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エピローグ

「…………すごい……!」

 瞳を隠しがちなイズナが目を見開いて驚いていた。

 何でも出てくるといっても過言ではない小さなポーチから取り出した回復薬の効果は劇的で、傷や疲労が光の粒となって消え去っていく。


「ナハト様の道具ですから」

 アイシャは自慢げに言う。


「むー、またナハト……アイシャはそればっかり……」

 

「きっとイズナも仲良くなれますよ。ナハト様はお優しい人ですから」

 そう言って、アイシャは自分も回復薬を飲んだ。


「うっ……ちょっと苦いですね……」


「飲まなくても振り掛けるだけで効果はあるのに」


「そういえばそうでした」

 アイシャは口をつけた回復薬を振りかけた。

 傷が消えて、小さく一息。

 呼吸を整えたアイシャは意を決してイズナに言う。


「イズナに伝えなければいけないことがあります」

 アイシャが知る真実を、伝える義務がアイシャにはある。


「――――うん、聞くよ……大丈夫……」

 最初から覚悟していたかのように、イズナは言った。きっと、この街を覆っていた力がなくなってから覚悟はしていたのだと思う。

 彼女はもう、前に進む決意をしていたのだ。

 だからアイシャも伝えた。

 イズナの両親がアナリシアの陰謀によって殺されていたこと。

 イズナを笑っていたこと。

 利用しようとしていたこと。

 そして、彼女から預かった伝言も、アイシャは伝える。


『「私が憎いならいつでも殺しにきなさい――」』

 彼女がなぜそんなことをアイシャに伝えさせたのか分からない。

 イズナのためを思うなら内に秘めたままでいるべきかとも思った。

 だけど、彼女をどうしたいのか。それを決めるのは同居人で、偽りでも家族だったイズナが決めるべきだとアイシャは思った。


「貴方にはその資格がある――――だそうです……でも、私は――」


「うん、分かってる」

 アイシャの言葉を制するようにイズナが言った。

 イズナはゆっくりと髪を掻き分け、瞳を覗かせてから声を発した。


「…………お姉ちゃんは凄く頭のいい人でした……だから意味のないことはしません……」

 アイシャにはただの悪人にしか思えないが、イズナには違う側面が見えていたのかもしれない。


「許すなんてできない……! でも、あの人は……優しかった……偽りでも愛情をくれたから……」

 心の奥底で行われているであろう少女の葛藤が見ているだけでも伝わってきた。


「どんな選択をしても私はイズナの味方です」

 だから、アイシャはそう言った。

 貴方の味方がちゃんといると、言葉にして伝えたのだ。


「うん、ありがと、アイシャ」

 そんな二人の会話を妨げるように、突如として空に異常が発生した。


「っ!」

 最初に見えたのは光だ。

 それも目を焼きそうな圧倒的な光が、遥か上空に座していた。


「っぁ! ……何…………あれ……?」


 衝撃のあまり、イズナが声にならないような掠れた言葉を発した。

 視線の先が――いや、空そのものが変わってしまったのだ。

 月夜の晩から夜明けのような輝きに。


「大丈夫です。……きっとナハト様が調子に乗っただけでしょうから…………」

 アイシャは呆れながら空を見上げた。

 視線の先にいたのは、太陽のような輝きを発する黄金の龍だった。

 運ばれた光はエストールの全域を照らし出し、龍が口を開くと大気に亀裂が走りぬけた。

 

 その刹那、咆哮が轟いた。

 

 アイシャは慌てて耳を塞いだ。

 音の爆発が衝撃となってアイシャの体を叩いていた。だが、それさえもただの余波なのだ。

 空に向けて放たれた咆哮はどれ程の力が込められているのだろうか。

 やがて波紋のように広がった爆音は消え去っていった。


「空が……変わっちゃった……」

 イズナが呆然とそう言った。

 言葉のままに、空の景色が一変していた。

 点在していた雲が消え失せ、双子月の明かりが一層降り注ぐ、そんな空がそこにはあった。

 

「っ――! イズナ、あれって――」

 そんな空から、降ってくる何か。

 逆さまになって、頭から落下してくるそれを見間違うことはまずないだろう。


「女の子……」


「あわ、あわわ、受け止めないと――」

 アイシャの意を受けた風の精霊がふわりと少女を受けとめた。

 

「――む、むきゅー…………」

 ボロボロになった衣服から肌を晒した子供のような女の子が、白目を向いて、そんな断末魔を零して倒れていた。

 アイシャが少女を受け止めてすぐ、今度は別の声が届いた。


「そっちも終わったようだな、アイシャ――」


「ナハト様!」

 歓喜と共に名前を呼んだ。

 声の聞えた宙には、思わず見惚れるほど美しい主の姿があった。


「あれが……アイシャの主――」

 どこか鋭い視線でイズナが呟く。

 

「あ、あの、ナハト様――その、この人はいったい?」

 よく分からない言葉を吐きながら倒れている少女を見つめ、アイシャが聞いた。

 すると、ナハトは少しだけ嬉しそうな微笑と共に言う。


「ああ、思った以上に手強くてな――少々加減を忘れてしまった。私もまだまだだな……」

 愉快そうに笑うナハトとは違ってアイシャは笑えそうもなかった。

 アイシャとイズナの戦いもそうだが、何よりナハトの魔法のせいでエストールは大混乱していると言っていい。

 そんな状況を見ても、やはりナハトは楽しそうに笑うだけだった。

  

「なに、後始末はティナに全て任せておけばいい――私たちはこれから仲直りを祝して宴といこう」


「押し付けましたね……」

 アイシャはジト目でナハトを見ていたが、ナハトは軽く笑うだけで取り合ってはいないようだった。

 そしてそのまま、一歩。

 イズナのもとへと歩を進めた。 


 思わず、気圧されたイズナが片足を引いた。

 アイシャにもその気持ちは分かる。

 目の前に巨竜でも現われたかのような重々しい存在感に慣れるまで、アイシャもかなり時間がかかったのだから。


「ふむ――いい目をしているな――」

 ナハトの瞳が真っ直ぐとイズナを見ていた。


「孤独、自責、後悔、憤怒――ごちゃ混ぜになった葛藤――だが、その先にある決意が光を灯している。アイシャの友達なのだ、そうでなくては困る」

 上から目線を隠すことなくナハトは言う。


「私はナハトという――敬愛を込めてナハトちゃんと呼んでもいいぞ?」


「…………イズナ、です……」

 視線を落としながら答えたイズナにナハトが言う。


「顔を下げるな――」

 強く、重たい響きだった。


「えっ……」


「目を伏せるな――アイシャが綺麗と言った瞳をお前は誇って見せろ――例え世界中の全ての人間に指を指され笑われようと、街中の全ての人間に嫌われようと、生きとし生ける者全てに馬鹿にされようと――――アイシャが綺麗だと言ったのだ! で、あれば、その瞳をお前は誇ってみせよ。アイシャの言葉はこの世界の誰の言葉よりも価値がある、違うか?」


「……違いません……!」

 イズナの瞳を真っ直ぐ見据えて、ナハトは嬉しそうに微笑んだ。

  

「心に灯った火の温かさを忘れるな。それさえあれば、お前はもう一生独りになることはない」


「はい」

 迷いのないイズナの返事に、ナハトの笑みが満足そうに優しく頷く。


「アイシャに友人ができて嬉しく思うぞ、これからよろしく頼む、イズナよ」


「こちらこそ、よろしくお願いします……」

 手を握り合う二人を見て、なんとも言えぬ恥ずかしさが心をうめたアイシャは見守ることしかできなかった。

 だが、二人が手を握り合う姿はそれだけで嬉しいものがあるのもまた事実だった。

 そんなアイシャの穏やかな心情が保てていたのは、この時まで。


「ぜひ、友達としてアイシャと付き合うがいい」

 何故か、『友達』の部分に力を込めてナハトが言った。

 その言動は先ほどまでの優しさがどこかに消え去っているように思えた。


「言われるまでもない……アイシャと私は親友だから……」

 イズナも先ほどまでの萎縮が消えて、敵意さえ持つ視線を送っている。

 弾け合う火花に戸惑いながら視線を右往左往させるしかアイシャにはできなかった。


「ふむ、私のアイシャをよろしく頼む」

 今度は何故か『私の』を強調して言うナハト。気がつけばさりげなく手を握られていた。

 嬉しいが、険悪な二人を見てアイシャは思わず声を上げる。


「ふ、二人とも……仲良くして下さい~」


「アイシャ……無理やり嫌な事されたらいつでも言って――私はアイシャの味方だから」

 今度は空いていた手をイズナに握られる。


「ふぇえええええっ!?」

 アイシャは戸惑いに声を上げることしかできなかった。


「色々と、話し合う必要がありそうだな――」


「私も聞きたいことがいっぱいある……」

 強い視線を向け合う二人から、アイシャは逃げるように空を見上げるのだった。

 













 紅い。

 ただ、紅い。

 美しく、幻想的で、鮮やかな赤。

 だが、それは表面の輝きでしかない。


 意匠が施され、見る者の目を彩る鮮やかさはただの飾り。

 押しつぶされそうなほど重い存在感を示す玉座が体現しているものは、どす黒い鮮血に染まった死の色だ。


 その椅子に、座ることを許されるのはただ一人。

 酷く薄汚れた地図と暗号文の記された密書を見比べながら、そっと瞳を傾ける。


「時代は徐々に、それでいて苛烈に歪んできておるよのう――後世で、余はなんと呼ばれることか、のう爺――」


「は、では――鮮血帝など、いかがでございましょう?」


「ははっ! 悪くない!」


「皮肉の通じぬ御方ですな――」


「余は初代の言葉に従ったに過ぎん。血が流れるならそれも道理と受け入れようぞ。帝国の帝は、最も相応しきものが座るべきだ。少なくともこれから訪れる乱世に父上では不足であろう」


「それは、もう、避けられぬ、と――」


「何を避けるべきか、だ――――国家が行う争いは手段を超えてはならぬ――必要なのは帝国の繁栄であり、血に染まった犠牲は全てそのための礎だ――尽力せよ」


「は――微力を尽くします」

 齢十六にして玉座につく小さな少女に頭をたれる老人。

 人類国家で最も繁栄したと言われ続ける玉座にて、遥か遠く見定める少女の瞳が輝いた。


思い出の迷宮はこれでおしまいです。

ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。

次章、復讐の牙、に続く予定です。


よろしければこれからもお付き合いくださいませ。

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