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243枚目 「白の許し」


 魔力可視光(マジックライト)を壁に向ける。目に入るのは僅かに鈍い黄緑だった。


 あの自称絵描きが使用したであろうペイント液が使い物になりそうだ、という事実は救いである。一行は僅かな痕跡を追いながら奥へ奥へと着実に歩を進めていった。


 一寸先は闇。


 列の先頭にサンゲイザー、その後ろにラエルとツァツリー、暗闇に肩を竦めるレーテが続き。殿(しんがり)がハーミットだ。進めど進めど闇が続き、カンテラの取っ手が軋む音しかしない状況は徐々に空気を重くさせていった。


 先陣を切ったノワールに回線(ライン)で報告を貰ってみれば、この先も似たような一本道が続くのだと言う。針鼠は徐に口を開いた。


「んー、半時間ぐらい分かれ道もないし、同じような岩壁で飽きてきたところだ。何か盛り上がれる話題のネタとかないかな、サンゲイザー」

「しゅるるるる、オレに振るのかよ!」

「ほら、君って集団生活とか得意そうだし」

「っかー! 皮肉にもほどがあらぁ」


 岩肌の天井を仰ぎながらそういい、しかしサンゲイザーは真面目に話題を探し始める。黄金の瞳が黒髪の少女に落ちたかと思えば、裂けた口を「ぎい」と歪めた。


「んじゃあ、実績の話とかどうだ? 今までどんな獣を屠って来たかとかよぉ。因みにオレは沼蛇擬だらけの壺の中に蹴り落とされたことがある。鎌首もたげたそいつらの血を凍らせて切り抜けたんだぜ、器用だろ」


 ラエルは壺の中に落ちていくサンゲイザーと、彼に襲い掛かって返り討ちにされていく蛇の姿を想像する。どう想像しても血なまぐさかった。


「そういえば、渥地(あつしち)酸土(テラロッサ)のトレードマークは沼蛇擬(ヌマヘビモドキ)だったわね。何か理由でもあるの?」

「ありゃあ『災厄の身代わりにする』ってぇ願掛けだな」

「身代わり」

「ああ。オレらが使ってた意匠だと、槍に絡まった沼蛇擬の頭を矛先が貫いてる」


 蛇、嫌われてるんだよなー。サンゲイザーは自身の顎から喉元を手袋越しの手で指し示す。鱗肌の中でも最も皮膚が薄いそこは、人族をはじめとした人体の急所の一つだ。


 ツァツリーは黒曜の目を伏せると、カンテラの灯を身体に寄せる。


「……私は。特にこれといった戦績に覚えはありません」

「じゃあ、得意なこととか? 白魔術士といっても治療の仕方は人それぞれでしょう?」


 ラエルは指を折りながら思い出す。


 白き者(エルフ)のドクターことスフェーンは、幅広い知識から新古問わない白魔術を行使する。その弟子である二人はどうかといえば、緻密な魔力制御技術はカルツェの方が上手だが、咄嗟の判断や応用力ではストレンが勝るだろう、とラエルは思う。


 蚤の市の時、白木聖樹教会のパルモは白魔術使いという名目でラエルの初期治療をしてくれたが、彼女は魔力量の少なさを技術で補って治療を施しているように見えた。


 そして、ラエルの父親も白魔術士だった。母親も黒魔術士でありながら回復術に長けていた。魔力糸を使用した施術を得意とした父と、再生力促進を始めとした力技の治療を得意としていた母。これまでに経験してきた白魔術だけでも、これだけ多彩なのである。


 目の前には黒布で髪を纏めた白き者(エルフ)の女性、ツァツリー。


 センチュアリッジで保護され、バクハイムで斧棍を振り回していた謎の多い白魔術士は、どのように回復術を扱う白魔術士なのだろうか。


 好奇心の視線に耐えかねたのか、ツァツリーはすこしラエルから距離をとる。


「私は……基本回復術だと最低階位の『エンジェリィ』しか発現できません。血中毒の治療や魔力導線。腱を始めとする再生医療……強欲さまが行うような薬草調合も専門外です」

「ほー、白き者(エルフ)にしちゃ珍しいな?」

「生来。あまり器用ではないので。基本回復術にしても死に体の患者にしか使いません」

「しゅるるるる。それはつまり、あれか。必要以上の治療になっちまうってやつか」

「はい」


 過剰回復すると血肉が自壊しますから。

 白魔術士は洞窟の奥を見据え、緩めていた歩調を元のペースに戻した。


 彼女の発言を整理すると、白魔術士としては中ぐらいあたり。今回の遠征で白魔術士隊に選ばれた理由は別にあるらしい。


 そのまま促されてラエルの番がくる。彼女は少しだけ考えて、いつものことを口にした。


「そうね。考えてみれば私も、黒魔術士だけど魔術は苦手分野よ」

「えっ……どうして魔術士やってるんですか……?」

「しゅるるるるる!!」

「ツァツリーさんの反応は分かるけれど、貴方に言葉を濁されるまでとは思わなかったわ」


 砂漠でも浮島でもイシクブールでも、魔術について学んだり試行錯誤してきたラエルだが、まだ安定した魔術発現のコツをしっかり掴んだわけではない。


 ネオンに言われたように「発現イメージ」を脳内で組み立てられるようになるには、ラエルが想像しているより多彩な魔術を目にしていかなければならないのだろう。


「しゅるるるる。そういやぁそこの針鼠もどきはともかく、スカルペッロのおっさんはどうなんだ?」


 蜥蜴の獣人の声かけに、暗闇を凝視していたレーテが顔を上げる。どうやら閉鎖的な空間が苦手らしい。緊張感はそのままに、ゆっくりと口を開いた。


「わ、私かい? ……は、恥ずかしながら結界術以外はからっきしでね……」

「私は下級魔術でも高確率で暴発するわよ?」

「す、すまない。流石にそこまでではないな……ただ、中級魔術以上になると途端に精度が落ちるんだ。十分な魔力を伴なっての発現確率が二分の一ぐらいになってしまう」

「それは『からっきし』とは言わないんじゃ……?」

「魔族の基準だと『からっきし』で間違いないさ。第三大陸の産まれで良かったと思っているぐらいなんだよ」


 愛しのスカリィにも出会えたことだしね。と、さりげなく惚気を口にするレーテ。

 ラエルとサンゲイザーは、「そういうものなのか」と顔を見合わせた。


 その後も思い思いの話をしながら洞窟探索は進んでいく。先の安全を確認したノワールから通信が入り、針鼠は再び回線硝子(ラインビードロ)を手にした。


「……思ったより一本道が続くみたいだね?」


 ハーミットは何か言いたげにして、懐から目立つ色をした紐を取り出す。天井の鍾乳石と対になった石柱の一つに括りつけると列に戻った。


 十数分後、一行の目の前には石柱に結ばれた赤色のリボンがあった。


「やっぱり……長いこと同じ場所を歩いていたんだな俺たち」

「しゅるるる。蝙蝠が気づかねぇってことは、入って来たとこは既に閉じてるって考えた方がいいだろうなぁ。方向感覚狂わせる魔術でも仕掛けられているんじゃねぇの」


 暫くその場で待つと、伝書蝙蝠が後ろから飛んでくる。

 ハーミットが猛禽の足を受け止めると、黒飴のような目が細められた。


『うぐ……何周もしてるのに気づかないとは……魔力臭がきつくて誤魔化されたです……?』

「聖樹から離れた位置にあるとはいえ、影響はあるだろう。何か気になるところはあったか」

『です』

「?」

『思えばここに来るまで左回りでしか飛んでこなかったです。この道自体が真っ直ぐではなく傾斜した円系状だと思われるです』

「ふむ」


 緩やかな登りと、緩やかな下り。傾いた円形を模した道。


「まさか、これも人工洞窟とか言わないですよね……」

「全てがそうじゃなくとも、人の手が入った仕掛けがあるのは確定だろう。ここまで獣すらいないし、もしかしたら何か目印のような物があるのかもしれないね」


 壁に張り付きながらレーテが言う。こうして一行は、手の届く範囲に魔術陣や妙な物がないか探すことになった。


 村長宅の地下、魔晶石で覆い尽くされた祭壇奥の壁が閉じられていたことを考えれば、この通路にも何かしら壁を通過する方法が用意されていると見て間違いないだろう。


 道を教えたスターリングも知っていて言わなかったと考えて間違いない――次に会ったら一言申してやろう。ハーミットとラエルとノワールは心の中で握り拳を作った。


「しゅるるる。円状って言うと……あれか。聖樹前の石板とかか」

「思い当たる節といえばそれだよなぁ」

「でもここに来るまで、目に留まるような物はなかったわよ?」

「そうだね。手がかりのペイント液だって、一定間隔を保って途切れることなく道を一周している。何処か一カ所でも間隔が違っていれば気づくだろうさ」

『……ノワールは鼻が効いてないです。人の痕跡があっても気がつけるかどうかです……』

「うーん」


 針鼠が重たい頭を俯ける。

 手詰まり感が否めないが、ここに留まり続けるわけにもいかないのだ。


 ここまでの通路には外へと繋がる穴が一つも開いていなかった。万が一この場に閉じ込められた場合、待っているのは緩やかな窒息死である。


 ハーミットは最後の一人から意見を貰おうとして白服を探す。が、集まった面々の中にその姿はない。あれこれ案を出し合うラエルらを置いて少し歩くと、白魔術士は天井を見上げながら先へと進んでいた。


 垂れ下がる鍾乳石を見上げ、「見辛そうに」目元が歪む。

 表情を変えずに行動することが多い彼女にしては珍しい行動である。


「何か見つけたのか?」

「ハッキリしたものではありませんが。所々。靄がかかっているように見えるんです」


 ツァツリーの指先が天井を向く。

 針鼠の視界には何も映らないが、ゴーグルーを通すと薄ぼんやりとした靄が見受けられた。


「結界の類かもしれないな」

「……あ」

「?」

「強欲さま。この位置から見上げてみて下さい」


 手招きする白魔術士の方へ、天井を見上げたまま移動する。

 靄になった何かは、ある一定の角度になると「文様」を露わにした。


 頭と腹と、胸はない。

 くびれた身体に四対の足――蟲の意匠である。


 晶砂岩の白い鍾乳石に描かれたその部分だけ、黒ずんでいる。


「ああ、これだね。お手柄だよツァツリーさん」

「そうですか」

「ハーミット、ツァツリーさん。何か見つけたの?」

「結界の入り口っぽいやつだけど、見ていて気持ちのいい意匠ではないよ」

「……確認してもいい?」


 少女は意を決して上を向く。目の前にあると知っていればなんてことはない。

 驚きよりも気持ち悪さが勝つが、骨守信仰のことを思えば見ていられなくもなかった。


「……間違いないんじゃないかしら」

「そうか。それならこの周辺に何かがあるんだろう」


 この通路が攫われた人々を運ぶのに使用されていた可能性もある。僅かな違和感も見逃してはならない――血眼になって周辺を観察していくと、鍾乳石と壁との隙間に小さな装身具が見つかった。


 手に取ってみれば、それは白い石でできた指輪だった。

 スカルペッロ家で渡された晶砂岩の装身具と色が似ている。


「レーテさん、これって晶砂岩製ですか?」

「ああ。そのようだ……となれば、私たちが手にしているこれが必要なのかもしれない」


 レーテは懐から鎖を通した指輪を取り出す。ラエルは右耳のイヤリングに触れ、ハーミットは耳につけたカフスを思い出す。

 サンゲイザーとツァツリーも、町を出る際に町長から渡されたルース付きのチョーカーへと視線を落とした。


 材料は共通して「晶砂岩」。

 竜の尾骨(ドラゴン・コックス)から削られた一部。


 エイブソル曰く、白の許し。


「ただ、スカルペッロ家には特にこれの使い方が伝わっていないんだ。バクハイムへ赴く際には持っていなければならない決まりではあるがね」

「……とりあえず、かざしてみるとかしたらいいんじゃねぇの?」


 蜥蜴の獣人が言って、天井にチョーカーを近づける。

 残りの四人もそれを真似した。


 特に何が起こるわけでもない。強いて言うなら、天井の意匠が先程よりも黒ずんで――その場にいた全員が急に床へと崩れ落ち――いや、天井と視覚との距離が、一気に――開いた。


 見ていた蜘蛛の文様が一瞬で遠ざかる。


 瞬く間に黒々とした壁が四方を覆う。


 ――――――――つまるところ、落下(・・)している。


「「「「「…………」」」」」


 五人全員が息を呑み、顔を見合わせるも時すでに遅し。

 足元に大口を開けた落とし穴は、壁を蹴って上に戻るにはいささか末広がりすぎた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!??」


 ただ一人、滅多なことでは叫ばないと思われていた白魔術士の声が響く。

 最後に慌てた蝙蝠を一匹招き入れると、天板は音もなく閉じられた。





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