261枚目 「盗賊と徒花」
真昼の前。
一行は、釣りをしていた面々も加えた七名で円陣を組んでいた。
その中でひとり頭を抱える黒髪の少女に対し、鼠顔の少年が被り物の頭を掻く。
「ラエル。浮島に戻ったら、減給の申請をしようか」
「うううううう」
「大丈夫。俺の権限で使えてた保険が効かなくなるだけだから、家賃代と魔法具維持費とであわせても死ぬまで返せない借金とまでは行かないはずだよ」
「何も安心できないんだけど!?」
「冗談だよ。処分は追々ね」
ハーミットがニコリとすると、ラエルは肩を竦め俯いてしまった。
(それでも、小屋の前で蹲っていた時よりはリアクションをとる余裕が戻って来たみたいだ。……あれはちょっと、見ていられなかったからな)
針鼠は少しだけ安堵して、それから円陣の向こう側に視線を投げる。
釣り糸を垂らすファレと、その尻尾を指で遊ぶジェムシだ。
獣耳の獣人は本日の釣果に興味が移ってしまったらしく、足をぷらぷらとさせながら魚籠と波紋を眺めている。なのでハーミットの視線に反応したのは白き者の青年だけだ。
「……それじゃあ、ファレさんが読んでしまった手帳の中身の説明と行こうかな。渥地の酸土構成員のジェムシさん」
振り向かずとも聞いているのか、獣耳が「ぴるる」と動く。
ジェムシは眉間を指で抑えながら顔を上げた。
「それなんだけどさぁ。俺たちは肝心なことが知りたいだけで子細に興味はねぇんだわ」
「成程。こっちには、行間を読み違えられると困るっていう真面目な事情があるんだけどな。断片的な情報だけで、あらかた把握できる自信があるのか?」
「ああ。賊に落ちぶれた時点で説得力はないが、第四に居た頃はそれなりの立場だったからな。人心の移ろい易さぐらいは知っている。アンタたちが賊の話について全く動じない理由にも、興味はあるが……」
錆浅葱色の三白眼と、硝子玉の視線が交差する。
ツァツリー以外の三人は各々手近な所持品を握り締めたが、緊迫した空気はすぐに取り払われた。
この村に閉じ込められている以上、短期間とはいえ共同で生活する間柄である。
双方、諍いの火種を摘んでおいて損はしないと判断したようだ。
「質問を聞こう」
「おう」
短い問当を合図に、針鼠の口から情報提供が始まった。
ジェムシの質問に対しハーミットが答えを返し。その答えに対してジェムシがまた質問をする。基本はイシクブールの収容所で首領スキンコモルを相手にした説明と同じような、問答の繰り返しだった。
首領らに話した内容と違うのは、ラエルの説明を可能な限り省き、問題の手帳に記述されていた蚤の市襲撃の詳細――サンゲイザーの動機についての説明が追加された点だった。
最初の方は「賊の侵攻予告に怯える町」というイシクブールの立場をニマニマとしながら聞いていたジェムシだったが、何故かサンゲイザーが防衛に協力を申し出たあたりで苦笑いになり、全ての陣営を裏切ったところで大爆笑した。
ひいこら言いながら膝を叩き腹を抱えて悶えるジェムシにファレが冷たい視線を注ぎ、話したハーミットたちが引くぐらいだった。
笑いすぎで目元に浮かんだ涙を乱暴に拭き取ると、ようやくジェムシは胡坐を整えて座り直す。
そうして握り拳を二つ作ると地面につけ。深々と頭を下げた。
「!?」
「いやぁ正直、話の中で町に攻め行った時点で皆殺しを覚悟してたからさぁ。オチが存外平和で笑っちまったんだよ。それに、兄さんの要望を汲んでくれたとあっちゃ、感謝するしかないだろ」
これは迷惑かけた謝罪と感謝の意を込めての礼だ、とっておけよ。
ジェムシは言って、少しも体幹を揺らすことなく体を起こす。
再び日の光に晒された緑色の目には、爛々と光が灯っていた。
「か、感謝って。私たちは貴方たちの仲間を捕まえたのよ?」
「死んでないんだろ? ならそれは温情だ。俺たちは生きる為、生きていることを実感する為っつって言い訳しながら倫理道徳に反して来たんだぞ。普通は所属してるってだけでスパーンと首持ってかれてるところだぜ」
「す、すぱーん」
「ラエル、想像しなくていいよ」
目をクルクルとさせはじめたラエルの肩を揺すりながら、ハーミットは胡坐をかいた賊へと目を向ける。
情報を提供した時点で消えるだろうと思っていた殺気をまだ向けられていることが――寧ろ、自分ひとりを目がけた「それ」が鋭さを増したことが、気になったらしい。
「……それに、不殺については俺が勝手にやったことだ。君たちが特別だったわけじゃあないし、どんな人間を捕縛するにしても殺さないのが俺なりのルールってだけだよ」
「当たった相手が良かったってか? 踏まえても恩情は恩情だろうが。まぁ、苦しまなかったとは言わない辺り、方法は聞かねぇでおくけどよぉ」
ジェムシは指を軋ませながら絡め、にやりと笑った。
「風に聞きし噂の針鼠サマは、抗争鎮圧後に益々腕を上げられたようで」
言いながら暫くニコニコと殺気を飛ばすも、びくともしない針鼠を見て興が失せたらしい。というのも、これはジェムシなりの確認だったようだ。
「まさか本人に会えるとはなぁ。それなら、兄さんも本望だっただろうぜ」
言って、ジェムシは少しだけ目を細めた。
この発言に関して正確な情報を飲み込めたのは、お互いだけだったのだろう。
鼠顔と青年は数秒固まって、やがてお互いに貼りつけた笑みだけが残る。
沈黙はさほど続かない。
「ただなぁ。情報の出どころを疑うわけじゃねぇけど、色々と虫食ってるのは頂けねぇな!」
「はは。痛いところを突くね」
「まあな。ラエルさんが襲撃したんじゃねぇなら第三で馬車を潰した犯人は誰だ? そもそも、なんであんな辺鄙な砂漠にトカさんたちが居て、俺たちがそれを運ばにゃならんくなったのか? まさか、その辺の事情がこの廃村に関係してたりするのか? じゃねぇとここに来ねぇだろうしなぁ」
「……ふむ」
情報開示の冒頭で「把握できる」と頷いただけのことはある。
ハーミットは情報を開示すると言ったものの、イシクブールの蚤の市襲撃事件の概要についてしか触れていないはずなのだが……余分が削ぎ落された情報を磨かれたパズルの如く噛み合わせたその言葉は、奇跡的に確信を突く域へ至っていた。
流石に「骨守信仰」については知らないようだが、それにしてもかなり鋭い。そう、隣で聞いていたラエルも思った。傍から見ていてこうなのだから、対面している針鼠は相当の気を張っているのだろうとも。
不安げな視線に気がついたのか、ジェムシは緊張を解すように目元を緩める。
「兄さんを真面目に見てりゃあ悪知恵の一つ二つは身につくさ。第二だと特に、行動ひとつで死ぬか生きるか決まる。交渉事で必要不可欠な情報を出し渋ったりなんかすれば……な。この中でも、分かる奴は居るだろ?」
蚊帳の外だった面々にいきなり話を振ったのも交渉のテクニックだろうか。ツァツリーやグリッタには思う節があったのか明後日の方向に視線を逸らした。
(きっと、この反応を分析しながら空気を都合よく誘導して話を進めるのが交渉術なんでしょうね)
ラエルはハーミットの隣に座って真面目に聞いているだけだが、この数分でどれだけの駆け引きが繰り広げられたのか数えることができなかった。
加えて、ジェムシは思考回路が全て口や態度に出ているように見せてくるタイプらしい。
声音は優し気で譲歩しているようにすら思えるのに、瞳の奥は冷たいまま――つまるところ所々の出来事については得心しても、伏せられた事柄が気になって仕方がないのだろう。
サンゲイザーを始めとする賊の構成員が捕まったことは理解していても、納得してはいない。
彼がこの村で行方知れずになったことを知ったとして、そちらも許容は難しいに違いない。
……しかし、あの蜥蜴の獣人が「兄さん」と呼ばれるほどに慕われていたことは、ラエルも初耳だ。蜥蜴本人がああ言っていても、人望はあったということである。
軽くなったと錯覚していた心臓が、再び重さを増していく。
息が詰まりかけたその肩にハーミットの革手袋が乗せられる。ラエルが俯きかけていた顔を上げると、針鼠の視線は少女を通り越して後ろに立つレーテへと注がれていた。
「レーテさん。この村について、発言の権利を持っているのは貴方ですが」
「……ああ、そうだね。だが、この情報はトカ殿やクリザンテイム殿が帰還した後、君たちが持ちえる情報と交換で提供したいと考えている」
「ほお、言い分は分かった。だがひとつ聞かせてくれ。どうしてだ?」
「……聞けばきっと、君たちは怒るだろうからね」
射るような三白眼にレーテは若干怖気づきながら、恐る恐る両手の指を組んでみせる。
「私は、君たちが当事者として怒り、恨むのは当然だと思っているし、それを否定できない。だからこそ、全員が揃っていない場で話してしまえば『齟齬の無い情報を共有する機会』が失われてしまうと考える。トカ殿に関しては、言うまでもない」
言葉に詰まりながらもはっきりとした口調で言い、レーテは口の端を結ぶ。
ジェムシは暫く黙っていたが、意外にもあっさり折れることになった。
厄ネタを察知する勘が働いたのだろう。
村の詳細については、又聞きで情報を共有するより同じ内容を全体で共有する方が有益だと判断したようだ。ジェムシの質問攻めは終わり、胡坐の足が組み替えられた。
ラエルとハーミットは顔を見合わせ、それから悩む。
開示した情報に対し、見返りを要求するか否か――と。思考している間にツァツリーが手を上げていた。肘を折りたたみ片腕は組んだままの挙手という必要最小限の動作だったが、ジェムシはそれを見て眉根を顰める。
本人たちは誤魔化そうとしているのだが、彼らにはどうやら面識があるらしい。そして、様子を観察する限り少なくとも険悪ではないのだと、この場に居る全員が知っていた。
ツァツリーはジェムシに無言の圧をかける。
白髪の青年は項垂れて苦々しく顔を歪めながらも、質問を許した。
ツァツリーは黒曜の目をほんの少し歪め、口を開く。
「後で情報の価値が釣り合わないと言い出されても困りますからね。一度精算しておきませんか? トカさんの機嫌を窺わずに済む程度の。私たちに提供できる情報を貴方から提供してください。まさかひとつも無いとは言わせません。顔見知りの仲です。教えなさい」
「おいおい……この場では初対面じゃあなかったのか……?」
「幸せの為であれば。時に前言撤回も必要でしょう」
言って、腕を組み直すツァツリー。ジェムシは調子を崩されて心底不快だったのか、口元をへの字に歪める。それでも、先程のような殺気を放つことはなかった。
ジェムシはツァツリーの微動だにしない顔を見て、それから面倒臭いと言いたげに肩を落とす。
「……あんまり気分のいいネタはないぞ?」
「そうですか。なら。気分のいい話にして下さい」
「無茶言ってくれるなよぉ。俺、流れの語り屋じゃあねぇんだが!」
ジェムシの指先から、木製の物がぶつかる音がする。
グリッタを見て、レーテを見て、ハーミットを見て、ラエルを見る。
そうして視線が止まった。
勘違いとはいえ「紫目の少女」として彼らに刷り込まれたイメージはそう簡単に崩れないようだが――しかし、青年の目が行き場のない憤りや衝動を湛えているのかといえば、そうではないらしい。
どちらかというと、案ずるような。
「難しい話、終わった」
怒涛の質問タイムが終わったことを見計らってか、魚籠を振り回しながらファレが戻って来た。糸を絡めた釣竿は土の上に突き刺したまま放置である。
ドゥムシは一瞬呆れたように口を半開きにしたがファレの行動を深く追求することはなく「まだ終わってねぇよ」と短く返答した。
「これから、こっちの情報を提供するとこだ」
「ファレたちが遭った蜘蛛の話?」
ずばりと獣耳の獣人が言う。
この場で、誰も言及しないようにしてきたことを。
白き者の青年はバツが悪そうに顔を歪めて腕を組む。
「あれは。……あれでも、いいんなら。話すけどよ」
「貴方たちも、あの蟲と逢ったの?」
「あー……、まあな。それはそうなんだが」
「にゃあ」
言葉に詰まるジェムシを、ファレが緩く握った手のひらで招く。
躊躇いながら顔を上げた青年の目と、獣人の目が合った。
暫く、視線での会話が行われる。
最終的に青年の方が押し負けたのか目を逸らすと、座っていた位置を少しだけずれて、一人分の席を確保した。
細い牙が陽光に照らされて「ちか」と光る。
ファレは満足げな表情で円陣に混ざると、その小さな口を開いた。




