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それからクリスティーナはロイドに関わるのをやめた。周りから「ロイドとケンカでもしたのか」と尋ねられると「彼と同じように、私も自分の好きなことをしてみたいと思ったの」とおっとりと微笑んで受け流した。その言葉通り、シンシアたち友人と一緒に過ごすようになったクリスティーナは笑顔が増え、ロイドの心無い仕打ちに憤慨していた令嬢たちもその前向きな変化を応援している。
シンシアもまた自分の本心を知った上で協力してくれる頼もしい友人ができたことで、愛するニーナを手に入れつつ自分もキープするディランへの焦りと苛立ちを感じることも減っていった。
そんなディランとニーナは2人きりで過ごす姿があちこちで目撃されており、学園に急速に広まっている噂もあって2人を応援する令嬢たちが増えている。
今日もカフェテリアで仲良く並んで座るニーナとディラン、そんな2人をキラキラした目で見守る令嬢たちを無表情で見やったクリスティーナはシンシアに肩をすくめた。
「ウォルス伯爵夫妻の真実の愛の話の効果は絶大ね。さすがはお兄様だわ」
クリスティーナの兄レイモンドは妹と同じ鮮やかな金色の髪に赤い瞳をした気さくな青年だ。
妹を溺愛する彼はクリスティーナの仕返しの話を聞いて、ウォルス伯爵夫妻の美談を学園中に流してディランとニーナの仲を応援している。
そして、クリスティーナの関心が離れたことに気づいて焦るロイドに「幼い頃から知るクリスを忘れて追いかけていた蝶がやっと懐いてきたらしいじゃないか。ほら、目を離すとライバルにとられてしまうよ」と、まとわりついてくるニーナを突き離さないロイドを容赦なく追い払っている。
クリスティーナ曰く「怒らせると家族の中で一番恐ろしい」らしいが、シンシアにとっては何かと気にかけてくれる頼もしい人だ。
「そういえばもうじき学園祭ね。シンシアはもうドレスのデザインを決めたの?」
「ううん、アンジュと一緒に考えているところ」
学園祭は年に1度開かれる生徒たちの交流会だ。学年や身分を問わずに交流できる場ということもあって皆、気合を入れて着飾る。いつもはディランがドレスを贈ってくるが、ニーナの件でますます仲が冷え切った彼と参加するのも嫌だし、今回は自分の好きなドレスを仕立てて1人で参加しようと思っている。
「それならちょうどいいわ。今年のパートナーは身内に頼んだから、私が好きなドレスを作っていいと言われているの。せっかくだから2人も一緒に作らない?」
「ぜひお願いします!!」
自分のセンスにいまいち自信がなかったシンシアは助けの手に喜んで飛びつき、同じく喜んだアンジュと一緒にあれこれとデザインを考えた。
しかし、その楽しみはいつも以上に憎たらしい顔をした婚約者のせいでこっぱみじんに壊された。
「ドレスは俺が作る。社交に参加するのに婚約者にドレスを贈らないなんて、不仲なのだとわざわざ周りに恥を広めているようなものだからな」
こちらが悪いことを言ったかのように鋭くにらまれて、シンシアは周りの生徒たちの好奇の視線を忘れてにらみ返した。
生徒会が主催する学園祭は親の目を気にせずに気軽に過ごせるパーティーだからと、婚約者がいても仲の良い身内や友人と一緒に参加する人もいる。
現に婚約者と距離を置いているクリスティーナは「友人と一緒に過ごしたいから」と図々しくすり寄ってきた彼のエスコートをきっぱりと断った。アンジュと仲の良い婚約者は「2人が考えたドレスを見られる日を楽しみにしているよ。できたら、僕の色を入れてくれるとうれしいな」と照れながらアンジュに希望を言っていた。
婚約者の形は人それぞれだ。普段はシンシアを露骨に冷遇して恋するニーナと2人で過ごしているくせに。都合の良い時にだけいかにもな正論を振りかざして“自分が考える理想の婚約者の形”を押しつけてくるディランに猛烈な怒りがこみ上げてきて、尖った声で言い返す。
「あら、私の友人の婚約者様は笑って許してくださっていましたわよ。まあ、彼女たちは普段から仲が良いですから、周りの目を気にしなくても良いのでしょうけれど」
「……何が言いたい」
「そのままの意味ですわ。今さらとりつくろわなくても学園内で私たちの仲は周りに知れ渡っています。ですので、お互いの両親の目が届かない学園祭では気を遣わなくても大丈夫ですわ。私が友人と過ごすように、あなたも好きな人と過ごせば良いのではありませんか」
ちらりと視線をやるとぎりぎり声が聞こえる席に座ったニーナが不安そうな顔でこちらを見ている。シンシアと目が合うと怯えたように大きな目を揺らす。
ディランは婚約者としての義務を果たしているとアピールしているつもりなのか、いつも自分の瞳の淡いブルーのドレスやアクセサリを贈ってくる。その今にも切れそうな縁を表すようなはかない色はシンシアの好みではない上に、ディランのとりまきたちの憎悪や嫉妬を呼び寄せるので大嫌いになった。
恋情のこもった潤んだブルーの瞳でディランを見つめるニーナにこそ彼の色はふさわしいだろう。表情を消してニーナからディランに視線を移すと彼は威嚇するように顔を歪めた。
「くだらない言いがかりはやめろと言っただろう、ニーナは大事な友人だ。やましいことはない」
「そちらこそ勝手な思い込みで人を責めるのはやめてください。あなたが学園で何をしようと口を挟む気はありませんと以前にも言ったはずですよ」
ディランとニーナの関係など興味はないし、好きにしろ。と、冷ややかに切り捨てるとディランは顔を真っ赤にした。




