204枚目 「Better late than never」
場所は移ってイシクブール関所内。
溜め息を隠すことも忘れ、白服に身を包んだ赤魔術師が額を抑えた。
「それでぇ。今朝の今で、もう仕事モードなんですぅ? 私、休めって言いましたよねぇ?」
「……あの、どうして関所にストレンがいるのかしら?」
「はぁ、今回の私の仕事場だからですよぅ。それ以外ありますか」
「怒ってる?」
「見た通りですよぅ」
ストレンは言って、胸を張る。
治療の際は赤服よりこちらの方が良いらしい。白と赤を混ぜたような柔らかい色味が、全く柔らかい印象のない赤魔術士に着られている状況は滑稽だった。
ラエルたちは、レーテに連れられてイシクブールの出入り口である関所までやって来ていた。門兵に話を通せば、治療場所兼収容所に続く通路へと促された。
そう、収容所。
この先にあるのは、罪人を収容している施設である。
「私たち、人を入れる檻にとことん縁があるわね」
『です』
「今回は檻じゃなくて瓶だけどね」
「あー、そうそう。後で文句言おうと思ってたんでした! 何ですかあの雑な傷は! あの剣を使うならもっと綺麗な切り傷にして下さいよぅ治療しづらいったら!」
「ははは。ごめんごめん」
「わ、話題が物騒だなぁ君たち……いつもこの調子なのかい?」
小屋に向かう道中、通路の先を歩くレーテが所在なさげに振り返る。
ストレンは普段の調子で言い返しそうになって、慌てて口に出す内容を吟味した。
「……普段がこうならこんなに怒りません」
「普段は切り口がもっと綺麗だって? 褒められている気はしないな!」
「全く褒めてませんからねぇ!!」
というか。普通、毒を受けた状態で戦闘に参加するとかありえます!? と、信じられないものを見るような目でハーミットを一瞥して、ストレンは前に向き直る。
根っこが白魔術使いなこともあって、なんだかんだ心配してくれていたようだ。
ストレン本人にそれを言うと否定と罵倒が返って来そうだが。
レーテは自らの妻と近い何かをストレンから感じ取ったらしい。追及することなく咳払いで話題の変更を試みる。
「そういえば、ハーミットくんとラエルくんは白魔術使いではないんだったね」
「はい。私は薬学を修めていますが、薬草と薬が無ければ殆ど何もできないですね」
「私も、登録上は黒魔術士よ」
「ラエルは魔術苦手ですけどね?」
「ちょっ、ストレン」
「ははは、ラエルくんが特例なのは理解しているけれども。しかし君たちは、何故遠征に白魔術士を連れて来なかったんだい?」
赤茶の彼は振り向いて言う。
三人と一匹は顔を見合わせて首を捻った。レーテも合わせて首を捻る。
「そう、いえば……そうね……?」
「確かに、俺一人ならともかく……今回はラエルが居たのにな……?」
『そも、ノワールですら忘れられていましたし、この二人が抜けているのはいつものことです』
「貴方たち二人と一匹、一度しばいて天日干しにした方が良さそうですねぇ」
『どうして伝書蝙蝠が巻き添えを食らう前提なんです?』
「分かっているなら助言するなり追加人員要請するなりあるじゃないですかぁ」
「うん、君たちの仲がいいことはよく分かった」
レーテは額を押さえながら壁に手をつく。
「しかし、今回のような事態があった場合、ハーミットくんもラエルくんも相当な無茶をするのだろうな……この町には派遣できる白魔術使いが居ないんだ。どうしたものか」
「先にお断りしておきますが、私とカルツェは治療の要になっていますのでイシクブールから離れることができません。もっと言えば、ラエルの魔術暴発に巻き込まれたくありません」
「きっぱり言うわねぇ」
「仕方がないでしょう。もし貴方たちと組んだ状態で戦闘になれば、私は迷わず弓を引きますしぃ? 治療に必要な魔力をとって置く余裕なんてないのですよぅ」
白魔術と黒魔術が使えたとしても、扱う身体が一つである以上ストレンは攻守どちらかの立ち位置につくか選択を迫られることになる。
回復術に専念するには、ハーミットとラエル二人の実力では火力不足なのだそうだ。
「かと言って、引き連れてきた白魔術隊の他隊員が貴方たちの動きについて行けるかは微妙なところですぅ。ラエルはともかく、強欲さまは規格外ですからぁ……検討はしますけど」
「俺は別に、戦闘中の治療行為は求めないけど?」
「そうじゃなくて。単純について行けないっていってるんですよぅ。研修室に籠もって軽い筋トレとランニングしかしていない治療者が、現場で十全に立ち回れるかって話ですぅ」
「あー……成程ね。フラッグとかは来てないのか?」
「フラッグさんは浮島で待機中ですぅ。脳筋白魔術使いが全員浮島を出るわけにはいかないですからねぇ」
「うーん、惜しい」
「ですねぇー。まあ、彼の遠征枠を奪取したの私なんですがぁ」
赤魔術士の胸ぐらを思わずとっつかまえた針鼠と、されるがままに高笑いしている本人はさておき。ラエルは黒い革手袋にのせたノワールを撫でていた。
ポフの洗浄装置に揉まれた後、ラエルの装備はすべてマツカサ工房行きになっている。ケープは修理洗浄が済んで戻って来たが、水色の手袋はまだ返却されていない。魔法具自体が小さい分、陣の組み直しにも時間がかかるのだという。
そういうわけでハーミットから借りた黒手袋に乗っているノワールは、少女の手とサイズの合わない革に足をとられないよう必死であった。当のラエルはそんなこと知らないのだが。
ラエルの専らの意識は、先程話題に上がった「白魔術士要因」のことに傾いている。
「白魔術士、ねぇ……」
『まあ、今後も戦闘に巻き込まれる恐れが皆無というわけでもないです。特に貴女の場合は引き時を見極められず盾役になりがち。見直せです』
「蚤の市の時は、それなりに頑張ったつもりではあるのよ?」
『それは貴女に仲間がいれば、の話でしょう。ノワールは見てましたからね最後のとか。策があっても首掴まれるまで引きつけるとかありなわけないです』
単身になった瞬間の捨て身が酷いんですよ貴方――と、蝙蝠がぼやく。
ラエルは口の端を結んで視線を逸らした。センチュアリッジでは「望まれて」囮役になったわけだが、今回は違う。ラエルは「自分の意思で」囮になった……しかも二回だ。
(ベイツって人を相手にした時も、あっちが気まぐれを起こさなかったら確実にやられていただろうし。後先考えずに飛び出す癖は抑えた方がいいのかもしれないわね)
反省、反省。
と、心にもないことを呟いて蝙蝠を一瞥すると、もの凄く睨まれていた。
同調は周囲の人間の思考を読んで会話に繋げる魔術だ。ラエルの心象はそのままノワールに筒抜けなのである。
悔いがない黒髪の少女の「あまり反省していない」思考回路も当然読み取られたようで。
『真面目に反省しろです』
「善処するわ」
『そういう所ばかり針鼠に似られても困ります。アレは反面教師にしてくださいです』
「……それ、ストレンにも言われたのだけど。私と彼、そんなに似てる?」
『きぇぇ』
「威嚇する程に……?」
ラエルは、浮島や蚤の市の騒動を体験して尚、ハーミットの振る舞いから「無茶」を学習する時間はなかったと考えているらしい。
(それなのに「似てる」って、ノワールちゃんに諭されるのは何だか違う気がするのだけど)
蝙蝠はラエルの思考を読み取ってか、威嚇をするのに疲れたのか、項垂れて少女の腹に体重をかけた。自重を支えるのが億劫というのもあるが、手袋越しに足の爪を滑らせるなど洒落にならない。
『……貴女は非常に、適応力が高い人間のように思いますです』
「そう?」
『です』
ノワールは目を閉じ、同調を切断する。
もしラエルがハーミットの「思想」を真似た結果としてあのような無茶をしているのであれば――それは、彼女を保護した魔導王国の責任なのだと思いながら。
イシクブールの収容所は、衛兵が務める関所を西に行った林の中に作られていた。石造りの強固な壁には何重にも結界が張られている。脱走防止と捕縛に特化した、見えない檻だ。
「さて、私はこれから仕事ですのでご案内はできませんがぁ。くれぐれも賊の人間を刺激する様な聞き取りはしないで下さいねぇ。治療をするのはこちらなんです。いいですね」
ストレンは後の案内を衛兵に任せると奥へ行ってしまった。昨日までは一般人と重傷者の治療が主だったそうだが、今日からは捕縛した賊の中でも軽症者の治療に入るらしい。
赤魔術士が入った部屋からは、魔術詠唱と指示が飛び交う声が聞こえた。
「……今回の魔導王国からの派遣って、何人ぐらい来ているの?」
「白魔術隊に限るなら、カルツェたちを合わせて十五名かな。研修生も何人かついて来ているらしいけど、そっちは治療戦力に数えてない」
「ふむ、流石は魔導王国。白魔術の研鑽には余念がないね」
「いえいえ。浮島はともかく、国としては器用貧乏の枠に入りますから、まだまだです」
捕縛した賊は二百名以上居たはずだ。
全員の治療が済むにはあと数日かかるだろうか。
針鼠がそんな風に考える横で、黒髪の少女は何だか落ち着かない。
夏とはいえ、夜は冷え込むイシクブール。石造りの建物は冷えるのだろう。
二人と一匹はレーテの後を追って何度目かの角を曲がると、面会者用の部屋へと通された。
部屋には木製の机を囲むようにして四脚の椅子が用意されている。
「実を言うとだね、主要とされている賊の面々からは既に聞き取り調査を終えているんだ」
「えっ。早くないですか?」
「ああ。それもこれも、浮島からの助っ人のお蔭ではあるんだがね。この町への侵入経路も把握できた。イシクブールの今後の警備に活かすこともできそうだ」
レーテは言って、茶を淹れる。
ラエルは部屋の装飾や壁紙を興味深そうに眺めている。
針鼠は一人考える。何かがおかしい。
「……レーテさん。賊から、侵入経路を聞き出したんですか?」
「ああ。彼女曰く、案外素直に話してくれたそうだよ」
「待ってください。治療前の賊から聞き出したんですよね? 彼女って?」
「なんだ。知らないのかい? 先程から君たちの後ろに居るだろう」
「!!」
ずろりと長い指が左右同時に視界に入ったのを確認して、針鼠は息を呑んだ。
隣に座っていた少女の腕からノワールが死に物狂いで羽ばたき、レーテの腹に突っ込む。
ラエルが異変に気づいて席を立つ瞬間、その肩にも手が乗せられた。
少年少女の肩に引っ掛けて尚、有り余る長い腕。その先に、見慣れた長身眼鏡の女性がいる。
魔導王国浮島、資料室館長メルデルである。
あの、メルデルである。
浮島中で恐れられる「言霊治療」で有名な、「眼球飛来」の彼女である――!!
「――うっそだろあんた何でここに居るんだよ!?」
「うふ……ふふふ、ふふっ、ふふふふふふ、ふふふふふふ」
すらりと長い身体を折り曲げて、分厚い丸眼鏡が「ぎい」と笑顔を剥いた。
「というわけで、君たちも聴取を受けてくれたまえ。何てったって当事者だからね!」
「レーテさん貴方って人はぁああああああ!!」
「う、うわぁ……いやだ……!!」
「大丈夫ですよぉー、始めての方には優しくしますからぁ――――!!」
レーテは阿鼻叫喚する二人の様子に微笑ましいものを見たような顔をすると、ノワールと共に扉の外へ出て、それから施錠した。
個室に閉じ込められた獣人もどきと黒髪少女の抵抗も空しく、個室内はやがて静かになった。……その後も、たまに壁を殴るような音がしたと、外に立っていた衛兵は後に語る。




