聖騎士としての自覚
「情報を集めたフレンならわかっていると思うが、俺が直接東部の状況を話す必要はなくなった。ただし、ロージスのことなどについては伝える必要性があるみたいだから、いずれ王都へ行くことにはなると思う」
「はい、その際は私も同行します」
「助かるよ……とはいえ王都に居を構えるつもりはないし、この北部最前線に東部の人間がやってくるみたいだから、ここから先、少なくとも数年くらいはここで開拓を続けることになるとは思うぞ」
フレンは黙って頷く。そこについては理解している様子。
「……で、だ。当初の目標は達成されたし、残っている目標は俺の個人的なものだけとなったわけだ」
「何か問題が?」
「別に不満とかはないよ。開拓の内容からすると剣を握るような回数は東部と比べれば少ない……かもしれないが、北部の最前線は魔物の領域を隣接している。大きな戦いがいつ何時起こっても不思議じゃないし、もしかすると地竜のような凶悪な魔物が突如出現危険性だって考えられる。そういう敵に備え剣を振り鍛錬を続けるつもりだから、俺自身やることはこれまでとそう変わりない」
エリアスはそこまで言うと、小さく肩をすくめた。
「問題は、俺の気持ちの方かな」
「……勇者オルレイトに勝利し、さらに人の形をした魔物も圧倒した。気付けばエリアスさんが、武を極めた騎士という称号の近しい場所に立っていたというわけですね」
フレンの指摘にエリアスは「そうだな」と返事をした。
「この世にはまだまだ俺の知らないような魔物だっているだろうし、今の状態で満足しているわけじゃない……が、自分の立ち位置が明瞭になるにつれ、さてどうすべきかと悩み始めている自分がいるわけだ」
「……とはいえ、今更生き方を変えるつもりはないのでしょう?」
フレンの問い。エリアスは「そうだな」と認めつつ、
「気持ちの問題だからな……ただ、少しばかり考えは変わった」
「というと?」
「武を極める、といってもそれはひどく個人的な話だったが……今は、この北部で犠牲をなくすために強くなる、という考えだ」
「良いと思います……ただ、そうした決意であれば、それなりに責任も生まれそうですね」
「そもそも聖騎士だからな……ようやく俺も、自覚ができたかな」
エリアスの言及にフレンは小さく笑う。
「わかりました……私は引き続き従者として役目を全うする、でよろしいですね?」
「逆にフレンはそれでいいのか?」
「はい」
即答した彼女にエリアスは見返したが――言葉は必要ないとばかり笑みを向けるフレンに、エリアスは何も言わなかった。
「……フレンの方は、やりたいことなんかができたら遠慮なく言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「俺としてはフレンの有能さを考えると、もっと良い仕事がありそうだと思うんだが……」
「私もエリアスさんと同じですよ。北部で色々と仕事をしたいと思うようになった」
「……そうか」
エリアスはそれで小さく頷くと、
「なら、これからもよろしく頼むよ」
「はい、お任せください……急に話をすると言い出したので、引退でもするのか思いましたよ」
「まだまだやることは多いだろうし、俺としては戦い続けるつもりではあるよ……ま、いずれ限界が来るかもしれないが、今の能力が維持できている間は、少なくともここで戦い続けることにするよ」
「あとどれくらいもつでしょうね」
興味本位で尋ねるフレン。エリアスはそこで一考し、
「後輩で俺よりも強い人間が現れたら、そこでようやく引退を考える、かな。技術継承とかもしていきたいところだな」
「やることが増えていきますね」
「そうだな。でも、これはこれで悪くない」
「エリアスさんがやる気を出しているのなら、私は何も言いません……ただ」
フレンはここでエリアスに視線を送り、
「可能であれば、戦場で死ぬというのは避けてもらいたいですね。犠牲を出さないように聖騎士テルヴァは尽力しているわけですし」
「……善処するよ」
軽い返答にフレンはやれやれといった様子を見せたが――言及はせず話題を変えた。
「エリアスさん、王都にはいつ頃?」
「まだわからない。指示が来たら赴くつもりではあるから、フレンもすぐに動けるように準備はしておいてくれ」
「わかりました……少し忙しくなりそうですね」
「まったくだ。それに、王都側から色々と聖騎士として仕事を振られるかもしれない。北部の開拓に影響しなければいいが……」
エリアス達は話をしながら移動を開始。城壁の上から離れる寸前、エリアスはふと立ち止まり周囲を見回した。
やがて夜を迎えようとしている北部最前線だが、森は穏やかで魔物が来るような気配はない。
「……エリアスさん?」
ふいにフレンが呼び掛ける。それにエリアスは「何でもない」と答えつつ、砦の中へと入ったのだった。




