思わぬ指示
「ひとまず、魔物は巣に戻った。戦闘になることはなさそうだ。安心してくれ」
エリアスの言葉にルークやレイナは安堵の息を漏らす。その一方でジェミーが山へ視線を向けながら声を上げた。
「魔物の気配を感知したけれど、獣の類いじゃないわね」
「わかるのか?」
エリアスが聞き返すとジェミーは頷いた。
「ええ、魔物に関して色々研究してきたから。肉眼で確認できてはいないけれど、おそらく甲殻を持つような個体ね」
(気配で魔物の種類をある程度特定できるか……)
エリアスとしてはさすがにそんな技能はない。これは彼女が魔物の研究を行った成果だ。
「他に何かわかることはあるか?」
「そうね……気配の動きからからすると、二本の脚で動くタイプではなさそう」
「気配の動きか……」
「あくまで感じ取れる動きを観測した結果だから、正解かどうかまでは確認しないといけないけれど」
「いや、十分参考にはなった。ありがとう」
エリアスは礼を述べた後、一度調査に参加した面々を見回した。
「状況はある程度把握できた。今日得た事実をノーク殿に報告し判断を仰ぐことにしよう……ジェミー、君は町へ戻るか?」
「他に選択肢はあるの?」
「話を聞く限り、北部で仕事をしたいんだろ? 俺達が所属しているのは後方支援の砦だが、北部に足を踏み入れることになる。砦に来れば何かしら情報とかも提供できるかもしれないが」
「けれど、さすがにタダというわけではないでしょう?」
「ああ、もしよければ魔法に関する指導をしてもらいたい。今回の魔物に対し討伐することになったら、砦の人員に出番があるかもしれないし」
「なるほど……どういった指導を想定しているのかわからないけれど、できなくはない。けれど、依頼したとはいえ部外者を無断で砦に入れていいのかしら?」
「ギルドランク的には、ある程度信用におけると思っているし、砦の主は俺の方で説得するよ」
思わぬ提案にジェミーは沈黙する。一方でフレンを含め他の者達は黙ったまま。ただそれは、エリアスの決断に従うといった様子であった。
そんな中でジェミーはなおも沈黙していたが――やがて、
「ええ、いいわ。ついていく」
「なら、俺に着いてきてくれ……というわけで、砦へ戻るぞ」
指示と共に、エリアス達は動き出した。
エリアスはノークへ報告を行い、彼から「次の指示を待て」と言われたため、砦で待機することに。ジェミーについてもノークが以前語っていた砦の能力を向上させるという意向に合致していたためか、すんなりと受け入れた。
そして肝心のジェミーの指導だが――これが思った以上に成果が上がった。彼女は元々魔法学園で研究をしていたらしく、それなりに論文も出しているらしい。
「ま、論文なんてものは北部で開拓をする人間にはあまり価値もないでしょうけれど」
そんなことを語りもした。そこでエリアスは一つ気になった。学園内で功績があるのなら、別に北部まで来なくても良かったのではないか――彼女は「願いがある」と語り、それ以上は何も言わなかったが、並々ならぬ決意がある様子だけは伝わってきた。
結果として、エリアスが起こした行動は砦内に良い効果をもたらし――ジェミーを招き入れて四日後、エリアス達が行った調査の指示書が届いた。
エリアスはノークの部屋へ赴き内容を聞く。そこで、思いもよらぬ発言が飛び出した。
「討伐を行うとのことだが、ひとまず私達だけで可能かどうかを検討、動いてくれと」
その言葉にノークも困惑しているようだった。エリアスはそこで首を傾げ、
「つまり、私達だけでやれと?」
「ああ、実質そう言い渡されたに等しい」
「ずいぶんと思い切った決断ですね……他所から人を寄越すことはできないと?」
「……魔獣オルダーを討伐してから、残る名の付いた脅威を取り除くかどうか議論しているだろう?」
「はい、王都ではその話題で持ちきりだと」
「そこについては結論がまだ出ていない……結果、勇者や騎士を貴族が雇い入れて、独自に動き出している」
「討伐の命令が出ていないのに、ですか?」
「国の対応が遅いため、出し抜こうと考えている人間がいるのだ。国はその動きを抑えるために今、色々と動き回っている。あまつさえ、その対応に人を取られている有様だ」
「……魔獣オルダーとの戦いは、犠牲者ゼロでした。非常に良い結果だったため、貴族達がやれると逸っていると」
「そういうことだ……で、北部でもその影響が出ており、人を動かすとまたどこかの貴族が何かやったのかと噂になり、現在人の動かすことができないらしい」
(……なんとも、まあ)
エリアスはどこか呆れたように心の中で呟いた。
「つまり、噂によって人の動きが硬直化していると」
「そういうことだ。笑い話のようだが、現場にいる私達にとっては、まったくもって笑えない」
「その結果、私達だけで討伐をやれと」
「とはいえ無理強いではない。魔物の巣は発見したが、魔物が動いている様子はなさそうだからな」
ノークはエリアスを見やる。そちらの意見はどうだと問い掛けている。
だからこそ、エリアスは――ノークへ向け口を開いた。




