魔物の斬撃
瘴気を感じ取った瞬間、エリアスは即座に洞窟へ向き直り剣を構えた。
「何か来るぞ!」
――東部でもあった状況。一度に多量の瘴気が地底から湧き上がるのは、魔物が近づいてきているため。
その魔物が威嚇のために瘴気を噴出しているのが主な理由であり――瘴気の濃さを感じ取ったか騎士ジェインは顔を引きつらせる。どうやら彼にとっては異常な量らしい。
「ま、魔物が来るのか?」
「そうだ! とにかく結界で早急に洞窟を封鎖して――」
言い終えぬ内だった。エリアスの視界に魔物を出現。それは猿型の魔物ではあったのだが、大きさは人間を超えるほどあった。
腕には剣を握っているが、それも相応に大きく、大剣と見まごうほど。エリアスはその魔物を見て即座に前に出た。騎士ジェインの実力はわからない。だが威嚇の瘴気に狼狽えているところを見る限り、この状況下で戦闘させるのはまずいと判断した。
(体格も魔力もかなり強力な個体だ……こいつが外に出れば――)
エリアスが剣を振りかぶる。それに呼応するように魔物もまた剣を掲げ、振り下ろした。
上段から振り下ろされる剣戟に対し、エリアスは真っ向から応じた。魔力を乗せた斬撃が魔物の武器に当たり――それを両断する。
即座に追撃を仕掛け、魔物が動きを止める間にその体へと剣を叩き込んだ。エリアスの攻撃によって魔物はよろけ、やがて倒れ伏す。
(一撃で対処はできる……が)
「ジェミー!!」
エリアスは叫ぶ。それと共に彼女と砦の女性魔術師が洞窟へ近づいた。
「結界で封鎖すればいいのよね?」
「ああ、急いでくれ!」
さらなる瘴気が洞窟奥から漂ってくる。そこでジェミーと女性魔術師は杖を構え、魔力を発した。
次の瞬間、洞窟入口を覆うように半透明の結界が形成された。それによって瘴気は外へ出てこなくなったが、それでも魔物が近づいてくる足音が聞こえる。
「問題は、結界の強度よね」
ジェミーが言う。先ほどの魔物について彼女なりに考察し、場合によっては結界が破壊されることを懸念した様子。
「エリアスさん、どうするの?」
「……二人で結界を補強すれば、さっきの魔物が攻撃しても防げるか?」
「いけるとは、思うけれど……」
会話の間に先ほどの魔物がまたも暗闇から出現。結界に気付いたか、即座に大剣で攻撃を仕掛けた。
結界に斬撃が直撃すると、ズウンという重い音が周囲に響く。
「っ……重いわね。しかもあの魔物の攻撃、魔力が伴っている……今は私達が魔力を注いでいるからいいけれど、この場を離れたら壊されかねないわ」
「なるほど、対策が必要ってことだな……」
呟く間にも魔物は結界へと攻撃し続ける。物理的な攻撃に対し魔力の結界は通用しないが、目の前の魔物が放つのは魔力を含んだ斬撃であり、単純に封鎖しただけでは問題が解決しない。
「単純な物理攻撃をするだけじゃない……かなり面倒だな。どうするか」
「だ、大丈夫なのか?」
騎士ジェインが近づいてくる。その傍らには栗色の長い髪を持つ女性騎士が一人。美人ではあるが無表情で淡々と職務を遂行しよう、という気概に満ちた女性。
(彼女がメイル……で、いいのか。あの様子だと、騎士ジェインの側近という感じじゃないな。むしろ、こんな現場に連れてこられて辟易しているような――)
エリアスは思考しつつ、ジェインへ向け返答を行う。
「結界で塞いだのでひとまずは……」
エリアスは周囲を見る。外に出ていた魔物は殲滅されていた。
「しかし、結界を攻撃している魔物は魔力を伴った攻撃をしています。結界を張って安心だとこの場を離れたら、結界が壊されてしまう」
「補強するための処置が必要ということか」
「大地の魔力を利用し、結界の強度を持続させるしかないでしょうね」
そう発言したのは騎士メイル。態度の通り淡々とした口調でジェインへと語る。
「他の砦から人を呼んで、対策を施しましょう」
「……ま、待て。この場にいる人員でそれはできないのか?」
「勇者達はさすがにそうした技法は無理です。加えて、今回調査を行ったのは騎士がメイン。さすがに仕込みが必要な魔法を扱える魔術師はいません」
その言葉にジェインは視線を周囲に向ける。
(誰かなんとかできる人間はいないのかって顔だな……この期に及んでこれ以上の救援は避けたいって感じか)
――もしエリアス達だけで対処できるなら、自分達はあくまで助力しに来ただけ、という体で調査の功績云々を奪うようなことはしないと表明し終わりにできる。だが、目の前の洞窟を封鎖するための人員は足らないため、他から呼んでくる必要がある。
「……どちらにせよ、このまま留まっていても解決はしません」
そして騎士メイルへ騎士ジェインへ告げる。
「救援に来て頂いた方々ではなく、ジェイン。あなたが判断してください」
「ぐ、む……」
唸るジェイン。あともう一押しか――そんなことをエリアスが思った時、戦況にまたも変化が訪れた。




