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233枚目 「蔦なき聖樹」


 助っ人合流から一夜明け、晶砂岩の山脈竜の尾骨(ドラゴン・コックス)の麓にて。


 いかにも手仕事といった肌触りの木の棒を、修復した石板の穴に突っ込むと、ようやく凹凸は上手く嵌まったらしい。


 レーテがそれを押しても引いても上手くいかないようすを見て針鼠が試してみるも力及ばず、結局はサンゲイザーとハーミットの二人がかりで鍵棒を四十五度ほど左向きに回すことに成功した。


「……けど、何も起きないな……」

「しゅるるるる」


 鍵は正しかったようだが、何も起きない。


 居合わせたエイブソルとレーテは肩透かしを食らったようすだが、ハーミットは鍵棒が刺さったままの石板を注視していた。


(石板は、第二で見たことがあるものと瓜二つだ……だから、そう遠くない場所にあるのは間違いないんだよな。入り口はこの周辺じゃあないってことか)


 回した鍵と、変化のない石板――いいや、本当に不変だっただろうか?

 補修した円盤状のレリーフが左に傾いた程度だが、変化は変化である。


 蔦柄の縁には、四方に向けて三角のモチーフがある。

 ――単純な、絡繰り仕掛け?


(東は海と崖だしなぁ……実際の方角を無視して、西を指しているのか)


「サンゲイザー。これ回した時に何か聞こえたりしたか」

「……離れちゃあいるが、西で地面が揺れた気配はあったなぁ」

「それかもしれない。行ってみよう」


 一行は石板から西へ、麓を辿るように歩を進める。


 林を抜け、石混じりの土を踏み、黒髪の少女が絵描きと遭遇した物見台を越える。

 そこから少し下ったところに――壁を這う蔦を引き千切って、今しがた大口を開けたばかりの洞窟が見つかるまで、時間はかからなかった。







 骨守の二人と別れ、ハーミットは準備を進めながら昨夜のことを思い出す。


 夕食の後。イシクブールから持ち込まれた「それ」について、散々褒められて撫でまわされたキーナは村長宅のベッドに転がって爆睡。


 食事後に体調不良であることを明かしたツァツリーや、馬車の中に潜むあまり身体がバキバキになっていたグリッタも同様に休息を優先することになった。


 しかし、鍵棒が見つかったからには試さねばならず、夜の内に鍵が合うと検証をした為に――剪定に関わるハーミットとサンゲイザー、レーテとエイブソル、夜になって元気が出てきたノワールとそれを抱えるラエルの五人と一匹は、前回と同じく麦倉で通信鏡に魔力を注いだのだった。


「ちょ――ちょっと待ってハーミット。私、同行しちゃいけないの?」

「今回ばかりはね。剪定中はノワールと一緒に宿の周辺で待機していてほしい」

「うぐっ」


 黒髪の少女は肩を落とす。聖樹を目にする機会などそう多くはない。

 通信鏡越しに爆笑していた魔法具技師は涙を指で掬って、ラエルに笑いかけた。


『まぁまぁ、剪定もされてない白木聖樹に近づくなんて、体内の魔力子引っこ抜かれて血中毒になるか許容(キャパ)越えて晶化するかで普通は死ぬから、関わらないことに越したことはないのよ! その点、そこの獣人もどきには安心して任せられるよねぇ』

「……そういう話はいいからさ。ほら、剪定服の確認もあるだろう」

『んー、そうだねぇ! 夜型じゃない君たちに夜更かしは厳禁ってものだしねぇ!』


 最早恒例となったやり取りをしつつ魔法具技師から渡された箱の中には、虹の粉(コンシーラー)が二瓶と調整が終わったらしいラエルの手袋。下段には、魔導王国の刺繍が入った布製のタム帽子と、黒い布の塊とが入っていた。


 ――そして現在。


 洞窟の入り口で黒服に着替えたハーミットは鼠顔を背中に回すと、髪をすっぽりと覆うようにタム帽子を頭に被せる。


 魔力子反射礼装。通称、剪定服。身体に三周ずつ黒い布を巻きつけてベルトを止める。

 丸い金具が二つずつの布ベルトは、紐を通して結ぶだけの簡素なつくりだった。


 隣には同じ服を着た蜥蜴の獣人が佇んでいるのだが、剪定服に着替えた辺りから無言を貫いている。ハーミットはサンゲイザーに目をやって、つま先から天辺まで眺めるとニコリと笑った。目覚まし鈴を三時間後に鳴るよう調整し、服の内側に収めた。


「大丈夫、似合ってるよ」


 鱗がぶわりと逆立とうとするが、巻きつけられた布がそれを阻む。


 全身を真っ黒の布に包まれた挙句、頭部の凹凸を均されたとなると見た目の印象は大きく変わる……端的に言えば(カド)が取れて丸くなったように思えるのだ。


 ハーミットの視線を身に受けながら口の端を引きつらせたサンゲイザーは、ゴーグルーを目に下ろすと尻尾をゆらゆら揺らした。


「しゅるるる。なげぇこと閉じてた洞窟ときたら何が棲みついてるか分からねぇからなぁ、用心しろよ……」

「何、俺の寝首をかこうって?」

「んなわきゃねぇだろ。ま、あんまり隙を見せるようなら槍で突いちまうかもしれねぇが!」

「あー、うん。からかったように聞こえたなら悪かった。そうならないように努力するよ」


 カンテラの火を松明に移し、洞窟に差し向ける。

 白い岩肌とは裏腹に、先の見えない闇が何処までも続いているように思えた。


 村長宅の地下に広がっていた採石跡と似て手彫りの岩肌が続く。

 湿気が増すのに伴って色鮮やかな粘菌と魔晶石が目につくようになった。


「……テメェ何で平気にしてやがんだよ」

「魔力要因の症状とは縁がない体質でね」

「うわー、さらっと言いやがったムカつく」

「そんなに酷いのか?」


 専用の服を着こんでいるとはいえ、鮮やかな視界は目に毒らしい。

 鮮やかな色彩が目を焼くようだと蜥蜴の獣人は舌を打つ。


「……けっ。装具が優秀なんだろうよ、視界は潰れても他に影響はなさそうだ」

「それはよかった。もし目が辛いならゴーグルーの魔力可視を切るといい」


 鼠顔を外したままの少年が、帽子から零れた金髪を耳にかける。琥珀が松明の赤を反射した。


 蜥蜴の獣人は目を線にして、壁の粘菌から視線を外しながら後を追う。

 洞窟に入った直後は蜥蜴が先行していたはずだが、いつの間にか逆になっていた。


 奥へ奥へと進んでいくと魔晶石は徐々に塊になり柱の形を取り始める。濃くなる魔力に顔をしかめつつ、気晴らしに何か話題が欲しいと蜥蜴の口が開いた。


「しゅるるる。そういやぁ、気になったことが一つあるんだが。イシクブールっつう町は、石材が特産だったんだよなぁ」

「そうらしいね。今はどの採石場も閉じているらしいけど」

「しゅるるるる」

「?」

「いや、石材が中心だったんなら、もうちっと分かりやすいのが普通じゃねぇかと思ってな」


 黒布に包まれた蜥蜴の尾がゆったりと揺れる。

 少年は琥珀の瞳を瞬かせ、首を傾げた。


「分かりやすい、というと?」

「石切り場といやぁ、岩に(くさび)打ってかち割るやつだろ? 他の大陸まで輸出してたってぇのに、山肌がそれらしくなってねぇのは珍しいと思わねぇか」

「……楔を打ったにせよ魔術を使ったにせよ、石切りしてたにしては山肌が綺麗すぎるってことか。言われてみればそうだな」


 一度壊れたものは容易に戻りはしないし、壊れた痕跡はその場に残る。

 魔術が発展した現在においても、材料がなければ欠けたものを修復することは難しい。


(竜骨信仰。ノット教の目から隠し続けた本村。石切りに反対した骨守たち)


 石切りで町を豊かにしたセット家。

 山が崩れる可能性を示唆したスカルペッロ家。

 バクハイムへ隠居して麦を育てたセット家。

 骨守として町を守ることを選んだスカルペッロ家。


(……エイブソルさんの話を年表に照らし合わせると。セット家が地下から採掘できなくなった後も、イシクブールでの石材産出がしばらく続いていたことになるのか?)


 地下からの採掘を辞めて……その後は何処から採掘していたのだろうか。

 浮島の視点で描かれた大陸地図でも、山脈には北と南を分断する渓谷がある程度である。


 まさか、山脈に谷を作るほど切り開いたわけじゃあないだろうし――。


「おい。ぼーっとしてるとこ悪いが出口らしいぞ」

「うん?」


 ハーミットが顔を上げると、色彩豊かな洞窟の先に明かりが見えた。


 出口に近づけば近づく程、それまで壁を張っていた粘菌も魔晶石もみられなくなる。共に魔力を好む生物と鉱物だが、聖樹周辺に自生できる程に強い種ではないらしかった。


 長丁場を覚悟して来たものの、意外と短かったな。と呟きながら光がある方へ足を向ければ、数分ほどあるいたところで二人は出口に辿り着いてしまった。


 松明の火を持ったまま陽光降り注ぐ穴の外へと足を下ろそうとして、たちまち閉口する。


 ――圧倒的な自然現象が、そこに鎮座していた。


 小石のような踏み心地の青い苔を一面に敷き詰め、その中央を川が流れている。

 あちこちに隆起した光り輝く聖樹の根は太く、それ一つ一つが幹のごとく力強い。

 純白に虹を混ぜ込んだような木肌、天板状に形成された針葉の樹冠。それらが周囲の晶砂岩に食い込んでいる。


 ここまではいい。そこまでは、ハーミットが予想する範囲内だった。


 しかし。壁の全面に、段々と岩を切り落とした痕がある。

 自然にできたものではなく、人の手によるものだろう。


 聖樹の周囲をぐるりと囲むようにして、できる限り高いところまで岩を削り砕いた形跡。

 これは、中央にある白木聖樹を中心にして採掘が行われていたということである。


(ああ――だから、セット家は石切りを必要としたのか。そうせざるを得なかった)


 一度自生した聖樹を涸らす方法はないとされている。地下採掘をした後、高魔力地帯化の兆候を見た彼らがここを掘り当て、聖樹を発見したのだとしたら。


(日の光が差し込まない場所ならともかく、この山脈には東西にかけて渓谷がある。そこに聖樹が挟まって成長したりなんかしたら、いずれ割り広げられた山が砕けて……考えたくも無いな)


 大きく損傷した聖樹は、修復の為に周囲から魔力を吸い上げる。

 周囲の土地はたちまち枯れて、聖樹だけが生き残る。


 反転の危険から、聖樹の幹や根に手を出すことはできない。なら、聖樹の成長で山が負担を受けないよう、いずれ接地しそうな山肌を削るほかない。


 そうやって山が耐えられるだろうギリギリまで、岩を削り出し続けた。

 だから。イシクブールは石切りの町になった。


「しゅるるる! 俺たちが歩いてきたのは運搬路だった、っつーことだなぁ。使い勝手を考えて短いんなら納得だ」

「そうだな。とはいえ、でかいな……第二で見たほどではないけどさ……圧巻だよ」


 剪定士であっても、この樹が気ままに成長しているようすを目にすることはないだろう――そう、未剪定の聖樹を放置しておくわけにはいかない。


 ハーミットは琥珀の瞳に遊色の木肌を焼きつけ、天に伸びた竜血の冠を見据えた。吊り下げられるように蕾ができているが、開いてはいない。


 ここから蕾を落としつつ枝を切り落とし、冠を山肌から離すまでがミッションである。


「……さて、謎が一つ解けたところで浮上した問題が二つある」

「二つもあるのかよ」

「ああ。一つは絞縊蔦(コウイヅタ)が見られないこと。これに関しては、洞窟入り口に自生してたやつをその辺に植えれば済む話なんだけどさ」


 聖樹の成長抑制についてはそれ以外の手段がない。それより、もう一つの問題の方が面倒そうだとハーミットは判断する。


 革手袋で指差すのは、高所で元気に腕を広げた白木聖樹の枝だった。


「例えば、あそこにある枝。目測で図ろうにも目が拒否しているんだけど、根元から切ったとしたら、下で受け止めるには……大きすぎないかと思うんだ」

「しゅるるる。つまり?」

「枝先から細かく刻むとして、剪定に滅茶苦茶時間がかかる」

「……」

「一日じゃあ終わらない。ここに寝泊まりして夜通し作業したとしても三日はかかる。実際は高魔力地帯に居座ることはできないから六日はかかるか」

「それ、運び出す時間を考慮してねぇやつだよな」

「勿論。切って受け止めるだけの単純作業だけの計算だよ」

「かーっ!!」


 やってらんねぇ! と冗談交じりに呟いたサンゲイザーが、黄金の瞳を「かっ」と見開く。

 「無理だ」と放り投げようとしない辺りは真面目な人だな、と少年は思った。


 ハーミットはタム帽子ごしにこめかみをぐりぐりとして、苔の上に計測用の魔法具をあれこれ取り出すと、深呼吸を一つする。


「さあ。気を取り直して測量しようか」





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