表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/346

199枚目 「晶砂岩の耳飾り」


 木彫り装飾の小さなドレッサーを開けて、あれこれ手にとっては見えもしない目を細めて「あれじゃない、これじゃない」と繰り返していたアステルが部屋から出てきたのは、針鼠が例の鍵を返却してから半刻ほど過ぎた後のことである。


 まるで来訪者に応対する準備ができていなかったかのような慌てぶりを見て、随分長い間、身の回りのことをネオンや使用人たちに任せきりにしていたのだろうと嘆息する針鼠。


 因みに、屋根裏に這っていた残火には指示を出してはけてもらっている。

 音に敏感な彼女のことだ。先程の部屋は視線と気配がうるさくてたまらなかったに違いない、のだが。


 アステルは部屋に入ることを拒んだ針鼠を不思議そうに眺めていた。


 ……たぶんそういう所なのだ。公共の場では誰よりも冷静で的確な判断を下せる能を持っているのに、プライベートになると面目や自他への迷惑を考えることなく行動に移す。


(オンとオフが激しすぎて、このギャップに周囲の人がやられていくんだよな……)


 本人はその行動と思考回路が新たな火種になりかねないということを理解しているのだろうか。もし意識しての行動なのであれば、こちらが舌を巻く程の策士である。


「何故です? 今、わたくしは部屋を片付けたのですよ?」

「人払いは済ませています。この階に人が昇って来ることはありません」

「あらら。貴方は人間らしい欲などと無縁だと思っていましたわ」

「私にその気が一切なかったとして、周囲がそれをどう思うかは別の話です」

「ええまあそうですが。そうなれば貴方をこの家に引き込める口実になるかもしれませんし?」


 何のことはない。何なら想定の範囲内であると言わんばかりのその台詞に、ハーミットはぞくりと背骨をなぞられた心地がして震えあがった。


 針が威嚇の如く逆立った気配を察知してか、アステルはくすくすと笑みを零す。

 からかっているように見えて本気で言っているだろうところが、本当に質が悪い。


「……やっぱり貴方たち一家は苦手だ……」

「あらあら。ようやく本音を口にしたかと思えば! 良いでしょう、その偽りなき言葉が一つ聞けただけで満足ですわ」


 母親に似て快活に笑ったアステルは手にした小箱を針鼠に見せた。

 青い箱は、所々虹のような揺らめきを纏っている。


 青き螺鈿。ミスリルと呼ばれる金属である。


 一握りの量で一流の魔法具が一つ購入できるとすら言われるその素材を、あろうことか箱として使っている。針鼠は物申そうとしたが、魔石を燃料として使用している自分が何かを言えたものでもないと思い直して辞めた。


 アステルは箱を自らに向けて開くと中身を触って確かめて、それからハーミットへ差し出した。


 一目見て、少年は眉を顰める。単純に「それ」がなんなのか、分からなかったのだ。

 けれど数秒の沈黙と観察の後に、形状からその性質を汲み取った。


 ひとつは、イヤーカフ。耳の縁に引っ掛けるための細工がされた、シンプルな小さい彫刻だ。

 晶砂岩の白と嵌め込まれた金色が一緒になって、葉っぱが巻いたように反っている。


 もうひとつは、ピアスに似たイヤリング。魔法具式が刻まれ、着脱も簡単なものである。

 金と銀が交互に編まれた石座には、カフと同じ晶砂岩が嵌め込まれている。


「装飾品ですわ。ピアッシングしていない方でも身につけられる物を、と」

「……もしかして、私にこれをつけろと言っていますか?」

「抵抗があれば、手にしていただくだけで構いませんわ。これら自体は魔法具ではなく、護符のようなものですから」


 ハーミットはその圧に押されて箱を受け取る。どちらにせよ少年が受け取らなければアステルが箱を床に落としかねない。弁償額が増えるのは彼にとっていいことでは無かった。


 手にしてしまった装飾品をまじまじと眺めて顔を上げる。

 アステルはニコニコとしたまま――「す」と頭を下げた。


 それは本当に前触れの無い行動で、ハーミットにとっては予想外で。

 しかし彼女はハーミットに何かを言われる前に顔を上げると「さ。こちらを覗いて下さい」といった。


 見ればわかると。言外に告げる。


「……」


 部屋に入れと促されたわけではない。先程のやり取りを忘れたわけでもない。


 けれどハーミットは、アステルの様子がいつもと違うことに気がついていた。


 杖を支えに立つ栗色の髪が、吹き込む風に揺れる。

 針鼠は恐る恐る、彼女が「片付けた」と言っていた部屋の様子を覗き見て。絶句した。


 移動されたベッド。退かされた棚。剥がされた絨毯。

 床に敷かれたタイルは、見慣れぬ蟲の意匠を模している。


 ――ぞわりと鳥肌がたつ。


 六年前には、このような意匠があると気づきもしなかった。


 芋づる式に記憶を漁れば、塗り替えの時に灰髪の少年が着ていた詰襟にも似た形の意匠が施されていたし、喫茶店の店名だって、なんなら西地区にある竜の肋骨(ドラゴン・コストラ)はそのままの形じゃあないか。


 バシーノは骨盤。コストラは肋骨。邸の裏にそびえる山脈は背骨。

 それらを束ねるスカル(・・・)ペッロ。


「……どういうことか説明してもらえますか」

「えぇ。わたくしたちはこれらを信仰する、骨守といいますの」


 勿体ぶることなく答えた割に、アステルは困ったように笑った。







「――お茶がはいりました。めぇ」

「ありがと」

「ありがとう、ペタさん」

「めぇ」


 ツノつきの獣人は相槌をうって、低い机の上にお茶を淹れた器を乗せる。陶器でできたそれからは、ほわほわと湯気が昇っていた。


 西地区。刻師工房マーコール。

 ここは、ペンタスが祖母と住んでいた家である。


 イシクブールを訪れた初日にラエルとハーミットが泊めて貰ったのだが、今となってはそれも懐かしい。土間と台所を眺めつつ、靴を脱いで上がったラエルが床の上に膝を折る。


 灰髪の少年、キニーネ・スカルペッロ=ラールギロスは、黒髪の少女を観察しては不安そうにしていた。


 それもその筈。彼は昨夜ラエルに「秘密」を打ち明けたばかりであり、それが黒髪の少女の体調不良のきっかけとなったことを身をもって知っている。


 それが、こうも元気な姿を見せつけられてしまっては調子が狂うというものだった。そして、人並みに好奇心豊かな少年にとって目の前で起きたあれこれを忘れるというのは無理な話である。


 伊達眼鏡を押し上げて位置を調整し、キーナは机のお茶を口にする。

 舌を焼くような熱さが、かえって思考を冷静にする気がした。


「……ラエルさん、昨日はごめん。まさかあんなことになるとは思わなかったんだ」

「え? あぁ、魔力暴走の件は気にしないで頂戴。あれは私が魔術士として未熟だから起きた事故なの。キーナさんのせいじゃあないわ」

「それでもさ。あの影を見て、何も思わなかった訳じゃないんだろ? 『蟲が嫌い』みたいな理由でもない」


 器に伸ばされた指が止まる。迷ったように指が宙をかいて、それから器に辿り着いた。

 じんわりと伝わる熱が身を焦がすようだ。伏せられた紫目がぼんやりと前を向く。


 火傷にならない内に手放せば、火照った肌はほんのり赤くなっていた。

 昨日の自分を思い出す。全身血にまみれた自分のことを――思い出す。


「そうね。あれを見つけることが私の目的だった。それは否定しないわ」

「見つけることが目的って、まさか第一大陸の関係者なのか?」

「違うわ。私、第一に行ったことすらないし……正直、誰が何を信じようと興味はないの」


 ラエルは「こん」と、器を置く。

 緑色の水面が波紋を描いた。


「私の目的は、失踪した両親を探す事。この町に来たのはその為よ」

「……教会で話してたやつ?」

「そう」


 ラエルはお茶を飲みこむ。

 乾いた喉に染みて、すぐに居なくなる。器のお茶は瞬く間に空になった。


「あのね、キーナさん。私はあの時、貴方に殺意を向けたわ」

「……」

「……けれど。こればかりは譲れないの。だから、まずは私が貴方たちに説明する。そして貴方たちが信仰する『蟲』が、私が知っているそれと同じなら。私は――」


(どうしたら根本的な解決になるのかは、分からないけれど)


「――私は。貴方たちの秘密を『彼』に明かす。その後の対処には一切関わらないと約束するわ。もしそれが真実なら、我慢できるか分からないから。それでもよければ、私が知ってることを全部話す。貴方たちの口からこの町の『本当』が聞けるなら……話すわ」


 知りたくない。知りたくはないが、知らなければならない。聞かなければならない。


 彼女を彼女たらしめた要因の一つであるその出来事が取引の条件になるのであれば、嬉々として差し出そう。ラエルは心の底からそう思っている。


 それが照合に必須の情報であるゆえに。

 喉から手が出るほどに欲しい真実であるゆえに。


 例えこの関係性が砕けたとしても。それは「怖くないこと」だから。


「……」


 キーナとペンタスは、うつむいたまま黙り込んだラエルを心配そうに見つめて、それから腕を組む。青灰の瞳が閉じられて五秒。宝石のような瞳は迷いなく開かれた。


「いいよ、そうしよう。ラエルさんは僕らに『ラエルさんが知っていること』を教える。僕らは『僕らが知っていること』を教える。それでいいんだよね?」

「……いいの?」

「いいんだ。どうせ、僕一人が必死に隠したところでばれるだろうし。なぁペタ。お茶のおかわりが淹れられるように急須を出そうぜ。あとお菓子があったらめっちゃうれしい」


 キーナが言うと、丁度急須を手にペタが台所から戻って来るところだった。

 黒い角を撫で、獣人は細い身体で目いっぱい胸を張って見せる。


「めぇぇ。貧乏な彫刻士に何を期待してるのさキーナ。まあ、昨日の今日でそう言うと思って、早朝から買いだめしてあるんだけどねー!」

「ひゅー!! さっすが僕の親友!! 以心伝心っていうやつだ!!」

「めぇぇぇ」

「とまあ、そういうわけで僕たちは準備万端なのさ。……流石にちょっと引いた?」


 好奇心に負けた男二人組のキラキラした視線に、少女は目を丸くした。

 つまるところラエルの殺気や復讐うんぬんよりも、彼等は彼等で欲望に忠実なのである。


 あまりにもあんまりで、けれど憎めなくて。ラエルは吹き出す様に笑った。


「ありがとう、二人とも」


 或いは彼等なら。ストレンに話した通りの内容でも飲みこんでくれるやも知れない。

 ラエルはそう思って、菓子を摘まみながら語り出した。


 それは彼女が針鼠と出会う少し前のこと。

 白砂漠の生活で最も苦しかった、最後の三年間の話である。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ