(閑話)メルデルの逐語録④
記入日:ヴィリディス暦四五〇二年十一月七日
記録者:メルデル・■■■■■■
対象者:シュガー・カルツェ (魔導王国浮島「鼠の巣」所属の白魔導士)
メルデル(以下Mとする):こんにちは。ワタクシ、本日の面談を担当させて頂きますメルデルです。今日はよろしくお願いいたしますね。カルツェ導士。
シュガー(以下Sとする):……帰ってもよろしいでしょうか?
M:ふふ。駄目ですよ導士さま。今回はしっかりとお話を聞かせていただきます。
S:……言霊治療という名の尋問ですよね。えぇ、お手柔らかに。
M:……砕けすぎではありませんか? 真面目な白魔術士を演出するのは、そんなにも難しいですか。
S:特に無理はしていませんが、あれは公的な場における「僕」です。貴女を相手に何を隠せというんですか。僕は、人目がなければいくらでも普通に振る舞いますよ。
M:それは、一周回ってワタクシの信用がないと言っているように聞こえるのですが。
S:貴女、僕から信用されていると思っているんですか?
M:そうであったらいいとは、考えていますよ。
S:そうですか。それなら諦めて下さい。僕は二年以上前から貴女のことを知っていますし、貴女のやり方も知っています。理解はしていますが、だからといって、信用はしません。貴女も分かっていることでしょう。
M:(微笑む)
S:話、というのは何でしょうか。トリアージ不備についての聴取は既に終わっていますし、提出すべき書類も全て揃えて出しました。現場の治療もあらかた済んでいますし、謹慎の時期を早めるのであればストレン術士に引き継いで浮島に戻りますが。
M:……ええ。提出して頂いた書類は不備がないことをこちらで確認済みです。謹慎の期間については、焦らずともスフェノス導士が指示するでしょう。
S:(出されていたお茶を飲む)
M:今回面談を組ませて頂いたのは、ワタクシの判断なのです。
S:帰ります。
M:帰らないで下さい。逐語録がある以上、貴方の行動に違和感がなければお声がけすらしませんよ。ほら、ワタクシが信用されていないことは百も承知の上ですから?
S:いい大人が拗ねないで下さい。
M:大人だろうが子どもだろうが、人間なんですから拗ねる時は拗ねますよ。貴方も強欲さまもそうでしょう?
S:(こちらに訝し気な視線を向けながら浮かせかけた腰を下ろす)
M:(微笑む)それでは、少しだけ貴方のお話をお聞かせ下さい。最近あった楽しいことでも、今一番疑問に思っていることでも。
S:……楽しい話を貴女と共有するのは気が引けます。後者なら、ひとつかふたつ。
M:はい。構いませんよ。
S:……貴女は、魔力糸を使用した治療技術について見識がありますか?
M:魔力糸? 魔力子ではなく、ですか?
S:はい。僕は浮島に……魔導王国に住むようになって日が浅いので、未だに資料検索に制限があるんですが。僕が手にとれない魔術書や魔導書の中に、その記述があっては困ると思いまして。
M:はあ。まあ確かに、資料室館長のワタクシなら記述を記憶から漁るのも簡単ですが。魔力糸、ですか。因みに、どの辺りまでご存じなんですか?
S:魔導戦争より以前、魔力値が低い治療者たちの間で盛んに使用された治療方式であるということは知っています。あとは……現在は禁術指定されていることと、その施術を受けた方が殆ど生存していないということ。把握しているのはその程度です。
M:魔力糸を使用しての治療行為が禁術扱いになった理由までは、ご存知でないと。
S:ええ、そうです。ですが最近、魔力糸を利用した治療を過去に受けたらしい患者を診る機会がありました。今後のことを考えて、事後治療に関する禁忌事項などを把握しておきたいんです。
M:……そういうことでしたら、ワタクシの権限を用いて「知識」の提供をさせていただきます。浮島の司書ロゼッタに資料庫使用の打診をしておきますね。
S:ありがとうございます。それでは、僕はこれで。
M:お待ちください。お話はそのひとつだけですか? ワタクシであれば、貴方の感情を受け止めることもできますが。
S:……感情? もしかして、トリアージ不備のことを言っていますか?
M:はい。貴方が抱える感情がそのまま部下に向けられたとして、それが現状の改善に直結するとは思えません。ここで幾らか吐き出していく方が、利口ではないかと。
S:(目が合う)
M:(目が合う)
S:……貴女とは第二大陸からの付き合いですからね、ご存知でしょう。僕は生かす為の回復術ばかりを学んできたわけではありません。だからこそ、治療行為に感情を持ち込むのは良くない、と考えています。
M:考えている、とは。捻った言い方ですね。
S:そうですね。正直、身内以外がどう苦しもうが感傷も同情もしません。「患者は治すべきだから治療する」。僕の治療行為は、患者個人に対して無関心に行われるものです。
M:……。
S:無理に共感しようとしないでいいですよ、メルデル氏。
M:……貴方はその感情を、間違っていると考えているんですね?
S:勿論。もし僕と同じような思考回路をする同業者が居たとすれば、それは「脅威」です。忌避を通り越して「存在して欲しくない」と考えます。……ですが、今回のトリアージは心情と仕事を割り切れなかった際たる例です。導士になっても僕は僕を――部下たちを、御しきれなかったということです。
M:つまり、部下に対して向ける嫌悪より、そもそも自らに向けている嫌悪の方が上回っていて。本来発されるべきであろう感情の発露が薄く感じられる、と?
S:そう、なりますかね。僕、昔からその辺りは鈍いんです。特に、今回は何も。
M:……何も、ですか。
S:(目元を歪める)
M:……被害に遭った患者たちや加害した部下たちに対して感想のひとつもでてこないというのは、普段冷静に客観できている貴方にしては珍しいことですね。休み知らずに働いて、疲れが溜まっているんでしょうかね。
S:(長考、三十秒沈黙)
M:ワタクシが貴方の心に麻酔をかけても、それでは解決になりません。ワタクシに相談しづらいというなら、身近な同僚などに話を聞いてもらうなどして頂いたほうがよろしいかなと思います。
S:(視線を机の上に落とす)
M:貴方、人とお話をすること自体は、苦手じゃあないでしょう。できそう、ですか?
S:……そうですね。あの人に話すわけじゃ、ないなら。
M:ええ。できるかぎり何処にも漏れないようワタクシが配慮しますから、カルテ整理の日に一人か二人お相手に選んで、お話するといいですよ。
S:……はぁ。借りがひとつ、ですね。
M:いいえ、こちらとしては貸しを作っている気はありませんし。今度資料室にいらした際にお菓子の一つでも差し入れてもらえれば十分です。
S:業務用コーフィー砂糖を袋ままで送りつけるのではいけませんか。
M:どれだけ鼠の巣から出たくないんですか。四棟と五棟はそう離れていないんですから自分の足で来てください。菓子選びに困るなら、三棟商業区画の茶葉屋さんにある焼き菓子が美味しいですよ。
S:……考えておきます。
M:ありがとうございます。
S:(眉間に皺をよせ、ずれた眼鏡の位置を直す)
M:(資料を片づけながら)ああそうでした。最後にひとつだけ、質問をしてもよろしいですか。
S:(使った席を机にぴっちりと戻す)……? はい。
M:最近、「翼」を見かけたりはしませんでしたか?
S:……つばさ? 飛んでいる鳥なら、カムメを見ましたが……ああ、サンワドリも食べましたね。それがどうかしましたか?
M:うふふ。
S:なんですかその笑みは。気持ち悪い。
M:いえ、お気になさらず。面接はこれでお終いです。お疲れさまでした (会釈)。
S:はぁ。そちらこそ、お仕事お疲れさまです。メルデル氏 (苦笑しつつ退室)。
面接時間:二十五分。
観察より:先日起きたトリアージ不備についての聴取を兼ねた観察だが、個人の責任と他者の責任を別のものとして理解しつつも、監督不行き届きの処分を受けることに不満はないようだ。現在置かれている状況への動揺は見られたが、仕事内容や日常生活に大きな影響は出ておらず、ストレス値に強い耐性があることが改めて確認された。よって、今後は面接を介さない経過観察に移行する。
気になる点としては、今回の件に関する感情反応の極端な鈍さがあげられる。第二大陸での過酷な生活経験が現在の認知に影響を及ぼしていると判断せざるをえない。今後このような不備が彼の意志によって起きた場合には、記憶の想起阻害を治療行為として取り入れることを検討する。
尚、先の報告にあった「翼」については、めぼしい情報が得られなかった。白魔術隊の隊員に聞き込むなど、引き続き情報収集を行うこととする。




