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215枚目 「青き螺鈿」


 バクハイムの麦置き場にて、壁にたてかけられた鏡からひと声。


『やぁぁぁぁったあぁぁぁぁぁぁぁぁああ!! ラエルちゃん直々のご指名じゃん!? 手袋の修理催促!? 締め切りは怖いがベリーさんは女の子に飢えているのでよぉし!! 目の保養だ目の保養だぁぁぁあああああああああぁぁぁぁ――んだよ、獣人もどきじゃないかい。ラエルちゃんを出しなさい!!』

「平静になるまで六十秒かかる魔法具技師の猛攻に耐えかねて鏡の真横に立ってるよ」

『うわぁ視野外!! 参ったなぁ、やっぱり平面じゃなくて曲面の鏡にするべきだった!! そうと決まれば設計だ、今度作って贈るねラエルちゃん!?』


 通信鏡から飛び出す勢いで言葉を発する魔法具技師に対し、黒髪の少女は鏡の縁に触れながら眉間を抑える。相変わらず、このテンションには慣れないものだ。


「だから彼女に貢ぐのは俺の特権だっていっただろう、どさくさに紛れて贈呈宣告するんじゃない。工房が破綻して困るのは誰だって話だ」

『ん!? 困るのはフランかなぁ!!』

「フランが困るんじゃないか!! ほら、ゴーグルーかける。話を聞く。いい!?」

『はー、面倒。絶対厄介ごとじゃん? ベリーさん使いが荒いんだからもー』


 ぶつくさ言いながら、首に提げていたゴーグルーを目にかける魔族の女性――ベリシード・フランベル。魔導王国浮島駐屯地所属、息子のフランと二人でマツカサ工房を切り盛りする魔法具技師である――は、薄い茶髪の絡まりをグローブを外した手で雑に解きつつ、鏡面に訝し気な視線を投げた。


 赤黒い瞳に映ったのは、見知った針鼠の顔とあと二つ。


 錆色の目をした魔族の男性と、青い目をした老齢の男性。鏡に魔力を流し込んでいるのは黒髪の少女で間違いないはずだが、どうやら顔を出すつもりはないと分かると、非常に残念そうな顔をした。


 ベリシードは、目線を少年の背後へと滑らせる。

 そこにはラエルたちがバクハイムの麦畑で刈り取った青い麦が山のように積まれていた。


『なんだい、それ? やけに精巧な金属彫刻じゃないか。麦穂ばかり作るっていうのも執念染みているけどねぇ』

「彫刻かぁ。確かめてみる? ついでに主要成分を鑑定して欲しいんだけど頼めるかな」

『妙に含みのある言い方だねぇ。まあいいや、何束かこっちに送って。――フラン、鑑定依頼だ、ちと量があるけど頼めるかい?』


 工房の奥に声をかけながらベリシードが席を立つのを見計らって、ハーミットは青い麦穂を抱えると鏡に向けて放り投げた。工房の床に青色の穂がばさりと落ちる。


『雑に扱うねぇ、製作者が泣いちゃうよ!?』

「製作者はいないよベリシードさん。敢えて言うなら大地が製作者だ」

『大地? 謎解きのつもりかい?』

「いいや。たった今、収穫したばかりなんだよ。その麦」


 ベリシードは赤い目をぱちくりとして、手にした麦穂と針鼠とを交互に見る。


『……なぁんだ、予想に反して面白そうな案件じゃないか?』


 大眼鏡の歯車を回し、ベリシードは不敵な笑みを浮かべた。


 麦穂からとれた粒を一つ、拡大魔法鏡にのせ。


 表面の状態を確認し、水との比重差を量り、熱への耐久値を算出し、硬度を測定する。

 フランは物質を特定するチェックリストを淡々と埋めていった。


 そして素焼きのすり鉢を裏返し、条痕をとったところで手が止まる。


『…………』


 フランは無言のまま、調べたものとは別の穂を手にすると、今度は刃の部分を鑑定する。

 取り替えて茎を、根を、無作為に選んだ一つを、さらに鑑定する。


 引きつっていた顔は徐々に真顔になって、信じられないものを見たような目で母親の方を振り返る。何度調べても同じ結果になったのか、フランの目はどんよりとしていた。


『鑑定結果がでたみたいだね。聞くまでも無いとは思うけどさ、聞く?』


 「聞くまでも無い」のなら、おおよそ予想していた状況と一致したということだろう。

 ハーミットは鼠顔の下で眉間に皺を寄せながら、言葉の続きを促した。


 ベリシードは頷いて、フランと立ち位置を入れ替える。

 目元をゴーグルーで隠した少年は、走り書きのメモに目を落としながら口を開いた。


『……魔晶石より柔らかく、金や銀よりは固い……しかし比重は非常に軽い。そして、極めて質の良い導魔性と帯魔性の性質がありました。……螺鈿(らでん)のような特徴ある金属光沢。条痕から強い魔力臭あり、衝撃を加えた際にはプリズム放射が発生……以上を踏まえ、こちらの麦は――青き螺鈿(ミスリル)でできていると思われます』

「……青き螺鈿(ミスリル)?」


 ラエルはピンと来なかったが、ハーミットの背後に立っていたレーテとエイブソルは「ざぁ」と顔を青ざめさせた。


 針鼠は事前に防音魔法具を使っていて良かったと胸をなでおろす。


「……えっと。驚いているところ申し訳ないのだけど、青き螺鈿(ミスリル)が沢山あるっていうのは、いけないことなの?」

『あっはは。ラエルちゃんってば純粋ね。青き螺鈿(ミスリル)は希少素材でね、そう簡単に手に入ってはいけないものなのよ。耐久性もあるから魔法具にもよく使用されるよ。ラエルちゃんたちが手にしている回線硝子(ラインビードロ)とか、駆動(クラフト)とかもそうさ!」


 鏡の中でニコリと笑う大眼鏡の女性。姿が見えずともラエルの声がしたことで何かのエネルギーが供給されたらしい。鼠顔の少年と話すよりも遥かにはきはきとした喋り方だった。


 針鼠はポンと手を叩く。

 いい機会だ、とでもいうように人差し指を上げた。


「じゃあ、ここで抜き打ち知識チェック。青き螺鈿(ミスリル)の主な産出場所はどーこだ」

「はぁ!? うっ…………ええと……!!」


 ラエルは必死に考える――鉱石の産出場所など、明らかに興味がない分野の話である。

 魔石に関する知識はあれど、属性関係と質の良い石の見分け方程度だ。石が何処で産出されるかなんて、普通魔術士(消費者)は考えもしない。


 それでいてハーミットがラエルに質問を課すのは、事前に専門知識がなくても十分解ける問題だと判断してのことだろう。そうでなかったら意地悪が過ぎるというものだ。


「た、確か青き螺鈿(ミスリル)って、岩の中に混ざっている状態で見つかるのよね? 原石って言うのだっけ……単純に考えて全ての大陸に山はあるけれど、希少素材扱いされると言うことは持ち運ぶこと自体が難しいから……? だ、第一大陸……とかかしら……」


 唸りながら絞り出す黒髪の少女。針鼠の少年は笑いながら指を振った。


「目の付け所は悪くないけど、惜しいね。第三から距離があるという点では間違ってないよ」

「……っ!! もしかして第四!?」

「正解。第四大陸の土壌は魔力に富んでいるからね。青き螺鈿(ミスリル)の魔力放射を抑える方法も確立しているし、何より採掘が駆動化されている。だから産出場所としてはほぼ一強なんだ」

「そうなんだ……って、ちょっとまって」


 ラエルは適正が無いと知りつつも錬成術士について調べたことがある。脳内の引き出しをひっくり返しながら、就職活動で読んだ絵本の内容を思い出した。


(魔晶石のような例もあるけれど、鉄を始めとする金属類は「不純物を取り除いて固め直す」過程が必要だって書いてあった……錬成魔術(アルキミア)もそうした鉱石学を応用した術式だって)


 一方、バクハイムで「収穫」された青い麦穂は「生えている物を刈り取った」に過ぎない。

 蝋や石灰が原因になる石化現象とは違い、物質を根本から作り変えるような石化といえる――仮に、物質が魔力の浸食による置換現象だと仮定する。


 問題になるのは、麦穂が置き換わった物質が石炭でもオパールでもなく青き螺鈿(ミスリル)であり、通常の麦の背丈と変わりないことから置換率が非常に高いだろうと予測されることである。


 部分的ではなく、根の先端から葉先までまるまま置き換わっているとするなら。それは採掘して精錬するよりも費用がかからない、ということだ。


「……収穫するだけでいいなら、費用が浮く。高魔力地帯化を差し引いてもおつりがくるぐらいに、なる……」


 そして、質の良い青き螺鈿(ミスリル)が大量に出回るようになれば、いつか暴落が起きる。


 ブランドは意味をなさなくなり、青き螺鈿(ミスリル)の産出で生計を立ててきた地域に入るお金の量は少なくなる――昔、晶砂岩を売りにしていたイシクブールが陥ったのと同じようになる。


「……もし、そうなったら。第四大陸が黙っていない、ということね」

「うん。大正解」


 事実、手元にあるというだけで「青い麦」は商売になってしまうだろう。


 麦を育てるだけで希少素材を収穫できるとなれば、それは火種になるほどに効率が良すぎる――だから、町長は先手を打ったのだ。


 石切りを辞めたこの地で青き螺鈿(ミスリル)を名産にするわけにはいかない。


 青き螺鈿(ミスリル)化する麦の存在は、麦の収穫量を減少させる上に高魔力地帯化を防ぐ直接的な手段にならない。


 対処もできず貯め込まれた青き螺鈿(ミスリル)の存在が公になれば、イシクブールの立場は確実に悪くなる。


 ハーミットは工房から戻って来た麦穂を手にしつつ、固まったままでいたレーテとエイブソルの方を振り向いた。ここから先は、「権力者」の領分である。


「スカリィさんから知り得ない(不干渉を貫く)旨を伺ってはいますが。青き螺鈿(ミスリル)とはいえバクハイムの収穫物ですし、地域の為に有効活用できませんか?」

「……ふむ。レーテさま、先にあった賊の件、被害はいかほどだろうか」

「町全体だと、宿屋が三軒は建ちますね」

「さようか。……さて、こちらの麦に価値をつけることは叶いますかな?」


 エイブソルが言わんとすることにハーミットは会釈を返す。頷きながら鏡へ向き直った。


「フラン、できそう?」

『細かいところは……錬度からランク分けしてみないと。……時間はかかりますが、もし引き受けさせて頂けるなら……光栄、ですね』

『こういうのは、現地に行けたら一番なんだけどねぇ。ま、あたしらみたいな魔法具技師がその場に居なくて良かったんじゃないかな? 素材に目がくらむあまり、血で血を洗う取り合いに発展しかねない!』

『ふ、それは、言えてる……』


 かくして、収穫した青い麦穂をマツカサ工房へ一度預けることになった。


 リレーのように麦穂を工房へ受け渡しながら、ハーミットはラエルの顔色を窺う。

 鏡に魔力を注ぎ続けているとはいえ、それほど消耗はしていないらしい。


 空間魔法具の長時間使用を、人族でも扱えるように調整するとは。

 相変わらず底が見えないマツカサ工房の技術に、冷や汗をかくハーミットだった。





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