207枚目 「盲点とバイアス」
『はあ、また事情聴取ですか?』
黒い箱から引っ張り出された賊を合わせて床には計五つの魔法瓶が並んでいた。
左から二つの瓶は気絶している少年と女性。その隣が小人で、首領、黒髪の男と続く。
蜥蜴の獣人はというと、目の前でひっくり返った針鼠の少年と一言二言やりとりして計画的犯行だと露呈したらしい。再度スピンさせられていた。
(しっかし。まさかこういう場所で仇と相対することになるとはねぇ)
小人は瓶越しに、隣に居るふくれっ面の鱗肌を一瞥した。
首領スキンコモルはグリーンアッシュの髪を乱し、黄色い瞳の集中力を一人の少女を観察するのに費やしている。さっきからずっとこうして固まったまま動こうとしないのだ。
そのことに関してはあちら側も承知しているのだろう。
針鼠はスキンコモルを咎めず、隣で微笑む長身の面接官も何も言わなかった。
凝視されている本人はと言えば、サンゲイザーが入った魔法瓶の乱回転を止めて苦笑する。元々動体視力が良いのか、瓶の動きを注視して目が回ってしまったらしい。
ラエルは眉間に皺を作りながら、サンゲイザー入りの瓶をベイツの隣へ降ろした。
そこでようやく向けられていた視線に気がついたのだろう。紫色の瞳が、瞬く。
『…………?』
こてん、と。五代目首領の首が傾く。
小人も首を傾げる。ベイツの苦笑いが聞こえた。
『アナタ。もしかして札付きですら、ない?』
「私? 今の所は、そうね」
ラエルは歯切れ悪く呟き、視線を逸らした。
人殺しについてやましいことはないが、いずれ檻の内側に行くだろうことも事実である。嘘はついていない。
スキンコモルはどっちつかずの反応に更に混乱しているようだ。嘘を見抜くという小人も特に反応せず、黒髪の男はひたすら苦笑している。
しびれを切らしたのはサンゲイザーの方で、耳を抑えながら口を開いた。
『しゅるるる。まどろっこしぃこと言ってんじゃねぇぞ、嬢ちゃん。はっきりしねぇと伝わんねぇんだわ。頭が悪ぃ俺らにはよぅ』
「……えっと」
ラエルは一瞬「それを貴方が言うのか」と口を開きそうになって押し留める。
誤解を解くだけなら必要な言葉は一言だけだ。サンゲイザーがどういう目的で主犯となったかまでは明かさなくていい――珍しく空気を読み解いたラエルは、口にする言葉を選んだ。
「私、人を殺したことは無いわ」
小人は、何も反応しなかった。
つまり、目の前に居る紫目の少女が「信頼に足る」言葉を口にしたということである。
発言内容が真だとして、渥地の酸土が行った紫目の少女に対する襲撃が端から端まで逆恨みだったということである。
首領はきつく目を細めると、柏手をひとつ打つ。
反射で小人とベイツの肩が跳ねた。
『なるほど。なるほどなるほど。輸送途中に四代目が死んだのは貴女のせいじゃなかったわけね。でもまだ分かんないことがあるから聞いてもいいかな?』
ラエルは針鼠を伺う。ハーミットは前へ出ると、徐に腰を下ろした。
スキンコモルは、ばさりと降ろされた髪の隙間から覗く目は毒のような黄色で、硝子玉の黒を一瞥する。
針鼠の少年は物怖じせず、むしろ笑う。針頭を揺らした。
……それから、一時間は話しただろうか。
サンゲイザーやネオンのことはともかく、ラエルがこの場に居る経緯は説明せざるを得なかった。浮島を襲撃した犯人が真犯人を自供したことも、その真犯人がまだ捕まっていないことも明かした。
瓶詰の中の賊たちは神妙な面持ちで黙り込む。
唯一小人だけが所々で眉間に皺を寄せていたが。しかし気になる程の嘘とは判断されなかったらしい。その証拠に、一言も口を挟んでくることはなかった。
スキンコモルは気だるげに肘をつくと、口元を弓なりに歪めた。
『――そういうこと。アタシたちと経緯は違えど、そっちもこの町を疑って探りを入れてたっていうわけだ。はー、時期が悪かった。もう少し早く情報共有できていたらこんなに面倒な事、しなかったのにねぇ』
「……俺たちは魔導王国から来た役人だ、どのような出会い方であっても君たちを捕まえる方向で動いただろう」
『アタシたちが瓶詰めになる事実は変わらなかったって?』
「そうだ」
『そ。まぁいいわ、遅かれ早かれだったもんね』
その場で切り殺されなかっただけましってものよ。スキンコモルは言って、長い舌で唇をなぞった。術式刻印は健在で、根を張るような黒色が見え隠れする。
『それで、判決待ちのアタシたちに何の用?』
「……それが、貴女たちに面会する予定は無かったんだ。何処かの誰かが棚の上からダイビングして大きな音を立ててくれなかったら素通りしていたに違いない」
『ぶっは!! 本気!?』
「割と本気だよ。面会予定を組んだのはそこに居るサンゲイザーだけだった。まさか部屋に入ってすぐにすっ転ぶ事になるとは思わなかったし――前提として、話が通じない可能性だって考慮していたさ」
ラエルはハーミットの隣で口を結ぶ。
治療前の賊たちにも小言や恨み言を呟かれたが、その後再度訪れた治療後の賊たちの部屋ではそれが更に酷かった。勢いづいた濁流のような憎悪と嫌悪の言葉の圧に、恐怖を感じない彼女が気圧されたほどだ。
隣に立っているメルデルが場を納めてくれなければ、ラエルは逃げ出していたかもしれない。そして、悪意の声を受けたハーミットは、そのままポフへ引き返す予定に変更した。
レーテが引き合わせようとしたのは賊のサンゲイザーだったが、計算高い彼にラエルが弱った姿を見せるのは良くないと――棚から瓶が落ちた音が、彼等と同行していた蝙蝠の耳に入るまでは。そう考えていたのである。
音を聞いたラエルが、蝙蝠を連れて走り出してしまうまでは。
(耳が良すぎるのも、考えものだ)
しかし今回はその行動が功を奏したかもしれないとも思う。こうして対峙する限り、彼らには他者と対話を成立させるだけの「余裕」があるからだ。
だだ、それは彼らが冷静だということでもある。気を抜くことはできない。
(さて、このまま素直に情報をくれるなら嬉しいんだけどな)
鼠顔の下、琥珀は濁る。
『あー、待った。用があるのはオレ一人に、なんだよな』
手を上げたのは、だるそうに舌を鳴らす蜥蜴の獣人だった。
クレマスマーグ・サンゲイザー。蚤の市の騒動でイシクブール陣営に協力し、そして裏切った。本事件の主犯格である。
針鼠はコートの内側で息を呑む。
現状を俯瞰してみるなら、イシクブールのみならず賊側をも裏切ったこの男がこの場に居るという現状は危険をはらんでいる。
頭が回るから脱出を計りかねないとか、そうした対処可能な範囲の懸念ではない――賊の人間が、賊の裏切り者に私刑を行う可能性。これを否定できない。
鱗の並んだ尻尾が瓶底を打つ。
首領に似た獣の瞳は、針鼠の視線とかち合った。
「せっかくの機会だし。一人ずつ聞くことにしようかな。メルデルはここに残ってほしい」
「構いませんよ。話し相手にはなれるでしょう」
『はぁ!? 嫌ですよ、この人も連れて行ってくださいよ!!』
「俺、今日は数時間もこの人と行動してるんだよ」
抑揚のない声に、瓶の壁を叩いていた小人が顔を引きつらせた。
何かを葛藤しているようにも見える。
『……厄介者の押しつけ合いになってない?』
「……見張りも兼ねてる」
「熟考が隠せていないわよ」
「うふふ。まあまあ、良いですよ紫目の君。ワタクシと彼の仲が悪いのは今に始まった事ではありませんから?」
メルデルは笑って、サンゲイザーが入った魔法瓶を針鼠に手渡す。
革手袋に包まれた蜥蜴の獣人は、全身の鱗をばらばらと動かして欠伸をした。
メルデルとノワールを部屋に残し、二人は面接室の一つを貸し出すことにした。先程自分たちが聴取を受けたのと同じ部屋だ。
蜥蜴が話し辛いとぼやくので、管理者であるレーテには扉の外で待ってもらっている。
少年少女は扉に鍵をかけると、天板にのせた魔法瓶に視線を移す。
蜥蜴は相変わらず、捕まっている罪人とは思えない態度でくつろいでいた。
……腹に開いていた穴は見受けられないが、かすり傷のような小さな傷はそのままだ。
少女が訝し気な視線を向けるより、針鼠が顎を引いて頭を下げる方が早かった。
ラエルは慌てて頭を下げようとするが、それをハーミットは制止する。
蜥蜴の獣人は舌を鳴らす。眉間の皺が深くなるだけだった。
『――はっ。成程なぁ、アンタが「そう」だからあの国は保ってんのかもな?』
「……」
『しゅるる。やっぱ勿体ねぇなぁ。第三にでも居りゃあいいのに。第二に住んだって英雄扱いで豪遊できるだろうによぉ』
「今の所属は、俺が決めたことだ。魔族の在り方を俺は否定できないが、常識を塗り変えていくことはできる――そう、思っているし、そう信じて活動している。……けど、まだ。まだ足りない。……足りなかった。申し訳ない」
『はぁ。ここはいつから懺悔室になった? ん?』
「……」
『謝られたところでどうにかなるもんじゃあねぇんだよ。顔上げろ、嬢ちゃんが困ってんじゃねぇか。オレはともかくテメェの仕事仲間を巻き込むんじゃねぇ』
やんわりと、謝罪すらも拒絶され。針鼠はゆっくりと身体を起こす。
濁る琥珀は硝子の内側に秘められ、声音は冷静なそれだった。
「……一理あるな。ごめん、ラエル。巻き込んで」
「はぁ、私はいいけど。貴方もしかして、私が人を運んで戻る間に収容部屋でそれをしていたの? 犯罪者相手にそれは舐められないかしら?」
「舐めて来るような輩がいたら捻じ伏せるだけだよ」
「……優しいんだか脳筋なんだか……」
『しゅるるる! 少なくとも冷静じゃあねぇわな。また毒矢でも受けてみるか?』
「それは遠慮願いたいかなぁ」
針鼠が席に着き、黒髪の少女もその隣に腰を下ろす。
獣人は笑う。にやつくような、品定めする様な目にラエルは引き攣った笑みを浮かべた。
『で、何の用向きだ獣人もどき。言っておくがオレに賊の情報を求めても何も出て来ねぇぞ。取引なら別だがなぁ』
「ははは。前と同じようにサインを書くぐらいならできるけど、あれじゃあ満足できないだろう? 今、色々と考えているところだよ」
『……』
「?」
『しゅるるるる』
誤魔化す様に舌を鳴らすサンゲイザー。
針鼠が何か考えごとを始めたので、黒髪の少女の方から声をかけることになった。
「一つ、聞いても構わないかしら」
『はー、一つとか言うなよどうせ聞くんだろ。なんだ』
「ありがとう。これはイシクブールだけじゃなくて、天幕市場やサンドクォーツクを含めた話なのだけど。『アダンソン』の名前は、第三には案外広まっているものなの?」
『……?』
サンゲイザーの目が瞬く。瞼より先に瞬膜が走る。
そういう目の仕組みをしていたのか――好奇心に気を取られたが、直ぐに戻って来た。
蜥蜴の獣人は瓶底の内側から紫目の少女を見据える。
『アダンソン、なぁ』
「ええ。貴方たちが私たちを白砂漠から引き摺り出すきっかけになった邪教というか……知らない?」
サンゲイザーはラエルの言葉に少し戸惑うようにして、口元に手を当てがった。
『知らねぇな』
「ん?」
『さっき別室で軽く説明してた話のことだろ? 残念ながら、あれが初耳だ』
蜥蜴は「しゅるる」と舌を鳴らすフリをした。




