地底調査
エリアスがフレンから報告を聞いた三日後、ルーンデル王国は正式に残る名前付きの脅威を取り除くべく、討伐命令を発した。
既に準備を済ませていた貴族達は意気揚々と動き出す。その結果、北部全体が慌ただしくなり、人の動きも戻った。ただ、貴族達が先んじて討伐すべく人が動いているため、やはり混乱は続いているようであった。
一方で後方支援のエリアス達も仕事が舞い込んできた。貴族達が要請した物資が届き始め、それを前線まで運ぶというものだ。ただここについては元々騎士達がやっていた仕事であるため、訓練を行いつつ仕事を進めることができた。
「本来の仕事については、俺の方が色々と教えてもらう立場だな」
そんな呟きも漏れつつ、エリアス達は仕事を進める。
もっとも、肝心の敵の居所はまだ詳細がわかっていない――ただ、先日エリアスが発見した瘴気の漏れている場所。そこは地底の奥深くまで観測できるとのことで、貴族達の配下が早速動いている様子であった。
「早く目的の魔物を見つけて倒したいってところなんだろうけど……あんまり良くない兆候だな」
「それは私も同感ね」
エリアスの呟きに対し、応じたのはジェミー。
時刻は昼、一つ仕事を片付けて食事を終え、訓練を始める前に砦の中庭で話をすることに。
「貴族達の登場で北部全体がかき回されているわね。私は北部に来て日が浅いけれど、さすがにこれがいつもと違うことくらいは理解できるわ」
「そうだな……表立って不平不満を言う人はいないけど、その内どこかで人間同士の争いとかが起きるかも……いや、それよりも先に魔物に関する騒動が起きるかもしれないな」
「あなたが調べるのをやめよう、なんて語った場所が震源かしら? 地底を索敵するだけで、本当にまずいことになるのかしら?」
「魔物の出方次第、だな。知能が高い魔物は人間の魔法なんかを平然と感知する。しかもそれが自分達のことを調べられているとなったら……住処を誰かに調べられるなんて、人間でも嫌だろ?」
「それを嫌って魔法を使う人間を排除しようとする……といったところかしら?」
「そういう解釈でいい」
「危険度の低い魔物であれば、問題はなさそうだけれど」
「ああ。ただ地底世界にいる魔物の危険度は、正直俺にも見当がつかない。東部で二十年以上俺は戦い続けたが、地底に踏み込んで戦ったことなんて数えるほどしかないからな。それらについても、さすがに『深淵の世界』に入り込むことはなかった」
「……さすがに功を得ようとする貴族達も、そこまではしないわよね?」
「そこが怖いところだな。もし地底に踏み込もうと考えているなら、好き放題に調べるだろう……現在進行形で俺達が見つけた場所を調査しているみたいだけど、それによって鬼が出るか蛇が出るか」
「止める気はないのかしら?」
「というか、止めようがない。最前線にいる聖騎士テルヴァだったら話は別かもしれないが、北部へ来たばっかり、聖騎士になりたての平民が提言しても誰も何も聞かないさ」
そこでエリアスは小さく息をついた。
「瘴気の発生源調査についてはやらない方が良かったか……? いや、それでもいずれ調べていただろうから、遅いか早いかの違いといったところか」
「ずいぶんと気にしているのね」
「俺達の活動がきっかけで戦いが発生したら気にするのは当然だろ」
「でも、呼び寄せるのは彼らよ……ま、色々と気に掛けているのは、聖騎士という立場が関係しているのかしら」
肩をすくめながら話すジェミー。エリアスはそれに苦笑で応じつつ、
「……東部では、自分達のことだけ気にしていれば良かった。開拓ではなく出現した魔物を倒すだけで済んでいたからな」
「でも、北部は違うと」
「そうだ、多数の人が集まることで、政治的な要素も大きくなる……色々な思惑を持つ人間がいる以上、必然そうなる。二十年以上戦い続けても、そういったことについては俺も理解できていなかったな」
エリアスはそう告げた後、ジェミーへ決意を表明するように告げる。
「瘴気の調査が要因で騒動が起きたら、俺としてはその解決に尽力したいと思っている」
「律儀ねえ……でも、それには政治的な障害があるでしょう?」
「そうだな、でも可能な限り――」
その時だった。砦に駆け込む騎士の姿。何事かと兵士が応対していると、
「き、緊急の用件でこの砦に……!」
エリアスは嫌な予感を抱きつつ、当該の騎士へ近寄る。
「何があった?」
「瘴気の調査を行っていた部隊が魔物と交戦しました。突如、洞窟から魔物が出現し――」
「場所は?」
騎士は詳細を語る――そこはまさしく、エリアスが調べた洞窟だった。
「あの小さい空間から魔物が出てきたのか?」
「いえ、魔物が洞窟を広げました」
「……まずい状況かもしれないぞ」
「――エリアス殿」
そこでノークの声。振り向くと、エリアスへと近づく彼の姿があった。




