幕間:ある人物の決意
――魔獣オルダー討伐というニュースは、北部だけでなくルーンデル王国全体を駆け抜け北部開拓が勢いづくだろうという予測から、様々な人間が北部へ進路を向けるという事態になった。
「噂では、これまで開拓を阻んできた存在……名を持つ魔物を全て倒そうと主張する者までいて、実際に魔獣討伐に参加した者達を雇い入れている貴族もいるそうだ」
そんな話が王都内では駆け巡り、まだ無名の戦士などもこぞって北へ向かう、というケースもあった。
人々が沸き立つ中、国側の対応としては本当に残る難敵を討伐するのか――そこについては議論を重ねる必要があると、多少慎重な姿勢を見せている。しかし、国の判断を待つよりも早く動き出している者が多いため、国としては議論が議論を呼ぶ状況に陥った。
「――犠牲者がゼロ、という点が話をややこしくさせているようですね」
ある酒場の片隅、一人の男性が相手へ向けそう話し始めた。鎧などは身につけておらず腰には短剣という武装の男性は、長く伸ばされた黒い髪を手でとかしつつ話を進める。
「魔獣オルダー討伐に怪我人多数、犠牲者も相応に出た、という状況であれば、ここまで議論は沸騰しなかったでしょう……犠牲がなさすぎたことで、他の魔物も狩ることができる、と多くの人が思ったわけです」
「……それは理解できるけど、問題はどういう経緯で討伐したかよね?」
問い返すのは女性。黒いローブに身を包む二十歳前後の黒髪を持つ人物。どこかけだるそうな顔つきで男性から話を聞くその姿は、魔女と形容する人間がいそうな気配を漂わせている。
「犠牲者がゼロ、だけでは詳細なんてわからない」
「そこについては調べましたよ……経緯としてはある聖騎士が魔獣オルダーの動きを止め、そこへ騎士や勇者が攻撃し仕留めたようです」
「聖騎士……」
「しかもその聖騎士は先日就任したばかり。東部で戦い続けた歴戦の騎士、だそうです」
「歴戦、ねえ」
と、どこかあきれ顔で女性は応じる。
「そうは言っても東部でしょう?」
「私達は北部の情勢ばかりを見ていますが、実際には東部にも南部にも魔物を倒す部隊は存在しています。北部というのは最重要地域のは間違いありませんが、だからといって必ずしも優秀の人材が北部ばかりにいるとは限りません」
「つまり、歴戦の騎士……聖騎士になった御仁が強かったということ?」
「おそらくは。今回討伐隊を指揮したのは別の聖騎士であるため、同僚と呼ぶべき人物の戦果を過小報告している、という可能性も考えられるかと」
「あなたはその聖騎士を評価しているのかしら?」
「ええ、現地にいた戦士から話を聞きましたが、その聖騎士が放った剣が間違いなく魔獣に致命的な傷を負わせたと」
女性はその言葉に口元に手を当て何事か考え込む。
「……その人物について調べることは?」
言うと、男性は傍らに置いてあるバックから資料を取り出した。
「用意が周到ね」
「これが仕事ですからね」
女性は資料を受け取り、一読。すると、
「ふうん、なるほど……罠を事前に張ったと」
そこで、女性の目が止まる。その部分は聖騎士に関する内容の他に、その人物と組んだ勇者の名が記されていた。
そうした反応を知ってか知らずか、男性は話を進める。
「ええ、魔法による仕込みのようです」
「……この魔法が何なのかも気になるわね……ともあれ、情勢はある程度把握したわ」
「ありがとうございます」
「報酬はいつものやり方かしら?」
「ええ、それでお願いします……と、そうだ。一つお伺いしても?」
「私が討伐のことを知って何をするか、でしょう?」
問い返した女性に対し男性は首肯し、
「ええ、もしや北部へ向かうのですか?」
「そうね……私には目指すべきものがある。それに近づくためには、北部のような魔物と戦う場所が必要なのよ」
「なるほど、そうですか」
「なんだか落ち込んでいるように見えるけれど」
「今まで色々と仕事を依頼してもらったお得意様ですからね。上客がいなくなれば、悲しむのは当然でしょう?」
「あなたほどの情報屋であれば、仕事に困らないでしょう? 私がいなくなっても埋め合わせは余裕でしょうに」
「そうは言いますが……と、話が逸れてしまいますのでここまでにしておきましょう。ひとまず、北部へ?」
「ええ、もう部屋も引き払ったわ」
「覚悟は決まっていると……ご武運を祈っていますよ」
男性は去る。残された女性は小さく息をつき、
「ええ、そうよ……北部へ行き、私は成さなければいけないことがある」
強い決意を口にして、女性は自然と全身に力が入る。その目に宿る視線の先にいるのは、果たして何か。
「待っていなさい……私は私のやり方で、全てを手に入れる」
女性は立ち上がり、酒場を出た。多数の人が行き交う大通りに出て、進路は北。
王都を出る寸前に、戦士の一団が目に入った。彼らもどうやら北部へ向かおうとしている様子――今後、ああした人間が多くなるだろう。
女性は自分もその中の一人だ、と心の内で呟きながら王都の門を抜けた。力強い歩調で、舗装された街道を歩んでいく。
すれ違う人の中には、女性のことが気になり視線を送る者もいた――しかし彼女がそれに気付くことなく、静かに闘志を燃やしながら、己の胸に刻んだ目的を果たすべく、女性は進み続けたのだった――




