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推測

「ロイ、パン取って!」

「ふぇーんっ! クルスがお肉取った~!」

「ほらほら、喧嘩しないのー」

 騒ぎはしゃぐ子供達をティナが諌める。

 賑やかな談笑というよりは、壮絶な争いと言った所だろうか。

 聖竜教会の食卓には子供だけで二十を越え、所狭しと並べられたナハトの料理を奪い合う様は、ナハトがここで寝泊りをするようになってから、様式美とさえなっていた。

 

「すみません、ナハトさん。毎日毎日、お料理をいただいてしまって」

 と、ティナが礼儀正しそうに言う。 

 だが、その口には大量の肉が頬張られていて、口元には食べかすまでつけていて、むしろ子供達よりも彼女の方が食い意地が張っているように思える。

 子供が欲張った分は、お姉ちゃんが分け与え、我慢するのが普通だが、彼女にそんな気はないようだ。

 子供達に混ざりながら、日々料理を巡って争っている。

 それはまるで、異世界喫茶ギルドで囲っていた食卓のように見えて、少しだけ羨ましくも見えた。


 そんな激しい戦争の中では、当然ながら参戦する勇気がない者もいて、隅っこに座っている幼女などは、オロオロとしながら、料理が消えていくのを見ていた。その瞳は、どこか物欲しそうである。


「混ざらないのか?」

 ナハトが言うと、幼女は目を伏せながら言う。


「私は……皆の後で、いいです」

 殊勝な態度ではある。

 だが、それは子供には似つかわしくないだろう。

 どちらかと言えば、そう言う態度を取るべき者は――


「あ、ロイ君っ! それ私のお肉。あー、ミナちゃん、最後の一切れだったのに――!」

 食い意地の張った、この教会の巫女であろう。

 ナハトは彼女の前から皿を二つほど取り上げると、幼女の前へ置いてやる。


「あぅー! 何するんですか、ナハトさんっ!」

 そんなティナの呟きは、いつもの事ながら無視する。


「人には切っ掛けが与えられる――それでも、手を伸ばさなければ、掴めない物もある。勇気を出して進んだ先には、きっとお前の知らない未知があることだろう――」

 ナハトは木の匙で掬った特製プリンを幼女の口元へと運んだ。

 すると、彼女は少しだけ遠慮しがちに迷った後、勢いよくプリンにかぶりついていた。


「んぅー! んーっ! おいしい」

 素直な感想を零した幼女に、ナハトも笑みで返した。 


「ありがとー、ナハトちゃん!」

 ナハトは最後の料理を運び終え、サンドイッチを一切れつまんで戦場と化した食卓に背を向けた。


 外に出て、軽く跳躍し、屋根の上に座り込む。

 随分と居心地がよくなった定位置で、ナハトは一つの技能スキルを起動させた。


「――地精魔法アースマジック人形創造ゴーレムクリエイト

 魔力の発露と共に、その姿を規定する。

 姿は人間、性別は女性、象る姿は、最愛の女性にしようとして――やめる。

 人形遊びに洒落込むのは些かつまらないと思ったからだ。


 故にイメージを変更する。

 既に規定したものは覆らない以上、象るのは人間の、女性――つい、最近であった巫女をナハトは対象に定めた。


 土が生き物のように流動する。

 ほんの一瞬で、ただの土が人に成り代わった。すらっとした四肢に柔らかそうな胸と腰。土塊の色は魔力を得て変質し、赤みの残る肌色になる。

 それが土であることを既に誰もが否定することだろう。

 柔らかに分かれた髪が優雅に舞う。


「上々だな――」

 

 ナハトの魔法でも、姿形を似せただけの人形は製作できる。


「――操作コントロール」 

 ナハトの意思を受けて、ティナの姿をとった人形が土塊を固めた刀を振った。

 柄を握りこんで、深く腰を沈め――一閃。

 大気を薄く、それでいて鋭く裂き、風が啼く。


「何やってるんですか? ってうわ! わ、私が二人っ! ど、ドッペルゲンガーですかっ!」

 食卓を抜けたナハトを追ってきたのか、大声を上げるティナがいた。

 相変わらず面白い反応を示すティナにナハトは笑う。


「違うさ、ただの土人形だ。よくできてるだろう?」


「す、凄く! ていうか、似すぎですよこれ! ぶ、不気味です……」


『す、凄く! ていうか、似すぎですよこれ! ぶ、不気味です……』

 寸分違わず同じ音色が響いた。

 ナハトの操作する人形は、口を開いて、言葉を発する。


「わっ! ま、真似しちゃ駄目ですぅー!」


「何、ちょっとしたお遊びさ――創造系の魔法や操作系の魔法を組み合わせれば、人のような物は作れるさ」

 ナハトが手を振ると、人形はあっさりと土に帰った。


「だけれど、死者の幻影を生み出しているのはこれらとは全く別の力だろう――」

 ナハトは少しだけ昔を思い起こす。

 思えばゲーム時代に最も興奮する瞬間は、職業選択の瞬間であり、技能スキルを選び出す、あの一瞬だったような気がする。

 無限にある選択肢を絞る苦悩。 

 こだわりと実益の境界線上で揺れ動くあの瞬間は、酷く心躍る。


 三体のキャラクターを作りぬいた経験もあって、数千、数万にも及ぶ膨大な技能スキルは、ほぼ全てを記憶している。どうして英単語を覚えられないのに、技名は覚えられるのか、何時も不思議に思っていたものだ。

 魔族とやらが、一体どの技能スキルを使用しているのか、そんな思考を重ねる。


「ナハトさんは、その正体が分かっているのですか……?」


「さてな――」


「……早く、なんとかなるといいんですけど――きっと、先立って行った皆も、誰かが過去に縋りつくことなんて、望んでいないと思いますから」

 ティナは昔を思い出すように言葉を紡いだ。


「三十四人――昔はここに子供達がいました――」

 そう言って、胸元から一枚の白黒写真を取り出して、そこに映りこんだ子供を一人一人指差しながら、ティナは言った。


「ヴェル君、フィリアちゃん、ユリちゃん、アンリ君、テル君、リーネちゃん――」

 そこに映りこんでいた幼い子供達は、先ほどの食卓にはいなかった。


「そりゃあ、私だってもう一度会いたい人はたくさんいます。もう会えなくなってしまった仲間もいます。彼らはきっと、私がもっと、早く火竜様に出会っていれば……助かっていた命ですから……」

 飢えと病に苦しんで、亡くなった仲間を思うようにティナは言う。


「でも、死者は蘇ってはくれません――きっと、彼女達も今さらになって、生き返りたい、なんて思わないんじゃないかと思います」

 ナハトはティナの言葉に、静かに頷いた。


「死者蘇生など、所詮は生者のエゴだ。だがまあ、生きていて欲しいと願うことは間違いではないのだろう」

 現実と妄想の区別さえあれば、誰かに生きて幸せになって欲しいと思うことは間違いではない。

 だが大抵は、誰かのためを装った自分のための願望でしかないのだろう。

 

「いや、待て……」

 ナハトは自分で口にして、今さらになって思い出した。 


「クロネさんとシロネさんは、別に死んだ訳じゃない…………ただ、私の記憶を写しただけ、か」


「ナハトさん……?」

 ティナが不思議そうに見つめてくる中、ナハトは思考を回した。

 

 最初の勘違いは、黒ずくめの軍団を見た時だ。

 人形と、一括りにしていたこと、これがそもそもの間違いで、黒ずくめの軍団は人形であったが、先頭に立っていた女はきっと人形ではなくティナやキリアと同じ人間だった。大勢でいたせいで、それが物である、とナハトは誤認していたのだ。


 だから、女はローブを被らず、黒ずくめの軍団はローブを着込んでいた。

 姿を隠すために。

 もっと言えば、人形の姿を兵士の目から隠すために。


 導かれる結論は当然ながら一つで、ナハトだけではなくこの街に住む全員が知っているであろう事実。

 神の都――という言葉の通り、人形に記憶を与えている何らかの力はこの都市にだけしか有効ではない。


「領域系か――」

 一定区間に常時効果を及ぼす力のことを、ゲーム時代にはそう呼んでいた。

 その中でも、都市一つを覆ってしまうほどの効果を持つ技能スキル道具アイテムは数える程しかない。

 ギルド、『胸より脇』のギルドマスターが所持していた――最も有名であろう領域系の究極宝具アルティメットアイテム、『聖戦ジハード』ならば、都市一つくらいは容易く覆えるはずだ。

 

 だけど、あれは明らかに戦闘用で、今現在起こっている不可思議な現象とは噛み合わない。

 ナハトは一つだけ、それらしい技能スキルにも心当たりがあった。だが、それは恐らく間違っているはずだ。


幻夢魔法ファントムマジック――夢と現の境界ドリームランド――あれなら、都市一つを纏めて夢の都に変えられるだろう」

 ナハトの仲間であった妨害系特化夢魔――彼が扱えた領域系の幻術だ。

 きっと、理想の夢の中で、人々は死者と戯れることができる。


「だけど、違う――あのレベルの魔法が扱えるならば、人形を作る必要もなければ、心臓を植えつける必要もない」

 それこそ夢の中で、勝手に頭を垂れ、操られている自覚さえ抱けないまま、命令に従っていることだろう。

 それに、ナハトだけは抵抗に成功するはずだ。


「うーむ、悩ましいな――」


「ふふ、ナハトさんでも分からないことがあるんですね」


「人の知恵とは中々に侮れないものだ――」

 現にこうしてナハトも翻弄されている。


「そう、ですか――でも、私は残念だと思います」


「残念?」


「せっかく過去の思い出に浸れるのなら、悪事にさえ使わなければ、きっとそれは素敵な力だったと思うのです」

 そんな言葉に、ナハトは思わず深く考える。

 何気なく零したであろうティナの本心が、ナハトの中で新たな選択肢へと変っていった。


「――ああ、なるほど。『素敵な力』か――それは盲点だった――確かに、その通りかも知れないな――」

 思い至ったのは一つの道具。

 それは決して希少ではない道具だ。おそらくゲーム時代でも、千や二千は存在していたのだろう。

 究極宝具のように唯一無二でもなければ、夢魔の特殊な技能スキルのように強力でもない。だけれど、ナハトはそれを持ってはいなかった。

 呆けた顔のティナの前で、ナハトは久しぶりに楽しげで、愉快そうな満面の笑みを浮かべていた。

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