高揚感
地竜へ斬撃が入った瞬間、刀身に収束していたエリアスの魔力が、一気に地竜へと駆け抜けた。
単純に切れ味を強化するといったものではなく、地竜に大きな傷を負わせるために仕掛けを施した――エリアスの魔力が、地竜の体内を駆け抜ける。直後、咆哮が響き渡った。
「おっ、と……!」
声を発しながらエリアスは跳躍。魔力を用いての行動だったため、一気に地竜から離れることに成功する。
そして地面に降り立つ。そこは聖騎士テルヴァが立っている場所の近くであり、予想外の動きをしたエリアスに対し、彼は驚愕と共にどこか呆れるような顔をしていた。
「まさか、単独で仕掛けるとは思ってもみなかったが」
「だが、単独で仕掛けるタイミングとしては良かっただろ?」
問い返したエリアスにテルヴァは苦笑しつつも頷いた。
「ああ、完璧だ。地竜の反撃を防いだ上の、重い一撃……傷はどれくらいになるだろうか?」
「仕掛けを施し、体内に斬撃を送り込んだ。鱗は強固だが、内部まで浸透したらある程度ダメージが届くんじゃないかと思ったんだが……」
エリアスは地竜を見る。結界の中でなおも声を発しながら、体を揺らしている。攻撃を食らい反撃に転じてもおかしくなかったが、いまだ地竜は動かない。
「……予想以上に、効いているみたいだな」
「外皮を抜くことができれば、地竜に致命的な傷を負わせることが可能か」
「しかしそれには相当高出力な魔法が必要だろう」
エリアスのさらなる言葉に聖騎士テルヴァは首肯し、
「ただ、さすがにこの戦場で悠長に魔法陣を描くような真似はできないな」
「時間を稼いだらいけるか?」
「それでも、さすがに今回の戦いには儀式級の魔法を扱える魔術師は帯同していないからな……周囲にいる貴族の配下達と協力すれば、ある程度は可能かもしれないが……想定以上に時間を要するだろう」
「そうか……となると」
地竜の動きがようやく止まる。そこで、明らかにその視線はエリアスへ向けられていた。
「人の区別はちゃんとつくみたいだな……俺が囮になって時間を稼ぐとかはどうだ?」
「……危険すぎるだろう」
「だがあの結界が破壊されて暴れ回ったら、この戦場にいる騎士や勇者がどれだけ生き延びることができる?」
問い掛けにテルヴァは押し黙った。
「俺の方は……まあ、死なないように最善は尽くすさ。まだ死にたくはないからな」
「……犠牲をゼロにできるかもしれない可能性がある策だ。あなたが同意するというのなら」
「わかった、それでいこう」
軽い返答と共に、エリアスは地竜へ向け歩き出す。
「再度、結界の中へ跳躍して入り込む。地竜の視線は明らかに俺へ向けられているから、結界内に入れば俺を狙って攻撃を仕掛けてくる……結界の強度を上げれば、破壊はされないはずだ」
「……危険だと判断したら、すぐに呼び掛けてくれ。結界を一部分でも解除し、あなたを逃がす」
「わかった。そうならないよう頑張るよ」
言い終えた直後、ドンと一つ大きな音を立てて、エリアスは結界の上部まで跳躍した。一瞬の動きではあったが、地竜は明らかにエリアスへ視線を向けていた。
「さすがに警戒されるか……ま、少しばかり俺に付き合ってくれればいいさ」
結界の中へ。直後、咆哮を発しエリアスの全身に音圧が届く。
「さて、やれるだけやるとするか」
地竜が動く。右の前足が地面を薙ぎ払うような軌道でエリアスへと迫ってくる。
ただそれだけの動作で周囲を蹂躙できるほどの威力を伴っていた。地竜の攻撃は単純なものだが、放った前足には魔力が宿っており、物理的な攻撃を防いでも意味はない。
そこでエリアスは身体強化によって高速移動を行い、あえて懐へ飛び込むような形で前へ突き進んだ。それによって地竜の攻撃は空振りに終わり、エリアスには地竜の腹部が見えた。
「……言葉は通じないかもしれないが、予め言っておくぞ」
そして地竜に対し剣を振りかぶりながら、告げる。
「お前を滅ぼすのは、聖騎士テルヴァの命令によって放たれた魔法……だがその前に、俺の攻撃に耐えられたらの話だ。時間稼ぎとはいえ、ただ逃げ続けるだけではさすがに危険なのは明瞭だ。よって」
エリアスの剣が、地竜の腹部へ届く。
「隙を見せたら痛い思いをしてもらう――さあ地竜、どこまで戦える?」
――エリアスの胸には、確かな高揚感。とはいえ武を極めるといった目標を掲げてはいるが、決して戦闘狂というわけではない。
危機的状況なのは変わらず、無謀極まりないのは確かだが――それでも、戦い続けることで時折、こういう心境になることがあった。エリアスとしても決して悪くないと思っているその感情は、その顔に笑みを見せるほどの影響があった。
腹部に斬撃を入れると、再び地竜が咆哮を放つ。それを聞きながら、エリアスは――全てを忘れるように、巨大な存在との戦いに没頭し始めた。




