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あなたの思い通りにはならない  作者: 木蓮


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9

 お茶会に招かれたシンシアは裏庭に向かった。

 ガゼボに着くといつかの時のようにクリスティーナがアンジュやレイモンドといった客人たちと喋っていた。彼女の隣にはロイドがいて控えめな笑顔を浮かべている。

 ニーナの騒ぎを知ったロイドは多大なショックを受け、そこでクリスティーナを傷つけたことを心から反省して彼女に謝った。クリスティーナは婚約者を許し、以前のように仲良くとはいかないがまた一緒に過ごしている。

 クリスティーナは怒ってはいるものの幼なじみを愛しているし、妹の守護神ことレイモンドが目を光らせているので2人はやり直せるだろう。そのことにシンシアはほっとした。

 

 自分を徹底的に拒絶するディランとの歩み寄りを諦めた後、シンシアは少しずつ彼に対する感情を捨てていった。

 会うたびに理不尽な憎しみをぶつけられることも、父に「もっとディラン君に好かれるように努力しなさい」と叱られることも、ディランを慕う令嬢たちに「嫌わているのに婚約にしがみついている」と悪意をぶつけられても。

 傷つくたびに泣きながら「あんな最低な男なんか何とも思わない」と言い聞かせた。そして、冷静に彼に対処していつでも婚約を解消できるようにチャンスを窺った。


 けれども、そのシンシアの苦しみすらディランの気まぐれであっさりとなかったことにされた。

 名ばかりの婚約者に何も感じなくなると、なぜかディランは散々拒絶したシンシアに執着するようになった。

 シンシアは一転して婚約者の立場を利用してつきまとってくるディランにおぞましさと猛烈な怒りを感じ、彼がしてきたように憎しみと怒りをこめて徹底的に拒絶した。しかし、ディランはずっと自分の身勝手な感情を押しつけてきて、拒絶するたびに自分の想いに応えないシンシアが悪いのだとなじった。

 その姿はまるでウォルス夫人に懸想して寂しい想いを訴える母を「嫉妬するな」と散々傷つけたのに。結婚後、何事もなかったかのようにのうのうと母の元に戻り、愛も情も枯れ果てた母を「どうしてそう冷たいんだ」なじる醜い父にそっくりで。


 ――だから、決めた。散々傷つけて心を粉々に砕いたくせに、こちらが切り捨てたとたんに愛を求めてくる身勝手な男の思い通りになんかならないと。


 学園に入学してディランのご機嫌取りを強要する父の目が届かなくなるとシンシアはディランを避け、両親のような愛情を求める彼が気に入った令嬢を見つけるのをじっと待っていた。

 そして、ディランが選んだのがニーナだった。気に入った異性に彼らが求める反応を見せて夢中にさせ、自分の愛は1人にしか与えない。無邪気で残酷な母親そっくりなニーナにディランはあっという間に夢中になった。

 それを見てニーナがディランに気を向けるように動いた。

 顔の広いアンジュの力を借りてディランの熱心なファンがニーナを敵視するように仕向け、彼女の落とし物に熱心なファンを装って「ディランとお似合いだ」と手紙を挟んで応援した。

 そして、まんまと誘導に引っかかったニーナがディランを追いかけるのを冷めた気持ちで見ていたが、そこで誤算が発生した。


 前からニーナに気があるロイド・フェーブル侯爵令息が夢中になると多情なニーナはロイドにもちょっかいを出し始めたのだ。

 思わぬライバルに焦っている時に出会ったのが、婚約者に蔑ろにされるクリスティーナだった。

 最初はただ同情と自分の目的のために協力を持ちかけようとしただけだった。

 でも、婚約者と本物の愛情を築いた分傷ついているのに、彼の裏切りを受けいれる優しい彼女を騙すことはできなくて。家族にしか打ち明けたことのない婚約者への憎しみをすべて打ち明けて本心から協力をお願いし、頼もしい協力者たちを得ることができた。

 同時にそんな正しい愛情を知る彼女たち普通の人々から見れば歪んでいる自分を肯定し、助けてくれるクリスティーナとレイモンドの優しさに救われ、ディラン(自分を縛りつけるモノ)を心から排除していった。


 しかし、そんな穏やかな心はまたディランによって憎しみで真っ黒に塗りつぶされた。

 クリスティーナたち友人たちと一緒に楽しい日々を過ごすようになると、ディランはたびたびシンシアの前に現れるようになった。そして、自分は愛するニーナとの幸せを手にしながら、憎いシンシアからまたもや幸せを奪いつくそうとした。

 シンシアは“ディランがニーナを選んで自分を解放する”ことで、自分を傷つけたディランを許して(忘れて)やるつもりだったのに。シンシアを憎み執着する彼はどこまでもシンシアを“拒絶”する。


 ――その醜い姿にシンシアも情を捨て、ディランを自分の人生から消し去ってやることにした。


 覚悟を決めたシンシアはロイドにまとわりつくニーナを排除したいレイモンドと手を組んだ。ディランを本命として狙うニーナを挑発し、2人の噂を流して周りの注目を集めた。

 そして、学園祭の夜。レイモンドの息がかかった使用人たちに興奮剤をワインに仕込んで2人に飲ませて休憩室に閉じ込めてもらい、頃合いを見て雰囲気に酔って盛り上がったであろう2人の醜態を周りにさらしてやるつもりだった。

 発見するのはレイモンドに「今夜の楽しい思い出を汚すことはないよ」と引き留められてやめたが。まさか肉体関係を持つとは驚いた。ディランは「そんなことをするつもりはなかった」と見苦しく喚いたらしいが、やはり彼もまたニーナを愛しておりそういった欲望があったのだろう。

 そして、たまたま通りかかった元とりまきたちがニーナの姿にショックを受けてとり乱したことで人が集まり、2人の既成事実はもみ消せない程に広まってしまった。


 学園から詳細な事実を伝えられてもなお、父とウォルス夫人(真実の愛に酔う者たち)はディランを庇い、シンシアに許して婚約を続けるように強要したが。ウォルス伯爵家にフリージア侯爵家を始めとした各家から2人の学園内での行いの証言と抗議が押し寄せたことで、2人の婚約はディラン有責で破棄された。

 それでも愚かな父はしぶとくシンシアを「おまえが優しくしないからだ」と罵ったが。母に「シンシアもウォルス伯爵令息もずっとお互いを嫌って別れたがっていたのに。あなたのエゴのために2人を無理やり婚約させ続けたせいで、彼はやけを起こしたのかもね」とささやかれると生気が抜けたように大人しくなった。

 そして、シンシアは晴れて父とディランを捨てて自由を満喫している。


「やあ、シンシア嬢、良く来てくれたね」

「ごきげんよう、レイモンド様。レイモンド様もお茶を淹れるのがお好きなんですね」


 席に着くとレイモンドが紅茶を淹れてくれる。その慣れた手つきに感心すると悪戯っぽく片目をつぶって笑う。


「ふふ、上手だろう? 紅茶に厳しい母に鍛えられているうちに面白くなってね。クリスよりも上手なんだよ」

「その辺にしておいた方が良いわ。お兄様は紅茶の話になると止まらなくなるから、ずっと聞かされるわよ」


 クリスティーナが顔をしかめロイドも控えめにうなずく。空気を読んだアンジュがおっとりと話を変える。


「この白鳥の形をしたシュークリームとてもかわいいわ。私も子どもの頃良くシェフにねだって作ってもらったわ」

「ははは、アンジュ嬢もそうだったんだね。実はクリスもこれがお気に入りでね、良く大好きな誰かさんとケンカをすると仲直りに……」

「お兄様! 紅茶が出すぎますわよっ!!」


 妹に怒られたレイモンドが「怖いなあ」が肩をすくめると、伏し目がちだったロイドと顔を真っ赤に染めたクリスティーナの目が合う。

 2人の間に流れるやわらかい空気にシンシアは心が温かくなるのを感じた。

 ――傷つけられて壊れかけてしまっても、やり直せる愛もあるのだ。そして、自分をずっと助けてくれたレイモンドのように信じられる男性もいる。

 シンシアは心の底にわずかに残っていた憎しみ(父とディラン)が消えてなくなっていくのを感じた。そして、自分に愛情を教えてくれた友人たちの輪に加わった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

次からはレイモンド、ディラン視点で完結です。最後までお付き合いいただけると幸いです。

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