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真相と再会

 明確に敗北した、とそう言える戦いをデュランは二度経験している。

 一つはつい最近の出来事だ。

 盗賊共の塒で遭遇し、戦いを挑み、敗北を喫したナハトとの戦い。そもそも戦いになっていたのかと問われれば小首を傾げるほど一方的な敗北であった。あいつはデュランが遭遇してきた化物たちの中でも群を抜いた怪物であることは間違いないだろう。

 デュランにとって最も必要だった戦う理由を奪いさった悪夢のような出来事だった。出来ればもう二度と出会いたくはない、そう思わずにはいられない。


 そしてもう一つ。

 デュランの人生における最初の敗北、その相手が目の前にいる。

 七国に住まう影の支配者。

 暗殺一家の家長。

 古き魔族の血統にして、現世に残るただ一人の真祖エルダーヴァンパイア――ミナリア・レイシス・ブラッディアこそが、デュランにとっての最初の壁だったのかもしれない。

 若き日の敗北があったからこそ、デュランは彼女のもとで傭兵をやっていたのだ。

 

「――事の始まりは、今から二千年以上も前に遡るかのう」


 場の空気を穿つような荘厳とした声が、重く響いた。

 デュランも、ネロも、クラウディアも、獣王たち七国の王であっても、小さな歯車でしかないだろうことは詳しく事情を知らないデュランでも何となくだが理解できる。

 選神教と魔族。

 終結したはずの戦争、その延長線上に立たされていることだけは容易に分かる。

 

 だからこそ、依頼を受ける前提条件として、聞く必要があった。

 本格化する戦局に足を踏み入れようとする以上、これまでは深く立ち入らなかったミナリアという異物の中に足を踏み入れる必要があったのだ。


「人類という枠組みの中で、最も強き魔族と最も弱き人の戦い――辛うじて保たれていた秩序と平和を塗り替えるように、世界中の全てを巻き込んだ総力戦に勝利したのは知っての通り人間であった」


 ミナリアは淡々と言葉を紡ぐ。


「かつての時代大陸の東部を支配していた魔族の国は、分裂し、神聖国の掃討から逃れるために大陸の南端へと退避した」


「今、南部にあるのは嘆きの丘だけだろう、魔族はお前たち以外全滅したのか?」

 デュランの言葉にミナリアは首を振る。


「かつての魔族の王――レンジ様は己の死の間際に、ある御力を使われた。あの御方の力は既存する大陸を二つに割り、その中間に荒れ狂う海と暴風の吹く境界を生み出したのだ」


「…………たい、りくを……」


「……割った、だと?」


 そんなことが人にできるだろうか。

 もし仮にそれができたのだとすれば、それは最早人ではなく神の業であろう。


「選神教が殲滅したと言われる魔族の生き残りは断絶した大陸の向こう側へと逃げ果せたのだ」

 

 デュランたちが住まうこの大陸に魔族や古代魔族がまるで存在していなかったかのように消え失せている理由にようやく合点がいった。

 

「お前は逃げ出さなかったのか?」


「我には果たさなければならない役目があったからのう――故にこの場に残り、国を興した」

 ミナリアはその大業をさも平然と口にする。

 神聖国との国境を接する元魔族の国は二つの対応を取ったという。恭順するか、抵抗するか、二つに一つである。真っ先に恭順した北部領域は王国と名を変え、神聖国保護のもと大国にまで成長した。

 一方で、南部では抵抗に次ぐ抵抗を重ね、西部においては数多の国々が乱立し、東部では抵抗を重ねていた小国が王国との交易を深め選神教を許容し、現代ではエストールと呼ばれる国が成立した。


 激しい紛争の真っただ中にあって、暗殺国家ソーラスだけが異常であった。建国よりただの一度も崩壊を見せず、選神教の包囲のさらに先を行くふざけた国。宗教と正面から情報戦をして勝ち得る強国。その裏側には、ミナリアという古代魔族の影があった。


「じゃ、じゃあ姫様は古代魔族の生き残り……そう言えば会うたびに美味しそうとか言われましたわ…………な、なんて場所に置き去りにするのですかっ! 騎士様っ!」

 青ざめるクラウディアから視線を逸らしデュランは呟く。


「七国では最も安全な場所だ、気にするな」


「気にしますわっ!」


「かかかっ、安心せい。交易国家シドニスが王女、クラウディア・フォン・ユーツヘルムの保護は坊やへの報酬じゃて、手を付けたりはせぬ」


「そうですよ、姫しゃまのちょう愛を受けるのはメイドだけの特権ですから」


「かかっ、無論我を望むのであれば話は別じゃがのう?」


 紅に光るミナリアの視線から逃げるように、ネロとクラウディアはデュランの背に隠れた。

 それを見てミナリアは、つれないのう、とわざとらしく息を吐く。


「この場所に残った理由は大きく分けて二つある。一つは大陸の情勢を監視すること。そしてもう一つは、来るべき時に備え、反抗の拠点を作り出すことじゃ」


「俺への依頼やシドニスのクーデターもその一環ということか」

 

「七国一の富国が、選神教を奉じるようになるのは些か都合が悪いでのう」


「大まかには理解した――だが一つ疑問がある」

 外れていたピースがしっかりとはまり、一つになっていく感覚の中、デュランは違和感を口にする。  


「何故、この場所にこいつがいる」


「ふにゃぁ?」


 ひょこりと飛び出た耳をぴくぴくさせるネロの頭に手を置き、デュランはそう口にした。

 そもそもこの場所は無関係な者が立ち入れるような場ではない。

 七国の王や王族、デュランという飛び抜けた戦力、レシアのような直属の眷属以外に足を踏み入れることが許されない場所に、ただの少女がいるはずがないのだ。


「そこな少女は坊やの道案内人じゃて、それ以上でも、それ以下でもないぞえ――坊やは女子供に甘いからのう」


「五月蝿い。だとしても、それだけじゃないだろう?」

 思わずネロの頭に置いた手に力が入る。


「うにゃぁあ、おじさん、やさしくぅ……もっと優しく……してぇ……!」   


「かかかっ、そこな少女は血牙の孫娘じゃて。まあ、詳しくは本人から聞くとええ」


「はにゃっ! ふ、ふにゃぁあ……」

 ミナリアの言葉に一層力を込めてしまったデュランは、思い出したかのように置いていた手をゆっくりと離す。


「……うにゃぁあぁ…………」


 

 ネロは何故か息を荒くして、ゆっくりと崩れ落ちていった。

 











 日が落ちて、窓から見下ろす庭園には魔石の光が降り注ぎ、深みのある輝きを生み出していた。

 借り受けた城の一室にはネロとデュランが向かい合うように座っている。そんなネロの横には、もう二度と離れませんわなどと言って、頑なに傍を離れようとしなかったクラウディアが座っていた。

 

 嬉しそうな微笑みを浮かべるクラウディアとは対照的に、ネロはどこかばつが悪そうに縮こまっているような印象を受ける。

 デュランは取りあえず、クラウディアにゆっくりと目を向けた。


「……その、なんだ、悪かったな」


 不格好で、不器用な言葉であった。

 だが、デュランは気の利いた言い回しも、虚飾された聞こえのいい言葉も、必要としてはいない。ただ、デュランが強いた事実に対して謝罪を口にすることしかできないのだから。


「……寂しかったです……かなっ……悲しかった、です……」


 クラウディアは手を伸ばす。

 大切な宝物を追いかけるような、儚げな手がデュランの腕にそっと置かれる。


 シドニスのクーデターが起こった当時、クラウディアはまだ五歳程度の子供であった。

 幼い少女が一夜にして全てを奪われたのだ。父親、兄弟、家、居場所、王族としての身分、世話を焼いてくれる使用人、日々の暮らし、剣を捧げられた騎士――持っていたもの全て、理不尽に奪われた。

 そして本来は、その命さえも奪われるはずだった。


『――頼む、姫を。俺を斬った男にならば、任せられる――』


 たとえそれが気まぐれであろうと、行動には責任が付きまとう。

 デュランはその責任から逃げ出したのだ。


「姫様は優しかったです。レシアさんはいつも私を気遣ってくれました。でも――――それでも、騎士様だけが私の支えでした、騎士様だけが私の騎士様でいてくれるとそう思っていました……だから、凄く……すごく寂しかったです…………」


 お姫様を助けだし、安全な場所まで運ぶ。

 なんと耳障りの良い言い訳であろうか。

 都合のいい事実だけを切り出して、誤魔化していた現実を目の前で突き付けられれば、言葉を失う以外に何もできない自分がいた。


「…………」


 全てを失い、支えてくれるはずの大人を見出した少女の前から逃げ出して、見知らぬ地に一人取り残していく。

 一時は救い上げ、そして再び追い落としたに過ぎない。それがどれほど深い絶望を与えることになったのか、想像することもできない。


 結局はただの自己満足だ。一時の感情が起こした気紛れのせいで、クラウディアはデュランに必要以上の執着心を無理やり植え付けられたようなものである。

 酷く少女の心を歪めた現実だけが目の前にあるような気がしていた。

 だが、クラウディアはそんなデュランの内心を否定するかのように首を振った。


「私は嬉しかったです、それだけは変わりません。騎士様が助けてくれたことも、今こうして生きていることも――また、騎士様にこうして出会うことができましたから」

 そう言って、クラウディアは笑った。

 大輪の花が咲き誇るような微笑みだ。


「――そうか」


 短く、だが確かに喜色の籠る呟きが、部屋の中に伝っていって、


「むぅー! 二人でいちゃいちゃしないでよ!」


 大人しかったネロの不満は限界を迎えた。


「いいではありませんか! 私は七年と六十八日、六時間、四十五分ぶりの再会なのです。子供は静かに眠っていやがれ、ですわ」


「うるさいうるさい! あんたも十分ちんちくりんじゃん!」


「私はもう十三才です! 赤ちゃんだってつくれますわ!」


「……ネロだって……ぅぅ……発情期が来れば子供ができるもんっ……」

 いつもと違って、ネロは何処か控えめに騒ぎ立てているような気がする。短い付き合いだが何となくそんな気がする。おそらくミナリアの言葉を、そして己の行動に罪責感を感じているのだろう。


「やる気ですか」


「やってやるもんっ!」


 お互いににらみ合うバカな子供二人に、デュランは思わずため息をつきたくなる。

 だが今はそれよりも適した行動があった。


「あうっ……」「痛い、ですわ……」


 軽く二人の頭を小突く。

 

「どっちも子供だ、もう今日は寝ろ」


「むぅー」


「私はもっと別の意味でねても……いえ、なんでも、ありませんわ……」


 不満そうにする二人を一瞥すると、トボトボと立ち上がり特大の寝台に二人して寝転ぶ。

 部屋の明かりを消すその前に、デュランはネロに向けて声をかけた。


「気にするな」


「っ、おじさん……?」


「お前は悪くないだろう、少なくともお前よりお前を利用した大人と、育児放棄した狼のおっさんが悪い、だから気にするな」


「ぁ…………ぅぅ……もう、おじさんは……やさしすぎるよ……そんなにされたら、ネロは一人で生きていけないじゃん……」


 高い少女の声とは裏腹に、言葉は重く響き渡った。


「ねえ、おじさん」


「おじさんじゃない、お兄さんだ」


「お兄ちゃん」


「なんだ」


「甘えてもいい?」


「言うだけはただだ」


「ちょっとだけ、頭なでて欲しいな」


「……はぁ、少しだけだぞ」

 そういって、デュランが手を動かすと、


「ずるいですわ、私も撫でてくださいまし!」


 クラウディアがそう言って、寝転んだ頭を差出してくる。

 結局、二人が寝入るまで、デュランは両の手を動かし続ける羽目になったのだ。


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