228枚目 「角と鱗とツインテール」
「めぇ……」
「申し訳ありません、こちらの監督不行き届きでこのようなことに」
「めぇぇ、いえいえ。突発的な犯行なら読心でもしなきゃ分からないものですよ。衛兵さんこそ、急なトラブルで大変だったんじゃないですか?」
「えぇ。とはいっても、対処は殆ど魔導王国の方々が済ませてしまったので、私たちに任されたのは殆ど事後処理なのですが」
「そ……それは」
それは――いくらなんでも。ここはイシクブールの管轄にあたる収容所であるはずだ。
ペンタス・マーコールは衛兵の愚痴を聞きながら顔を曇らせた。
昼間キーナに明かした通り、ペンタスはとある相手と面会する予定だった。
面会相手がそのトラブルの渦中に居た人物ということを聞くと、面会謝絶は妥当だ。
しかし、裁きの比重は当事者であるイシクブールの方が重いはず。それなのに魔導王国に管轄が一時的とはいえ移ったなら、そのことが意味するのは。
「裁量が決まったんですか」
「ああ、そうです。あまり大きな声では言えないんですが」
第三大陸と魔導王国では、捕まった虜囚の罪の重さとその回数を司法資格者が把握し、行った悪事に対する罪人の感情の値まで数値化して相応の裁きを下す。
(悪事を悪事と思わない者の罪は重く、悪事を罪悪感と共に成した者の罪は軽く。これは目安だから、実際の計算はもっと複雑だろうけど)
これだけ早く裁量が決まることは珍しい。
早く決まるということは、裁きようもない善人が捕まったか、罪が重すぎて魔導王国行きが即決されたかのどちらかだからだ。
(……めぇ。だからこそ、「借り」を残したくないんだよな……)
第三大陸と魔導王国には死刑制度がない。
重犯罪者は全員魔導王国へ連行されて終身刑だ。一度連行されてしまえば、その後のことをペンタスが知ることは難しいだろう。
「明日以降で構わないので、どうにか面会の予定を組めませんか?」
「今すぐにはできかねますね。相手はイシクブールの人間じゃありません。魔導王国ですよ」
「めぇ。魔族だって、話せばわかるでしょう」
「国を相手にしているんです。個人の判断でどうこうできることじゃない。今回は四天王の方が工面して設けた機会でしたが、なんにせよ貴方が面会しようとしているのは犯罪者なのです。それも、市場や町長に槍を向けた主犯格――マーコールの名前があっても、ひと押し足りません」
「……」
「申し訳ありませんが、本日はお引き取りを願います」
ここまで言われてしまっては、どうしようもない。
ペンタスも人族から見れば十分な大人だ。食い下がるも駄々をこねるも通用しないのだ。
分かりやすく肩を落として、それでも衛兵に礼を言って来た道を戻る。
道中、町側からやってくる白魔術隊と鉢合わせた。
収容所までは城壁の中を一本道だ。背の高いペンタスは壁の方へ寄って立ち止まる。
視線を壁によけて全員が通過するのを待っていると、その内の一人が歩を緩めた。
茶色い髪をした魔族の女性だ。匂いからして、黒髪の少女と靴を買っていた女性と同一人物だろう――確か、ストレンといっただろうか。
「……貴方、確か西地区に居た」
「ボクはストーカーじゃないめぇぇぇ」
「……ストーカー呼ばわりしたことは謝罪しますよぅ。ラエルのお友達、でしたよね」
あの時はありがとうございました。と、白魔術隊の女性がぺこりと頭を下げる。
ペンタスは引け腰になりながら、恐る恐る下方のつむじを視界に入れた。
白服ばかりの集団の中で一人だけ赤いワンピースに身を包んでいるが、彼女は全く気にするそぶりがなかった。普段から白魔術隊に所属しているのではなく、助っ人で抜擢された人材なのだろうか。
煮詰めたばかりのジャムのような赤い瞳と目が合い、ペンタスは思わず息を呑んだ。
「この先には収容所しかありませんがぁ、何か用事でも?」
「め、めぇ。面会の予定があって。門前払いになっちゃいましたけど」
「……お時間の方は? もしよければ私、確認してきますよぅ」
「え?」
「ここでお会いしたのも縁でしょうし。面会希望者のお名前、教えていただけますかぁ」
ペンタスは目の前で進む話に呆気に取られてたが、この機を逃すまいと口を開く。
名前を聞いた彼女の顔が少し歪んだように見えたのは、きっと気のせいである。
透明な結界越しに、同じ机を囲んで対面する。
一時的に魔法瓶から解放された蜥蜴の獣人は、手足を魔法具で封じられた状態で椅子に座っていた。
びたん、と棘の生えた尾が床に落ちる。
部屋に入って来たツノつきの獣人の顔を見ると、その動きは更に鈍くなった。
「しゅるるるる。『ペタ』っつーから誰かと思えば、アンタか」
「お久しぶりです。作戦会議の時以来でしょうか、めぇ」
蜥蜴の獣人サンゲイザーは、部屋に入って来たツノつきの青年をつま先から天辺まで流し見て、その武装ひとつしていない姿に呆れた顔をする。
「はっ、とんだ平和ボケが面会に来たもんだ……熱でも出てんじゃねぇの? 茹った頭でオレを指名しようなんざ呆れる、大人しく薬煎じて床に突っ伏しときゃあいいのによ」
「めええ。確かにボクらの角は薬になるかもですが、その分身体が強い自信はありますよ」
ペタは持ち込んだ水筒からお茶を汲むと口にする。音を立てて緑茶が吸い込まれた。
「ぷは。舌が乾くといけませんめぇ、飲みます?」
「結界越しだってのに、茶の一滴も通すわけねぇだろうよ」
「めぇ。それもそうですね」
「まさか、駄弁りに来たのか?」
別段仲良くしていた訳でもない獣人との面会とあって、サンゲイザーの機嫌はあまりよろしくないらしい。ペンタスはそれを分かった上で、罪人の獣人に笑みを向けた。
「まさか。ボクは貴方にお礼を言いに来たんです、めぇ」
「しゅるるる。礼を言われる筋合いはねぇんだが」
「めぇぇ。冗談を言わないで下さい。東市場の襲撃、初手の油矢に音をつけたのは貴方ですよね? ……違いますか?」
ペンタスは怖気づくことなく耳を揺らす。
蜥蜴の獣人は余裕ぶった笑みを消して、ぎりと黄金の目を細めた。
「ペタ……マーコール、だっけ? で、その情報をどうするって?」
「めぇぇ。貴方が持つ情報と交換したいです。ボク、近い内第二に行く予定なので」
「そうじゃねぇ。オレがこの取引を蹴ったらどうするんだって聞いてるんだ」
「めぇ。町を出る前に、町長さまと魔導王国の方々に報告しようかな、と」
一連の事件の中、賊の中で一人だけ逆らった動きをしていたサンゲイザー。
このことが魔導王国に露呈すれば、彼だけ減刑が成される可能性がある。
そして、一人だけ減刑となれば。
「……傍目には善行だが、俺には最高の嫌がらせだなぁ?」
「めえ。そりゃあもう。馴染みの市場を荒らされた上に居ついた町まで滅茶苦茶にされて、普通に気に入らないというのが本音ですから」
笑みを貼りつけたまま言うペンタス。
蜥蜴の獣人は若干引き気味に口の端を吊り上げた。
有角偶蹄の系譜は基本的に温厚だが、一度怒らせたら重い蹄で蹴りを入れた挙句、角でどつき回されるという話もある。
結界越しに守られているのは、果たしてどちらなのやら。
サンゲイザーは暫し沈黙した後に口を開いた。最近は気を張る相手ばかりと話をしていて正直疲れているのである。無駄に抵抗するほどの気力は残っていなかった。
そうして、知りうる限り第二大陸の近況と地形変動について真面目に話をしたサンゲイザーが、「……これ、出鱈目言ったとしてもばれなかったんじゃねぇの……」と思い始めた頃に、ペタがキリよく話を切り上げた。
まだ未熟とはいえ、第二大陸での経験が根底にあるのだろう。不穏な空気を読むことに関して、危機感知能力の高さが伺えた。
「めぇぇ、良かった!! これで断られたら情報の出どころが一人分減ることになるって苦心してたんです。というか、色々とお得なことまで教えて貰って……い、いいんですか?」
聞くだけ聞いておいて、自分が出した条件と釣り合わないと気づいたらしいペンタスが、恐る恐る顔を上げる。交渉時にはなりを潜めていた臆病さが顔を出したらしい。
成程、こういう所は確かに、まだ「商人見習い」の域である。
交渉相手が目の前に居る状況で顔を崩すなど、舐められるに決まっているのだ。
けれど今の蜥蜴には相手をからかうだけの気力が残っておらず、目の前で身を小さくしたツノ付きの青年を見ても力無く苦笑するだけだった。
「いや、脅されたから話したんだっつーの……分かっているとは思うが、いま話したこと全部を鵜呑みにしてくれんじゃねーぞ。一応オレ、割と後がない犯罪者な? しゅるるるる」
「めぇぇ、分かっています。もしボクが貴方と鉢合わせた場所が第二だったとしたら、ボクは貴方を頼らなかったでしょうし」
「はっ。結界越しだから、人殺しに対しても多少度胸をもって交渉にあたれるってか?」
「めぇ」
「くくくっ。即答かよ」
喉を鳴らして笑うサンゲイザーを見て、ペンタスはきょとんとする。
「どうした。罪人が笑っちゃあいけねぇのかぁ?」
「……いいえ。作り笑いよりよっぽど見ていられるなと思っただけです。めぇ」
ふにゃりと笑って、ツノつきの青年が時計に目をやる。
第二大陸のあれこれを聞く間に面会終了時間が迫っていたようだ。椅子を引いて立ち上がったペンタスに、サンゲイザーは目を細める。
「アンタが何時からこの大陸に住み着いてるかは知らねぇが、第二の様子は大分変わっちまってると考えていいと思うぜ。良くも悪くも、二年前と今じゃあ別の生態系ができたようなもんだからなぁ」
「忠告感謝します。貴方も、しっかり罪量分を償うといいめぇ」
「……」
「?」
悪態も軽口も帰ってこないことに驚いて振り向けば、蜥蜴が椅子に座ったまま机に肘をついてねめつける様な視線を投げていた。
ペンタスが本能的に後ずさりすると、サンゲイザーは「ぎい」と笑みを剥く。
「ああいや、間違っちゃあ居ねぇんだが。……そうだな、真面目にやるとするよ」
鱗肌の尾が、ばちりと床を叩いた。
面会はここで終了となり、ペンタスはそのまま工房へ戻ることとなった。
カンテラを道しるべに、衛兵の誘導を受けながら石造りの影を何本も越えて行く。
ペンタスは第二大陸の情報を話す蜥蜴の顔を想起して、僅かに目元を緩めた。
彼がサンゲイザーに面会しようと思った理由は、さほど重要性のあるものではなかった。
東市場の火災にしても、蚤の市襲撃騒動にしても。ペンタスは彼とこれといった接点を持ったわけではない。……ただ。あの場に居合わせた「もう一人の恩人」が、どんな顔をした人間だったのか。憶えておきたいと思った。それだけのことだった。
月明り差し込む廊下を行く途中、吹き抜けの庭に集まった人の声が響く。
と、前を歩く衛兵が足を止めた。
「どうかしましたか? めぇ」
「ああ。いえ……魔導王国の白魔術隊が中庭を貸して欲しいと言っていたので、一体何をしているのかと」
「あ、あれ白魔術隊だったんですか」
「はい。確かレクリエーションをするとか言って――」
会話をする横で弓矢が眩く飛んでいく。
数秒遅れて、地面が揺れた。
見れば、人を脇に固めて中央にできたスペースで、先程自分を案内してくれた赤服の女性が中心になって模擬戦闘を行っている。
矢を放つ女性に対し、涙目になって逃げ惑う白魔術隊の若手たちに紛れ、ただひとりの女性が斧棍を手に振りかぶった。降り注ぐ白い矢は瞬く間に打ち払われる。
きらきらと雪のように舞い散る回復術。その中で、前髪を黒いヘアバンドで押し上げたツインテールの女性が、また黄銅色の斧棍を両腕で振り抜いた。
――黒麦の肌を覆うように弾け散った魔力の痕が、霧散する。
ずしん、ずしん、と身体に響く振動は、彼らが魔術を使用しての余波だろうか。
レクリエーション。軽い運動、のつもりなのだろう。これが?
「……ボク、収容所から関所までは歩いて行けるめぇ」
「……本当にすみません。お気をつけてお帰り下さい」
バタバタと忙しなく持ち場へ戻っていく衛兵を見送って、ペンタスは踵を返す。
第二大陸へ行って目的の墓参りを果たすまでの間、何をしようか。
二週間前に試みて失敗した商人の真似事を本格的にやってみるのもいいだろう。お金は貯められずとも、稼ぐ方法を身につけて損はなさそうだ。適当な道連れと行き当たりばったりで国から国へ渡るのも、いいかもしれない。
全て終わってこの町に戻って来たら、本腰を入れて移住計画に踏み切る必要があるだろう。
父親たちのことも、キーナ同様向き合わねばならない日がくるだろう。
マーコール工房を買い戻すまでの間に、彫刻磨き以外の職に就くことになるかもしれない。
(その時は、中間管理職だけは辞めておこう。きっとボクの胃がもたない)
目標と展望を胸にして。
ペンタス・マーコールは来た時より軽い足取りで、石切りの町へと戻って行った。




