乱入
天空の覇者、あるいは悪魔と呼ばれるグリフォンは通常の個体であっても、時速80キロを超える速度で一日中飛び回って平然としている、なんて言われている。
まして、ナハトたちが借り受けたグリフォンは全長十メートルにも届く特殊個体だ。
一度空を翔ければ、百キロを軽く超える速度で突き進んで行く。
そんなグリフォンのすぐ隣を、平然と飛ぶ少女が一人。
その肩には、これまた平然と笑顔を浮かべる小さな子供がポツリと座り込んでいる。
あれだけグリフォンに乗りたがっていたシュテルは、一時間もすれば退屈を持て余し、安全のため密室にされている駕籠から抜け出し、ナハトの肩へと帰ってきていた。
「ママ―、おっきぃ人がいるよ?」
「ふむ、巨人族のようだな」
「なにあれ! おっきなとりさん!」
「鷲の一種かな、だがあれくらいならまだまだ小さい方だぞ。私の知る巨鳥は全身が燃えていて、全長二十メートルを優に超えていたぞ」
「なにそれすごい! シュテルもあってみたいなー、おっきなとりさん!」
ナハトの頭の上で空から見下ろす光景にはしゃぐシュテル。あるべきところにシュテルが帰ってきて上機嫌なナハト。
そんな二人を、グリフォンを操るモンスターテイマーの御者が驚き疲れたように見つめていた。
「あのー、そろそろ……その……戻っていただけませんか……?」
ナハトがアイシャを連れてグリフォンと並走する時も、彼女からは相当反対されてしまった。安全のため、魔法によって保護がなされた駕籠の外には、翼を持つ種族であろうと外には原則として出さない決まりなのである。
ばれたら首が、とか、クロリス様の前だから手遅れかも、なんて悲壮の声がしてきたので、ナハトはシュテルを抱え駕籠の中へと戻った。
「お帰りなさい、ナハト様。シュテル、満足しましたか?」
出迎えてくれたアイシャが言う。
「んー! いっぱいいろんなもの見れたー!」
駕籠の中は数人が寛げる程度には広いが、外の光景を見ることができる窓は二つだけで、それも小さなものである。
シュテルはナハトの肩で外界を見て満足したのか、アイシャの膝に倒れ込むように頭を乗せると、そのまま小さな寝息を立ててしまった。
「はしゃぎ疲れっちゃたみたいですね」
アイシャがシュテルの頭を撫でながら言った。
「…………大人しく寝ててくれたら、可愛い子供なんだけどね……」
フィルネリアがしみじみと言う。
「なにを言うか、活発さこそがシュテルの魅力だろうに」
だが、ナハトはそんなフィルネリアの言葉を否定した。
前世とも呼べるだろう過去のシュテルは一族のためと自身を抑圧してきた。もう一人のシュテルもまた精霊樹として外の景色を知らないままでいたのだ。
だからこそ、好奇心の赴くままにはしゃぐシュテルこそが、彼女の望みであり魅力なのだ。
「一番寝てて欲しいのはあんただけどね…………」
「ははは、残念だが睡眠はそれほど必要なものではないからな。で、あればその時間を有効活用してこそだろう」
退屈とも言えるだろう空の旅。
ナハトはそんな時間の空白を埋めるように口を開いた。
「ギルフィアという街は具体的にどのような場所だ、フィルネリアよ」
「……そうね、前言った通り魔族たちが戦うために作られた街よ…………外縁にある大演習広場、内縁にある円形闘技場、そして中央にある王前闘技場、三つの闘技場が中心の街――戦いの聖地とか言われるクリムゾンの名所ね」
「名所、なのですか……」
アイシャが嫌そうに言う。
だが、人とは戦いを求める生き物である。
戦うこと、それ自体が娯楽となり得る程、生物と闘争は切り離せない関係なのだ。
「演習所はおっきな大会の予選とか、戦争の訓練とか演習に使われるわ――円形闘技場じゃ年から年中武闘会をやってるわ。争いも過酷で、ここでいい成績が残せたらまず間違いなく出世できるわよ…………」
アイシャの意見と同感なのか、フィルネリアはつまらなさそうに言う。
「で、王前闘技場は、魔闘祭の決勝とか、三天に挑む時とか、特別な場合にだけ使われる場所。なんでも先代の魔王様が作ったとかで、絶対に死者がでないみたいなのよ。手加減が苦手なクラナ様が戦う場合は絶対そこを使うらしいわ」
戦いの聖地と呼ばれるギルフィア。
その名に恥じぬ在り様に、ナハトの頬も緩む。
「ふむ――しかし宣戦布告をしておいて、今更そんな場所で軍を編成するとは、いささか稚拙だな」
そうナハトが言うとフィルネリアは大きなため息を吐き出した。
「…………仕方ないのよ……魔族は自分より弱い奴になんか従えるか、ってバカが山のようにいるの……組織にするためには、格付けをきっちりしておかないとただの案山子にしかなんないから…………」
「難儀なものですね……」
アイシャがしみじみと言う。
実際、エルフの里で戦った時も、組織としての脆弱性をきっちりと攻めた。
あれでも相当酷かったが、フィルネリアが語る魔王軍の実態はさらに酷いようである。
「なまじ力があるやつが多いから、誰が上なのか体に教え込まないとダメ……十二将でもバカは結構いるしね、お姉ちゃんとかガイルザーク様とかはかなりまともなのよ」
「あはは……でも絶対フィルネリアさんが一番まとも――じゃなくて、凄いです。そんな魔族たちを纏めてるのですから」
アイシャの称賛にフィルネリアは潤んだ瞳を浮かべる。
「ありがとう、アイシャ。でもね、私にも手綱を握れない人がすぐ傍にいるから、貴方がしっかりと握っていてね」
「あはは……期待にはあんまり応えられないかもですが、頑張ります」
何故か分かり合ったかのように手を握り合う苦労人二人。
置いてけぼりを喰らったナハトが不貞腐れるように天井を見上げると、ゆっくりと閉じられていた天井が開いていった。
「長旅お疲れさまでした、もう間もなく決闘都市ギルフィアに到着いたします」
と、そんな御者の声が響く。
穏やかな風が吹くと共に、外の景色を見てみると、魔導都市に劣らぬほど巨大な街並みが目に入った。
「……ん、パパ……あさ……?」
漂ってくる熱気を感じたのか、眠りこけていたシュテルが目を覚ます。
離れた場所にいるはずのナハトたちにまで届く、歓声。それは一段と目を引く巨大な円形闘技場から齎されたものである。
「凄い活気、というか熱気ですね――」
そんなアイシャの言葉に、グリフォンを操っていた御者が答えた。
「ええ、今は軍の序列戦もやってるみたいで、かなりの活気ですよ。それに、ちょうど今の時間だと十二将の方々が戦う頃合いではないでしょうか」
「――なんだ、破軍十二将なんていう大仰な位を持つものも戦うのか」
ナハトが言うと、フィルネリアは頭を抱えた。
「挑まれることもたまにはあるけど……それ以上にどいつもこいつも脳筋なのよ……遠征軍の本隊は十二将の半数、六人が参加するから、今のうちに誰が上かはっきりさせて、クラナ様に実力を見せつけたいの……幾ら興行になるからって、上に立つやつがそんなだから私が苦労するのよ……!」
破軍十二将とやらは、競争意識が高いらしく、誰が決めたわけでもないが序列が存在し、少しでも実力を上げようと争いをしているらしい。上下関係がはっきりすることは悪くないが、力のみでそんなものを決めようとするなどアホだとフィルネリアは断じた。
彼女の姉であるセフィリアは序列で言えば最下位だが、こと局地防衛で陣を築けば恐らく十二将の誰が相手でも負けることはないのだ。だからこそ、フィルネリアは地上で戦う二人には冷ややかであった。
歓声の中心にいた二人の魔族。
一人は六本の腕を持つ巨人。
もう一人は大蛇の半身を持つ女。
武器を構えるその姿は、一目で実力が分かるほどに圧倒的だった。
「空から見学してみたいものですが、長々と上空で佇むわけにもいきませんので――」
そう言って、御者がグリフォンをゆっくりと旋回させようとしたそんな時だ。
「なあフィルネリア、魔族は力を重んじる、そうだな?」
悪戯を思いついたようなにやけ顔でナハトが聞く。
「え、まあ……そうだけど……」
「あ、なにか、アイシャは凄く嫌な予感がします……」
にったりと笑ったナハトはゆっくりと立ち上がると、駕籠の隅に足を乗せた。
「ちょうどいい、少し名を売ってくるとしよう――アイシャ、シュテルのことは任せたぞ」
「ちょ待ちな――」「待ってくだ――」
静止の声が響くよりも先に、ナハトはその体を空へと投げ出すのだった。
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