この村で何があったか……私が何を見て来たかは話すつもりだ」


 振り向かないまま、トカは言う。


「話したところで、私の心は変わらないがね」


 とも。


「あと。やはり付き合う相手は選んだ方がいいと思」

「それ以上言ったら嫌いになるわ」

「ぐ」


 仲直り失敗。

 ラエルは小屋へ引き返した。





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