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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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251枚目 「大事は小事より」


 くしゃみが出た。

 どうやら、噂をされているらしい。


 剣呑な目つきの伝書蝙蝠は翼をバタバタとさせて、それから動きを止めた。

 皮膜を張った骨子が、ぴたりと貼りついてしまって外れない。


 粘りのある糸と、強度のある糸。

 巣の主のみが渡れる網の上で、ニュイ・ノワールは(はりつけ)になっていた。


 ここは、あの水の堀からそう遠くない林の中である。


 結界を解いて中へ行ったらしいサンドクォーツクの衛兵と、ラエルの両親の手がかりとを求めて足を踏み入れた洞窟。そこで遭遇した八本足の蟲の群れを掻い潜り、針鼠の指示通り脱出したところまでは順調だったのだ。


(それが、住居群の方に引き返したら途端に獣避けの匂いがまた酷くなって、鼻が鈍ったと思ったら林が網だらけになってるです……!!)


 伝書蝙蝠は思い出しながら、ぎりりと悔し気に歯を軋ませる。


 ノワールは鼻が利かないという理由だけで網にかかるほど馬鹿ではない。

 網にかかることになった直接の原因は、林の上部に仕掛けられた「張られていない糸」の存在にあった。


 枝や幹に両端が接着していない、高所の枝葉から垂れ流されただけの糸である。


 風が通れば揺れ、ちりちりと千切れて地面に落ちる。それを確認したノワールは「糸に強度や粘性がない」ものだと思い、垂れ下がる糸の間を縫って突破しようと試みた。


 勿論、最大限の注意を払ってのことだ。だが、この林を一直線に進まなければ最短で情報を伝えることができないと判断したことも確かだった。状況は悪く、このままでは万が一が起こりかねないと。


 その焦りは、一本の糸を掠める風になった。

 風に揺れた糸は、ノワールの翼の動線に入った。


 そうして、細く脆いはずの蜘蛛の糸は滑空した蝙蝠の翼に千切られることなく――最後まで「糸」の形状を保ったまま、皮膜の内側にある骨子を「()()()()()」のである。


(……………………)


 回想を終えたノワールの眉間に皺が寄る。

 何度想起しても納得がいかないが、結果として翼は折れてしまっている。翼ごと切れなかっただけましかもしれない。


 翼が折れてしまったノワールは錐揉みしながら蜘蛛の網に落ちるしかなく、気づけば高所にて宙づりの磔だった。


 こうなった蝙蝠にできることといえば、呼吸器官が糸に塞がれないようになるべく身じろぎせずに救助を待つことぐらいである。退避を呼びかける側だったはずが、救助を求める側になってしまっていた。


 地面に叩き付けられなかったことが唯一の幸いだが、蜘蛛の巣に絡まっている現状は決して喜ばしいものではない。


(しかし、ここまで完璧な二次災害に遭うことになろうとは。風で千切れるほど脆い糸のどこに蝙蝠の骨を折る強度が……いいえ、それよりも伝言を伝える方法を考えなければ、です)


 過ぎた謎を推察することも必要だが、与えられた仕事をこなさねばならない。黒髪の少女が理性を手放した以上、ハーミットの判断次第で「もしも」が有り得る。資料検索が失敗するのとは比べ物にならない、取り返しのつかない損失が起きかねない事態なのだ。


 ノワールだって、せっかく話ができるようになった数少ない相手を早々に失いたいとは思っていない。


(あの黒魔術士には、魔術書を読んでにやついている時の顔が似合うです。間違ってもそれは、修羅の顔ではないはず……です)


 さあ、どうしたものか。


 蜘蛛の網に塗れた身体では身動きが取れないし、翼が治るにも時間が必要だろう。


 回線硝子(ライン・ビードロ)を必死になって起動させているが、繋がりは悪い。


 風向きなどの条件が合えば獣魔法で音を届けることもできたが、生憎方角も風向きも芳しくない。夕凪を待つにせよ、今は真昼だ。日が落ちるまで蜘蛛に見つからないという保証はなかった。


 身じろぎする度、呼吸を重ねる度、体毛に糸が絡んでいく。


 風の音。揺れる糸の音。水の音。木々が揺れる音。

 ……石が擦れる音。苔が磨り潰される音。


 ノワールは聞き覚えの無いそれに気が付くと、黒飴の目をぱちりと見開いた。


 この村に突入した際に同行した人物のものではない、知らない足音だ。


 灰髪の少年より歩幅が狭く、蜥蜴の獣人よりは歩幅が狭い。

 黒髪の少女や白魔術士のような女性特有の足運びでもない。

 獣人特有の爪や牙の音はしない。


 ……獣人を除いた種族の男性だろうか。


 ノワールに分かるのは、その足音の主が自身に徐々に近づいているということと、害意は向けられていないということだけだった。


 やがて、網に絡まった蝙蝠を遥か上方に捉える双眸がひとり分、現れた。

 伝書蝙蝠が問いかけるより先に、蜘蛛の糸は千切れる。







 苔と砂利とに足を取られぬよう振り返り、錬成した土槍で背後の蜘蛛を一掃する。

 一撃を食らわせただけで砕け散った槍を前に、サンゲイザーは黄金の目を細めた。


 生成する槍の錬度が落ちてきた――魔力枯渇の兆候である。


魔力補給瓶(ポーション)も残りひとつ。その割に、相手は際限なく沸いてくるときた)


 体力には余裕があるものの、人ひとりを抱えた状態で立ち回るには限度がある。腕に抱えている結界術使いの魔族が起床でもしてくれれば突破口が開けるのかもしれないが――どの道、耐久は必須だろう。


(真っ先に落ちるのはガキと商人だろうな。残るのが白魔術士とオレか? 間違いなく魔力枯渇はオレが先だよなぁ、となれば)


 そうなれば、あの白魔術士は動けない男性四人と女性一人を診ながら、ひとりで耐久戦を強いられることになる。サンゲイザーには、それが好ましい展開だとは思えなかった。


(それぞれが単独なら余裕に違いない……が)


 サンゲイザーは、傷を受けたラエルを見たツァツリーの表情を、憶えている。

 「私でも役に立てる」と。彼女が歓喜を浮かべた一瞬が、目に焼き付いている。


()()()()()()()()過回復の心配もなく助けられる。ってかぁ? ――改めてこの面子、オレを含めてまともなのがいねぇなぁ!!)


 サンゲイザーは、自虐と行き場のない衝動をそのまま蟲にぶつける。

 洞窟内で遭遇した際は弾かれた槍でも、今はコツを掴んで関節にねじ込めるようにまでなっていた。


 しかし、林を走れど頼みの綱である伝書蝙蝠の気配は全くしないし回線硝子(ラインビードロ)にも反応がない。先を行くツァツリーは魔力の薄い場所を選んで走っているようだが、このままでは先程思案したように追い詰められてしまうだろう。


 道がない林の中、小さな川を飛び越える。追って小川に足を突っ込んだ蜘蛛の足ごと凍らせると、蜥蜴の獣人は先を走り続ける二人へ距離を詰めた。


「――どうよ、何か見つかったか?」

「残念ながら何も。好機は簡単には手に入りませんね」


 息切れひとつなく、白魔術士は振り返らないまま言う。

 腕に抱かれた黒魔術士は沈黙したままで、顔色は悪くなる一方のように思えた。


「おいおい、まずいんじゃねぇの」

「……これ以上の治療は過去の傷が開くだけです。彼女の体力に賭けるしか――人族の身体で。どこまで踏ん張れるかは分かりませんが。やれることはしています。見捨てるつもりは毛頭ありません」

「ああ。それは、顔を見りゃ分かる」

「……」


 ツァツリーは無表情のまま、サンゲイザーの隣を走る商人に視線をやるよう促した。

 蜥蜴の獣人が横を向いてみれば、顔面を真っ白にしたカフス売りの商人がいる。


 そういえば彼らは、先程の問いかけにも答えなかった。顔面蒼白で汗だくのグリッタに抱えられているキーナは、揺さぶられ過ぎて吐きかけている。宣言通り計画が練れているのかも確かじゃない酷い顔をしていた。


「ぼ、僕だって、何も、考えてないわけじゃないんだけど、おじいちゃんが起きないことには、む、うぐっ!!」

「うおおおおおお耐えろキー坊これ以上体力を消費するような行動をとってくれるな」

「か、カフス売りのおっさんは腰がやばいだけだろ……!?」

「やめろ!! こんな林のただ中で『ぎっくり』いったらどうするんだ!?」

「なんだ、元気じゃねぇか」

「空元気しかなくて悪かったなぁ!!」


 サンゲイザーは視線を正面に戻し、それから背後を再確認する。

 適度に間引きをしているものの、蟲の勢いはとどまるところを知らない。


(ガキが言うように、結界術使いが居れば大分耐久しやすくなるんだがなぁ……)


 治療済みの身体でも、これだけ振り回されていれば目が醒めても良いはずなのだが――蜥蜴の獣人はふと視線を下に落とす。


 そこには、ぐたりとしたまま赤い瞳をかっぴらいた魔族の男性がいた。

 徐に両手を口元に寄せると、何かを抑え込むような体制をとる。


「……」


 サンゲイザーは一度視線を外し、思い出す。


 半刻前、小川付近で戦闘をしていた際には彼の目は開いていなかったはずだ――酔ったような症状や反射も見られなかった。


 蜥蜴の獣人は、もう一度視線を落とす。

 今度は、状況を読めていないらしい赤い瞳と目が合った。間違いない。


「――――やっっっと起きたか!! 結界術使い!!」

「ぅ……え? あれ?」

「おはようございますレーテさん。急で申し訳ありませんが走れそうなら走ってください。棒立ちで居ると死にますので」

「ああ、分かった……うん!? えっ、今、どういう状況なんだい!? ここは林か!? 洞窟は!?」

「洞窟探検は数日前に終わってるぞ。ここは目的の村だが、今は凶暴な蟲に追われてる」

「村? 蟲? ってうぉおおおおお!?」


 鈍い音と共に振った影に天を仰ぐ。

 遥か頭上にある枝か巣から飛び降りてきたのだろう。あと少し反応が遅れたらまずかった。


 そう冷静な思考と共に槍を構えたサンゲイザーだったが、頭上に飛来した巨大な蜘蛛の爪は眼前に突如発現した『受け流す壁(パリング)』によって彼方へ弾きとばされた。


 レーテは草葉の混じる小石の地面に尻もちをつきながら、右腕を天に差し向けたまま赤い涙目と共に顔を引きつらせている。


 蜥蜴の獣人は裂けた瞳孔を細める。


 目を疑うほど鮮やかで無駄がない障壁構築。

 流石、魔族なりに「得意」だと言っただけの実力はある――。


「は、ははっ、はぁ……せ! 説明を求める!」

「しゅるるるる! 走りながらで良ければしてやるよ。かくかくしかじかってなぁ!」

「なっ、なんだか扱いが雑だね!? 分かるからいいけども!!」

「(分かるのか)」

「(分かるんだ)」

「(分かるんですか)」

「……き、君たち。さては私が寝ていた間に仲良くなっているね!?」


 結界術使い、レーテ・オッソ=スカルペッロ起床。

 依然、蟲の脅威は続く。





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