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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
4章 灰色のダブルはイシクブールにて
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191枚目 「障壁の衣」


 それは昔というほど前のことではなく、最近というほど記憶に新しいわけでもない。


 今から六年と少し前、魔導戦争も終盤。

 魔導王国に降伏したはずの第三大陸は未曽有の災害に襲われた。


 白き山脈、竜の尾骨(ドラゴン・コックス)より南側、船都市と石工の町が連合を組んでいた頃のはなし。


 いつもと変わらず、魔王城と呼ばれる浮島が近海上空を停滞していたあの日。

 隣の小国から命からがらイシクブールにやって来た人族たち。


 一人は重厚な鎧を全身に纏い、巨大な盾を背負う男性。

 一人はとても旅人のようには見えないあでやかな服を着た少女。

 一人は全身を聖法具に守られた真っ白な女性。

 一人は軽装だが重厚な剣を腰に、腕には盾をした――少年だった。


 四人はイシクブールへ着くなり、こういった。


「どうか。この町を、守らせてほしい」


 と。


 そうして一夜を待たずして災害は訪れ。

 イシクブールとサンドクォーツクは守られ、隣国は滅びた。


 滅びた国の名はシンビオージ。後の、シンビオージ湖である。







「――勇者伝説なる物語は『勇者の書』としてどの大陸にも伝わっている御伽話ですが、魔導戦争が起こる以前は長らくの間、予言であるか創作者の妄言であるかが議論されてきました。それが半分ほど現実となったのが、六年前に集結した魔導戦争での勇者参戦ですね。


「教えによっては、それ自体を聖なるものとして扱われることもある程、力を秘めた物語です。人の心を動かすといいますか、人の良心に働きかけるといいますか。聖樹信仰に入信することの多い人族は特に、幼い時分で読み聞かせなどをされることも多かった。


「……魔導王国の焚書運動もあって第三大陸に絵本や書籍の類は残されていませんが、教会の中で口伝する分には自由です。宗教の核となる教えを、文化として守り引き継ぐのが私たちの役目でもありますから。


「話が逸れましたね。……勇者伝説の概要は、勇者が第一大陸に現れて人族に組みし、第二大陸を横断しながら第三大陸を訪れ、魔王に立ち向かって討ち果たす。こう、子どもでも読めるようにトントン拍子で話が進むものが殆どですが、聖樹信仰……ノット教の教えでは、勇者が『天に帰してはならない者たちの末裔である』とあります。つまるところ、聖樹と関わりがあると捉えているんですね。


「……私は、勇者ご本人とお会いした時。そのような神聖さを少しも感じませんでしたが……えふん。それはともかくとして、戦時のお話を致しましょう。ここからは伝説ではなく、実在した勇者についてのお話です。


「彼らは第二大陸からサンドクォーツクへ渡り、第三大陸を横断し、とある国を訪れました。酒精と享楽の聖地と呼ばれた多種族国家、シンビオージです。今は湖の底に沈んでいますが、当時はあの場所に一つの国があったのです。それが、消し飛ぶような災害が起こりました。


「私たちはそれを『反転』と呼んでいます。聖樹の怒り。聖樹の悲しみ。涙が落つるとき、大地は聖樹を産む。その場一帯を新たな聖樹の礎とする――数百年に一度、戒めの言葉を伝え忘れた地域ではそれが起こるのだそうです。現に六年と少し前、シンビオージでそれが起こり――他国へ飛び火する前に、魔王の手によって国ごと一帯が消し飛ばされました。


「……『それは天から降りた種である。我々が産まれる前に在った『祖』らである。伸びる腕を、天へと届かせてはならない。根付こうと伸ばす足を、切り落としてはならない。種と我らは共にあり、我らと種は共になければならない。その身を肥やす土とならん。その腕を阻む蔦とならん。さすれば次代は聖樹の葉と成れるでしょう』。これは聖樹信仰ではお馴染みの祝詞です。


「祝詞の通り、『反転』は人が聖樹を管理しきれなかった故に起こる災害です。勇者一行はそれを食い止めようとして失敗した。サンドクォーツクに聖法具の『障壁の衣』を据え、イシクブールには生身の彼らが訪れました。そして――彼らはこの町を救った」


 パルモはマンティラを揺らし微笑む。

 今の話に出てきた「障壁の衣」が、この教会の壁に飾られているものらしい。


 だが、ラエルの耳で聞いていてもその話は穴だらけだった。概要を聞けば成程、勇者がこの町を守ったらしいことは分かるが……町を守った方法には殆ど触れていない。


 加えて障壁の衣を置かれたのはイシクブールではなく、サンドクォーツクだったという。それがなぜ、この町にあるのだろうか。


 キーナたちも同じような意見を持ったらしい。

 説明を求めると、パルモはすんなりと口を開いた。


「彼らがこの町を守った方法は単純です。結界を張り、増強し、反転の浸食に耐えつつ魔王の高威力魔術を死力を尽くして耐えきった。単に耐久したわけですね」

「耐久って……伝説の通りなら勇者一行は全員人族だったんでしょう。『反転』の影響はともかく、魔王が国を吹き飛ばす勢いで放った魔術の余波が、人族の手に負えるとは思えないわ」

「はい」

「はい、って」

「いえ。当時の私たちも同じように思いました。実のところ町が守られた後になって助かったことを実感したのですから、事後に全てを知ったといいましょうか」

「……?」

「終わっていたんです。私たちが身じろぎできずに怯える間に、全て」


 恩恵の裏返り、反転の毒。

 大地を飲みこまんとする胞子の群れ。


 その波に追われるようにして彼等は突然やってきて、瞬く間にこの町に結界を張って、強靭なそれを維持するために魔力の補填を試みた。


 全身全霊をもってこの町を救わんと、したがために。


「その時の魔力提供者が。この町に住んでいた、とある白き者(エルフ)です」

「……!!」


 それって。と、黒髪の少女が口を動かす前に静止が入った。

 ラエルの肩に手をかけ、額のたんこぶをさすりながらキーナが眉根を寄せる。


 ラエルはキーナの横顔を見て口を噤む。

 言わずとも、理解したようだった。


「パルモさん、()()()()()()。どうしてサンドクォーツクにあった聖法具がイシクブールにあるんだ?」

「……『勇者の書』でも、騎士や魔術師が魔法具や聖法具を町や村に置いてゆく描写がありますし、伝承通りにしただけではないかと。その一環で、()()はサンドクォーツクに『障壁の衣』を納めた。結果としてそれが、頑強な結界術を構築する助けになったわけです。そうして彼等は、この町に立ち寄ったことを最後に魔王城へと旅立ちました」

「……彼らが帰って来ると信じて、イシクブールに聖法具を置いたってこと?」

「事情はもう少し複雑ではありますが、そう捉えて貰って差違ありません。キーナさま」

「……ふぅん。まあいいや、今日のところはそれで納得しておくよ」


 青灰の瞳は閉じられてツノつきの獣人の方を振り返る。

 もう一度ラエルとパルモの方を振り向く頃には、キーナらしい快活な表情に戻っていた。


(がく)に集まっていた人も掃けたみたいだし、僕たちも見に行こう。せっかく飾られているんだ。目に焼き付けておいて損はないだろ」

「……めぇ。確かに」

「そうね、見に行きましょう。パルモさん、お話してくれてありがとう」

「いいえ。こちらこそ」


 貴方たちに聖樹の導きがありますように。

 マンティラの内側で、パルモは静かに定型句を紡いだ。







 額縁に収まった一枚布は、どうやら勇者一行に同行した白魔導士が首元に巻きつけて使っていたらしい。


 離れた位置からは気付かなかったが、流れの絵描きにでも描いて貰ったらしいスケッチのような物も隣に飾られていた。純白の礼衣を身に纏う薄い金髪の女性が、長い髪をたなびかせ錫杖を高く掲げている。


(昔読んだ「勇者の書」にも、こういう挿絵が使われていたような)


 それにしてもこの絵、見覚えがあるような気もするが……誰が描いたものなのだろうか。


 キーナとペンタスも衣の存在感に圧倒されたようだ。人が近づき過ぎないように仕切っている紐のギリギリまで距離を詰める。


「……蔦柄だなぁ」

「蔦柄ねぇ」

「めぇ?」

「いや、幹ならまだ話が分かるというか……」


 ラエルはサンドクォーツクでハーミットと交わした会話を思い出す。第三大陸が聖樹の葉先と揶揄されるように、第一大陸にあるノット教の総本山が他の地域に妙なあだ名をつけているのだ。


 第五大陸は聖樹が植わっていない為に「根」。

 第三大陸は「葉先」。

 第二大陸は「枝」。

 第四大陸は「胞子」。


「第一大陸――中枢は『幹』、だったわね」

「その通り。そして、民草が『蔦』だ。聖女や聖男が『蔦』扱いはないだろ?」

「如何にも人が好みそうな謎ね。行方知れずになった今でも、捜索隊がいるわけだわ」

「人の関心を惹く材料には十分だろうさ。現にこうして、人が集まってる」

「……」

「……」

「め、めぇ。二人共?」


 その内、無言で飾られたストールを凝視し始めたラエルとキーナに、ペンタスが慌てて声をかける。二人は至って真面目な顔をして振り向いた。


「……やっぱり、勇者探し続けようかな。純粋に、興味が出てきた」

「……私も本腰入れて探してみようかしら。賞金も涎物(よだれもの)だし」

「二人とも陰謀論とか好きでしょ?」

「陰謀論にはロマンがあるんだよ」

「陰謀論には夢があるじゃないの」

「めぇぇ……」


(言えない……当本人(元勇者)が身近に居るだろうなんて口が裂けても言えない……!)


 ペンタスは変わらない顔色を武器に必死に取り繕う。

 対外的には慌てふためく獣人の青年のようにしか見えない辺り、彼も中々な策士である。


 灰髪の少年はそのことには気がつかないまま、青灰の目を伏せる。


「ま、興味が沸いたっていうのも本心だけどさ。僕は白魔導士の方に聞きたいことができたんだ」

「白魔導士って、この聖法具の持ち主の?」

「そう。解術で取り戻した記憶の中には、六年前のこともあったんだ」


 色褪せた記憶は曖昧で、時がたてば摩耗していくものだ。

 だがあの日、キーナの父親と居合わせた白魔導士が何かをしたということだけは確定だろう。


「パルモさんは怒ってるんだろうな。皆の代わりに」

「……」

「その怒りに報いるためにも、僕はますます知らなくちゃならなくなったって言うわけだ――あぁもう、やることが多すぎて先が見えないぞ!? ちくしょう!!」


 調子を取り戻したらしい灰髪の少年を見て、ラエルとペンタスは顔を見合わせた。

 彼は彼で、次に乗り越えるべきものを見つけたということらしい。


 いつか真実を知る事になっても。彼なら受け入れることができるだろうか。


 ペンタスは硬貨を潰したような目を細め、安心したように口の端を緩める。

 幼い頃から知っている少年が、いつの間にか大きくなったものだと。思った。





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