魔導都市
「ううむ、これぞ、ザ・ファンタジーだな――」
感嘆と共にナハトが言った。
一片の歪みもなく六角形に整地された大地が幾つも、幾つも連なって、一つの魔法陣を築くかのように集まっていた。そんな土地の上に存在する街には、区画ごとに特色が見えた。規則正しく統一された建物の群れや、エルフの里で見たような巨木の中に作られた建造物も見える。そんな街並みの中心には、雲にも届きそうなほど高き塔が悠然と屹立している。
魔導都市、アイシス。
魔法の祖と呼ばれた、初代魔王の伴侶の名が与えられた都市であり、グリモワール公爵領の主都でもあるその場所は、想像以上に魅力的に見えた。
「凄いですね……なんというか、幻想的です――」
中世に似た街並みを持つ交易都市、自然の中に存在したエルフの里、伝統文化が集合した和の国、いずれも十分にファンタジーだったが、この場所もそれに勝るとも劣らない。ディスプレイの奥深くで見ていた錬金術の都、マガスティアや魔導技術の宝庫である古代都市エグレトが如き街である。
感動のあまり、ナハトの頬も自然と緩んでしまう。
「ままー、ぱぱー、はやくはいろっ!!」
シュテルの元気な声が響くが、離れた場所から街を見下ろすナハトたちの前にはため息をつきたくなるような長い列が存在していた。
「横入はダメですよ、シュテル」
「では強行突破だな、シュテル」
対極の意見が同時に発せられる。
「ナハト様、シュテルに良くないことを教えちゃダメですよ?」
どちらが正論かなど、言うまでもなく。アイシャの低い声を聞いて、親子仲良く小さくなるナハトとシュテル。
「…………はぁ、並ばなくていいから……大人しく! ついてきて…………」
何故か強調される言葉と共に、フィルネリアが一般とは異なる待機列へと向かう。
数分もすれば、ナハトたちは都市の入口へと辿り着いていた。
「…………お疲れ様、通っていいわよね」
「はっ! お疲れ様です! どうぞお通り下さい!」
フィルネリアはほぼ顔パスのような形で、門を抜けた。それも、ナハトたちを連れて、だ。
「…………フィルネリアさんって……もしかして、偉い人なんですか……?」
今の今まで、全くそんな印象を受けなかったフィルネリアに、アイシャがおずおずと聞いた。
「…………一応貴族だし、グリモワール公爵派の…………お姉ちゃんほどじゃないけど、軍部だと私も顔が知られてるくらいには有名よ……」
「ふぇ、あ、フィルネリアさんが、貴族様……えっと、様付けしたほうがいいですか?」
なんてアイシャが言う。
「いいわよ、普通で。それに、顔を覚えられてるのは脳筋共の世話をやらされたり、ずぼらな上司の尻ぬぐいをしてたからだし……今回すぐ通れたのだってアイシスにはよく来てたからってだけ……気まぐれにしか扉を開いてくれない上司の代わりに、魔法の袋まで自作して! いっぱい物資買い込んで、戦うことしか頭にない馬鹿共を食わせるために、ね……はぁ……」
「フィルネリアさんはお給料を上げて貰うべきですね…………」
貧乏くじを引かされることに定評があるフィルネリアを同情するアイシャの声が、雑踏の中で響いて消えた。
門を抜けた先には、何十人と並んで歩けるような広い道が天高き塔へと向かうように続いていた。
そんな場所を巡る人々の一部が、なにやら絨毯のようなものの上に乗っていて、空を飛んでいたのだ。
「ままーっ! シュテルも、あれ、あれ乗りたい!!」
目ざとく空飛ぶ絨毯を見つけたシュテルがそう言う。
「フィルネリアさん、あれは?」
「魔導都市の名物みたいなものよ、浮遊の魔法を付与した絨毯を魔法で操って都市を案内する仕事ね……貴族が移動手段に使うこともあるわ。速度は馬車より少し遅いくらいだけど、小回りが効くから街を回るには便利ね」
飛行絨毯と呼ばれる一見便利そうな移動手段。最も、術者の魔力を消費するので長旅には使えず、都市で扱うにも専用の資格が必要なのだ。
「あっちは箒で飛んでるんですけど…………」
「ああ、魔女の箒ね……速度は出るけど、乗るにはかなりバランス感覚が必要よ……アトラクションエリア以外じゃ免許がいるから、絶対に乗っちゃダメよ、そこの二人!」
興味津々とばかりに箒を見るナハトとシュテルにフィルネリアは言う。
「「だめ?」」
二人そろって、上目遣いで言うナハトとシュテル。
「はぁ……南西エリアにアトラクション施設があるから……そこまでは待ちなさい」
「「はーい」」
「ナハト様まで子供にならないでください…………」
アイシャが非難の目でナハトを見るが、こうも面白そうな街、楽しまないわけにはいかない。
どうせ明日には決闘都市へと向かわなければならないのだ。だから今、目一杯楽しむのは当然の選択と言えるだろう。
フィルネリアが、魔法絨毯の店を訪ねると、ため息交じりに声を発した。
「こっちの三人に街を案内してあげて。最初は遊戯エリアで、最後はクロリスの別邸まで――」
そう言って、少なくない額の金銭を支払うフィルネリア。
一日、魔法絨毯を借りると、それだけで庶民の月収が消えるレベルである。だからこそ、馬車や徒歩の人間のほうが、街には圧倒的に多いのだ。
「私は先に屋敷に戻って、報告とか雑務とか片付けるから……夕暮れまでには帰ってきてよね……」
「え、一緒に回らないんですか、フィルネリアさん――」
「…………やることがあるから…………ねぇ、アイシャ――」
フィルネリアはアイシャの手を握ると、珍しく力強い声で言う。
「――貴方だけが頼りよ……だから、くれぐれも、そこの二人をよろしくね」
仲良く瞳を輝かせるナハトとシュテルを見て、アイシャは疲れた瞳を浮かべたまま小さく頷いていた。
◇
魔女の競走。
それは、魔導都市が誇る遊戯であり、グリモワール家が運営する賭博施設でもある。
レース用の魔女の箒を使い、様々な障害が待ち受けるコースを疾走し、その優勝者を予測するというものだ。賭けをすれば勿論金銭がかかるのだが、スポーツとしての人気も高い競技であり、一般人も体験することができる施設さえ存在している。
だからこそ、大きなレースともなれば沸きに沸いた観客の怒号が響き渡るのだ。
会場の熱気は最高潮に達し、佳境となるレースの趨勢を人々が見守っていた。
アイシャも、観客の一人として魔女たちが競い合うレースを楽しめるはず、だったのだ。
「私は夢を見ているのでしょうか! 飛び入り参加の挑戦者が、数多の選手、果ては競技場の賞金女王キャサリナ選手までもを置き去りにして猛然と突き進むぅうううっ! ――ゼッケン七番、漆黒の美女、ナハト!! ゼッケン八番超人幼女、シュテル!! 今、まさに、この二人こそが、主役であると言わんがばかりに! デッドヒートを繰り広げています!!」
言うことを聞かない二人が、参加を表明しなければ――
実況の声が意識の外で響いていた。
ナハトはただ、用意されたステージの先を見据え、箒に跨り加速する。
背後から小さな、だが強いプレッシャーが迫っていた。
だから、歓声も今のナハトには響かない。
「さあ、ゴールまでの距離は後僅か! だが、ここから先は最難関の魔法罠ゾーンだ! 勝利の女神がほほ笑むのはどっちだぁあああっ!!」
龍眼でコースを見据えると、様々な仕掛けが備わっていることは一目でわかった。風の魔法、振り子のような障害物、隆起する壁と大地。それぞれが、別々のタイミングで妨害を仕掛けてくる。一度減速すれば、終盤になってコツを掴み、勢いに乗るシュテルに追い付かれることだろう。
箒の上で上体をかがめ、加速すると同時。すぐに重心をそらし、突風のように襲う風を避ける。隆起する地は蹴飛ばしてさらに加速し、障害物を潜り抜ける。
襲い来る妨害、その全てを減速することなく紙一重で抜け、
「速い、速すぎるぞナハト選手! 極悪のトラップ地獄を駆け抜け、今――ゴォオオオオオオオオル!!」
ナハトは堂々の一着を勝ち取った。
「続いて、小さな挑戦者シュテル選手がゴールを潜る、第三位はまさかまさかのキャサリナ選手――いや~、驚きましたね、解説のミラさん」
「うーん、ナハト選手は抜群の加速もそうですが、反応速度が完全に怪物ですね。罠も見えているように避けますし、これは新たな女王の誕生ではないでしょうか」
大番狂わせな結果に、阿鼻叫喚な会場だが、基本的にはスポーツとしての意味合いが強い競技なので、新記録を打ち立てての勝利に、盛り上がりは今日一番となった。
「むぅー、まけたぁー!」
「はっはっは、私に勝つには千年ほど早かったようだな、シュテル」
「くやしぃ~、でも、たのしかったからいいやー」
「お、パパがいるぞ、シュテル、ほら手を振るが良い」
シュテルを抱きかかえ、アイシャに手を振ると、アイシャが疲れ切った顔で応えてくれた。
「もう、ほんとに…………ナハト様は、なんでこう、すぐに問題を起こしたがるのですか…………」
勝利者インタビューを軽くすませ、また魔法の絨毯の上で街を巡るナハトにアイシャが言う。
「それはまあ、なにやら大きなレースをやると言うのなら、参加するのが道理だろう」
「あいっ!」
「それに、一般用の箒は使い易いように加減されていていまいちだったしな」
「あいっ!」
「オーナーも出ていいと言ってくれたのだ。いやー、フィルネリアの知り合いという肩書も中々に使える」
「あいっ!」
「絶対これ、怒られるやつですよ……なんでちょっと遊ぶだけの予定がレースに参加することになるんですか! あとシュテル、ナハト様の言葉は八割方間違っているので、安易に肯定しないこと、いいですね?」
「…………あい」
般若のような顔で言うアイシャの声に、シュテルは小さくそう答えたのだ。




