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悪巧みの帰結に

 ごくり、と。

 沈黙の中で、そんな音が響き渡った。

 

「貴方は、何を言って――」


「なに、娘を大切に思う気持ちは十二分に理解できる。大切な娘を傷つけたくないのなら、その役目私が代わってやってもいいぞ?」


「っ! それは――」


 コノハはナハトが自由自在に術式を弄る様をまざまざと見せつけられていた。

 それどころか、今ではまったく別物と言っていい術式が目の前に存在しているのだ。

 その意味を反芻し、コノハは葛藤の中で静かに呻いていた。


「ナハト様……凄く悪い顔をしていますよ…………」


 呆れるような、アイシャの声にナハトは表情を引き締めコノハを見た。


「私は……亡き夫の遺志を継いだクサツの領主です。部外者に縋り、この街を危険に晒すわけには参りません」


「断る、と?」

 脅すような鋭いナハトの眼光にも、コノハはまるで動じない。


「ええ、私は犯罪者に縋るほど愚かではないつもりよ」


 確固たる意志を持ってコノハが言うと、ナハトは楽し気に笑った。


「それは残念だ」

 

 緊迫した空気の中で、


「ナハト、と言いましたね。クサツが領主代行、コノハの名において貴方を連行いたしま――」


 そう言おうとしたコノハの言葉を、


「ほっほっほ、まあ待ちなされ、コノハちゃんや」


 と、穏やかな声が遮った。


「け、ケンセイ様っ! なぜ、ここに――」


 驚愕の声をコノハは上げていた。

 極限まで気配をそぎ落として侵入したケンセイに気がつけた者は、この場所にはナハトしかいない。


「なぜ、と言われてものう。ナハトちゃんに呼ばれたが故に――」


 ケンセイは穏やかな瞳のままナハトを見て、


「――随分と、派手に動かれておるようじゃのう、ナハト殿」


 なんて言う。


「はは、すまんな。どうにも私は堪え性がないようでな」


「ケンセイ様っ! この者は一体っ!?」


 にこやかに会話を続けるナハトとケンセイに、溜らずコノハが言った。

 

「ほっほっほ、コノハちゃんの所にも報告はいっておろう、扉の先より来たる客人、ナハト殿とアイシャ殿じゃ」


「それは存じております! そうではなく――」


「まあ落ち着くが良い、コノハちゃんや。色々と言いたいこともあるじゃろうが、大切なことは一つだけじゃ」

 ケンセイはそう言うと、ナハトに殺気すら感じるような眼光を向けた。


「将軍家、タチバナ・ケンセイが問う。ナハト殿、此度の一件、和の国に害為すつもりではなかろうな?」


 隔絶した威は圧力となって、場を穿った。

 大小二振りの刀に手を添えるケンセイは、敵わぬまでも一矢報いようとする強い覚悟が滲んでいた。

 誰も、何も、発することさえできなくなる空気を――ナハトは静かな笑いを持って破り捨てた。


「ははっ、何故観光真っ最中の国を、わざわざ害する必要があるのだ?」

 

 あっけらかんと、ナハトが言う。


「――くはっ、くはははははは、まあナハトちゃんらしい答えですなぁ」


 ケンセイは、楽しそうに笑いながら言う。


「で、何を企んでいるのですかな?」


「何、せっかく楽しい街を観光しているというのに、なにやら色々と問題が燻っているようでな――娘は友達に会えないと言うし、ハルカは助けてくれと言う。だから盛大に、全て、解決してしまって、心おきなく家族旅行を満喫するだけさ」


「呼び出しは、協力要請ですかな?」


「うむ、そこの頑固者を説得してくれるとありがたいな」


 楽し気に話す二人に、置いてけぼりを喰らったコノハが唇を噛み切らんばかりにナハトを睨んだ。


「うーむ、これは中々手強そうですじゃ、断られたらどうするつもりですかな?」


 ナハトの出方を伺うようなケンセイの言葉。


「その時は、疲れのあまりぐっすりと眠ってしまうだけだ。目が覚めた時には全てが解決していることだろう」


「だ、そうじゃ。どうする、コノハちゃんや?」


 コノハはなんとも言えない表情で、固まったまま動かなかった。











「と、いう訳で、皆快く私に協力してくれることになったわけだ」


「どこがよ! 脅迫っていうか、不法侵入っていうか、どう考えても犯罪者よ、あんたっ!」


 発狂するように叫ぶヨゾラにナハトは意地の悪い笑顔を浮かべる。


「ははは、私を裁くことができる法などこの世に存在するはずもない。それに、ケンセイもコノハも公認して私がここにいるのだ、それをお前が認めないと言っても意味はないな」


「ぐぬぬぬぬぬぬ」


「それにしたって~、ナハトちゃん、相変わらずなんでもありだよね~、これってもう、まるで別物になっちゃってるよ…………」


「神願祈祷術式なのですか……これが…………」


 茫然と、ハルカとヒユキが呟く。

 二人の視線の先に、本来あるべきはずの制御式が消えていた。そこには複雑精緻に浮かぶ立体魔法陣が浮かんでいる。

 そんな陣の外周に三つの円が重なっている。それこそが、新たにナハトが作り出した巫女たちのための制御式だった。


「うむ、中々に見事な仕上がりだろう」

 

 おもちゃを自慢するかのようにナハトは胸を張る。


「こんな……勝手な……でも、これ……なに……凄い……嘘、なんで……こんな奴が、でも、凄い……」

 

 悔しそうにヨゾラはうめく。


「えっとシュテルちゃんのお母さんですよね、えっとそれで、こんなことをして、皆を集めて、いったい何が目的なんですか……?」


 ヒユキが恐る恐る聞いてきた。

 それを見て、ナハトは笑う。

 シュテルの頭を軽く撫でながら、ナハトはゆっくりと口を開いた。


「うちの娘がな、お前を助けたいと言ったのだ」

 そうナハトが言うと、


「えへへ」

 シュテルは照れたように笑った。


「えっと、それは、もう助けて貰いましたけど――」


 ヒユキの言葉にナハトはゆっくりと首を振る。

 囚われのヒユキを解放する。それだけでは彼女を助けることにはならないのだ。

 

 和の国の秘術である神願祈祷術式は信仰を糧に魔力を得る術式だった。巫女と呼ばれる存在を鍵に、信仰を抱いた人間から少しづつ極小の魔力を集め、魔法陣の力を数十、数百年単位で溜めていた。だからこそ、毎年祭りと称し地霊祭を開催し、大祭の年には七日と言う時間をかけて人を集め、祈りを得るのだ。

 やがて、集まった膨大な魔力を持って、大地の底に流れる地脈の魔素マナを部分的に制御する。魔素マナを糧に生きる魔獣たちの侵入を防ぐために。

 それこそが、姫巫女であるヒユキの役目なのだ。


 が、術式は完全なものではなかった。

 人々が巫女への祈りを糧に捧げた魔力は、どうしたって完全な一にはならない。そこには様々な感情が渦巻き、中には暗い負の感情だって混ざりこんでしまうのだ。

 

 かつて、姫巫女であったハルカは言った。


『儀式の最中にね、声が聞こえるの。お金が欲しい、女が欲しい、生活が苦しい、病気の娘を助けてくれ、果ては、いいよね姫巫女様は贅沢出来て、なんにも困りごとなんてなさそうで、なんて声がずっとずっと木霊したんだ。だから――――


 ――なんでこんな人たちのために、私がこんなにも頑張らないといけないんだろう――



 そう思った時、荒れ狂う魔力に呑まれ、それでも制御を手放さなかったハルカは儀式の果てに傷を負った。


「もしも、お前が儀式に望み、傷つけばシュテルが悲しむ。だからこそ、お前を解放することはお前を助けたことにはならないだろう」


「だから、貴方は術式を――」


 茫然と、輝く魔法陣を見つめながらヒユキが言う。


「術式の手助けがあるとはいえ、もともとこの規模の魔力を一人で扱うのは中々に難儀だ。下手をすれば命を落とすことになるだろう。故に、少し工夫をしてみた。それぞれ巫女に役割を持たせ、変換、制御、行使、を別々に行う」


 ナハトはハルカ、ヨゾラ、ヒユキを見る。


「繊細な術式制御を必要とする変換をハルカが、強靭な意思と使命感を持つヨゾラが感情を浴びる制御を、地脈の流れを把握し魔法を行使する実行役を霊的資質に優れるヒユキがやれば、問題なく儀式とやらは遂行できるだろうな」


「じゃ、じゃあ、三人でやればいいのですね?」

 ナハトの言葉に飛びつくヒユキに、ナハトはにんまりとほほ笑む。


「え、あの、なんですか、その、笑顔…………」


「ナハト様……アイシャは凄く嫌な予感がするのですけど…………」

 

 そんなアイシャの予言と共に、大地が強く鳴動した。


「無論、それじゃあつまらな――けほん、本当に問題が解決したことにはならない――ハルカ、お前は私に、全部全部助けてくれと言ったな?」


「え……あ……うん……言ったけど……」


 ナハトの華麗な責任転嫁を受け、皆が皆、何余計なこと言ってんだよ、お前、的な目でハルカを見ていた。


「ならば、根本的な問題を解決せねばなるまい」


「根本的な、問題ですか……?」


 ナハトの言葉にアイシャが聞いた。


「うむ、かつてこの国を訪れた魔王が――あの人がそうしたように――和の国に暗雲を齎す魔獣、三界に住まう親玉を討滅することこそ真に全てを解決したと言えるだろう――」


 もしも、それがこの国を訪れた大天使さんがやり残したことだと言うのなら、それを解決するのはナハトの役目である。


「「無茶よっ!!」」


 コノハとヨゾラが同時に叫んだ。

 その横では、ケンセイが額に汗を浮かべていた。


「あの、ナハトさんっ! そんな危険なことをしなくても、せっかく術式も安全になったのですから、その今まで通り、魔素マナの流入を防げれば、それだけで十分だと思います」


 正論を述べるヒユキの言葉に、ナハトはにっこりと笑み、決断を下すべき人間を見た。


「だ、そうだ、シュテル。だが、ここは一つ大切な友達を助けるために、一狩りしてみたいとは思わないかい?」


 と、ナハトが言うと、シュテルは特大の笑みを浮かべ、


「あいっ! おねえちゃんを助けて、運動にもなって、いっせきにちょうだねっ!」


 そう断言した。

 この時点で、ナハトに魔獣を見逃す選択肢は消えた。

 最も――術式を弄る最中に、大山に住まう特大の気配には既に挨拶を済ませてあるのだが。

 

 再び、地震のように大地が震えた。

 それはまるで、眠りから覚めた巨人が起こす、地響きのように感じられた。 


「そう言うと思ってな、喧嘩は既に売っておいたのだ」


「さすがママ、じゅんびがいいねっ!」


 空気の読めない二人の会話を止められるものは何処にもいない。

 ナハトの悪謀に巻き込まれたものは、一人の例外もなく光のない眼を浮かべるのだった。

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