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203枚目 「骨守の轍」


 昼食を済ませ、ハーミットと共にスカルペッロ別宅に訪問することになったラエルは、しばらくの間相槌を打つこともできず、場の空気に圧倒されることになった。


 庭が見えるだだっ広い応接間。魔導王国からやって来た二人に向かい合う椅子に座った男性は、赤茶の髪を整えている。


 鼠顔の少年は資料を返却すると、すぐに本題に入った。


 貸し出していた資料とラエルが書き出したそれとを示しながら、一つ一つ情報を詰めていく。していることは只の報告だが、これが唯一の手掛かりだ。


 出されたお茶に手が出せないまま、あっという間に喉が渇いてしまった。


「……以上が、提出された資料を基に導き出された行方不明の馬車名です。合計十六台、その内、賊の証言にあったものと同じ名前が二台あります」


 針鼠は男性が資料保管室に戻る暇すら与えず、机の上にはイシクブールの通行記録が山のようになっている――対するレーテ・スカルペッロは、報告を黙ったまま聞いていた。


 錆色の瞳が真っ直ぐに二人を見据える。

 普段の物腰やわらかな態度からは想像もつかない程、しっかりとした眼差しだった。


 ハーミットはその圧に押されることなく、淡々と言葉を続ける。


「これらの馬車名は純魔力文字で記録されていました。魔力を混ぜたインクではなく、魔法系統の発色のみで執筆した形跡です。情報の保存方法としてはおざなりですが、この手法は描写したものを咄嗟に隠匿できるという点で優れている」


 高圧の魔力で上書きするか、魔力を(ほど)くことで隠滅できる記録だった。


「けれど。貴方はそれをしなかった。消し去れる文字をそのままに資料を差し出した――何故ですか、レーテさん。この事実が表ざたになれば、貴方たちの信用は失墜しかねない。それでも貴方は再提出した。私たちが辿り着いていないと気づいたからですか? だとしたらどうして『気づいていない』と?」

「……」

「それとも、私の能力で『無かったこと』になることを期待していましたか?」


 鼠顔の硝子玉を介して、琥珀の視線がレーテを射る。


 ハーミットの無魔法『魔法の無効化(マジックキャンセル)』は、接触さえ可能ならあらゆる事物に適応されるものだ。もし彼が資料を素手で触ろうものなら、提出された資料は完全な証拠隠滅を成し遂げていたかもしれない。


 しかし、浮島で生活して来た彼は手袋を常着しており、素手で触れることの方が稀である。

 魔術書や魔導書を「無力化」してしまっては資料保存の原則に違反する。その辺りは「怠惰」から指導を受け、叩き込まれて来たことでもあって――それが功を奏したとでも、いうのだろうか。


「……」

「……」

「……」


 こくり、と上下に喉ぼとけが動く。レーテは話を聞きながら茶を嗜んでいた。

 何か言葉を発するようすはない。ただただ、こちらの言葉を待っている。


 針鼠は一度口を閉じ、椅子に座り直した。


(ここに来て、沈黙か。竜骨信仰が密教だったことを鑑みても、踏み込み過ぎているのはこちらの方だ。無理に聞き出したとしても、スカルペッロ家には町の住人を守るという名目で情報を秘匿する自由が認められるだろう。そうなれば法的にも分が悪い)


 ハーミットまで黙り込んでしまったが、その隣で膝を揃える少女は口をとがらせている。

 何やら難しくなっていく空気に、ラエルは違和感を覚えていた。


 キーナに聞いた通りスカルペッロ家が骨守信仰を隠しているのなら、レーテもそのことを知っているに違いないのだ。町長はスカリィでも、彼は彼女の夫なのだから。


 とすれば。現状で「足りていない」のは自分たちの方なのではないか、と。


「ハーミット。発言を許して」

「ああ。どうした?」

「アステルさんから話を聞いたのよね。何か受け取っていない? 装飾品とか」

「?」


 ハーミットは詳しい説明を受けていないのだろう。懐から青い箱を取り出すと、中から小さなイヤリングとイヤーカフを手にした。ラエルはそれを見て頷く。


「それ、着けましょう」

「……貰い物だけど、ラエルはどっちがいい?」

「んー、イヤリングにしようかしら。丁度右側が空いたままだったし」

「分かった」


 晶砂岩が嵌め込まれた合金の石座が二つ。

 ラエルは右耳に、ハーミットは鼠顔の左耳につけて、改めてレーテに向き直った。


 もう一度茶を口に運んだ彼が、徐に器を置く。

 八の字になった眉と細められた瞳が床を向くのは、ほぼ同時のことだった。


「話は娘から聞いているよ。決まり事とはいえ、これらは古い悪習でもある。本当に、ご迷惑をおかけする」

「いえ、顔を上げて下さいレーテさん。貴方までアステルさんに似られては困ります」

「……私にアステルが似ているのではなく、私がアステルに似るのかい!?」

「あー、言葉の綾と言いますか。ともかく事情をお聞かせ願いたい」


 ハーミットは言って、少しだけ前のめりに身体を動かした。ラエルはラエルで、傾いていた身体をぴしりと正す。レーテはそのようすに頬を緩めた。


「構わないよ。……いやぁしかし君たちこそ、何故手を繋いだままこちらに?」

「「一応これには理由がありまして」」

「わぁ、息ピッタリ」


 ポフからそのまま素手同士で握りあった手のひらは緩く、拘束を想起させるものではない。

 という訳で、本題よりも少年少女の弁明が先になってしまった。


 話を聞いてひとしきり笑った後、レーテは襟のカフスを一つ開けてソファの背に身体を預けた。サスペンダー姿のラフな格好はいつも通りだが、妻のスカリィと居る時とはまた違う態度である。


 レーテはニコリと針鼠に似た笑みを浮かべると、この部屋に盗聴と盗撮の魔法具が存在しないこと、スカリィが外出していることを告げた。


「体調を崩されても困るからね。その重い頭は外してくれても構わないのだが」

「お気持ちだけ頂きます」

「そうか、それなら仕方がない。ただ、気分が悪くなるようなら直ぐに言ってくれ」


 さて。事情とやらを話すことにしよう。


 呟きざまに彼は懐から魔法具を取り出した。

 それは魔導王国製の防音魔術を搭載したもので、針鼠が持ち歩いている物と同一だ。机の上にそれを置くと、一定の距離に結界を構築する。


 レーテは魔法具がしっかり作動したことを確認して、わざとらしく咳ばらいをした。


「さて。改めて自己紹介からしようか。私の名はレーテ・オッソ=スカルペッロと言う。オッソ家はサンドクォーツクに代々永住してきた漁師でね、骨守の分家(・・)にあたるんだ」

「分家?」

「そうだ。分家があるなら本家がある。この大陸には、骨守の本家が作った村が存在するのだよ」

「……南側の村と言えば、最近廃村になった?」

「いや、村があるのはこの町の北東だ」

「北東?」


 この町の北東には、崖と竜の尾骨(ドラゴン・コックス)しかないはずだ。


 そう言いかけてラエルは地図を思い出す。何度記憶をなぞってもイシクブールの北東に村の存在を示す印は存在しないが――しかし同時に、地図の表記が全てではないことも知っている。


 国を一つ隠すことができるのだ。それに比べれば、村を一つ隠すことなど容易いか?


 ハーミットは顔の引き攣りを抑えつつ、鼠顔を揺らした。


「山脈の向こう側ならともかく、第三大陸の南側は魔導王国が測量に入った筈です。よく今まで隠し通しましたね?」

「先代嫉妬がその辺り、はからってくれたのさ。半球結界の構築法を教わったりもね」

「……成程。そういうことですか」

「どういうことよ」

「昔の四天王も、それなりに好き勝手やってたってこと」


 戦前となれば、人族の町に肩入れする魔族は稀有な存在だっただろう。


 レーテが魔族の血を引いていることも要因の一つかもしれないが、関わった魔族が「先代嫉妬」であるというなら、浮島に情報が回ってこないことも頷ける。


(町の住民が先代嫉妬を慕っている理由は、これか)


 陸橋の上でツノつきの青年と話したことを思い出し、針鼠の少年はようやく腑に落ちた。


 レーテは返却された資料を幾つか選ぶと頁を開く。

 純魔力文字で記入された馬車名が十六台分、二人の前に並べられた。


「先程の話にあった馬車の内、十四台は我々の管轄でね。村と町を行き来する三台の馬車につけられた仮名なのさ。こちらは分かりやすく骨の名称などつけてはいないから、どの馬車がそうなのかはイシクブールの住民にしか分からない」

「この町自体が、補給地点になっているんですね」

「その通りだ。馬車の殆どは町から出ることなく村へ引き返す。どうしても外部とのやり取りが必要になる場合に限って、外に馬車を走らせるんだよ」


 失踪した馬車は、隠れた村へ。

 その記録が十六回。ということになる。


「問題は、その内の二回が我々の管轄外だということだ。にも拘らず検問を抜け、村へ抜けた形跡があるとなると――考えられるのは幻術と、村で使われている荷馬車をそのまま転用しているケース。……だが我々は、それを看過した」

「荷馬車が北東の村に行ったところで、何も被害報告がなかったからですか?」

「ああ。実際、人が運ばれていることすらも我々は気がつかなかった。村民が増えたわけでも減ったわけでもない。村の住民も、そのような馬車を知らないと言う始末でね」

「……全くの外部からやって来た人間が村に行って消えているとは、考えもしなかったと」

「そういうことだ。お蔭で賊に恨まれることになってしまった」


 レーテは茶を喉に流し込む。

 緊張しているのか、器に新しい茶を注ぎ足した。


「ただ、ここからが複雑なんだが。イシクブールに隣接している村は本村ではないのだよ。骨守の本家で産まれた人間は、その殆どが村の中で一生を終える。隣村にとってイシクブールが補給地点であるように、隣村は本村の補給地点として機能しているんだ」

「厳重ね。イシクブールは本村との交流をしていないの?」

「していない。補給地点といっても直接のやり取りはしないんだ。村間の洞窟にある祭壇に物資を置いて、村の者はそこで引き返す。我々は本家の人間とは一切の関わりを持たないと、決まっている」

「何だか、人じゃないものを相手にするみたいな対応ね?」


 黒髪の少女は何気なく言って、焼き菓子を一つ口に放り込む。

 ざり、ざり。と噛み砕かれるその音が、暫しの間沈黙を呼んだ。


 ラエルは一瞬何をしでかしたのか理解していないようだったが、針頭が逆立ってプルプル震えているのを目にして、ゆっくりと口元に手をあてがう。


「ご、ごめんなさい。つい」

「……いや、間違いないさ。現に骨守が祀っているのは竜だったり蟲だったりと物騒な生物ばかりだからね」


 手出しができなかった理由は、他にもあるのだけれどね。

 言いながら、錆色の視線が紅茶の水面に反射した。


「……本村へ足を踏み入れれば、『骨守』を名乗る資格が剥奪されることになる。勿論、イシクブールの管理権も無くなるんだ。それほど、本家に外から関わることが骨守の教えに反している。こうなるとスカリィや娘たちに行かせるわけにはいかない。私が行くには問題ないが、村へ乗り込むにも調査を強行する力が足りない――ああ、困った困ったと。思っていたのさ」


 レーテは、眉間に皺を寄せるながら腕と足を組んで「むむ」と唸った。


「こちらとしては、信頼ある若者に助力いただければ頼もしいんだが……まさか魔導王国四天王ともあろうお方に、手入れのできていない土地の検分をお願いする訳にもいかない……っ!!」


 棒読みである。


 どうやら、前々から骨守の本村が怪しいと睨んでいたが手が出せず、悶々としていた所にラエルたちがタイミングよく表れたと言っているのだった。


 調査の名目と手数と力量。魔導王国の役人が関われば、強行捜査に踏み切るのも難しい話ではなくなるのだ――最後の方が元々用意していた台詞のように聞こえたのはその通りであって、レーテはこの機会をずっと待ち望んでいた。


 賊の騒動がなければ、「草刈り」や「蚤の市の手伝い」を理由にして晶砂岩の装身具を渡し、この話を持ち掛けるつもりでいたのだろう。


 それが、蚤の市のごたごたに振り回される内に後回しにされてしまったということだった。


「レーテさん、慣れていないですね」

「な、慣れているに決まっているだろう? 私だって商人の端くれだぞ。格好つけさせてくれたまえ!」

「慣れていないですね」

「二度も言うことはないじゃないか!?」


 若干涙目になりながら演技を辞めた町長の旦那は顔を歪め、摘まんだ焼き菓子を口に頬張る。噛み砕かれたジャムクッキーは彼の喉を詰まらせた。慌てて茶を飲み、一人で息が上がる。


 息を整えて、レーテはもう一度咳ばらいをしてみせた。


「……ハーミットくん、ラエルくん。お二人の蚤の市での活躍を見込んでのお願いだ。このイシクブールで――骨守の本村で何が起きているのか突き止める為に、君たちの力を貸してはくれないだろうか」

「え、いいんですか?」

「あ。違う違う。ラエル、こういう時はね」


 ハーミットはラエルの耳元に口を寄せる。

 内容を反芻して、黒髪の少女は頭を傾げながら復唱する。


「……分かりました。その件、引き受けさせて頂きます……?」

「うん。よくできました」

「はっはっは。交渉成立だね! 報酬は期待してくれてもいいんだぞ」


 そうと決まれば行くところがあるんだ。そう言って、レーテが新たな資料を手にした。


 どうやら詳しい話が始まると認識したラエルは一度ハーミットの手を離すと、魔力の流れを確認した。今のところは、暴走する兆候も、高ぶる気配もない。


「もう大丈夫。ノワールちゃんを呼んでくるわ」


 灰色のケープをはためかせ、ラエルはノワールを呼びに外へ出て行く。


 残ったハーミットはレーテと二人で残った焼き菓子を平らげると、茶を口にした。

 香りが散っているとはいえ高い茶葉だ。喉を這う様な渋みに少年は眉を寄せる。


 ……予定では、調査の件をハーミットたちから申し出るつもりでいたのだ。


「調査結果は必ずしも期待に添う結果になるとは限りません。依頼者となった以上、貴方はこの一件の関係者ということになります。何かあった場合に責任を負うことになるのは――」


 言いかけて、先を口にすることはできなかった。

 レーテが鼠顔の鼻先をつつく。


「私はもう、見て見ぬふりで通すのはごめんなのだよ」

「……そうですか」


 資料の再提出自体がどうやら「賭け」だったらしい。

 ハーミットは一人、鼠顔の下で苦笑を湛えた。





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