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200枚目 「菓子と懐古と竜の骨」


 紫の目を瞬かせ、黒髪の少女は口を開く。

 ある日突然、砂漠に放り出された一家の話だ。


「私、元々聖樹信仰の信者だったのだけれど。戦争で国を追われた時に教えを続けられなくなって。その後サバイバル生活をする中で、変な宗教にのめり込んでた時期があるの。


「蜘蛛の子ら。散れ、散れ。骨を食え――ってね。


「つまるところ、祝詞(これ)が暗示の発動術式だったのよ。あぁ、端折って口にしているから何も起きないわよ。それに、口にした方が無防備になる魔術なの、聞く分に危険はないわ。


「……無防備になるっていったって大したことはなくて。自分自身に魔術耐性を低下させる魔術をかけてたって言ったらいいのかしらね。で、どうしてこれを読み上げてしまったのかっていうところから始まるのだけど。


「私の故郷は、食べる物も、水も、とても少なくてね。一日一日を必死にならなきゃ生きていけないようなところだったの。それを騙し騙し、ぎりぎりのところで誤魔化して生き延びていたんだけれど、たまたま不猟が続いてね。蓄えも尽きて何度目かの冬が来そうだって時だったの。


「食べる物がなかったら死ぬし、水がなかったら死ぬわよね。意地になって食材調達しに行っても、当然本調子じゃあないから襲われたり足元掬われたりで散々な目に遭うの。そうして命からがら拠点に帰って――人っ子一人居ないと思っていた砂漠の真ん中で、どういうわけか見知らぬ人間と鉢合わせることになったのよ。


「当時は私と私の両親の三人で生活していたから、その人を合わせると四人ね。


「食べ物が少ない砂漠の真ん中で飢えた人間が四人。でもまあ、お互いさまだろうってことで色々工面して切り抜けたのよ。で、助けてくれたお礼にってその人が言うの。『ここから出る方法がある』って。


「『祈れ。祈れば届く』って。


「呆れるわよね。何年もそういう暮らしをして来た私たちは、祈りなんて物がどれだけ意味のないものか身に染みて知っていた。聖樹信仰(ノット教)であることすら捨てていた私たちが、今更なにを信じろというのか。ってね。


「……まあ、正常な思考ならそう考えると思うわ。


「私たちは、祈りに意味はないと口にはしても、心の何処かで必死の状況下で起こる『偶然』を『想いの力』だと考えている節が少しだけあった。


「だからその後、三十日に渡っていずこへか祈り続けたこの人のことを信じてしまったの。


「何故なら、その人には迎えがやって来た。一人分の席を開けたクラフトが、私たちがいた僻地にまで辿り着いた。彼らが言うには『祈りが聞こえた』と。


「勿論、その時は『そんなこともあるんだな』程度にしか思っていなかったけれど……たぶん心の隙としては十分だったのよ。笑えないことに、そこから勧誘が始まってねぇ。


「どうしてこんな砂漠の真ん中に、地図も方位魔法具も無いのに辿り着けたのか。どうして三十日もの間、迷いなく祈ることができていたのか。そもそも彼が本当に迷い人だったのか。


「……子どもでも分かるような、当たり前に抱くはずの疑問すら浮かばないくらい私たちは追い詰められていたし、救いを求めていた。多分、色々と限界だったのね。


「彼らは私たちを外へ出すと言って、その条件を『信仰すること』とした。今になってみれば、彼等のクラフトで私たちのクラフトを引っ張って貰えば簡単に人里まで行けたかもだし、魔術の質的にも私の両親の方が長けていたように思うけれど。精神的にボロボロだった私たちはあっという間に相手のペースにのせられてしまった。


「一度祝詞を音読させられて、そこからはもう、ずぶずぶとね。その辺りの記憶が曖昧だけれど、横から自白魔術とか感覚強化魔術とかよく分からないあれこれをごっちゃにかけられたんでしょうね。気がついたら四日が過ぎていて。


「私は祝詞を途中で噛んだから効きが悪かったのかしらね。でも間が悪いことに、冷静になった私の目の前には、すでにおかしくなった父親と母親が居た。


「それからというもの、一心不乱に偶像に縋って祈り続ける大人二人の真似をしてやり過ごす毎日が続いたわ。それまでは魔術の練習もしていたのだけど、できなくなっちゃった。それどころじゃなかった。


「私と母は優先して食事を摂ったわ。彼ら曰く捧げものになるためだったのだけど。そんな『餌』扱いされて、理性がある私からしたらたまったものじゃあないわよね。……その頃にはもう、後戻りできないところまで来ていたんじゃないかしら。


「信者から渡された肉は、見知った鳥でも魚でもなかった。結局、殆ど反射で吐いちゃったから身になるはずもなくて。食べてるはずなのにやせ細っていくものだから、父と母は私を心配して、外へ連れていく時期を早めてくれないかと更に祈りを捧げるようになった。


「頃合いだろうなぁって、思ったんでしょうね。三年ぐらいして、ようやく信者たちは私たちを外へ連れ出す準備を始めた。一人、二人と、順番に一人ずつ連れ出して――私はその後、紆余曲折あって人売りに売られかけるわけなのだけど。そこは割愛するわね。


「結果から言えば、私は移送される途中で別の事件に巻き込まれたから、『アダンソン』の本拠地に連れていかれずに済んだけれど……両親はそうじゃなかったみたいなの。


「私は魔導王国に保護された後、第三大陸の通行記録を調べてイシクブールに辿り着いた。この町で彼らの足跡は途絶えていて。移送に関わった渥地(あつしち)酸土(テラロッサ)の構成員も、この町で馬車ごと行方をくらませている。


「……隠された教え。閉ざされた祈り。そして蜘蛛。ここまで条件が揃って冷静になれるはずも無くて――概要をまとめると、こんな感じなのだけれど」


 あらかた語り終えたラエル・イゥルポテーがお茶を飲み下す。


「ぷは。あー、もういいわ、しばらくいい。こんなの何回も口にする話題じゃないわ心底忘れたい。どうにかして復讐心だけ残せないものかしら」

「……」

「……」

「どうしたの二人とも。そんな、この世の終わりみたいな顔をして」

「い、今の話、ハーミットさんは知ってるのか……?」

「知らないに決まっているでしょう」

「はぁ!? なんで!?」


 灰髪をがしがしと掻き毟るお坊ちゃまを横に、硬貨を歪めたような瞳をじっと伏せているツノつきの獣人。ラエルが「つん」とその肩を押すと、長身の彼はスローモーションで床に倒れ込んだ。どうやら気絶しているらしい。


「あぁぁ、ペタが使い物にならなくなったぁ!!」

「い、息はあるみたいだから、今は寝かせてあげましょう。最近無理していたみたいだし、良い機会じゃない?」

「さらっと言うなぁ!! っていうかどうして君、そんな目に遭ってきて正気なわけ!?」

「そうね、感情欠損(ハートロス)が上手く嵌ったんじゃないかしら。ほら、恐怖感情が意識に及ぼす影響って計り知れないらしいじゃない? 尋問の手法とか、恐喝の事例とか、この辺りは本の知識だから詳しいことは知らないけれど」


 あっさりと纏めようとする黒髪の少女に、キーナは信じられないと言いたげな視線を向ける。しかし、揺れない紫目に根負けして青灰の目は逸らされる。


「……恐怖がないからどうにかなったって?」

「ええ」


 ラエルはそう言って自分の器にお茶を足すと、出されたままのお菓子に手を伸ばす。

 パキリと噛み砕かれたそれを見て、キーナは非常に複雑な気持ちになった。


(前に魔導王国での扱いを聞いた時も、やけに淡泊だなとは思ったけどさ……僕が起こした癇癪なんかとはわけが違うじゃないか。どうしてこの人、「怒らない」んだろう)


 話の中に出てきた宗教団体の所業も、それに飲みこまれた彼女の両親の話も、どれもこれも恨むに相当するトラウマもののエピソードである。


 しかしラエルはそのことを淡々と話すだけで、決して嫌悪を露わにはしなかった。


(反射的に、僕に殺意を向けたって言ったわりには……。なんか引っかかるんだよな)


 重要な部分がはぐらかされている様な気もする。説明に嘘はないのだろうけど。


 ざわざわと降り積もる違和感。だが、キーナはそれを振り払った。たった一週間の付き合いでそこまで踏み込むのは不作法だろうと思い至ったからだ。理性が勝利した瞬間である。


 キーナは眉間の皺をぐにぐにと解したあとに、呆れた調子で虚勢をはることに決める。

 難しいことは、彼女を監視しているという四天王にでも任せようじゃあないか。


「――で、ラエルさんは僕らから何の話を聞きたがっていたんだっけ。骨守の話?」

「そうそう。ついでにあの蟲のことも。ここまで話して同じだったらどうしようかしら」

「聞く前から静かに拳を握りしめるのは辞めて欲しいんだけど、今の話の後だと止め辛いな……えっと、何処から説明しよう」


 キーナは乱した髪を手櫛で整えると机の上にスカーロ硬貨を並べ、手招きする。


 五つの硬貨の並びは、一見煩雑に思えてもラエルには見覚えがある配置だった。

 魔導王国の資料室で散々目にしたものである。


「これ、もしかして地図?」

「そうそう! よかったぁ、通じて!」


 地図の概念から説明するのは骨が折れるからね。

 キーナは言って、手にしたスカーロ硬貨を指で弾いた。


 天板に広げられた貨幣は五枚。

 中央に第三大陸を据え、その右方に第五大陸がある。


「第三から西へ行くと第二、その向こう側に第一があって。第五と第一の間には岩礁領域が挟まってて航海での交流はできない。岩礁領域をずっと北に辿っていくと第四大陸があって。小規模な岩礁領域を第二と第三の間に挟んで南側にぐるっと行くと果ての地がある。ここまでは良い?」

「ええ。この世界は陸地と海を束ねた球体でできている……だったわよね」

「その通り。『地は回り、空は確かに存在している』――古い学者の言葉だっけな」


 そして、この世界には色々と昔話が存在する。


 勇者伝説はその代表例だが、他にも四種族の誕生に関する伝承や、各宗教の起こりなど、口伝や書籍によって形や意味を変えつつも現代まで受け継がれているものがある。


「その中には勿論、大陸ができた時の物語とかもある」

「……大陸って、大地の代謝から生まれるものなんじゃないの?」

「今はそう考えられているけれど、昔はそうじゃなかったってことさ」


 キーナは硬貨の一枚を指差す。第三大陸を模したそれから、第二大陸、第一大陸を通って第四大陸へ指を動かして見せた。


「地面が動くことを知らなかった人々は、交易の中で自分たちが住む地域と海を隔てた向こう側にも、同じような色をした山があると気がついた」


 正確には別の物質でできている山脈らしいから、本当に只の伝説なんだけどさ。

 第一大陸と第三大陸を交互に指差して、距離があることを示す少年。


「人間は珍しいものや理解しがたいものを認識した時、それが存在する理由を考えがちだ。どうして草木は育ち枯れ、芽吹くのか? 風が吹いたり、嵐が起こるのは何のせいだ? 夕方と朝方だけ空が赤らむのはどうしてだ? ってね」


 だから、似た色をした山脈が大陸を渡った向こう側にも存在するのかを、時の学者たちは割と真面目に考えた。


 そこに在ることに対して理由をつけようとして――納得する為に。


「それが、伝説の発祥に繋がるのさ」

「……第三大陸の竜種伝説。白い山脈に、名前を付けた」


 竜の尾骨(ドラゴン・コックス)と。


「その通り。多分、あの峰が背骨に似てるとか最初に言い出した人がいて。人間の骨に例えると面白くないから、見栄えする生き物の骨ってことにしたんだろうなぁ」

「……竜種はまだ存在しているのよね?」

「第二には居るらしいよね。その辺はペタの方が詳しいだろうけど……寝てるし、またの機会だな」


 青灰の目を細め、床に転がった獣人の背を眺めるキーナ。

 その小さな耳はぴこりと立っている。


(寝たふりしやがって)


「第四に頭、第一に腕、第二に胴、第三には尾、第五には翼――なんだけど。イシクブールの歴史は複雑でさ。かつて晶砂岩の産出地として有名だった頃に、大規模な政権交代が起こったんだけど。知ってる?」

「……スカルペッロという人が、石切り場を閉じたっていう話?」

「ん。ペタから聞いたのか? そうだよ。この町が発展した理由は骨守の考え方とは真逆そのもの。寧ろ骨を切り出して、売りさばくことで富を得ていた」

「……石切りをしていたのは、骨守じゃあなかったってこと?」

「そう。イシクブールを管理していた人たちは、骨守じゃあなかった」


 竜骨信仰自体は古くからあるものなのだろう。だとすれば。


「骨守はイシクブールの『石切り』を止める為に横やりを入れて、成功したってこと?」

「ご名答! 魔導戦争が起きるより前の話だから、ノット教総本山の目とか怖かっただろうにね。この地域の人達は元々骨守信仰が根強かった。だから石切りをしていた領主がスカルペッロに変わった時も、混乱はさほど大きくなかったんだ」

「スカルペッロは外から来た人なのに? ……もしかして、名前?」

「そう、決定的だったのは名前だ。実際は大陸内外で活動していた商人の家系というだけで、根っこは骨守と無関係らしい」


 スカルペッロという名前は「(のみ)」を指す言葉だ。だが、現状に小さな不満を抱えた人々はその名前に意味を見出そうとした――骨守としての役割を持たせようとした。


「スカルペッロ家のご先祖さんは、無理に石切りを続けた結果山が痩せて崩落が起こる可能性を危惧して、別の資金繰りを提案してて。それを時の家長に頭ごなしに非難されたのがかなりムカついたらしい。ほら、大衆って下剋上が好きだろう?」

「……成程? それで、地域の人と関わる内に骨守信仰に染まっていって、今に至ると」

「そういうこと」


 伊達眼鏡をひょいと持ち上げ、自慢げなキニーネ・スカルペッロ=ラールギロス。

 ラエル・イゥルポテーはその顔をまじまじと見つめると、かくりと首を横に倒した。


「あの、それで。骨守信仰って結局何なの?」


 キーナはその様子にぽかんとし、つられて頭を傾ける。


竜の尾骨(ドラゴン・コックス)は神聖な山だから守ろうぜ、みたいな?」


 言葉の意味を飲みこめなかった少女が、お茶で噎せる。


「は……?」

「ほら、死んだ生物って肉がついてるだろう。あの肉をこそげ落とした白い骨みたいな景観をずーっと後世まで保ちたいよな。ならあの山を傷つけることは辞めよう! (てき)(やま)を腐食させる原因になるから排除しような! みたいな教えだよ。うん」

「そ、それじゃあ、どうしてあの蟲を信仰対象に……?」

「腐肉を漁る生物は骨を洗ってくれてるのと同義だからさ。寧ろ感謝の対象なの」


 お茶を啜るキーナと、硬直するラエル。

 現実とはあんまりで、あんまりすぎるものだと思った。


「……生贄とか、捧げたりしないの?」

「生贄を捧げたりしたら山が汚れるじゃんか……生贄とか、鳥葬とか、そういうのはシンビオージの歴史の方がらしい(・・・)と思う。ただ、肝心のシンビオージはとっくの昔に湖の底だ。確かめる術はないさ」

「ちょっと待って、それじゃあ……んん……?」


 ラエルは暫く唸って、顔を上げる。


「『骨守信仰』は、私が知っている『アダンソン』とは似ても似つかない」

「うん。僕もそれなりに長考してみたけど、そうだと思う」


 仮にもそんな物騒な宗教が身の回りにあってたまるか。とぼやきながら、キーナが机のお菓子に手を伸ばす。一方のラエルは、眉間に皺が寄ったままだった。


「でも、もしそうなら。どうして骨守は……山を祀ろう、じゃあなくて。骨を大事にする為に蟲を祀ろう、って考えたのかしらね」

「?」

「だって。神聖なものなら直接それを敬った方が早いじゃない。どうして蟲? 蟲といったってあの蜘蛛は実際に腐肉につく種類とも違うし、山と直接の関係はないんでしょう?」


 灰髪の少年は、少女の言葉にぽかんとする。

 問われた内容に即答できなかった彼は、彼女がしたように首を傾げた。


「……言われてみれば確かに? まぁ、聖樹信仰の祝詞とかが一例だけど、語り続けられる伝承には、災いを避ける為の知恵が混ざっていることもあるみたいだし」

「……もしそうだとしたら。山を傷つけたり、穢すようなことをしてはいけない理由があるってことにならない?」

「んー。流石に、暴論が過ぎるかもしれないけど」


 理解は「そういうものだ」と認識してしまった瞬間に足を止めてしまうものだ。

 決めつけは良くないが、可能性を捨てるのもよろしくない。


 口を開こうとしたキーナを引き留めるように、回線硝子(ラインビードロ)の通知音が鳴った。


 音の出どころはラエルである。

 腰元から取り出された紫色の硝子は銀色の枠に収まり、硝子のカバーがつけられている。


「ごめんなさい。まさか話の途中に連絡が来るなんて」

「いや良いよ。僕ら、はけた方が良い?」

「……いいえ。無理に外に出ようとしないで、ここに居て頂戴」


 ぱちり。と、音を立てて開かれたそれは、瞬く間に光の帯を伸ばす。

 イシクブールの北東。本邸がある方角だった。


『――つながったか。おはよう、ラエル』

「おはよう、ハーミット。昨日はごめんなさい」

『ストレンさんが引き留めたんだろう? あれは不可抗力だよ。気にしてない』

「……」


 ラエルは暫く目を伏せて。しかし顔を上げた。


「新しい情報を手に入れたわ。報告のついでに話がしたいのだけれど、落ち合う場所はポフで良いかしら」

『……ああ。俺も、君に話したいことがある。そちらの二人にもよろしく伝えておいてくれ』

「あはは。今日は誰が監視してくれていたのかしら? 蝙蝠の羽音なんて無かったのに」

『ははは。魔導王国から来てくれた姿隠しのプロとだけいっておこうかな』

「ふぅん、そうなの。それじゃあ、また後で」

『ああ、また後で』


 回線(ライン)を切り、机に広げられたお菓子を一つ摘まむ。


 何時の間にか起き上がっていたペタと共に唖然とするキーナ。

 彼らを余所にラエルは甘味に舌鼓をうち、悪戯に微笑むのだった。





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