騎士への助言
親玉と思しき個体は、他の魔物と比べ一回り以上大きく、歩む足音も重いものだった。
エリアスは魔物を見据え、動向を監視する。魔物の大きさから見ても、結界を通ることはできない。
(破壊するか? それとも、配下を新たに生成するか?)
注意深く見守っていると――魔物が答えを出した。突如キィィィ、と音を上げて結界へと突撃する。
ズウン、と空気をきしませるような音が周囲に響く。しかし、結界は壊れていない。
「物理的な攻撃を壊れるような結界じゃないが……無理矢理通ろうとするだけなら、対処は難しくない」
「強度に問題はなさそうね」
ジェミーが言う。彼女はさらに結界に魔力を注いで駄目押しとばかりに強度を引き上げる。
「あの魔物はどうするの?」
「ひとまず、他の個体を倒してからだ」
エリアスが応じる間にも、ルークとレイナの二人は魔物を倒していく。這い出てきた魔物を難なく一撃で仕留められるようになってきており、戦闘経験を積んだことで二人が持っていた実力が遺憾なく発揮されている。
そこから親玉の魔物以外を倒すまでに時間は掛からなかった。エリアスはどんどん数が減っていく状況から、そのうち魔物が外へ出てこなくなることを懸念していたが、どうやら親玉以外の魔物は近くにいる人間を襲う特性があり、知能については決して高くない――だからこそ、ルーク達の手によって魔物を殲滅できた。
そして残る親玉は――エリアスは結界を解いて決戦に挑もうとしたが、それよりも先に後退し、暗闇の中へと消えていった。
「追うの?」
ジェミーが問う。エリアスは少し沈黙を置いた後、
「いや……まずは状況を確認しよう。索敵魔法を発動し、残りの魔物、その数を把握しておく」
――その作業によって、魔物の数は十数体であることがわかった。
「さっきの大きい魔物……親玉を仕留めた場合、残る魔物が暴走する危険性があった。結界を用いていれば突破はされないと思うが、さすがに暴れ回るような魔物を相手にするのはリスクがあるし、ここはじっくりと確実にいこう」
「野営するんですか?」
問い掛けたのはルーク。
「長期戦になることを見据えて、陣を構えたのはわかりますが……」
「それほど長期間というわけでもない。残る魔物の数を考えると、明日には終わるだろう。もっとも、さっきの魔物が配下の数を増やしたらその限りではないが」
そこで、エリアスはルークとレイナを一瞥する。
「それに、さすがに疲労も溜まっているだろうし今日のところは引き上げよう」
「私はまだ大丈夫ですよ」
レイナはそう応じた。確かに彼女の体には十分な魔力が残っている。
しかしエリアスの意見は少し違っていた。
「魔力はあるが、それを制御する体の方に戦いの影響が出ている。君自身気付いていないかもしれないが」
「え……?」
「戦闘経験を得て魔物を確実に仕留められるようになったが、レイナが自覚できていない小さな疲労が積み重なり、剣に収束させる魔力に揺らぎがあった」
「そこまで気付いたんですか?」
「ああ。些細な変化ではあるが……俺は知っている。その感じることすらできないであろう変化が、魔物との戦いにおいて致命的になってしまうことを」
エリアスの言葉に、レイナはゴクリと唾を飲み込んだ。
「致命的、ですか……」
「普段通りの力を引き出している。魔物を問題なく倒せる……けれど綻びのような変化によって体に異変が起きた時にはもう遅い。例えばの話、上手く魔力収束ができずに魔物を討ち漏らしてしまう可能性がある。そうなったら手痛い反撃を食らうかもしれない」
「そこから先は……考えなくてもわかりますね」
「そういうことだ。疲労による変化を自覚できれば対処はできるが、二人はまだまだ戦闘経験も浅いし、自覚できなくても仕方がない……だからこの辺りで一度、休戦としよう」
そうエリアスは語ると、今度はジェミーへ目を向ける。
「ただし、洞窟入口は結界で封鎖する。補強を手伝ってくれるか?」
「ええ、いいわよ……ただ、魔物の大きさを考えると、今の強度で十分のように思えるけど」
「最悪のケースを考えると、やれることはやっておいた方がいい」
「最悪?」
「もしさっきの魔物が親玉ではなく、より強大な存在がいるかもしれない、という可能性」
返答にジェミーは眉をひそめる。
「索敵は散々やったのに、まだ何かいると?」
「東部ではいたんだよ、索敵に引っ掛からないような魔物……言わば自分の意思で気配を消せる魔物が」
「そんな個体が……」
「希少種ではあるし、単純な戦闘能力しか持っていない今回の魔物にそんな器用なことができるとは思えないが……万が一もある。というより、二十年以上戦ってきてその万が一が起きた時が何度もある。魔物に恐怖しすぎるのはよくないが、かといって侮ることもできない。危険度一ほどの魔力しかなくとも、厄介な能力を持つ魔物だっている。よって、あらゆる可能性に備えて、対策を講じておかなければならない――」




