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家族旅行

「あ、あの……ナハト様……これで、いいのでしょうか……?」


「ふむ、それじゃあダメだな――ほら、もっと傍においで」


 ナハトはアイシャを引き寄せると、肩と腰に手を回す。

 恥ずかしそうに俯くアイシャの服の中にナハトは手を差し込んだ。


「ん……あっ……そこは、だめっ!」


「ほら、じっとしているんだ。そうすればすぐに終わるぞ」


「で、でもっ! これ……すごい締め付けで……それに……くすぐったくて……声、でちゃいますぅ…………」

 熱っぽい息を吐き出したアイシャの吐息がナハトの髪を揺らす。

 ナハトは体に触られて恥ずかしそうに身をよじるアイシャを捕まえて、離さない。


「大丈夫、慣れればよくなってくるはずだ―――」


「あっ……! ……あんまり触っちゃ……やっ、です…………」


「はは、アイシャは私のものだ。そんなアイシャが可愛くあるのは義務と言える。それに――」


「そ、それに……?」


「――肌触りは良いものだぞ――アイシャもすぐに実感できるはずだ――――ほら、完成。うむ、可愛い」


 着崩れていたアイシャの着物をきっちりと整えたナハトが満足そうにアイシャを開放する。

 控えめな明るさを持つ薄い桜色の着物は間違いなくアイシャに似合っていた。髪をポニーテールに結っているせいで、すっと覗くうなじの色っぽさが一層アイシャの魅力を引き立てている。


「ママー、シュテルもー! シュテルもー!」


「はいはい、じゃあ着付けてやろう、お姫様」


「えへへ~」


「随分と手馴れていますね、ナハト様――」


「私の古郷に似たような服があったからな。ほら、できたぞシュテル。うむ、可愛い」


 シュテルの着物は色濃い赤の子供用で、まさに姫といった印象がある。頭には花飾りを添えて、おめかしを終えた二人が並ぶ。

 ナハトはそれを見届けて、満足そうに頷いた後、自身も着込んでいた服を脱ぎ捨てた。

 いつも着ている宵闇の抱擁ナイトブレスや下着である深紅の薔薇カーディナルローズまで脱ぎ捨てたナハトは文字通り、一糸纏わぬ姿であった。


「ママすっぽんぽーん!」


 シュテルが裸のナハトを見て、嬉しそうにはしゃぐ。


「は、はわわ……ナハト様……恥ずかしいですから……隠して……! 隠してください……」


「なに、私の体に恥じる部分など何処にもないぞ――だから問題はない」


 そう言って、堂々と裸身を晒しながらナハトも着物を着込む。

 肌着から順に着付けていき、手直しをしつつ着物を着る。ナハトはアイシャたちのような明るい色のものではなく、夜桜を連想させる黒が特色の服を着込む。帯を締め、現代風に華やかに結ぶと、まさに和の美を体現したかのような美少女がそこにいた。


「……ナハト様……綺麗ー」


 呆然とアイシャが称賛の声を上げる。

 

「ママすっごい! きれー!」


 二人の称賛にナハトも笑う。


「ありがとう、二人もすっごく可愛いぞ」


 極東の島国にある独特の文化。

 アイシャやシュテルにとっては新鮮なのだろうが、日本文化と酷似するそれはナハトにとって懐かしい、という感情のほうが先に現れる。

 せっかくの温泉街なのだ、出歩くならばドレスでは無粋というものだろう。


 和の国が都、イズモより魔導馬車にて二日、ナハトたちはハルカの勧めによって、温泉の里クサツを訪れていた。

 本来は、事情説明のためいろいろな場所に赴くことになるはずだったが、それらは全てフィルネリアにお願いしておいたので、ナハトは楽しい家族旅行の真っただ中にいた。


『押し付けましたね……』


 と、アイシャにジト目で言われたが、ナハトはいつものことなので気にもしない。


「さて、出かけるとしよう」


「はい!」「あい!」


 シュテルと手を繋ぐアイシャ、そんな二人を先導するようにナハトが前を歩く。

 外はお祭りと言っていただけあって、人の波と屋台の熱気が溢れ出ていた。たこ焼き、イカ焼き、焼きそばやわたあめ、それにお面屋、と定番のものは一通り揃っていそうだ。

 和の国には一国で完結することができる豊かな自然が存在する。海産資源の宝庫である海、生活の基盤を作る木々の森、そして温泉と魔石の産地である山。それら自然の味覚が屋台の上に並んでいた。

 

 クサツは温泉街として有名であるが、もう一つ有名な特産がある。それが、からくり、と呼ばれる魔道具だ。和の国の職人が作る魔道具からくりは質が良いらしく、魔導馬車なるものが高価だが普及しているので交通の便もかなり良い。

 その一端は屋台の出店でも垣間見ることができる。


「お、そこの可愛いお嬢ちゃんたち! どうでい、一回やってかないかい?」


 射的、と書かれた屋台では、簡易の魔導銃で景品を倒す催しが行われていた。


「ママー!」


 シュテルが目をキラキラさせていた。


「やってみるか?」


 ナハトが聞くとシュテルが顔をぶんぶんと縦に振る。


「おっちゃん、一回分だ――」

 

 ナハトはお金を放るとシュテルを抱き上げてやる。

 屋台の台座はシュテルには高く、辛うじて目線が通る高さなので魔導銃を持ってしっかり狙える高さを調節するのはナハトの仕事だった。


「どれが欲しい?」


「ねこさん!」


 ナハトが聞くと特大の猫の縫いぐるみをシュテルが指さす。


「よし来た、しっかり狙うんだぞ」


「はは、そいつはちっと難易度が高いぜ、お嬢ちゃん」


 屋台のおっちゃんが無謀だと思ったのか口を挟んできた。

 簡易魔導銃は明らかに魔力回廊をわざと細く、粗雑に構成されていた。これだけで、ある程度多く魔力を持たないものは弾をうまく飛ばすことも難しだろう。


 あらかじめ客が失敗しやすいように調整されたものであることはナハトの目で見れば一目瞭然である。

 だがそれでも、


「案ずることはない、シュテルは私の娘だぞ――この程度の児戯、容易くこなすであろう」


「えーいっ!」


 ナハトが言い終わるとほぼ同時に、狙いを定めていたシュテルが引き金を、引いた。

 響き渡る轟音。魔道具からくりが痛々しい悲鳴を上げるほどの魔力圧に耐えかねて、木とゴムでできた弾丸が猛然と射出された。


「へ?」


 店主だけではなく、ナハト達の美貌につられて観戦していた観客も、そんな呟きを呆然とこぼす。


「おいおい、ここの魔導銃、明らかに飛ばなくてインチキ染みてたんじゃ…………」


「あ、あのお嬢ちゃんのが特別な当たりとか…………」


「んなわけねーだろ! で、でもそうなると……なんであんな子供が……」


 彼らの言いたいことは、そのまま表情に現れている。


「「「あ、ありえねー…………」」」


 ことん、と音を発して倒れた縫いぐるみを、


「ママー! やった、やったよ! ねこさん!」


 シュテルは嬉しそうに抱いていた。










 賑わいが増すクサツの祭り。

 正式名称は地霊祭と呼ばれているらしく、三日間恵みを与えてくれた山々に感謝の祈りを捧げるという名目で行われているらしいのだが、今年は何故か一週間という長期間祭りが開催されるらしい。


 そんな長期間開催ということもあって、祭りと合わせて魔道具からくりの展覧会や、源泉の格付け、料理の品評会など様々なイベントが一堂に会して行われている。

 

 今日は、祭りが始まって三日目になるらしい。

 普段の年であれば、この三日目は最終日であるので、祭りの終着点である地霊大社において当代の姫巫女が神楽を舞う習わしが存在する。

 最も今年は、一週間なので三日目と六日目に姫巫女とやらが神楽を舞うらしい。何故最終日の七日目ではないのか、と突っ込みを入れたいところだがそういう風習なのだろう。


 ナハト達は一通り出店を回り終えていた。

 アイシャの手にはリンゴ飴が、シュテルの手にはフランクフルトがそれぞれ握られている。ナハトもせっかくの祭りなので、と勢いで購入した竜のお面を横につけているあたり、懐かしさを感じる祭りの雰囲気を十分に満喫していた。


 歩くだけで人目を集めながら、群衆の流れに沿うようにナハト達は歩を進めていたのだが、不意にナハトの足が止まる。

 異常があったわけではなく、ただ単に混雑していて動けなくなったのだ。


「すごい人ですね……みんな、姫巫女様の神楽が目当てなのでしょうか?」


 ナハトはシュテルを肩の上に退避させつつ、はぐれないようにアイシャの手を握る。


「そうらしいな――このナハトちゃんを差し置いて人目を集めるとは生意気なやつめ」


「無茶苦茶な言いがかりですよ、それ……」


 人ごみに揉まれるアイシャを抱き寄せながら、ナハトは行列に並ぶ。

 だが、如何せん待つという行為が苦手なナハトが大人しくしていられるはずもなく、人だかりの中にいることに嫌気がしてきた。人だかりの中ではなく先にいて、注目されることこそナハトの本懐だ。


「仕方ない、少しずるをするか――」


「へ――ちょ……!」


 アイシャの静止の声が響くよりも先にアイシャを抱き上げる。当然ながらお姫様抱っこで、だ。


「シュテル、しっかり掴まっておけよ」


「あい!」


 元気のいいシュテルの声を聞いて、


「ちょ、ナハト様、まっ…………」


 アイシャの言葉を受け流しつつ、ナハトは遥か上空に飛翔した。

 魔力を丁寧に纏い、反動もなく無音で空に飛び立ったナハトたちの姿を見たものは少ないが、運がいい者はその決定的瞬間を目に入れ、小規模ながらがやがやと騒ぎが起こっていた。


「空からの特等席だ、ここから鑑賞するとしようじゃないか」


「…………待ってって言ったのに……」


「そうは言うがアイシャ。あのまま人ごみの中をさ迷うのは嫌だろう? どさくさに紛れ尻を触られたらどうする」


「ぅぅ……それは嫌ですけど…………」


 無論、ナハトが目を光らせている以上、万が一、億が一にもあり得ないけれど。


「それに、どうせ見るなら見晴らしが良いほうがいいに決まっている」


 最も、近づきすぎれば警備に見つかったり、怪しまれる危険性が増えたりするので、凡そ十五メートルほど舞台から離れてはいるのだけれど。


「……ぅぅ……もう好きにしてください」


 お姫様抱っこによって顔を赤くしたアイシャと戯れている内に、舞台の幕が上がる。

 最初に聞こえてきたのは荘厳な笛の音色。物語の幕を開けるような音に合わせ、一人の巫女が舞台の上で歩を刻んだ。

 そんな少女が顔を上げたその瞬間。世界の時が静止した、そう思えるほどに人々は彼女に目を奪われていた。

 

 白い、雪のような少女だった。

 空から振る雪が舞っているかのように、少女の手にある檜扇が揺れる。


「きれー」


 笛の音に重なるように、和琴、尺八、鈴、小鼓、大鼓と音色に重装感が増していく。大地への感謝を示すというだけあって、音が勢いよく、力強くなっていった。

 

 その都度少女の動きも強く、鋭くなっていく。

 命の芽吹く一瞬を幾度も幾度も繰り返し、重ねていくような表現に、感動だけが伝播していく。

 やがて、無限にも思えた一瞬の時間が過ぎ去って、少女は恭しく礼をとった。


「すごかった……ですね……!」


 アイシャの職業は龍の巫女、である。

 ナハトのために祈り、舞う、それこそがアイシャの職業ジョブだからこそ、アイシャは誰よりも強く感動しているのだ。


「すごいすごーい! ママ、パパ、すごーい!」


「うむ、一見するだけの価値があったな」


 ナハトがそう言うと、肩の上に座っていたシュテルが不意に立ち上がった。


「ママ! シュテルね、あくしゅとサインしてもらってくるー!」


 言うや否や、ナハトの体を足場にシュテルが飛んだ。


「ちょ――! シュテルっ!?」


「ふむ、私のシュテルの心を掴むとは生意気な奴め」


「そうじゃなくて! ナハト様っ! シュテルがっ!!」


 アイシャは心配を通り越して、狼狽しながら必死に叫ぶ。

 一方でナハトは酷く落ち着いたままだ。


「安心しろ、アイシャ。シュテルはちょっと遊びに行こうとしただけだ」


 シュテルは見た目は超絶美幼女の子供に過ぎないが、その本質は二千年を生きたエルフの上位種、その生まれ変わりであり、常人を遥かに凌駕する高レベルと近接物理職である龍騎士を得とくした超人なのだ。

 十五メートルの距離など存在しないかのように、一瞬で舞台の上に降り立つシュテル。一般人は勿論のこと、警備の人間でさえも、シュテルの存在に気がついたのは、彼女が舞台の上に降り立った瞬間であった。


 風が舞う。

 近接物理職である龍騎士が唯一扱える魔法。属性付与エレメントエンチャントによって、全ての衝撃が殺されていた。


「はじめましてー! サインください!」


 呆然とする舞台に元気のいいシュテルの声だけが響く。

 少女もまた、戸惑うままに静止していた。

 さながら写真で切り取られた二人だけの世界のように、静けさが満ちた。


「思い立ったら後先考えず即行動とは、全く誰に似たんだか」

 やれやれ、とナハトが呟くと、


「間違いなくナハト様ですっ!!」


 アイシャは魂の底から突っ込みを入れた。


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