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「……おまえはっ、どうしてそうかわいげがないんだ! そんなに俺の婚約者でいるのが嫌なのかっ」
ディランの怒鳴り声にさっきまで賑わっていた周りがしんと静まり返る。シンシアは心配顔でこちらを見ているクリスティーナに目でうなずくと冷静に口を開いた。
「さっきも言った通り、私たちの仲は周りの方々に知られています。この婚約に思うところがあるのはお互い様でしょう。あえて言わせていただくと、ただ私の意見を述べただけでそうやって“言いがかり”をつけられるのは非常に不愉快です」
「……っ、おまえはいつもそうやって……っ」
「ま、待ってくださいっ! 誤解なんですっ!! 私はディランといつも仲良くしていますけど、婚約者のシンシア様を裏切るようなやましいことはないんです! だから、そんなに怒らないでくださいっ!!」
周囲が見守る中でまたもや怒りを爆発しかけたディランを庇うようにニーナが飛び出してきた。シンシアが見上げると怯えたように身をすくませつつもシンシアをまっすぐに見つめる。
それはまるで恋愛小説の健気なヒロインのようで。ディランに寄り添うニーナから視線を外すとシンシアはわざと深いため息をついた。
ニーナに向けていた気遣う表情から一転して敵を見るかのように憎しみを向けてくるディランに冷え切った声で告げる。
「あなたには何を言っても無駄なようですわね。ですが、これだけは言っておきます。
私はあなたが何をしていても興味はありません。あなたが親しくしているらしいそこの無礼な人にも良く言い聞かせておいてください。本気で彼と結ばれたいのならば、私を巻き込まずにあなた自身で努力してください。例えば、周りが納得するぐらいの真実の愛とやらを見せるとか、ね」
「おまえはっ、俺たちを侮辱するのもいい加減にしろ!!」
「……そ、そうですっ、いつもそうやってディランに冷たくするから傷ついているんですよっ! 婚約しているのに、ひどいわっ!!」
――そう。あなたは最後までそうやって私を拒絶するのね。
いつかクリスティーナが言っていた「他人の気持ちは自分だけでは変えられない」という声が頭の中に響く。
「私はただ思ったことを言っているだけです。あなた方と同じですわ」
「またそうやってディランを悪く言って、ひどいわ!! ディランはあなたに歩み寄ろうとしているのに!」
怒りながらもシンシアに傷ついた目を向けてくるディランと彼の気持ちを理解しろと訴えるニーナ。その傲慢な姿にわずかに残っていた情が消えた。
「侮辱しているのはウォルス伯爵令息、あなたでしょう。さっきから聞いていたけれど、婚約者のシンシアをいきなり怒鳴りつけたあげく、そこのかわいがっている令嬢が好き勝手に暴言をぶつけるのを喜んでいるなんて。はっきり言って正気を疑うわ。
そんな最低な人に私の大事な友人のシンシアは任せられません、シンシアのドレスは私が用意します。学園祭はあなたたちはいつも通り2人で好きに過ごしなさいな」
格上の侯爵家の令嬢であるクリスティーナに皮肉たっぷりに嫌味を言われた上に、周りの生徒たちからも好奇と軽蔑のまなざしを向けられていることに気づいたディランは悔し気に口を閉ざした。
空気の読めないニーナはまだ「ひどい」と騒いでいたが、クリスティーナに「あら、狙い通りシンシアの許しを得て愛する人と過ごせるのに何が不満なのかしら」と冷ややかな目でにらまれてディランそっくりな不満な顔で黙り込む。
自分の代わりに怒ってくれたクリスティーナに少しだけ冷静になったシンシアは、一呼吸ついてはっきりと自分の意思を告げた。
「クリスティーナの言う通り学園祭は私だけで参加します。あなたも好きにしてください」
「……っ」
おまえの思い通りにはならないとにらみつけるとディランがショックを受けたように青ざめる。
それには構わずシンシアは足早にカフェテリアの外に歩き出した。クリスティーナがそっと寄り添い生徒たちから隠してくれる。
「大丈夫? ひどい顔色よ」
「うん、おかげで大丈夫よ。助けてくれてありがとう。少し疲れてしまったけれど部屋に戻って休めば大丈夫」
部屋まで付き添ってくれたクリスティーナと別れて1人になると、シンシアはソファに座って目を閉じた。
――優柔不断なロイドにつきまとうコバエには私もずいぶんと悩まされているんだ。君と私の目的は一致しているし、君さえ良ければどうかな。2人まとめて消してしまうのは。
「……あなたは理想の令嬢の手をとりながらもまだ私にその身勝手な想いを押しつけるのね。だったら、私はかつてあなたがしたようにその想いをすべて拒否して、捨ててやるわ」
――与えてやった最後のチャンスすら拒絶し、自分の望みだけを押しつけてくる敵にはもう容赦はしない。
決意を決めたシンシアは助けの手を差し伸べてくれたレイモンドへ協力を求める手紙をしたためた。




