鍛錬の結晶
その技法は、エリアスが幾度となく危険度の高い魔物を倒し続けたことで得られたもの。漫然と剣を振るだけでは足らず、かといってただ魔物と戦い続けるだけでも習得は困難だった。魔物を倒すため、生き残るため、武を極めるため――そうした様々な事柄が集約したことで、エリアスは技法を自分のものにした。
「――なあ、本当にいいのか?」
東部での在りし日。十年ほど前――エリアスが剣を振っていた時、一人の騎士に声を掛けられた。
「ん……何がだ?」
「前回行った魔物討伐……そこでエリアスは獅子奮迅の活躍をした。それはもう、数え切れない魔物を倒した。新技さえ習得し、魔物側の総大将さえもそれで仕留めた」
騎士は淡々と魔物討伐のことを語っていく。それをエリアスは剣を振るのを中断し黙って聞くことに。
「功績を考えれば、北部への異動だってできるだろう。今以上に力を得るためには……その方が良いと思うんだが」
騎士の主張に対しエリアスは小さく頷く。
「ああ、そうだな」
「だが、行かないのか?」
「まだ東部でやることがある……それを果たすまでは、ここを離れるわけにはいかないな」
「……それは『ロージス』のことか?」
騎士の問い掛けにエリアスは深く頷いた。
「ああ、そうだ」
「だが、次にあれがいつ現れるかはわからないんだぞ?」
「わかっている……元々、俺はただ生きるために兵士となる道を選んだ。強さを求めたのは魔物を倒すため、それはいつしか仲間を守るために変わり……そのうち、武を極めるという目標ができた」
エリアスは剣を振り始める。一振り一振りに、力を込める。
「その目標は今も持っている。だが、そこに到達するまでに障害がいくつもある。その内の一つが『ロージス』だ」
「あれは……ただの騎士でどうにかなるようなものではないぞ?」
「それもわかっている。でも東部の面々が集えば、なんとかなるかもしれない……国側に報告をしても、援軍は期待できない。なら、可能な限り強くなって『ロージス』を討つ。それでようやく、俺は自分の目標に向かい合うことができる」
エリアスは言った後、一度手を止め空を見上げた。
「……ヤツによって散っていった仲間達は数知れない。その報いを与えてやらないとな」
「やれやれ、全ては『ロージス』のためか……だが、ヤツが再び姿を現すのは、それこそ二十年後や三十年後かもしれんぞ?」
「構わないさ」
「そうなったらもうお前に戦う力は残されていないかもしれない」
「そうはならない。俺は強くなり続ける……ヤツに勝つまでは」
決意を共にエリアスは剣を振る。
「より強くなるためのヒントは、皮肉だがヤツの戦いで得ることができた……俺はまだまだ強くなれる」
「……はあ、わかったよ」
騎士はどこか呆れたように呟くと、エリアスに対し背を向けた。
「ま、頑張れよ。俺はその内剣を置くことになるかもしれないが」
「ああ、先に待っていてくれ。もし良かったら、俺が引退した時に酒でも飲もう」
「いつの話になるんだが」
騎士は去って行く。その後ろ姿を見送りながら、エリアスは呟く。
「……まだ、剣を置くわけにはいかないんだ」
それはどういう意味合いで呟いたか。自分のためなのか、仲間のためなのか。その全てはわからなかったが――その時のエリアスは、鍛錬を再開し目標へ向け突き進むことを選択した。
――その技に名はなく、また他に使用者もいない。とはいえ、エリアス自身は技名など付ける必要もないと考えてはいた。やっていることは、あまりにもシンプルであるためだ。
迫る魔獣。大剣を振りかざし解き放とうとした瞬間、エリアスは剣を振りかぶる。今から行うのは極めて単純な大技。渾身の魔力を剣へ収束し、目の前の魔獣へ向け解き放つ。ただそれだけ。
だが、その魔力収束には様々な技法が使われている――それは、エリアス自身が二十年以上戦い続けたことによって得られた鍛錬と戦歴の結晶。目の前の魔物をただ倒すためだけに、全てを費やす究極の切り札。
魔獣の剣とエリアスの剣が、交差する――そしてエリアスの刃が魔獣の刃に触れた直後、剣に秘められた魔力が解放された。
一瞬、目がくらむような白い閃光が戦場と洞窟入口を包んだ。魔獣はその光をまともに受け、悲鳴にも似た声を上げる。
光と共に放たれたのはエリアスの魔力。剣先から放出されたそれは巨大な槍のように変じ、魔獣の刃だけでなくその体躯まで飲み込んだ。
決着は一瞬だった。光に飲み込まれた魔獣はいとも容易く消滅し、さらにその後方にいた配下と呼ぶべき魔物さえも喰らい、深淵へと続く洞窟内に光が駆け抜けた。
そして――光が途切れた時、全てが終わっていた。洞窟入口周辺にいた魔獣は跡形もなく消え去り、本当に魔物がいたのかと思うほど、魔力は静まりかえっていた。
しかし、光が駆け抜けた反響音が洞窟の中から聞こえてくる――それが魔獣を倒した唯一の証明となり、力を解き放ったエリアスは剣を放った体勢のまま、洞窟奥を注視し続けた。




