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間話 拳帝VS刀帝

ゲーム時代の間話です。

読み飛ばしても全然大丈夫です。

 リアルワールドオンラインの職業には空に浮かぶ星の数ほど数多の種類があり、さらにはそれを越える変遷がある。

 それを支えるのが、一定レベルに至れば自然に転職ができる通常派生と、能力値が一定値を超えることや特定の依頼クエストを達成すること、さらには大会やイベントなどで優勝することなどを条件に転職を選択できる、特殊派生である。


 例えば、ナハトであれば、最初に竜の見習いを選択した後、竜泉境で受けられるお使い系クエストをこなしながら、魔法系統に強くなるような変遷を辿った後、上位種転換で魂を掌る龍を選び、最終的には竜達が発する全てのクエストをフルコンプすることで転職が可能となる龍姫に至った。

 

 龍姫のような特殊派生の中でも特に強力とされているのが、転職できる人数に制限が設けられている限定職業リミットジョブである。

 その中でも、帝位を冠する職業は、たった七席しかその枠が設けられていないことで有名だった。

 その上、かなり特徴的で、その職業を維持することが果てしなく難しい職業でもある。

 

 帝位は限定職業リミットジョブであると同時に、簒奪が可能な職業でもあるのだ。

 一度帝位になったものは、正式な決闘デュエルで破れれば、帝位を失うことになる。

 当初は、第壱回、武人王決定戦というイベントが開かれて、帝位系職業が解放されたのだが、それ以降有志の武人系職業ギルドが束になって共同で開催するようになり、毎年の恒例行事となっていった。野良試合を除けば、その時が帝位を得る唯一の機会でもある。


 『帝』という名の上に当て嵌まる文字は、帝に選ばれた者が辿ってきた変遷に由来している。

 獣神を信仰し、拳一つで戦うクロネさんは、拳帝カイザーモンクであり、自称旅好きのござる侍、四代目頭領さんは刀帝カイザーセイバーである。

 彼らはよく、力比べの模擬戦をしていて、競い合う二人が、他者に帝位を奪われたことはただの一度もなかった。


 ナハトは、ギルドの闘技場で戦う二人を観客席から眺めていた。

 地形を砕きながら交錯し、閃光を放ちながら戦う二人の姿は、最早一つの芸術に見えた。


「……相変わらず、早過ぎ…………野生の第六感シックスセンス神速反射デウスインパルスで感知できないとか、反則……」


「はっはっは、察知できていないはずの攻撃に逆襲カウンターを仕掛けてくるクロネ殿には言われたくないでござる、よっ!」

 言うと同時に目にも止まらぬ速度で振りぬかれた刃から四つの飛ぶ斬撃がクロネさんに迫ったが、彼女は空歩で空を走り、天翔で高速移動すると、あっさりと回避してしまった。

 お互いに近接職なこともあり、牽制の意味合いが強い攻防だろう。


 ナハトからみた二人の距離が十五メートルほど開いた。どちらかが動けば一瞬で距離は失われ、コンマ数秒目には攻撃がなされる距離と言える。

 頼れるのは感覚と、技能スキル発動の予兆である燐光だけ。

 虚実を織り交ぜ、駆け引きをする二人は一種の達人染みていた。


 リアルワールドオンラインの戦いは、遊びの領域を遥かに超えている。

 情報収集から為される戦術的な読み合いと実戦での巧妙な駆け引き。RPGとアクションと格闘ゲームを混ぜ込んだような実体があり、操作する側も大変なのだ。


 まず、最低でも画面スクリーンが三つは必要だ。

 徹の場合は、正面に視点となるキャラの画面とミニマップがあり、左には技能スキルによる感知画面や、その他周囲の地形を映したり、視点共有系技能などの恩恵を受けるための補助画面を置き、三つ目に自分と相手、仲間達の状況を逐一表示するステータス画面を置いている。

 キャラクターを操作する専用コントローラーに加え、バフやアイテムの使用をショートカットするキーボード。音声認識機能を持つマイクまで買い揃えて、ようやく高レベル帯の戦闘準備が整うのだ。


 何気ない攻防の一つ一つに、プレイヤーの技巧が染みついている。

 だが、それは――一人一人に癖が存在するとも言える。

 短距離で、四代目頭領さんが選ぶ攻撃は恐らく、疾走居合いだろう。

 

 そう、ナハトが予測を立てた次の瞬間――影が揺らぐように希薄になった四代目頭領さんが消えた。

 三度に渡る衝撃音が鳴り響き、静かな衝突音が聞える。

 

 一瞬前まで、クロネさんの正面にいた四代目頭領さんが、彼女の背にいた。同時に、青く光る強烈なダメージエフェクトと共に、クロネさんが大きくノックバックしてHPゲージが減少した。

 後には、割断された大地と壁――そして踏み抜かれた足場と、崩れ去った建造物が残っていた。


「な、何が起こったんですかー!?」

 ナハトの横で観戦していた最近加入したばかりのギルインがナハトに問うた。

 ちなみに異世界喫茶アウターカフェテリアは面接に通れば初心者でも大歓迎する比較的入会制限の緩いギルドである。   


「影抜きで姿を隠して一段階目の加速――境界渡りでもう一段階加速――疾走居合い術(極み)で三段階目の加速をして、属性付与――麗水で抜刀速度と破壊力を上げた後、技能スキル、時雨での攻撃。瞬間的な攻撃速度だけならAGI特化型の私よりも速いかもな。それに、加速する時のスキルの繋ぎに間を作ることで、意図的に攻撃のタイミングをずらしている」

 その結果、割断されたのが、刀身の延長線上にあった大地と壁だ。


「ほへー、四代目さん、凄いんですね」

 そんな言葉にナハトは頷く。


「ただ、この場合……真に驚愕すべきというか、呆れるべきというか、イカれているのはクロネさんのほうだな……」

 一見しただけでは、四代目頭領さんの渾身の攻撃が突き刺さったかのようにも思える。

 現に、クロネさんのHPは目に見えて減っていた。


「……?」

 疑問符を浮かべるギルインにナハトは言う。


「よく見ろって、減ってるHPは一つじゃないぞ――」


「あっ!」

 そう、微かだが四代目頭領さんのHPも減っているのだ。


「防御捨てての全力反撃フルカウンター……正気の沙汰じゃないな。しかもあえてクソ早い抜刀術に合わせるとか、狂気としか言えぬだろう」


「で、でも、HPの消耗率で言うと、やっぱり四代目さんの勝ちですよね?」

 リアルワールドオンラインでは、攻撃時のダメージ計算に、最低でも百以上の要素が含まれると言われるが、重要なのは三つだろう。

 攻撃力の合計と、発動のタイミング、そしてヒットした場所。

 特にこの攻撃のタイミングという奴がミソで、僅かコンマ秒の世界でそれは変化し続けるのだ。お互いの距離、武器の間合い、技能スキルの性質など、それらに相応しい発動の瞬間というものが、逐一変遷して、その攻撃の有利不利が決定する。

  

「ところが、そうでもないんだな、これが――」

 そう言って、四代目頭領さんを見ると、明らかに動きが鈍くなっていることが分かる。


「撫子――顎を軽く撫でるだけっていっても、化物染みた神業だ――あのタイミングで、よくやるよ――」

 最初からクロネさんは今の状況を狙っていたのだろう。


「――拳闘士グラップラーとか格闘系の扱う麻痺ってのは、魔法や毒とは比べものにならないくらい厄介で、回復するまでの時間は速められても、無効化はほぼ不可能なんだよ……特に頸やら気孔やらを組み合わされた攻撃を一度喰らうと、回復職でもない限り、しばらくは麻痺する」

 カウンターのための踏み込みで割れた床と、余波で崩れた建造物のほうの被害は、彼女が齎したものだった。


「つまり、誘われたってことですね」


「まあ、そうなんだけど……神速の抜刀術相手に、一発勝負のタイミングゲーを挑んでカウンターを成功させる人間なんて、全プレイヤーの中でもあの人くらいしかいないだろう……真似しようとはしないことだ……」

 攻撃の有利不利を判定する技能発動の瞬間は、長年の感覚だけを頼りに判断しなければならないほど曖昧で、流動的だ。

 流石の彼女といえども、HPの消耗率から考えるに、ギリギリ合わせられたといった所なのだろう。ナハトならばまずそんな博打はしないし、成功もしなかったと思う。


「全く……どんな心臓をしているのか……」


 結局、この試合はクロネさんの勝利で終わった。

 三戦して、一勝一敗一分けということで、よくも悪くも二人の実力は拮抗している。

 総合戦績も、きっと同じようなものだろう。


「ナハトさんも戦わないんですか――?」

 達人同士の戦に熱を受けたのか、新人がナハトに言った。


「勝ち目のない戦いはしない主義だ――あの人達とやり合うなら、メインを引っ張ってくる」

 

「それはそれで、見てみたいです」


「はは、でもその場合――きっと、向こうも今の私と同じような気分になるのかもな――」

 そう言って、ナハトは不敵に笑うのだった。


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