剣を置く日まで
――その後、聖騎士エリアスには異名が付けられた。誰が言い出したかわからないが、エリアスは「武を極めし聖騎士」という、当人も扱いに困るような名称だった。
当のエリアスは「さすがに誇大表現もいいところだろう」とコメントしたが、地竜を相手にたった一人で立ち回り、勇者オルレイトを決闘で倒し、人の形をした魔物を二度も倒した――実績を踏まえると、もはや他の聖騎士を遙かに超えた戦歴を持っているということで、多くの人は異名そのものに肯定的な見解を持っていた。
よって、多くの人が武を極めたという認識になってしまったが――エリアスとしては、相対評価としては確かにそういう一面もある、という考えを持ちつつも、まだまだ武を極めた、と認めるには足らないだろうと考えていた。
勇者オルレイトなどは「あなたが極めていないとなったら、一体誰がそういう扱いを受けることになる?」とツッコミを入れたらしいが、エリアスはついぞ認めることはなかった。ただ、時間が経過するとそういった称号は荷が重いにしろ、受け入れるくらいにはなった。
そうした中で、エリアスは一度王都を訪れてロージスなどに関する報告を行った。そこで東部から人を北部へ異動させる旨も聞き、エリアスは受け入れた。
ひとまずエリアスは北部最前線で開拓を続け、新たに異動となる東部の人間と北部の人間との関係を橋渡しする役目を担うことになる――ここについてはエリアス自身がやらなければならない、と考えていたところであったため、不満もなく承諾することとなった。
訪れた王都は、国の重臣が失脚したことで多少なりとも混乱していたようだが、エリアス自身にさしたる影響はなかった。北部に対しても影響は最小限のようで、今後も開拓を進めることができる――ここについては間違いなく朗報だった。
そうして報告を終え、エリアスとフレンは王都を出て北部へと舞い戻る――まだ東部の人間は来ていないが、今のうちに準備を、ということで聖騎士テルヴァは事前に色々と話を聞きたいと、彼の部屋で打ち合わせをすることに。
「一応、ここへ異動する人間のリストが来ている……変更の可能性もあるらしいが」
テルヴァに資料を渡され、それを身ながらエリアスは解説を入れていく――そんな風に準備を進めつつ開拓を続け、と繰り返すだけでどんどんと時間が経過していく。
そして東部の人間が異動でやってきた時には、エリアス自身北部の色に染まっているという自覚があった。共に戦っていた東部の人間と再会を喜びつつ、北部での仕事内容について説明していく。聖騎士と成ってから始めて顔を合わせることになった東部の人達としては、エリアスは多少なりとも変わった、という風に語っていた。
「……なあフレン、俺変わったのか?」
開拓を終えたある日、エリアスは廊下で遭遇したフレンにそう問い掛けた。すると、
「北部で仕事をしていくことで、聖騎士としての自覚が芽生えたのではないでしょうか」
「……そんなものか?」
「エリアスさんはどうお考えかわかりませんが、場所が変わりそこの色に染まれば、人は多少なりとも変化しますよ」
「……そうかもしれないな」
「しかし、変わっていないこともあります」
フレンが言う。それにエリアスは肩をすくめ、
「目標について、か?」
「はい」
「まあ確かに……鍛錬はしているし、少しずつ成長している、と思いたいところだな。とはいえ、年齢的にも限界がいずれ来るだろうけど」
「ずいぶんと弱気ですね」
フレンの指摘にエリアスは苦笑。けれどすぐに表情を収め、
「……ま、足掻けるだけ足掻いてみるさ」
そう言った後にフレンと別れ、エリアスは自室へ。そしてベッドへ腰を下ろし、
「……東部の人間も来たし、開拓もさらに進むかな?」
そう言った時、エリアスはふいに窓の外を見た。砦の中庭で剣の訓練を行う騎士の姿が見える。
自分も剣を振った方がいいか――いや、さすがに仕事終わりだし体を休めるべきか――内心で色々と考えていると、エリアスは自身の手を見据えた。
「……変わっていないこと、か」
果たして、自分は武を極めたなんて称号を授かるほどなのか――まだ疑問を抱く自分がいた。しかしそれでも、
「俺の力は、最前線の犠牲をなくすことができるのは事実だ……やれるだけ、やるしかないな」
別に、異名など惜しくはない。最強の称号も別に放棄してしまっていいとさえ思える。
ただ、犠牲をなくすことを――聖騎士テルヴァの考えにずいぶんと染まったな、とエリアスは思いつつ、東部で起きたロージスとの戦いを振り返り――仲間を救うことが、自分の大きな価値だと自覚する。
「……いつか、剣を置くその日まで、自分を鍛え続け、犠牲を出さないよう……武を極めるべく、進み続けよう」
そう決意を呟き、エリアスは立ち上がる。やはり食事の時間まで剣を振ろう。そう考え、口の端に笑みを浮かべながら、部屋を出た――
完結となります。お読みいただきありがとうございました。




