悲劇の回避
エリアスは再び洞窟へ目を向けた。そこで結界を構築していたジェミーもまた、洞窟を注視。
「……これは、かなりまずいわね」
結界を通して洞窟内の瘴気を感じ取ったか、彼女は告げた。
「エリアスさん、奥から来るのは――」
「わかっている。そのまま結界を維持してくれ……もし結界が壊された場合は、即座に再構築できるように準備を。できるか?」
ジェミーは頷いて指示に従う姿勢。それでエリアスは前を向く。
「……この洞窟を封鎖するための人員がいります」
そして声は騎士ジェインへ向けられる。
「色々と事情があり、ここに人を呼びたくないのは理解できますが、早急にご決断をお願いします」
「……何が来る?」
洞窟を見据えるエリアスに対しジェインは問い掛ける。
「先ほどの魔物ではないのか?」
「おそらく親玉か、それに類する魔物ではないかと」
「ならこの場にいる騎士達で撃破すれば、少なくともここから他の個体が出てくることはなくなるのではないか?」
そうジェインが問い掛けた時だった。足音が聞こえ、それが凄まじい轟音となって洞窟入口へ接近してくる。
音にジェインは口をつぐんだ。同時に周囲の騎士達はにわかに悟る――ヤバいものが来ると。
刹那、その魔物が姿を現した。今までと同様に青い体毛を持つ魔物――大きさは先ほど交戦したものとほぼ同じだが、その体毛は他の個体と比べさらに濃く、黒に近い色合いをしていた。
加えて、握りしめる大剣もまた黒に近く、それでいて魔力が――途端、エリアスは叫んだ。
「ジェミー達、下がれ!」
声と同時に彼女達は後退。次の瞬間、現れた魔物の斬撃が結界へ炸裂した。
二人の魔術師によって構築された結界は、魔物の攻撃によっていとも容易く破壊された。同時に風に乗って瘴気が吹き荒れる。エリアスはそれを受けても東部での戦いから慣れていたが、
「あ、あ……」
調査隊のリーダーであるジェインは、瘴気の濃さにへたりこんだ。周囲にいた騎士や彼の側近である騎士メイルも絶句する。
――明らかに、他の魔物とは違う。いや、それは最早魔物ではなく魔獣と呼ばれるような存在であった。
(少なくとも、危険度三以上は確定だな)
エリアスは直感と共に心の中で呟いた――いかに東部で危険度四の魔物と戦っていた経験があるにしろ、戦う状況としては最悪だった。
魔獣が握りしめる剣で薙ぎ払えばあっけなく騎士達は両断されるだろう。他の個体とは比べものにならないほどの攻撃力を持っている。
そして先ほど洞窟奥から突撃してきた俊敏性。魔獣オルダーほどではないにしろ、その動きによって翻弄されることは間違いない。
地上に出てきた以上、暴れ始めたら止めることは難しい――そして周囲には多数の騎士がいる。彼らに対抗できる力はないと考えてよく、だからといって守りながら戦うことは不可能だ。
(……だが)
エリアスは剣を強く握りしめ、魔力を発する。まだ、悲劇を回避できるギリギリの状況ではあった。
それは魔獣と対峙しているのがエリアスであること。そして魔獣は洞窟入口から脱しておらず、魔物の左右には岩壁が存在する。もし攻撃してくるのであれば、直進してエリアスを狙うしかない。
(……やるしか、なさそうだな)
エリアスは呼吸を整える。不確定要素が多数あり、目の前の魔物を仮に倒したとしても、まだまだ洞窟奥から魔物が襲来する危険性がある。しかもそれは、目の前の個体よりも強い可能性だってある。
目の前の洞窟が地底奥深くにまで繋がっているという事実が、話を複雑にさせている。エリアスとしても地底の奥にいる魔物がどれだけの力を持っているか判断できない。目の前の魔物が本当に親玉なのかも不明なままであり、もしかすると魔獣オルダーのように名前が付けられるような強大な存在がまだ奥にいるかもしれない。
もしそうであれば、エリアスとしても――だが、目前の存在を外へ出すにはいかない。
「来いよ、俺が相手になってやる」
エリアスは告げ、足を一歩前へ出す。魔獣はそれに呼応するように、剣に魔力を収束させた。
その動きはどう見ても人間の技術を模倣しているようだった。どこかで学んだのか、それとも人間達が開拓を進める中で盗み見て真似でもしたのか――どちらにせよ、武器を持ってそれに魔力を集める。本来は人間にしかできない行動を、目の前の魔獣はやっている。
だからこそ――この場を蹂躙できる凶悪な存在となっている。
エリアスは動いた。これ以上魔獣を前に進ませるわけにはいかない。そう判断したが故の行動であり、魔獣はそれを見抜いたかわからないが、迎え撃つ構えを見せた。
魔力を一際放っているエリアスを警戒したのかもしれない――どちらにせよ、エリアスとしては犠牲を出さずに済む選択を取ることができた。魔獣が突撃したら、そのまま後方の騎士達を狙ったかもしれない。
だが、魔獣の狙いはエリアスに絞られた。よって、
(――悲劇を回避できる方法、それは)
エリアスは、心の中で呟く。
(この敵を、一撃で仕留めることだ――)




