プロローグ
人類国家の調停者。
神聖国をそう呼ぶ者は多い。
人魔大戦を勝利に導き、人類の繁栄を勝ち取った立役者であり、帝国の躍進を抑え、現代まで続く平和に最も貢献した国家であるからだ。
神聖国は人魔大戦後の混沌時代を200年で調停し、その後、ただの一度たりとも戦争による領土の変更を起こさせなかった。国家間の戦争を禁止し、選神教の教えをもって国を纏め、国際社会のルールを築き上げたのだ。
唯一、選神教の教えを真っ向から否定し、大陸に覇を唱える帝国を抑え込んだことからも、神聖国の力の巨大さが伺えることだろう。
だからこそ、最強の軍団と名高い神聖騎士団こそが、神聖国の力だ、と思い込むものは多いが、真に驚愕すべき点はそこではない。
神聖国の本当の力は、末端の国民にまで行き渡る完璧な統制にこそある。
魔大陸の出現、聖都の消失。
普通なら、それだけで数年は立ち直ることができない重大な喪失であろう。
だが、
「――大丈夫、何も問題はないよ――」
と、一言教皇が発すれば、国民は混乱も不安も抱かなくなる。
それこそが、神聖国の強さであった。
神の住まう都。
故に、神都。
年を取ることもなく、2000年以上の時を教皇として、神の代行者として、神聖国を治める現人神。
その存在こそが、神聖国が世界のリーダーとして君臨する、所以なのである。
不可侵が定められる光の聖域。
教皇と白の騎士以外の立ち入りが禁じられた聖域で、一人、少女のような少年が呟く。
「いよいよか~、ようやく約束を果たせそうだよ、レンジさん」
声は光に溶けて、消えて行く。
「っと、そういえば、ルドワルドが行方不明って青が言ってたっけ」
七国に根差す魔族の調査。
その仕事をルドワルドに振った理由は、混乱を重ねた王国とエストール、その背後に存在するであろう魔族の調査のためである。
黒が勝手に参加を表明した時に、七国の風通しを良くするために、裏に青を潜ませることでそれを了承した。
表立って二人が動いた隙に、魔族の息がかかった者を青が粛清する。
そこから、影に潜む魔族の情報を得られればと思ったが、所詮は末端でしかなかった。青が狩ったことで七国内の魔族の動きは牽制できたが、それも最早些事に変わった。
暗殺国家に隠れ潜むミナリアは堂々と姿をさらし、その力を振るった。
もう、隠れ潜む気などないのだろう。
「ま、ちょうどいいタイミングかな――いい加減七国も、ちゃんとした国になるべきだよね」
七国が、本当の意味で多種族の連合国家になる。
その流れを、教皇は歓迎するかのような言葉を紡いだ。
それは、何処か、どうでもいい、と言いたげな音色で。
深く、頭を働かせながら、少年は言う。
「…………うーん、なんか、腑に落ちないなー、何か情報が抜け落ちてる――大切な、情報がナニカ――」
魔竜紛争。
そして、竜が調停したと囁かれる王国とエストールの戦争。
原点に帰った少年の脳裏に浮かぶ名前。
「交易都市の英雄、ナハト――ナハト、ん~、ナハト、って聞いたことがあるような、ないような…………」
思い出を探り出すように頭を抱えていた少年は、唐突にはっと息を吐き出した。
「ああ! そっか、ナルさんだ! ああー、なんで忘れてたんだろ…………そっかー、だからかー、そりゃあ竜が平和の使者になった、なんて言われるわけだ」
外れていたピースがかちりとはまり、満面の笑みを浮かべた少年は言う。
「そっかー、じゃあ、貴方が僕を終わらせてくれるんですね、ナルさん――」




