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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
4章 灰色のダブルはイシクブールにて
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192枚目 「骨竜の祈り」


「それじゃあ、ボクはここで」

「お疲れ様ペタさん。また明日ね」

「今日はありがとなー! 明日も頑張れよー!」

「めぇえー」


 ペンタス・マーコールを西地区へ見送って、ラエルとキーナは邸宅の方へ足を向ける。

 聖樹信仰教会から大通りに来たので、本邸までは真っ直ぐ石畳の道を突き進むだけだった。


 既に十八時を越えた町は純白の外壁を赤に染め、東へ黒い影を伸ばしている。西地区にある竜の肋骨(ドラゴン・コストラ)の影などは街道の半分を飲みこむ勢いで、後数刻で夜が来ることを暗に伝えていた。


 灰色の髪を指で梳きながら帽子を被り直し、キーナが一歩前に出る。

 ラエルは町の様子を眺めながらふと口を開いた。


「ねぇ。キーナさん」

「ん? なに、ラエルさん」

「ペタさんのおばあさんって、イシクブールにとってどんな人だったの?」


 灰髪の少年は伊達眼鏡の内側から青灰の瞳を少女に向ける。

 詰襟の首元を隠すようにファーを寄せると、寒いのか口元を隠した。


「随分と慕われていたらしいから。もしよければ聞かせてほしいと思って」

「……いいよ、教えても。ラエルさんには沢山世話になったし。……僕はスカルペッロだから、僕が言う分には問題ないだろ」

「?」

「ラエルさん。これから僕が教えること、第一大陸の人とかに漏らしちゃ駄目だよ?」


 目元の硝子が反射して、キーナの表情が伺えなくなる。


「秘密なんだ。これは、誓ってくれなきゃ困る」

「秘密……」


 思えば、あれほど人が溢れていた蚤の市の会場は、静寂に包まれている。


 それは何だか奇妙に思えた。四六時中建物の外を人が往来しているはずの町中で、ここだけ静まり返っているのは違和感がある。


 竜骨の像が見えて来る。

 彫刻士、アルストロ・マーコールの傑作。


 その周辺には全く人の気配がしない。

 仕事を片付けて家路につく者の姿も、町を練り歩く観光客の姿も見当たらない。


 あれほど慕われているはずの像が今は影を落としている。半分真っ黒になった骨の顔は日中よりも荒々しさを増し、負の側面を象徴しているようにも思えた。


「人が居ないのは、みんなで調整しているんだよ。夏と冬の大きな蚤の市がある時期は、夕方にこの道をみだりに歩いちゃいけないんだ。そういう風に僕たちは子どもの頃に習って、育てられる。この時期のこの時刻に外出を許されているのはスカルペッロの人間と、その信頼を寄せられた人間のみ」

「信頼……」

「蚤の市が始まった時、ループタイを貸しただろ。あれだよ――あれを一度でも身に着けていれば、町の人が『そういう立場の人間』だって、憶えてくれるんだ」


 ラエルは眉間に皺を寄せつつ、胸元に目を落とす。

 そこには借りた使用人服ではなく魔導王国から持参したブラウスがある。


 昨日の自分の服装が重なって見える。

 似合うだろうと貸し渡された晶砂岩のループタイ。花の形に削られた白いチャーム。


「町に情報が回りやすいのには。ちゃんと理由があるんだよ」

「理由……」


 ラエルの足が止まる。キーナは気づかないのか、ぽつぽつと呟きながら距離を離す。

 胸のざわつきと焦燥感が否めない。何を不安に感じているのかは分からなかった。


(何だろう……この感覚……)


「大丈夫? ラエルさん」


 振り返ったキーナは、逆光の中でも真っ直ぐだった。


 ラエルは胸に手を当てて深呼吸する。


 ……大丈夫だ、と。

 強くなりたいと思ったのは自分じゃないか、と。


 あの金髪少年に追いついて、足を引っ張らないように隣に立って。地下道で手帳越しに出された「必ず追いつくから信じろ」などという言葉を少しでも嬉しいと思ってしまった自分の弱さを。克服する一歩に違いない――だから。きっと大丈夫。


(それにこの街道は何度も通っているし。もしここに何かが隠されていたのだとしても、私には関係ないでしょうし)


 いつも通り興味を向けて。関心を持って。それでおしまいの筈だ。

 知っておしまいで済むはずだ。


「大丈夫。続けて頂戴」


 心の底から嫌な予感がするが――気のせいに違いないのだ。


「あー、というか。もう知られててもおかしくないことだし。魔導王国の役人さんなら知ってることかも知れないんだけどね? そんなに大したことじゃあないんだ。ただ、綺麗だから見て欲しくてさ」

「綺麗?」

「僕個人の趣味としてはね? 苦手な人もいるらしいし、もしそうだったらごめんね」


 灰髪を夕焼けに染めた少年は笑う。

 黒髪の少女は強張らせていた表情を緩めた。


「ペタのおばあさんはさ。僕たちの祈りを形にしたんだ。そもそも、イシクブールは連合時代から()()()()()()()()()()んだよ」

「えっ」


 聖樹信仰では、なかった?


「……あんなに立派な教会があるのに?」

「あれは虚像が本物になったものだよ。でも、パルモ師匠はノット教の信者だ。この町には、不死鳥信仰や双月信仰の人も住んでいたりする」

「違う宗教観を持った人々が同じ町に住むことは、不可能じゃあないと思うわよ……でも」

「そう。僕たちスカルペッロ家が主に信仰しているのはそのどれでもない――三大宗教の枠には含まれない教えだ。かつては『そうである』というだけで滅ぼされかけた、そういう人々の集まりが結界(守り)に特化した町を作ったのが、イシクブールの原点だったりする」


 骨竜の像の正面に立つ。


「――僕たちは、骨守と呼ばれている」

「……」

「大陸に跨って存在する山脈。竜の尾骨(ドラゴン・コックス)と呼ばれる晶砂岩。今は、昔ほど神経質に隠すこともないんだけど。慣習は秘されていた頃と変わらない」


 ――守護せよ骨守。竜骨の肉を食め。

 ――葉裏に隠れよ。詰襟は物言わぬ。

 ――我々は皆、骨を洗う(むし)を飼っている。


 そう呟いて少年は振り向く。

 紫目の少女は信じられない物を目にしたような、そんな表情で立ち尽くしていた。


 恐怖を知らない人間でも、驚愕はできるのか――少年は少女の口から零れる音を拾う。


「骨を洗う、むし」

「……僕らは竜骨を直接崇めているわけじゃあないんだ。竜骨を洗う存在を、信仰してる」


 キーナはカーディガンを脱いで詰襟の意匠を晒す。胸元に手を置き、心臓の真上を指差した。


「ラエルさん、人の骨って見たことある? ここに太い骨が一つ、心臓の上にあるんだけどさ。そこから左右に軟骨を介して十(つい)の肋骨が引っ付いているんだ。首回りの一対目を『牙』、残りの九対の内、胸骨と直接つながっている四対の軟骨から先を『足』に例える」

「……」

「最初に言った真ん中の太い骨――胸骨が胴体。それを僕らは、(むし)と呼んでいる」


 身体の中に、蟲を飼う。産まれつきそうで、死ぬまでそうだ。

 骨を洗う蟲。胸の無い蟲。足と目の多い、蟲。


「アルストロさんは部外者に通じない方法で、骨守の祈りを形にしてくれたんだ」


 ラエルはその言葉を聞いて、息を呑む。


 当たりを引いたのだろう。と、思う。


 ハーミットだけでは、ここまで辿り着けはしなかっただろう。

 彼女は役に立ったのだ。自分自身の目的の為に、一役買ったのである。


(それなのに嬉しくない。全然嬉しいという感情が沸かない)


 思えば断片はそこかしこに転がっていた。


 芋揚げが美味しい店の名前も、西地区を跨ぐように作られた橋の形も、目の前の骨竜の像も、灰髪の少年が葬送で身に着けていた詰襟の意匠も、彼等の部屋に敷いてあった絨毯の柄も。


 何もかもがそれ一つを示していた。その形を暗示していた。


 キーナの声が聞こえなくなる。砂嵐の味がする。

 白い手が指し示す。それは東の方角だった。骨竜の像が影を伸ばす方向だった。


 人間の眼は、動くものを追いかけるように反射行動を起こす。

 見てはいけないと思いながらも、ラエルは右に視線を向けてしまった。


 黒いインクをぶちまけたような、白を塗りつぶすような黒い影。


 頭と腹と、胸はない。くびれた身体に四対の足。

 不自然に思った骨竜の像の翼が、胴体が、一方向に重なって現れる祈りの対象。


 純白の石畳に這う、蟲の意匠。

 それは――彼女がこの場にいる理由となった「蜘蛛」そのものであった。


 ……黒髪の少女は膝を折った。

 石畳に削れた肌が、皮の内側から血を零す。


 様子がおかしいと気がついたキーナが駆け寄って来るが。ラエルはそれを制する。


 右腕の調子がおかしい――左手で咄嗟に押さえつけた二の腕が熱を持ち、塞いだはずの傷口から引き千切れるような破裂音と共に血が噴き出した。


 頬が裂ける。額の傷口も開く。虹の粉(コンシーラー)で覆い隠した両手首の傷痕すら、音を立てて開いた。ばちばちと、肉が千切れていく。全身のあらゆる古傷が、強制的に。


 手元からキラキラと粉混じりの血が零れ落ちる。純白の石畳が真っ赤に染まる。


 感情が乱れたことで制御が効かなくなったのだろう――つまりは魔力暴走だ。


 痛みに反し、冷静になった思考が、隣で上がった声を拾う。

 青灰の目を小さくして、灰髪の少年はとても酷い顔をしていた。


「待ってて  人を   呼ぶから」

「え、ぁ……違う。貴方たちを否定したいわけじゃ、認められないわけじゃ……」


 違う。本当は否定したい。けれどそれを認めたくない。

 こんなにも苦しい現実を、突きつけないで欲しい。


 それが真実なら、この怒りは。この憎しみは。この恨みは。


(――――思考が、まとめられない)


 意志とは無関係に与えられる痛みによって、意識が無理矢理浮上させられる。

 次に目を開けると、隣にいるキーナの視線が少女の後方に向いていることに気が付いた。


「え、ラエルさん、その右腕の……何……?」

「……うで?」


 痛みで朦朧とする意識を必死に手繰り寄せて、ラエルは自身の右腕を改めて目視する。


 そこは昨日、氷刃が刺さっていた箇所だが――周辺から服を突き破るように、あでやかな紫色の平ぺったい紐に似た「何か」が、生え出ていた。


 当たり前だが、人体から何かが生えるというのは異常事態である。


 あまりのことに少女の目が覚めるのも一瞬だった。恨みつらみに関する葛藤すらひとまず何処かに飛んで行って、興味よりも疑問が口を突いて出る。


「えっ……なにこれ」

「り、リボン生成魔術とか……?」

「なにその包装特化の魔術、尚更身に覚えがないわよ」

「いや、僕もこんなの知らない――あっ、人だ!! おーいそこの赤い服の人!! 怪我人が居るんだ!! 大至急、白魔術使いを呼んでくれーっ!!」


 道を行く見慣れぬ人影は、観光客か誰かだろう。キーナが声を張り上げて腕を振ると、赤いワンピースを着た女性は振り返り、何故か一直線に此方へ走って来た。


 人を呼べと頼んだのに駆け寄って来るなんてあるかよ――そうキーナが思ったのも一瞬、瞬く間にこちらまで距離を詰めた胸元の紋章は、魔導王国の白魔導士のものとよく似ていた。


 赤い瞳に、薄い茶髪のショートカット。


 唇に気持ち程度の紅を塗ったその魔術士は、石畳にへたり込んだまま肩で息をするラエルの顔を認識するなり顔を歪めた。嫌悪と怒りが入り混じる表情である。


 顔を上げるだけの体力が残っていない少女には、その足元を眺めることしかできない。

 揺れる赤いスカートと共に、何処かで見た革靴だと思った。


「……何だか見覚えが、あるわね……」

「……っ……どうしてこう何度も!? 今回は魔力暴走ですかぁ!! まぁた馬鹿な魔術の使い方でもしたんですね成長してないなぁ……って何これ腕から生えてるこんなの見たことないんですけどまさか呪いの類じゃないですよねぇ!? ほらぁ問診ですよ答えなさい!! って、あ、まさか意識落ちて、嘘でしょ!? 待ってくださいよ目ぇ開けなさいって――ラエル!! ラエル・イゥルポテー!! ……ちっ!!」


 今、意識落ちた人に向けて舌打ちをしたように聞こえた……と、キーナが回線硝子(ラインビードロ)を構えているのを見て、赤衣に身を包んだ女性は息を整える。


 果実を煮詰めたような赤い瞳が、夕焼けの紫を孕んだ。


「そこの貴方」

「あっはい! 僕、その娘の友達です!」

「……そうですか。大人を呼べますかぁ? できるだけ権力が強そうな人を」

「ここの町長とかでいいの」

「ええ、採用ですぅ。貴方さては使えますねぇ? 宿屋でもどこでも構いません。一部屋用意して頂けませんかぁ。急患を診る為に必要だとお伝えください。魔導王国の赤魔術士からだといえば通るはずですぅ」

「は、はい」


 気迫に押されるまま、キーナが回線(ライン)を繋ぐ。通信先はレーテだ。

 剣呑な赤い瞳はラエルの全身を観察して、その肩に手をかける。回復術の発現を示す白色発光が周囲に瞬いた。


「ああそうだ。くれぐれも四天王の耳には入れぬよう留意して頂きたいとも伝えてください」

「え? あ、はい」

「……『天使の霧(アーキリィ・フォグ)』」


 詠唱と共に黒髪の少女の傷が塞がれていく。右腕から生えたリボン状の物体も形を失ってボロボロと砂のように崩れたかと思えば何も残さずに消えて行った。


 後には二の腕に穴が開いたブラウスと上着。その下の肌には特徴的な赤紫の痣。

 女性はそれを手のひらで覆い隠し、終始不機嫌な顔のまま治療を続ける。


 キーナは回線(ライン)が繋がるのを待ちながら口を開く。

 一刻を争う状況だと分かっていても、問わずにはいられなかった。


「……貴女は?」

「私ですかぁ? 赤魔術士のストレンと言いますぅ」


 呼吸が落ち着いてきたラエルの額を撫で、その頬をつねる。


「貴方と同じ、彼女の友達ですよぅ」


 赤魔術士は不服そうに口を尖らせた後、引きつった笑みを見せた。





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